第1話 色
文字数 1,976文字
突如相棒からの呼びかけを受け取るが、
今はそれどころではないため、
受け流して部屋の中に意識を集中する。
緊張感で思わず冷や汗をかきながら、蛍光灯の紐がある場所を目指していた。
俺は暗闇のある一方向を見据えた状態で、
大きく深呼吸をすると、蛍光灯の紐をゆっくりと引いてみる。
蛍光灯が2、3度点滅して部屋が明るくなると、
そこには見知らぬ少女の姿があった。
一瞬、そんな期待が頭をよぎるが、そうではなく、
私服姿で俯く高校生くらいの少女だった。
大学に入って1年経ち、その間ずっとこの大波荘に1人で住んでいるが、
少女について心当たりはないし、アパートの住民と言う事もない。
ここは築40年のボロアパートなので、
壁に手をつくと天井から何かポロポロと落ちてくるし、
前から部屋の鍵もおかしかったので、偶然扉が開いてしまったのかもしれない。
だから僕が扉を開けておいたんだにゃ』
とりあえず、今は相棒より女の子への対処が先なので気持ちを切り変える。
人の家に入り込んで迷子と言う訳は無いが、
少女を怖がらせたくはないので、優しくそう問いかける。
しかし少女からの返事はなく、俯いてぼーっとしているだけだった。
自分の心情を知られるとあまり良い気はしないので、
友人にも話した事はないのだが、俺は相棒と力を合わせる事で、
他者の心の状態を『色』で判別する事ができるのだ。
今右手に持っているコンビニ弁当を買った時に視た、店長の色はオレンジ。
オレンジは良い事があった時の色で、店長に聞くと昨晩お孫さんが生まれたとの事だった。
そう、俺の相棒と言うのは『猫』なのだ。
大波荘に移り住んだ翌日、目が覚めたら
黒猫が枕元にいて、突然俺に話しかけてきた。
お互い離れていてもやりとりができるので、色んな面で便利だが、心を視る能力だけは、
お互いかなり体力が消耗するので、1日3回までと決めていたりする。
目を瞑り、ルキアから徐々に力を届き始めたのを確認すると、
俺は心の中で少女に謝り、意識を集中する。
すると、ぼやっとした色が浮かび上がり、
しばらくすると『灰色』のイメージが、脳裏に映りこんでくる。
泥棒などの仄暗い感情を抱えている訳ではないと分かったため、
俺はコンビニ弁当を少女の前に置いた。
腹ごしらえをすれば、何か話してくれるかもしれないと思い提案してみるが、
少女はそれを見る事もせず、顔を伏せてしまう。
受けとる気配が無いため、俺はコンビニ弁当に手を伸ばすと、少女に軽く腕を掴まれる。
そう少女に語り掛けると、先ほどより大きく首を横に振った。
困り果てていると、少女は小さく震えながらもゆっくりと顔を上げた。
手を掴んだまま、こちらを物憂げな表情で見つめてくる。
先ほどまで俯き気味だったので分からなかったが、
顔を合わせてみると、とんでもなく可愛い。
いわゆる、日本的黒髪美少女だったのだ。
そうそう、俺のもろタイプ……。
いやいや、今はそんな事考えてる場合じゃない!
物憂げに見つめる表情に、気持ちが揺れ動きそうになるが、
大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。
その言葉に少女はしばらく考え込むと、
再度こちらに向き直し、こくんと無言で頷いた。
掴まれていた手をゆっくりと剥がして、割り箸を手渡した。