第18話 いちいち目の玉をひん剥いて人の顔を見る

文字数 1,356文字

クリスマスイブにしては車の少ない首都高を四十分ほど走り、聞いたこともない出口で下りた。
 繁華街のようなところを三分も走ると、あたりはもう真っ暗で街灯さえまばらになった。夜景を楽しんでいた先ほどまでの気分はすっかり消え失せ、胃のあたりがしんしんとしてきた。
いよいよ、新しい人生を生きる場所に着くのだ。
「いったいどんな田舎だよ」
 静香がドラエモンのお腹を、裏拳でバンと叩いた。
「もうすぐだからね」
 おかめさんがいきなり後部座席を振り返った。いつも思うのだが、どうしてこの人はいちいち目の玉をひん剥いて、人の顔を見たりするのだろうか。わたしたちはもう慣れたからいいが(実際はまだ慣れてはいないのだが)、初めての人が夜、こんな顔に睨まれたら、それこそショック死するかもしれない。
 わたしたちの乗ったセダンは、巨大な門柱のある家の前で停まった。鬼熊がダッシュボードからリモコンらしきもの取り出し、スイッチを押すと赤いランプが点滅して、門がゆっくりと開いた。
 門柱の間をゆっくりと車が滑り込んで行く。車が敷地内に入れるほどの広さなのだ。
 車寄せを進むと、目の前に灰色の巨大な建物が姿を現した。
「御殿じゃねえかよ」
 静香が車窓から屋敷を見上げながら言う。おかめさんは家を出る前、御殿に行くんじゃないと言っていた。
「さあ、さっさと降りるんだよ。もう遅いんだからね。グズは嫌いだよ」
 腕時計を見ると、既に十一時を回っている。わたしたちは、荷物とともに車を降りた。
「鬼熊。今日はもういいよ。ご苦労さん」
 カモノハシフェイスの男は、ギヤを入れ替え、ハンドルを片手の掌で起用に回転させると、バックで車を車庫に入れた。車は広い車庫のど真ん中に、切り替えしなしでぴっちりと収まった。駐車したセダンの隣には、もう一台車がある。
 さっさと駐車を終えた鬼熊は、忍者のように、もうどこかに姿をくらませていた。
「でかい家だなあ」
 家の二階には明かりがついている。おかめさんの家族だろうか。
「とりあえず、スーツケースとダンボールは置いておいで。おまえたちの部屋を見せるから」
 わたしと静香は、おかめさんの後に続いて家の中に入った。
 玄関は吹き抜けになっていて、すぐ橫に階段があった。中から見上げると、明り取りの丸天井に星空がきらめいている。
「なんか教会みてえここ」
「静香教会なんか入ったことあるの?」
「ねえけどさ」
「さあ、さっさと来るんだよ」
 おかめさんは既に、軽やかな足取りで階段を昇っている。この人の顔は四百歳だが、体力は二十代なのかもしれない。
 二階に上がり、廊下を進むと、少しだけ開いた部屋の扉から誰かがこちらの様子を伺っているのに気づいた。わたしが顔を上げると、慌てて扉が閉まった。
 長い廊下のつきあたりに近いところに、もうひとつの階段があった。否、階段というより梯子に近い。その梯子をおかめさんが昇る。わたしと静香も彼女の後に続いた。
 梯子を上り終え、裸電球をつけると、そこは大きな屋根裏部屋だった。
 家の中は集中暖房でとても暖かかったのに、ここだけ凍るように寒い。部屋の真ん中には、旧式の石油ストーブがひとつだけぽつんと置かれていた。
「ここが今日からおまえたちが寝泊りする部屋だよ」
 そこは部屋というより、納戸か物置のようなところだった。
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