第7話 残すんなら、あたしにくれ

文字数 1,087文字

 家にあった本やらCDを売ってお金を作り、それから五日間ばかりをしのいだ。お弁当には、小さいおにぎりを一個しか持っていかなかった。
「美里ちゃん。それだけ?」
 ある日、いつも一緒にお弁当を食べるグループの女の子に、訊かれた。
「うん。ダイエット」
「え~っ! 必要ないじゃん」
 必要ない。わたしは標準より痩せているくらいだ。
「うんでもちょっと、近頃お腹が。ジーンズの縁に乗ってるような気がして」
 女の子は、ぱったりと自分のお弁当箱を閉じた。
「あたしも。ダイエットする。マジやばいもん」
 その子のお弁当箱には、まだ半分以上ご飯が残っていた。
 ――残すんなら、あたしにくれ、それ。
 咽の奥がゴクリと鳴って、慌ててわたしは咳払いをした。
 その晩の主食は、水で研いた小麦粉だった。静香がエビフライの尻尾と、かじりかけの春巻きと、萎びたパセリをどこかから調達してきて、食卓に色を添えた。
「クラスのやつに弁当の残りを恵んでもらったんだ。うちでピラニア飼ってっから、餌にしたいって言ったら、くれたよ」
「ふうん」
 わたしも嘘をついてでも、あの子のお弁当をせしめていれば良かったと後悔した。
「冗談じゃなくて明日は本当に食いもんなくなるぜ。マジでゴミ漁りすっか」
「ずっと前だかにさあ、テレビで見たんだよ、外国のドキュメント。田舎に住んでる女の人が出てきて、この人がまるでご飯食べないんだよね。
 じゃあどうやって栄養摂ってるかっていうと、裏山行って、そこの土食べるの。本当に土しか食べないんだよ。もう何年も前からそんなことやってるから、普通のご飯が咽通らないんだって。あたしたちも、そんなになれたらいいのにね」
「おれ、何にも食わない男見たことあるぜ。ヨーロッパのどっかの国にいるおっさんで、キリストみたいな顔してんだ。そんで、日の光を浴びてるだけで、栄養は十分摂れるんだって」
「ソーラーパワーってやつ?」
「太陽電池で動く人間かな。土なんか食うより、そっちのほうがいいよな。まずいだろ、土」
「そうだね」
「そういえばさ。犬とかは腹減ると、自分のウンコ食うっていうぜ」
「メス猫は出産した後、自分の胎盤食べるっていうよ。栄養つけなくちゃいけないから」
「あ~あ。それに比べりゃおれたちは軟弱だな」
 その時玄関で物音がした。玄関には鍵がかけられている。
「誰か来たよ」
「誰だこんな時間に」
 扉が開き、閉まる音が聞こえた。家の鍵を持った人間が、今正に家の中に入ろうとしているのだ。
「オヤジだぜ。きっと」
 静香がすっくと立ち上がり、廊下に出て行った。
 わたしも後を追おうとしたとき、「うわっ」という静香の悲鳴が聞こえた。
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