第15話 枕元にプレゼントは無い

文字数 1,544文字

 母は白けた目つきで、そんな父娘のやり取りを見ていた。この頃からもうすでに、父と母はうまくいってなかったようで、母が外泊することも多かった。
「プレゼントはパパに頼みなさい。大親友のサンタさんに言っておくから。サンタさんは必ず、おまえたちの願いを叶えてくれるよ」
「わ~い」
「やった~」
「クリスマスの晩は、ママはまたちょっと出かけるから。次の日に戻ってくるわ。それまでパパといい子にしてるのよ」
 父がじろりと母を見たが、母は知らん振りで食卓を片付け始めた。
「だがちゃんとおとうさんのいうことを聞かなければ、サンタさんはプレゼントをくれないぞ。サンタさんはだらしがない子供はきらいなんだ。朝晩歯を磨いて、お風呂にもちゃんと入る子が好きなんだ」
 それからわたしと静香は毎朝晩、歯をしゃかしゃかと磨いた。寒くて嫌がっていたお風呂もキチンと入るようになった。下着も毎日取り替えた。
 こんなことが続き十日も経つと、クリスマスになった。
「じゃあ、ふたりでいい子にしてるのよ。大丈夫ね。お姉ちゃんはちゃんと静香の面倒見るのよ。おとうさんはじき帰ってくるからね。ママは今晩お友達の家にお泊りして、明日帰ってくるからね」
 母は幼いわたしたちを残し、思いきりおしゃれな格好で家を出て行った。
 父は夜になっても帰ってこなかった。
 お腹が空いて仕方なかったので、買い置きのベビースターラーメンで餓えをしのいだ。居間でテレビを見ながらポリポリとラーメンをかじっていたわたしたちは、いつしか眠ってしまったらしい。
 付けっぱなしにしていたテレビから聞こえる爆笑で、わたしは目を覚ました。温風ヒーターがご~っという音を立てている。テレビ画面ではジャージ姿でギターを抱えたタレントが、ヘンテコな歌を歌っていた。
 相変わらず、おとうさんは家にいなかった。サンタさんも来た形跡がない。
 はっとなったわたしは、眠っている静香をたたき起こし、洗面所に引きずっていった。「ライオンこどもハミガキいちご」を歯ブラシに塗ったくって、静香に渡す。静香は寝ぼけ眼で、それを口の中に突っ込み、しゃかしゃかやりだした。
 わたしもあわてて歯を磨いた。もう手遅れかもしれなかったが、わたしも静香も必死だった。
 おとうさんには食べた後すぐに歯を磨けと言われていたし、サンタさんはいいつけを守れない子どもにはプレゼントをくれない。
 歯磨きが終わった後、わたしたちはベッドの中に飛び込んだ。先ほどまでガーガー寝ていたくせに、なかなか眠りに就けなかった。それでもわたしたちは、必死になって目を瞑った。サンタさんは、起きている子供の元には現れない。子供に姿を見られることを嫌うからだ。
 ――どうしよう。どうしよう。サンタさんが現れなかったらどうしよう。
 こんな思いが頭の中をぐるぐる駆け巡れば巡るほど、眠るどころではなかった。
 結局わたしたちが寝たのは、明け方近くだったと思う。目が覚めた時は、デジタル時計がきっかり十二時を指していた。
 その日は土曜日だった。
 枕元にプレゼントは無い。
 おとうさんもおかあさんも、まだ外出から帰ってなかった。
 静香のお腹がグーと鳴った。
 ベビースターラーメンはもう無かった。戸棚をがさごそやってるとチャルメラが出てきたので、静香とふたりで、そのままぽりぽりとかじった。チャルメラはベビースターに比べ、味が薄かったが、なかなか美味しかった。
 母親が三時ごろ帰ってきた。ダイニングに入るなり、テーブルの上に散乱していたラーメンの食べかすを見て、眉をしかめた。
 おとうさんは、と訊かれたので昨日の晩から帰ってこないと答えた。母はとても怖い顔をした後、一転して干し柿のようにくしゃくしゃになると、ゴメンねゴメンねと言いながら涙を零した。
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