第6話 カラスと猫に仁義を切る

文字数 1,206文字

 その日から家に様々な人間が現れるようになった。
 彼らは家の近くの、電柱の陰かなにかにじっと身を潜めているらしく、わたしたちが学校から帰るのを見計らうように、現れるのだった。
 中には紳士的な人もいたが、最初に来た二人のように、粗暴な輩もいた。
「そうですか。おとうさんはやはり行方不明なんですか。はー」とため息をつきとぼとぼと引き上げていく、なで肩のおじさん。静香と睨み合いの果てに「親も親なら、子も子だぜ」と捨て台詞を残して去ってゆく、サングラスの人。わたしたちのことを哀れんだ目で見つめ、取立てに来たのに、逆に小遣いをくれた(といっても五百円だったが)おばさん。わたしの太ももと腰を穴の開くほど見つめ、「いい働き口がある」と口元を歪めた赤シャツの若い男。「ちょっとゴメンよ」と家に上がり、メモを取りながらテレビや家具に赤札をベタベタ張ってゆく、銀縁メガネの人、等々。
 そういった有象無象の応対をしながら、一週間ばかり経つと、わたしも静香もへとへとになっていた。おとうさんからの連絡は、あれからぷっつり途絶えた。おかめさんとやらも現れない。生活費も底をついている。
「この分じゃ来週食いものがなくなるぜ」
 静香が冷蔵庫と台所の戸棚を点検した。
「缶詰もカップ麺も全部食っちまった。冷蔵庫にあるのはマヨネーズだけ。どうするよ、美里」
「バイトとかできないかな」
「中学生でバイトか。う~ん。高校生ならともかく、おれたちなんか雇ってくれるとこあんのかな」
「モー娘とかに応募してみる?」
「やだよ。冗談じゃねえよ」
 と静香は言うが、彼女は女の子として、かわいい部類に属していると思う。ベリーショートをやめ、肩まで伸ばしたレイヤーとかにすれば、女の子らしくなるのに、静香はそういうのが嫌いらしい。もっとも頭が小さいので、ショートもそれなりに似合ってはいるが。
「アメリカの家みたいにさ、芝刈りとか近所でやらしてくれたら、お小遣い稼げるのにね」
「この辺りじゃ無理だよな。芝生生やせるほど庭がでかい家なんてねえし」
「近所の小学生に勉強教えてあげるとか」
「おれは体育くらいしか教えてやれねえよ」
「あたしも高学年はヤバイかも。三年生くらいまでなら何とかなるかな」
「でもよお。隣近所を見渡せば、おれたちなんかより大人で高学歴の連中が、わんさかいるわけじゃんか。わざわざおれたちなんかに、家庭教師頼むか?」
「じゃあ、ドーナツ作って駐車場で売ろう」
「そんなことするより、作ったドーナツ食えばいい話だろ。でも卵も牛乳ももうねえよ」
「最後の手段は、ゴミ漁りだね」
「カラスとか猫に仁義切らないとな。あとはホームレスとか」
「ってか、ゴミ出し代行のバイトすればいいんだよ。それでお小遣いもらって、なおかつ美味しそうな生ゴミはちゃっかりあたしらがキープする」
「美里、マジで言ってるよな」
「言ってない」
 わたしは大きくため息をついて、居間のソファに腰を埋めた。
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