第31話 変化する視線<恋する女の子>

文字数 8,097文字


 翌日少しの暑さと窮屈さを感じて目を覚ますと
「ナ……オ――ん」
 目の前に私を抱き枕代わりにして眠っている朱先輩の寝顔が広がっていた。
 朱先輩の寝顔はとても穏やかで、朱先輩の方が年上なのに純真無垢な表情を見ていると、実際にそんな事にはなり得ないのは分かってはいても私の方が守ってあげたくなるような気持ちが広がる。
 そんな朱先輩の寝顔を見ていたかったのだけれど、全く絡むことの無いふわふわの長い髪が私の顔にさらさらと私の顔にかかり、それを朱先輩の方へ返そうと
「……愛さん?」
 腕を動かしたところで朱先輩が目を覚ます。
「おはようございます」
 私はベッドの上で朱先輩と朝のあいさつを交わすと
「愛さんが目の前にいるんだよ~」
「ちょっと朱先輩。苦しいですって」
「夢じゃないって確かめてるんだから、愛さんは我慢なんだよ」
 昨日あれだけ色々隠せずに全部を話したのに、私がいるのが現実かどうかを確かめてくる。それにしても間近で見る朱先輩の肌はとてもきめ細やかで、何を食べて、どう言う生活をしたら髪と言いその状態を保てるのか。
「……愛さんの寝顔とってもかわいかったんだよ」
 私が朱先輩の顔を見ていると唐突に、私を照れさせようとしてくるから、昨日から自覚した、させてもらった空木君にも同じように思ってもらえたらなと思いながら、
「……ありがとう……ございます」
 朱先輩みたいな綺麗と可愛いを足して二で割らなかった人に例えお世辞と分かってはいてもはにかんでしまう。
「……っ?!」
「愛さんが昨日よりもっと可愛くなってるんだよ!」
 私のお礼を聞いた朱先輩が、再び私に抱き着いてくる。
「その笑顔なら雪野さんなんて関係ないんだよ」
 ……そっか。私空木君の事諦めなくて良いんだよね。昨日の朱先輩の言葉
「――好きな人と大切な人って男の人の中では全く別だからね――」
 を思い出して、家族や友達を思う時とは違う、心の・胸の温かさを感じる。
 本当に空木君にも同じように感じてもらえたらなって思いながら
「ナオ……君? って誰です?」
 さっき寝言で言っていた、少なくても私が朱先輩の口から初めてきいた男の人の名前のことを聞いてみる。
「…………」
 聞いただけなのに、ものすごい勢いで顔……だけじゃなくて耳・手までが名は体を表すと言って良いほどに朱に染まる。おまけに目まで潤んでる。
「愛さん? 人の寝言を盗み聞くのは良くないんだよ?」
 顔を朱に染めて、目元を潤ませて上目遣いに抗議してくる朱先輩。
 さっきまでの可愛さとは全くの別人みたいだ。
 いつもの朱先輩ですらひっきりなしに男の人に声を掛けられるのに、今の表情を見たらほとんどの男の人が朱先輩に目を奪われるんじゃないかと思う。
「私を抱き枕代わりにして放してくれなかったのは朱先輩ですよ」
「愛さんがわたしに反抗してくるんだよ~」
 私の言葉に顔と耳を真っ赤にしたまま、
「う~わたし先に顔洗ってくる」
 朱先輩がベッドから出て行く。

