第2話 ……ないです

エピソード文字数 2,454文字

それじゃ、俺はパンでも食うとしますか。

綾瀬 亮介

「クリームパン、クリームパンっと」

冷蔵庫を開けて中を確認し、お目当ての物を見つける。


スーパーでよく特売で売っている5個入りのあれだ。

(こんなに美味しいのに100円で買えるのは、

 何だか申し訳ないと思うのは俺だけだろうか?)

「これでよしっと。後はお茶を用意をするから待ってろよ。

 今冷たいお茶を用意してやるからな」

相変わらず何の返答もないが、背を向けたまま冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注ぎ込む。

「ほらよ、お茶だ。冷たくて美味しいぞ」
左手に持ったコップを手渡そうとその場で振り返ると、
「……」

少女はまだ弁当に箸をつけておらず、こちらをじっと見つめていた。

(先に食べればいいのに……いや、もしかして)
あり得ないと思いつつも、念のため確認してみる。
「もしかして、俺を待っててくれたのか?」
「……」

少女にそう声をかけると、今度は首を振る事も俯く事もせず、無言でこちらを見続けた。


まだ会ってから話もまともに成立していないが、俺の問いかけに「YES」と答えてくれた気がした。

(まあ気がしただけで、実際はどうだろうな)
「それでは何かよく分からない状態だが、一応礼儀と言う事で……いただきます」
(こくん)

俺の言葉に同調してくれたようで少女は小さく頷き、

コンビニ弁当の封を開けて、綺麗な箸使いで惣菜を口に運んで行く。

(コンビニ弁当なのに上品だな、どこかのお嬢様なのだろうか)

悪いと思いつつも、チラッと少女の食事作法を伺うが、

少女はそれに気づいていないようで黙々と食している。

(よっぽど腹が空いていたみたいだな。

 そんな状態になるまで、どうしていたんだろう)

もし困っているなら俺にできる事がないかと思考を巡らすが、

心を許してもらうには程遠い今の状況では、できる事はないのかもしれない。

(それに食事が終われば、少女はここを去って行くんだ)

でも俺はこの短い時間で、何かしら心の片隅に残してくれればと思い、笑顔で話しかける。

「やっぱりパンは、クリームパンに限るな。どうだ、弁当は旨かったか?」
(こくん)

少女は満足したのか幾分和らいだ表情で、小さくこくんと頷いた。

(まあ俺にできるのは、ここまでかな)

空になった弁当箱を机の上に置くと、ゆっくり少女に近付き、

目線を合わせるために中腰になる。

「それじゃもう夜も遅いし、親が心配するだろう? 

 終電はもうないし、タクシーを呼んでやるから、ちゃんと家まで帰るんだぞ」

スマホをポケットから取り出し、玄関方向へ歩きながら、タクシー会社の登録を呼び出す。

プルルルル…

何度かコールしてみるが、金曜日の夜のせいか、タクシー会社に電話が繋がらない。

「ちょっと待ってな。もう一社登録があるから、そっちにかけてみるよ」

スマホを操作し、お目当ての電話番号を見つけた所で、服の袖をちょこんと掴まれる。

「ん? どうかしたのか?」
「……ない」
「今何か言ったか?」
「……帰りたくないです」

帰りたくない、か。


そりゃ誰だって、帰りたくないって言う日もあるさね。

(……ってやっと言葉を発したと思ったら、帰りたくないってどう言う事だ!?)

免疫が無い訳ではないが好みの女の子にそんな事を言われたら、クラっとくるのが男のサガ。


一瞬舞い上がりそうになるが、少女の表情を見てすぐにその気持ちを打ち消した。

切なくて悲しくて……

今にも泣きだしそうな表情をしていたのだ。


事情は全く分からない。


少女にとって家に帰るのが最善の行動なのか、それともせめて、

今日だけでも泊めてあげるべきなのか。

難しい判断ではあるが、俺はこう言う時はどう振る舞うかを心に決めていた。

「君の好きにすればいいんだよ」

俺は迷わず少女にそう告げていた。


無責任で言っている訳じゃない。

「どちらの選択が正しいか、誰にも分からない事で悩むなら、

 自分の好きな方を選ぶのが良いと思うんだ」

もちろんこの考えは取り返しのつかない、

危険な選択になる可能性があるのも分かっている。

「今は心に迷いが出ているだけ。

 君の目を見れば馬鹿な事をしようとしている人間では無いのは分かる」

「だから俺は、君の考えを受け入れる。さあどうする?」
「迷惑で無いなら、今日はここにいさせて欲しいです」

少女は小さい声ながらも、しっかりとした口調でそう答えた。

「分かった。今日はうちに泊まっていくと良い」

「ただ見れば分かるがこの狭さに加え、予備の布団もなければ、クーラーもない。

 そこは我慢してくれよな」

「はい、それには慣れてますから……」
(慣れている……か)

あまり言いたくない事だろうし、こちらからは触れないでおこうか。

「それじゃ今日はもう遅いし、寝るとしますか。
 俺はそこに座布団でも敷いて寝るから、
 君は比較的涼しい窓側にあるベッドを使ってくれ」
「それは申し訳ないので……」
少女はこちらを見たまま、小さく首を横に振った。
「あー、悪い。よく知らない男のベッドでなんて寝たくないよな」
「いえ、床で寝て頂くのは申し訳ないです」
「そっか、了解。座布団では寝にくいと思うけど使ってくれ」

少女に座布団を手渡すと、ぽんぽんと叩きながら床に敷き、ゆっくりと横になる。

「念のため窓は閉めて……っと。電気は消す方か? 

 それともつけておく方?」

「どちらでも構いません」

なら豆電にしておくか。真っ暗の中で二人きりって言うのも不安だろうし。

「まあ神に誓って何もしないから、安心して休んでくれよな。

 んじゃおやすみー」

「おやすみなさい」
部屋の灯りを豆電にすると、自分のベッドに横たわる。
『何か妙な展開になってきたにゃ?』

ルキアの言う通り、夏休み初日から大変な事になった。


まさか見知らぬ女の子と一夜を共にする事になるとは。

(とりあえず彼女が出ていくその時まで、自分にやれる事をしていこう)

体を横にして少女に目を向けてみると、よほど疲れていたのか、静かに寝息を立てていた。

「良い夢が見れるといいな」

少女の眠りの妨げないよう小さな声で呟き、自分も眠気に誘われるように、

静かに目を瞑じていった。

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登場人物紹介

綾瀬 亮介(あやせ・りょうすけ)

大学2年生。

相棒の猫・ルキアと心で会話する能力を持ち、また力を合わせる事で、

他者の心の状態を『色』で判別する事ができる。

謎の少女

亮介の自宅に突如現れた少女。


ルキア

亮介の家に住み着く猫。

亮介と会話をしたりする事ができる。

まさに深窓の令嬢と言う感じで、少し茶色がかったふんわりウェーブの髪と

青みがかった瞳が印象的で、ボディーガードを連れている。

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