第16話 思いがけない人物

文字数 2,057文字

「あ、こちらこそ初めまして。綾瀬 亮介と申します。」
「ってえー!?」

名取 愛花と名乗った女性は、ネットで見た名取の面影を残しつつ、

より綺麗でより聡明な女性へと変貌していた。


ルキアが気を利かせてくれたのか、

どこまでも晴れやかな「ブルースカイ」も視えている。


でも、なぜその人が俺のうちにいるのだろう。

家に着いたら、名取の連絡先を調べるつもりだったのだが。


弓月を横目でちらっと見ると、弓月も予想外だったようで、

目を点にしたまま固まっていた。

「何で名取さんがここに……?」
「私達は皇社長に会って欲しい人がいるからと言われて、参りました」
「皇社長!?」
「名取は皇社長とお知り合いなんですか?
 ってか皇社長は、なぜうちに呼んだんだ?」

あまりにも予想外な言葉だったため、完全に頭の中が混乱していた。

「それは私がお答えしましょう」

黙って座っていた黒ずくめの男性が立ち上がり、口を開く。

「私は愛花お嬢様のボディーガードをしております、成瀬と申します」
「本日皇社長から本社に連絡があり、弓月 葵と言うお名前に心当たりが
 ないかとの問い合わせがございました」

「愛花お嬢様にお伺いした所、弓月様とは昔からのご友人との事だったので、

 皇社長からのご依頼で綾瀬様の自宅に参った次第です」

「おいおい、日本の大企業の社長令嬢を、うちに来させる皇社長って何者なんだ……」
「鍵は皇社長から頂きました。許可無く入った無礼をお許しください」

皇社長が鍵を……まあ管理人さんと社長は知り合いみたいなので、分からなくもないか。

「さぞ混乱されてるかと思いますが、皇社長は鳳(おおとり)グループを取り
 仕切っており、財界にも顔がきく方なので、

 名取家ともよく交流させて頂いているんですよ」

鳳グループ。


社長が言ってた俺が知らずに買っている商品と言うのは、鳳出版から出ている

『月刊鳳凰』の事だったのか。


確かに皇電気店は、まるで趣味のように扱っていたので、おかしいとは思っていたが……。

「葵ちゃん、お久しぶりね」
「あ、はい……お久しぶり……です」

名取はにこやかな笑顔を浮かべて、歩き出したかと思うと、弓月を優しく抱き締めた。

「え、え!?」

弓月は顔を真っ赤にしながら、ワタワタと慌てふためいている。

「ごめんね。あの後葵ちゃんの事がずっと気になっていたんだけど、
 お父様から外出や外への連絡を固く禁じられてできなかったの」
「ううん、名取さんは悪くない。
 私が突然川辺の花を見たいって言ったからあんな事になったんだし……」
弓月は申し訳なさそうな顔で下を向く。

「違うの。葵ちゃんは自分が悪いって思う所があるから、

 記憶とずれてきちゃったんだと思うけど、花を見たいと言ったのは私なのよ?」

「え、違う。私が見たいと言ったんだよ?」

そう言って弓月は名取に抱きしめられたまま、首を横に振る。

「それじゃ、その花の色は覚えてるかな?」
「えっと……」

弓月は真剣な顔つきで一生懸命思い出そうとするが、思い出せないようだ。

「その花はね、綺麗な黄色い花で、カンナって言うのよ」

「図鑑で見た事のある大好きな花だったから舞い上がってしまって。

 だから葵ちゃんは何も悪くないの」

「でも、でも……」
「ごめんね、いっぱい苦しい思いさせて」
「愛花ちゃん……」

二人は今この瞬間、6年前に戻ったかのようにお互いを呼び合い、

しばらくの間深く抱き締めあった。

「弓月、名取のおかげで気持ちが解けたみたいだし、良かったな」
「綾瀬さん、それは違うと思います。
 誤解を解いたのは私ですけど、葵ちゃんをここまで導いてくれたのは綾瀬さんです」
「皇社長からの橋渡しがなかったとしても、
 綾瀬さんなら何とかして、私の連絡先を調べようかと思ってたんじゃないですか?」

「家についたら、確かに連絡先を調べるつもりでいた。

 まあ何だろう、俺としては弓月に後悔はして欲しくなかったし、

 自分ができる事はやりたいって思って行動してただけだよ」

「綾瀬さん」
「ん?」

名取の横にいた弓月が、真剣な顔つきでこちらに歩いてくる。

「本当にありがとうございました。
 綾瀬さんが手を差し伸べてくださらなければ、

 色々な事を諦めてしまっていたかもしれません」

「怖くないかと言われれば嘘になりますが、

 綾瀬さんにかけて頂いた言葉を胸にまた前に歩き出そうと思います」

「綾瀬さんに逢えて良かったね」
「うん、良かった」

弓月の満面な笑顔が眩しくて、この笑顔を失わなくて本当に良かったと心から思った。

「今日は本当に収穫の多い日で、凄く嬉しかったです。

 誠に心苦しいですが次の予定が入っておりますので、

 今日はこれにて失礼させて頂きますね」

「連絡先は綾瀬さんにお渡しします。是非ご連絡ください」
「ああ、必ず連絡する。それと忙しいところ足を運んでくれてありがとう」
「いえいえ、私がお二人にできる事なら何でもさせて頂きます」
「では、お嬢様」

成瀬さんがすっと手を差し伸べて、名取を玄関に誘導する。

「またね、葵ちゃん」

お嬢様らしく深深と頭を下げると、軽快な足取りで部屋を後にして行った。

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登場人物紹介

綾瀬 亮介(あやせ・りょうすけ)

大学2年生。

相棒の猫・ルキアと心で会話する能力を持ち、また力を合わせる事で、

他者の心の状態を『色』で判別する事ができる。

謎の少女

亮介の自宅に突如現れた少女。


ルキア

亮介の家に住み着く猫。

亮介と会話をしたりする事ができる。

まさに深窓の令嬢と言う感じで、少し茶色がかったふんわりウェーブの髪と

青みがかった瞳が印象的で、ボディーガードを連れている。

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