 その後朱先輩の朝食・昼食を頂いてそれ以外の時間は明日からの中間テスト勉強の時間に充てる。
「さすが愛さん。学年一桁の順位だけの事はあるね」
 午後のおやつと言う名目で一息入れていると、朱先輩が感嘆を込めてくる。
「そう言ってる相手にこれだけ分かり易く教えられる朱先輩の方がよっぽどすごいと思いますよ」
 実際朱先輩がこの学校を卒業してから3年は経つと思うのだけれど、それでもこれだけ説明できると言うのは、もう教室の教壇にすぐ立てると言っても過言じゃないと思う。
「……」
 咲夜さん辺りが生徒だとただ姦しいだけで授業にはならなさそうではあるけれど。
 クラスメイトのそんな姿を想像して苦笑いをする。
「愛さんの今の笑顔がとってもかわいい」
「突然どうしたんですか?」
 今日は思い出したかのように何回か朱先輩が同じことを言ってくる。
「愛さんは自分の顔を鏡で見た方が良いんだよ」
 いつか私が朱先輩に対して思ったことと同じ事を言ってくるけれど、それはさすがに言い過ぎだと思う。
 私は昨日先輩に当ててもらったガーゼに手を触れる。第一今の私の顔には朱先輩曰くそこにはもうあまり痛みは残ってはいないけれど、大きな痣があるはずなのに、かわいい訳がない。
 私の行動からまた何を考えているのか分かったのだと思う。
 朱先輩にしては珍しく“やれやれ”と珍しく首を横に振る仕草をしながら
「恋する女の子がどれほどかわいくなるのか愛さんは気が付いていないんだよ」
 朱先輩が私に説明してくれる。
 私は昨日朱先輩に気付かせて、教えてもらったこの気持ちには嘘をつきたくなくて
「それは確かに好きな人はいますけれど……」
 さっきのまるで別人のような可愛さを見せた朱先輩の表情を思い出してだんだん声が小さくなる。
「愛さん、来週ボタンの取れたブラウスを持ってきて? わたしが直すんだよ。それとわたしのお下がりになっちゃうんだけど、ブラウスあげるよ。身長以外は同じくらいだから問題無いと思うんだよ」
 そんな私にさっきの朱く染めた表情とはまた別の優しい表情を浮かべて朱先輩が提案してくれる。
「や、そこまではいくらなんでも悪いですよ」
 その提案に対して私は慌てて遠慮するも
「わたしは愛さんに水臭くされて悲しいんだよ。愛さんに少しでも早く自分がかわいいって事を分かって欲しいだけなのに」
 演技だって分かってはいても、朱先輩の目じりの下がった悲しそうな表情を見るとどうにも断れない。
「わ……分かりました。じゃあお借りしますね」
 私は渋々ながらも朱先輩の気遣いに嬉しく思いながら、朱先輩の申し出を受けた後夕方までもうひと頑張りと言うところで
「それとね。わたしがちゃんと見たわけじゃないから、愛さんがもう一度見るか、思い出してもらうかなんかしないといけないんだけど」
 思い出したかのように何かを伝えようと朱先輩が口を開く。
「園芸部の事なんだけど、先週末雨降ってたよね」
 朱先輩の質問に
「そうですね。そのためにボランティアも早く終わりましたし」
 雨が降って児童たちの相手もなかったから覚えてはいる。
「あの雨でプランターや畑の土がだいぶ流れたんじゃないかな?」
「あっ?!」
 全然気づかなかった。そして意識もしていなかったから土の状態まで全く記憶にない。その着眼点すらなかった。あの日は荷物・用具・道具を見ていた所へあの金髪の子が現れたんだった。
「もし土が流れたんだったとしたら、それを直すためにちょっと活動したんだったら土の無い植物は根を枯らしてしまうから植物の命って考えると“余程”の事になるんじゃないかな?」
 朱先輩の話は青天の霹靂だった。
「ありがとうございます。部活が再開される直前の月曜日にもう一回見てきます」
 統括会の方でも目算のついた私は、夕方までもうひと頑張り、テスト対策を進める。

