第12話 潰れたイソギンチャクのような顔( ゜Д゜)

文字数 1,146文字

 色白の男はぬめっとした顔をわたしの前に突き出した。毛穴ひとつ目立たない白粉を塗ったような肌なのに、ひげ剃り跡だけが妙に青々としていた。
「といって昔みたいに、タコ部屋に押し込まれて、朝の五時から雑巾がけといった、ああいう世界ではないから、安心しなさい。
 冷暖房完備で大画面テレビやインターネットもある。専用のサウナだってついているんだ。凄いだろう。
 仕事自体はなに、そんなに難しいものじゃない。お金持ちの上品な客様のお相手をするだけだよ。おしゃべりをしたり、一緒にカラオケしたり、肩をマッサージしてあげるような、まあ癒し系の仕事だな。やりがいはあると思うよ」
「あ……あたし、自信がありません……」
「何、きみなら十分やってけるさ」
 男はわたしの右肩に手を置いた。わたしは首を捻ってその手を見つめた。指が細くて長い、女郎蜘蛛のような手だった。
「もっと自分に自信を持たなくちゃいけない」
 男の生暖かい息が、顔にかかった。
「あたし、まだ子供だし……」
 自分の体が、石膏のようにかちかちになっているのを感じる。
「大丈夫だよ。りっぱに大人として通用するから。きみは美しい」
 なんと男はウインクした。わたしはもう少しで、卒倒するところだった。
「悪い話じゃないだろう」
「…………」
「さて」
 色白の男はわたしから、離れた。
「まあ、急にそんなことを言われても、混乱するだろうな。だが、覚えておいて欲しい。きみには才能がある。うちで勤めれば、きみはそのうちNo1になれる。そうすればおとうさんの借金なんか、すぐに返済できて、おまけにお釣りがくるよ。きれいな服が買えるし、海外旅行にだって行ける。こんな結構な申し出はないぞ。
 もし、きみが断るのなら、とても残念なことが起きるかもしれない」
 男が白鳥の方に目を向けた。白鳥がさらに静香を締め上げる。静香の顔は、今度は潰れたイソギンチャクのようになった。
「止めてください。妹を放して」
「おい、白鳥。弟さんを放してやるんだ」
 巨大な男が手を放すと、静香の顔が元に戻った。もはや戻らないのではないかと心配になっていたわたしは、安堵のため息を漏らした。
「あの男は力がセーブできなくてな。物事がスムースに運ばないでイライラすると、あんな風になっちまうんだ。見ただろう」
「…………」
「土曜日の晩にまた来る。それまでによお~く考えておくんだ」
 白鳥を引き連れ、家を出るとき、色白男はまたウインクした。
「待ってください」
「何だね」
「あの……日曜日にしていただけませんか。土曜日に友達なんかにあいさつ回りに行きたいんで」
「そうか、そうか。よし分かった。では日曜日の八時ごろに迎えに来よう。心配するな。そこにいる坊ちゃんも、一緒に連れていってやるから」
 男は満足そうに頷くと去っていった。
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