第11話 病院

エピソード文字数 1,756文字

「ちょっと待ってな。今その人に電話をするから」

スマホの住所録から笠原さんを探し出し、電話をかける。

「おお、綾瀬か。俺の不注意のせいで、非番の時に仕事をさせてしまって申し訳ない」

「いえ、それは全然問題ないです。

 それで一つだけ聞きたいのですが、今いいですか?」

「ちょっと待ってくれよ」

電話口から離れたのかしばらく無音の後、

【10分間隔の状態なのでまだ時間はあると思いますよ】

と言う言葉が電話口から漏れ聞こえる。

「綾瀬、少しなら大丈夫だそうだ。保留にして場所を移動する」
(今聞こえて来たのは……やはりそうか。
 先週社長とそんなような事を話してたのが、休憩室から聞こえて来てたな)

自分の考えが正しいと確信した俺は、弓月にも話が伝わるよう音源をスピーカーに変えた。

「よし、話を続けてくれ」
「忙しい時にすみません。笠原さんって今病院にいますよね?」
「ああ、怪我の診察で来ていたとこだよ」

笠原さんはそう答えるが、怪我の診察では無いと確信していたので直言する。

「笠原さん。いくら笠原さんがクールで見た目が怖そうな人でも、

 おめでたい事は自信を持って伝えてください。水くさいです」

「そうだな……悪い。嫁さんから電話が来たから産気付いたのかと思って、

 昨日は慌てて家に帰ったんだ」

「今日も怪我で休んでいる訳ではなくて、出産に立ち会っている所だ。

 綾瀬にも事実を伝えれば良かったんだが、自分の口で言うのが、

 どうにも恥ずかしくてな」

(良かった。自分の考えは正しかったんだ)

「そう言う大事な事はいくら俺でも茶化したりしません、大丈夫ですよ。

 それでいつ頃生まれそうですかね?」

「午前中に10分間隔の陣痛が来た所だ。

 そろそろ次の段階にいけるといいんだが」

人によってかかる時間が違うが、平均時間で見ると……と言う話を

笠原さんから、重ねて説明を受ける。

「無事出産できる事を祈ってます。奥様とお子さんを大事にしてくださいね」

「ありがとう。綾瀬の言葉はプラスになる事が多いから、そう言ってくれると嬉しいよ。

 ちなみにお前の話はこれだけで良かったか?」

笠原さんに言われてもう1つ聞く事があるのを思い出した。

「あ、昨日店の近くで猫を助けました?」

「なんか綾瀬には、お見通しって感じだな。

 近くにいたお嬢さんにはなぜか逃げられたが、側溝に落ちた白猫は俺が無事助けたよ。

 これでいいか?」

「はい。問題は全て解決しました」

「それは良かった。生まれたらメールするからな。

 ああ、最後に1つだけ。何か困った事が起きたら社長を頼れ。

 あの人ならきっと力になってくれるはずだ」

笠原さんはそう言うと、看護師さんに呼ばれたのか無言のまま電話を切った。


確かに社長は謎の部分が多いが、幅広い人脈を持っているのは確かだ。


笠原さんの言うように頼るべき場面では頼ると心に決めて、次は弓月と向き合い声をかける。

「弓月も聞こえたと思うが、笠原さんは不幸な目にあっていたか?」
「いえ……とっても素敵な話でした」

弓月は笑顔を浮かべながらも、頬には一筋の涙が伝っていた。

「それにほら、外を見てみろ」

外の様子に気付いた俺は、弓月の視線を外に向ける。


あれだけ降っていた雨が、今は完全にあがっていたのだ。

俺は弓月に手を差し伸べて一緒に店を出ると、黒猫が白猫を連れて歩いてきた。

「あの猫ちゃんだ」

そう言うと、弓月はすぐに白猫に駆け寄り、優しく抱き抱える。

『亮介、ミッションコンプリートにゃ!』
黒猫のルキアが、俺に向かってどや顔で決め込む。
『頼まれたと言っていたのは、白猫を探す事だったのか!』

『知り合いの猫から白猫がいなくなったと相談があったんだにゃ。

 それで探してたわけにゃー。目的の猫だったのは偶然にゃけど』

『ルキア、でかしたぞ!』

俺もルキアを抱きかかえて、弓月にゆっくりと歩み寄る。

「まあそう言う事で、笠原さんと猫に関して何も悪くないと分かったはずだ。

 でも、なんで私のせいって言ってたんだ?」

「少し長くなりますが……聞いてくださいますか?」
「もちろん。どんなに時間がかかっても、弓月の伝えたい事は聞かせもらうよ」

笑顔でそう答えて再度店の中へと誘導し、一緒にレジカウンターで腰を下ろす。

「私は……物心がつく前から、施設で暮らしていました」
弓月は猫の頭を撫でながら、自分の事を語り始めた。
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登場人物紹介

綾瀬 亮介(あやせ・りょうすけ)

大学2年生。

相棒の猫・ルキアと心で会話する能力を持ち、また力を合わせる事で、

他者の心の状態を『色』で判別する事ができる。

謎の少女

亮介の自宅に突如現れた少女。


ルキア

亮介の家に住み着く猫。

亮介と会話をしたりする事ができる。

まさに深窓の令嬢と言う感じで、少し茶色がかったふんわりウェーブの髪と

青みがかった瞳が印象的で、ボディーガードを連れている。

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