 日もだいぶ傾き、そろそろオレンジも濃くなろうかと言う時間、そろそろお暇しようかと準備をしていると
「愛さん今日はご家族と一緒にご飯なんだよね」
 それに合わせるように朱先輩も窓からの日差しを確認して、私に声をかける。さすがにせっかくお父さんが帰って来てくれているのに、全然顔も見せずに、話しもせずにっていうのは、昨日に比べて冷静になった私としてはいくらなんでもお父さんは寂しいだろうなって分かる。
「はい。やっぱりお父さんにはもう元気だよってまた安心して、一週間頑張って欲しいですから」
 昨日まではこの顔を見せる方が気を揉むと思ってはいたけれど、私は常に思っていたはずなんだ。時間の長さよりも、その中身・質なんだって。
 だったらこの顔をも気にならないくらいの有意義な時間を過ごす方が良いんじゃないかって。だったら、顔はこんなでも私は元気だよってせっかく帰って来てくれたお父さんに笑顔を見せて安心してもらった方が、有意義な時間っていう意味では良い気がする。
「うんそうだね。今の愛さんの表情ならご両親も絶対安心してもらえると思うんだよ」
 愛さんが私の表情を覗き込んで“うん!”と首を一つ縦に振る。
 私がこう言うふうに一日で考えられるようになったのも全て昨日の夜に、朱先輩が私にお呪(まじな)いをかけてくれたからだ。
 知っている事・知らない事一つ取ってもそうだけれど、今回みたいに心持ち一つで別の視点、考え方が出来ると言う事も今回朱先輩を通して学べたと思う。
 逆に言うとそれは心に余裕が無いと、考え方が固まってしまうって事でもあるかもしれない。今回に限らず本当に朱先輩には色々なことを教わってる。そんな私を満足そうに見てから、
「あ、そうそうこれなんだよ」
 朱先輩からお下がりのブラウスを受け取る。
「本当にいつも何から何までありが――」
 私の言葉の途中で、朱先輩が抱き着いてくる。
「愛さん。わたしと愛さんの間では遠慮は無しなんだよ。本当にいつでも何時でも“どんな事でも”連絡をくれて良いから。わたしの前では取り繕う必要は無いんだよ」
 そして初めから何一つ変わることの無い――いや“どんな事でも”って言う言葉が増えた、いつもの言葉をかけてくれる。
 もちろん今も昔も初めからその言葉を嬉しく思う気持ちに変わりはない。
 でも、前回のボランティアの時からこっち、今回の涙の事と言い同じ言葉のはずなのに以前よりもずっと心に染み入る。
「ありがとうございます。今回もまた朱先輩のその言葉に私の気持ちは救われました」
 同じ言葉でも、時と場合・経験した事柄によってこんなにも感じ方が違うんだなって、自分で体験してみて初めてちゃんと理解できた気がする。
 だから人によって言葉の重さも違うし、受け取り方も違うんだなって思うだけじゃなくてちゃんと理解できる。
「それと愛さんにはこれからもう一つ追加するんだよ」
 朱先輩が私の背中を優しく“とんとん”と叩いてから私を抱きしめたまま口を開く。
「わたしはどんな事があっても愛さんの味方だから。だから愛さんはもう少しワガママになっても良いんだよ」
 そう言って再度私の背中を“とんとん”と優しく叩くと私から一歩離れて
「じゃあご両親が待ってるんだよね」
「はい! 昨日から本当にありがとうございました」
 私は再度朱先輩にお礼を伝えて、自分の家に帰る。


 私は今日くらい慶の好きなものを作ろうと帰りにスーパーに寄って
「ただいま」
 家に帰ると玄関に出迎えてくれたお父さんがほっとした顔をして
「おかえり愛美」
「うん。ただいまっ」
 普通に挨拶を返したつもりなのに
「……」
 昨日と私の気持ちが変わった分、雰囲気が違うのからか、お父さんがびっくりしてる。
「……お父さん? 今からご飯作るね」
「あ、ああ。ありがとう愛美」
 何となく呆けているお父さんを置いて、昨日の洗濯物を畳んで、夕飯を作り始める。

