第8話 頭蓋骨にニスを塗っただけのような顔

文字数 1,329文字

 静香が後退しながら、再びダイニングに姿を現した。テーブルの縁にお尻をぶつけて止まり、傍らにいるわたしの手を手探りで握った。目は真正面を見つめたまま。わたしは静香の視線の先に瞳を凝らした。
 廊下の暗闇から、明かりのついたダイニングに、ぬっと見知らぬ人影が現れ、思わずわたしは悲鳴を上げた。それに呼応するように、静香もまた「うわ~っ!」と叫んだ。
「うるさいね。何だねいったい」
 目の前に立っているのは、見たことのないおばあさんだった。
 物凄く年を取っている。もしかしたら、百歳を超えているかもしれない。
「ほう。明るいところで見ると二人ともなかなか可愛いねえ」
 老婆が、咽元に痰が一リットルほどからんでいるような声で、言った。
「後ろが中二のおねえちゃん。正面が中一の妹だね、噂の」
「あんた一体誰なんだよ」
「おまえはホント面白いねえ。鮎原こずえの顔して、髪型は星飛馬だわ。大五郎にもちょと似てるね」
 老婆はがらがらと痰を震わせ、笑った。まるで巨大な扇風機の前で、叫んでいるような笑い声だった。
「おい。鮎原こずえって誰だよ」
 静香がわたしに質問する。
「アタックNo 1だよ。ほら、上戸彩がやってた」
「しらねえな。後のやつは? 大五郎って何だ」
「それはあたしもしらない」
「おねえちゃんは、正統派の美少女だね。なんかフィギュアスケートでもやっていそうな顔じゃないか」
「フィギュアスケートなんかしたことありません。寒いの嫌いなんです。あの……もしかして、おかめさんですか」
「おや、知ってるなら話が早いね」
 黄色く濁った白目をひん剥いて、老婆がわたしを見た。思わず背筋がぞわぞわっとした。
 おかめさんの顔には、まるで肉感がない。縦横にシワが走った褐色の肌は、まるで頭蓋骨にニスを塗って、それがひび割れしたような感じだ。随分前のアメリカのホラー映画で、こんなような顔の生き物が出てきた。その生き物は、下半身を切断されてもまだ動いていた。
「何でおれたちの家の鍵を持ってるんだ。勝手に人んち入ってくんなよ」
「おまえたちの父親がくれたんだよ」
「オヤジに会ったのかよ。今どこにいるんだ、あのクソ野郎は。それに、何であんたなんかに鍵を渡したんだよ」
「そりゃあ渡すだろうさ。あたしは、おまえさんたちの法定代理人だからね。それより大五郎。おまえ、減らず口叩くね。まずはその口の利き方から正さないとね」
「大きなお世話だ。それからおれの名前は大五郎じゃねえよ」
「知ってるよ。静香だろう。名前に似ずうるさいね。おまえさんは」
「法定代理人って、どういうことなんですか」
 わたしは老婆に尋ねた。
「あんたたちの母親はとっくに親権を放棄してるし、父親も現在逃亡中だから、子供の面倒なんか見られる状態じゃない。だからあたしが後見人になってあげたんだよ」
 おかあさんはわたしたちが小さい頃離婚して、今は再婚相手の外国人とジンバブエという国で暮らしている。
「それが何であんたなんだよ。おれらあんたのことなんかしらねえよ」
「ああそうかい」
 おかめさんが静香に顔面を近づけた。その顔は先日のクジラ男の十倍は迫力があった。静香は、スプラッター映画の残酷シーンで目を背けるように、眉間に皺を寄せながら、視線を逸らせた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み