第12話 弓月の過去

文字数 1,594文字

「父も母も顔が分からず、どう言った経緯で預けられたのかも分かりません。

 最初はなぜ自分がこんな目に会うのかと、毎日涙を流す日々でした」

子供の頃の記憶が蘇ってくるのか、時折顔を伏せながらも弓月の口調からは、

決心が伝わってくる。

「でも施設の同じ境遇の友達が仲良くしてくれたので、

 徐々に徐々に境遇について考えないになっていったんです」

「ところがある日を境に、仲間達から距離を置かざるおえない状況に陥りました」

そこまで話すと弓月は目を閉じ、少し間を取ってから話を続ける。

「一緒に遊んでいた子が遊具から落下して大怪我。

 何でも話せる親友が突然大病を患うように。

 そして学校でも仲良しの級友が唐突に学校に来なくなりました」

(友達が大怪我に大病。突如学校に来なくなった、か)

「最初は私もただの偶然と思ってましたが、負の感情に囚われるようになってから、

 周りに奇妙な出来事が起きるようになったんです」

気丈に振る舞いながらも話を続ける弓月に、何度も声をかけそうになるが、

ここは我慢の時だと歯を食いしばって、話を聞き続ける。

「自分が不幸な目に会うのなら耐えられる。

 でも周りの人達を巻き込むのは凄く辛くて、学校を休んで家を飛びだしました」

「そんな時知り合ったのが、名取 愛花さんでした」

周りの人達を巻き込むと思っていた弓月の心情は、想像できないくらいの

辛さだったと思うし、心が迷い込んでしまったのも無理はないのかもしれない。

「名取さんは大きな会社の社長の子供でなかなか自由には生活できないけど、

 とても好奇心旺盛な人なので施設の事、

 お互いの学校の事などありとあらゆる話をしました」

「そのおかげで苦しくて逃れた世界でも楽しい時間を過ごす事ができたんです」
そこまで言って、弓月は口をつぐむ。
『葵ちゃんの手、震えてるにゃ……』

弓月が震える手を必死に抑えようとしている姿を見て、俺は無言のまま手を握る。

「……でもそれは間違いだったんです。
 6年前のある夏の日、弓月さんと二人で向日葵の丘公園に行く事になったんです」
「公園にたどり着く前から、景色が凄く綺麗で、二人して気持ちが高ぶっていました」

「その勢いのまま、私は川辺に咲いている花を近くで見たいと言って二人で近寄り、

 転落してしまったのです」

「前日に雨が降っていたので地盤が緩んでいたんだと思います。

 ……落ちた後は記憶がなく気づいたら一人、ペンションの近くで倒れていました」

弓月にはそう言う経緯があったのか。
「人に言いにくい事だと思うけど、頑張って話してくれたな」

言葉に詰まりそうになりながらも、最後まで話してくれた弓月に、

優しく声をかけて再度手を握りしめる。


今の話でキーになりそうな点を整理すると、

(1つ目は、弓月が周期的に負の感情に囚われてしまう事)
(2つ目は、その時期になると、友達を含めて周辺に異常が発生してしまう?事)
(3つ目は、名取を一時的にではあるが行方不明になってしまった事)

大まかにまとめると、以上3つの問題点が考えられる。

(弓月が言うからには、周りに何かしらの変化があるのは確かだと思うが、

 弓月のせいで全ての事象が起きているとは考えずらい)

猫と笠原さんの件を例に挙げると、弓月は猫に近寄ったが笠原さんに助けられたし、

笠原さんも怪我で休んだ訳ではなく、奥さんの出産に立ち会おうとしていただけだった。

次に名取の件を考えてみると、向日葵の丘公園に行く事になり、

事故が起きてしまうが、報道を通じて無事を確認している。

施設の仲間や学校の友達の件は検証できないが、

弓月の懸念を払拭する方法が、一つだけあると思った。

(名取 愛花と連絡を取る事ができれば、この問題も解決する事ができるかもしれない)

そう考え、言葉を発しようとした所で、スマホに電話がかかってきた。

「タイミング的に、笠原さんからかな?」
着信表示を見ると笠原さんではなく、皇社長からだった。
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登場人物紹介

綾瀬 亮介(あやせ・りょうすけ)

大学2年生。

相棒の猫・ルキアと心で会話する能力を持ち、また力を合わせる事で、

他者の心の状態を『色』で判別する事ができる。

謎の少女

亮介の自宅に突如現れた少女。


ルキア

亮介の家に住み着く猫。

亮介と会話をしたりする事ができる。

まさに深窓の令嬢と言う感じで、少し茶色がかったふんわりウェーブの髪と

青みがかった瞳が印象的で、ボディーガードを連れている。

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