 そしてその夕食の場でも
「ねーちゃんなんか変なモンでも食ったのか?」
 慶から訝しがられ
「慶がお姉ちゃんのことどう思ってるのか、後でじっくり聞かせてもらうよ」
「ちょ?! ば! な、何言ってんの? あいかわらずキメェ」
 私が言い返すと途端に焦り出す慶。そんな慌てるんなら、余計な事を言わなければいいのに。相変わらずカッコ悪い。
 私がそんな慶を一瞥したところで、昨日私が行く時と同じようなすがる目をしてお父さんが
「愛美……もしかして……男の……所か」
 昨日行きがけに聞きたかったのはその事なのか。
 それにしても慶の前でなんてことを聞くのか。
「……」
 慶が固まってる。
 どうして男ってこういう事しか考えられないのか。
 それに朱先輩との事をそう言うフケツな目で見るのはさすがに物申しておかないといけない。
「お父さんも慶も私の事、そんな“女の子”って思ってるワケ?」
 慶の前であまりにもデリカシーが無さすぎるお父さんを睨め付ける。
「あ、い、いやそうじゃなくてだな」
「私、昨日ちゃんと友達の所に泊まるって確認してたよね? しかも慶の前でなんて、あまりにデリカシーに欠けるんじゃない?」
「……」
 さすがにこんなの普通家族で話す事じゃないと思う。
 慶もお父さんも二の句が継げない。ホント親子揃ってカッコ悪すぎる。
 ホント気遣いの出来る空木君とは大違いだよ。自然に空木君の事を考えられる自分が今は素直に嬉しい。苦しいんじゃなくて今は心が温かくなるから。
「お父さん。言い訳は無いんだね。じゃあ今からお母さんに言わせてもらうから」
 お父さんが無言なのを確認してから、私が一旦席を立とうと――
「なっ?! ちょっと待ってくれ! 母さんだけは待ってくれ! そもそも愛美の雰囲気が昨日と全然違うからだな?」
 今朝朱先輩も同じような事を言ってくれたけれど、そもそも頬に薄くではあるけれどまだ痣が残ってるんだから。
「だからって自分の娘にセクハラ発言が許されると?」
 朱先輩との事を邪推するのもそうだけれど、自分の子供・特に女の子に性に関する事を平気で聞いてくる神経がちょっと信じられない。
 やっぱりこれはお母さんに相談させてもらう。
「お父さんは愛美の事も気になるんだよっ!」
 お父さんはいつも私の事になると、必死になる。
 いくら体がだるくなって5日目、その体のだるさが取れてくるのも間近ではあるけれど
「じゃあお母さんにも同じように言ってね」
 そのフケツな思考だけはちょっと無理だ。
 ほんと男ってこんな事ばっかりいくつになっても考えるものなのか。少しは空木君を見習ってほしい。
「あ。それともう一回言っておくけれど、そんなフケツな事ばっかり考えるお父さんには彼氏が出来ても絶対に言わないから。どうしてもの時はお母さんから聞いて」
 だから私はもう一度釘を刺してから食事を終えて
「?!?!?!」
 お父さんの言葉にならない悲鳴と
「おやじダセェ」
 慶の声を背に、一度自室へと戻り、お父さんに言った通り、お母さんに電話でその事を話した後、私は多分お母さんからだろうけれどお父さんの電話口での言葉をドア越しに聞きながら中間テストの総仕上げにかかる。

 ほんと、男の子に言っておくけれど! ちゃんと女の子には気遣いをしないとダメだよ! いくら仲良くなっても、親しき中にも礼儀は必要なんだからねっ!


 日付を飛ばして無事に中間試験も終わり昼からの統括会までの時間。今日は急ぎの用事がないのか久々に蒼ちゃんから話しかけてくれる。
 蒼ちゃんの行動を見て教室の喧騒が少し止んだ気がしないでもないけれど、木曜日の日に公園で蒼ちゃんの本音・本当の事を聞いているから、私には周りの事なんて関係ない。
 ただ蒼ちゃんは居心地悪そうにしているから、
「取り敢えず食堂でお昼にしよっか」
 もう教室には戻ってこないつもりで準備を済ませて、食堂へ場所を移す。
 食堂へ着いた後、お弁当の私は席を確保し、その間に蒼ちゃんはお昼を受け取りに行く。
「なんか蒼依のためにごめんね」
 トレイにお昼を乗せて戻って来るなり、元気をなくす蒼ちゃん。
「周りがなんて言ったって、私と蒼ちゃんの仲は変わらないよ」
 私は蒼ちゃんに安心して欲しくて、微笑む。咲夜さんは“女は男が出来たら~”なんて蒼ちゃんの事も前に言ってたけれど、やっぱりあたしは友達も大切にしたいし、蒼ちゃんもそうしようとしてくれている。
 そして空木君も友達を大切にするって言うのに理解のある人だと嬉しいなって思う。
「でも愛ちゃんと喋るのなんか久しぶりな気がする」
 金曜日の夜に一緒に勉強会をして以来だから4日ぶりくらいかな。
「月曜日喋らなかっただけなのにね」
 金曜日からの土日に色々あった上に、月曜日は統括会の用事も重なってバタバタしていたから、余計に久しぶりな気がする。
「愛ちゃんなんか雰囲気変わったね」
「そうかな? 日曜日にお父さんにもよく似た事言われたんだけれど、全然実感なくて」
 心当たりがあるとしたら、空木君の事を朱先輩に気付かせてもらったからだけれど、それにしてもあの全力の平手打ちから一週間。頬にはまだうっすらと痣が残っているから、雰囲気が変わる程でも無いとは思うんだけれど。
 ただ、空木君の事を自覚してしまった今、痣のある状態では空木君の前には立てない。
「うーん。なんていうのかな? 雰囲気が華やかになった?」
 人差し指を唇に手を当てて考え込む蒼ちゃん。
 相変わらず自然に可愛いなって思う。
「自分では同じつもりだけれどね。それか衣替えも終わって夏らしく明るい色になったからじゃないかな?」
 そう言いつつ自然に蒼ちゃんの女性らしい部分に目が行く。
 そしてどうしても空木君に結びつけてしまう。
「愛ちゃんは愛ちゃんだねぇ」
 蒼ちゃんが私の視線に苦笑いをする。
「ご、ごめんね。そんなつもりじゃないんだけれどね」
 何となくデリカシーの全くないお父さんと慶が出てくる。
「まあ愛ちゃんの方は少し工夫をしてるみたいだね」
 そう言って蒼ちゃんが私の胸……じゃなくて上半身全体を
「一つ服のサイズを大きくしたんだね」
 満足そうに見てくる。
「やっぱり少し大きいかな?」
 今日はこの後統括会があるから、何となくこの前の最後の事を考えると気まずい気がする上、昨日一緒に見に行った雪野さんの事もあるから、今日は朱先輩を感じていたかったし、朱先輩のお下がりの方を着ている。
「ううんそれくらいなら大丈夫だよ。少しダボっとしてて逆に可愛いかも」
 そうかぁ、可愛いのか。空木君にもそう思って欲しいな。
 ……なんか最近空木君が中心になって来てる気がする。
「ただ腕はあんまり高く上げちゃダメだよ」
 蒼ちゃんが苦笑いを持って答えてくれる。
「まあ何でか分かんないけれど、気を付けるね」
 せっかくのアドバイスなので素直に受け取ろうと思う。
「ところで金曜日の日に少ししかテスト勉強できなかったけれど、試験大丈夫だった?」
 私の頬の痣のせいでかえって蒼ちゃんに気を遣わせてしまって、勉強に集中出来なかったのもまたホントの所ではある。
「うん。今回は愛ちゃんにも助けてもらってるし、多分大丈夫だよ」
 大丈夫なら本当は嬉しい事なのに、蒼ちゃんが何故か気まずそうに答える。
 今回から追試がない分、直接成績に影響する。進学を考えている大部分の人にとっては、それは内申に直接かかわる事で割と重要な問題でもあるけれど、今回の懸念事項はそこじゃない。
「でも、いくら追試が無いからって生徒をさぼらせないために、学年ごとに成績順位と総合得点を全員分出すのはやり過ぎだと思う」
 生徒間の軋轢や教師側との折衝なんかの役割を担っている統括会に、何にも知らせが無い事もまた問題なのだ。
「また赤点だった人から何か言われるのかな?」
 実祝さんとの発端の事か、戸塚くんとの嫉妬の事か、あるいはその両方か……蒼ちゃんの表情が再び曇る。
「どうなったとしても私は蒼ちゃんと友達をやめる気は無いからね」
 咲夜さんが前もって言ってくれていた話もある。この前の公園での蒼ちゃんの涙の事を思うとこれくらい念を押しても足りないくらいかもしれない。
 やっぱり私の周りの人には楽しんでほしい。実祝さんのお母さんも言ってくれていたように今の友達は一生の友達になるかもしれないのだから。
「うん。ありがとう愛ちゃん。蒼衣はもう行くけど、愛ちゃんも今日は統括会なんだよね」
「うん。今日はちょっと緊急の案件でね」
 お互いに確認をした所で
「じゃあまた明日だね」
 そう言って私は役員室へ向かう。



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

      「俺ら同い年だしさ、敬語で話す必要はないよな?」
          愛ちゃんの変化に動き出すまわり
        「会長と岡本先輩って仲良くなりました?」
          当然それは一人だけじゃなくて……
      「岡本先輩。今日はお一人で帰られるんですか?」       
           愛ちゃんを警戒する女子生徒


       「粗削りな部分はありますが、大したものです」


          32話 ぶつかり合う視線<交渉>
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