第37話 妹の視線<落差>

文字数 9,457文字


 終礼の時、特に先生からの連絡事項もなく、すぐに放課後へと移る。今日は昼休みの事も含めて優希君に聞きたい事があったから、急ぎ準備をしていると
「品行方正な“姫”は下々の者とは喋りませんってか?」
「成績上位者なんだから、こっちが分かるまで教えてもらえばイイんじゃね?」
「“姫”に教えてもらったらこっちまでロボットみたいになってしまうって」
「うわっ。それって人として終わってんな」
 いつものグループが教室内に好き放題悪意を振りまいて帰って行く。
「実祝さん。あんなの気にしなくて良いからね」
 例のグループが教室から出て行くや否や、実祝さんまで教室から出て行ってしまう前に声をかける。
「大丈夫。愛美がそう思っていない事は分かってるから」
 あれだけの悪意を向けられて、平気なわけがない。
 実祝さんがうつむき加減で帰る準備をしているのを見ていると、“私が”って言ってもらえるのは嬉しいけれど、どうしても蒼ちゃんの言葉が頭をかすめる。
 私は教室内にまだ咲夜さんがいる事に安堵して
「……」
 実祝さんにバレない様に視線だけでこっちに来てもらえるように訴える。
 私の視線を受けた咲夜さんは、嫌々と言うよりかはどう振舞ったら良いのか分からないのか、おどおどしながらこっちに来てくれる。
「実祝さん、私だけじゃないよ。咲夜さんだってあんなこと思ってないよ。ね?」
 咲夜さんの表情を見て、どう声を掛けたら良いのか分からないのであろう咲夜さんにきっかけを作るために水を向ける。
「ああ、うん。もちろん。夕摘さんの事を少しでも知ってたら、あれはない」
「……ありがとう。月森さん」
 実祝さんの言葉を聞いて私はホッと胸を撫で下ろす。
 一方咲夜さんの方も、実祝さんから始めてお礼を言われたのか“おーあの夕摘さんからお礼が”と失礼な事を漏らしながら
「でも愛美さんもあのグループに噛みつくのをよく我慢したよね」
 私にはさらに失礼な事を言ってくる。
「噛みつくって。私がケモノみたいな言い方辞めてくれる?」
 ちょっと失礼すぎる。
「だってあたしが副会長と――」
「――だからそれ、今言う必要ないよね?」
「……」
 ちょくちょく咲夜さんから優希君の名前が出るけれど、実際はどうなのか。
「……ひょっとして……言う必要。あったの?」
「はいすみませんっした」
 ちょっと喋り方がおかしいって事は……やっぱり。
「咲夜さんが例のグループにはあんまり相手にしない方が良いって言ってたんじゃない。それに今日の放課後には統括会もあるから遅れるわけにもいかないし」
 終礼やSHRで遅れるならいざ知らず、教室でケンカして遅れたとか、優希君に知られたらまた余計な印象を持たれかねないし、雪野さんが納得しないのも容易に想像できる。
「愛美もありがとう。今日はもうこのまま帰るから大丈夫」
 そう言って準備を終えた実祝さんが席を立つ。
「少し待って。私も昇降口まで一緒するから。咲夜さんはどうする?」
 今週はあの電話以来、教室で見る事も喋る事もなかった蒼ちゃんの席を一目見やってから咲夜さんに声をかける。
「じゃああたしも一緒しようかな」
 咲夜さんが私と実祝さん、そしてほとんど生徒の残っていない教室を見渡して同意してくれる。
 私と咲夜さんの準備を終えるのを待ってくれていた、実祝さんも連れだって三人で短い距離ではあったけれど、昇降口まで向かう。


 二人を昇降口まで見送った後、私が役員室の扉をたたくと
「岡本さん。おつかれさん」
「会長、もう来てたんです――だね。彩風さんも早いね」
「アタシのクラス、今日は何の連絡事項も無くて速かったんですよ」
 先に来ていた彩風さんと会長が私を出迎えてくれる。
 私はいつも自分が座る席にカバンを置いて
「空木君と雪野さんは?」
 まだ姿が見えていない二人の事を聞く。
「冬ちゃんならテストの結果を見てから来るって言ってましたよ」
「空木はクラスが違うから見てないな」
 そっか。二人が一緒にいるわけじゃなければ別に良いんだけれど……。
「二人が揃うまで、何か入れるね」
「アタシは何でも良いですって言うか、先に来ていた後輩のアタシが気付くべきでした。すみません」
「そんなの気にしなくて良いよ。会長の方はどうします?」
 水を沸かしながら会長に聞く。
「……岡本さん。俺の事も役職名じゃなくせめて名字で呼んでくれないか?」
「え?!」
 質問と違う内容の答えに思わず振り返ると会長の視線とぶつかる。
 更に彩風さんの視線も感じたから視線を向けると
「……」
 サッと視線を逸らされる。
 仕方なく会長の話を聞こうと視線を戻したところで、
「いや。この前の言葉の事もそうだが、他はみんな苗字か名前で呼んでるだろ? でも俺だけ役職呼びのままだから、前と同じ理由で岡本さんともっと仲良くなりたいんだ」
 会長が口を開く。でもこれ彩風さんはどうなんだろうか。
「……」
 彩風さんの方を見やるも、視線を逸らしたままこっちに合わせようともしない所を見ると心中は穏やかでないのは容易に想像がつく。
「それとも統括会の中でも俺は……信用……ないか?」
 会長に他意はないのは分かる。
 でも彩風さんの気持ちに本当に気が付いていないのかな。
 会長の底意が分からない。ただ分かっているのは、私の性格も少しは分かっているのか、非情に断り辛い聞き方をしてくる。
「……分かったよ。倉本君。これからは名前で呼ばせてもらうね」
 今まで会長職を頑張ってくれていた事もあって、会……倉本君の気持ちに根負けする形になってしまう。それにこれで断ったら彩風さんの恐らく好きであろう人を信用して無いって事にもなってしまう。
 私にはそれは出来ない。
「ありがとう岡本さん……あっと握手ってしないんだったよな」
 私の近くまで来ていた倉本君が、出そうとしていた手を引っ込める。
「分かったから倉本君は座っててよ」
 さすがに優希君以外の男の人に触れるのも、彩風さんの目の前と言うのも手伝って憚られたから、やんわりと私から離れてもらう。
 倉本君が離れたのを確認したところで、お湯が沸騰したと音で主張し始めたから火を止めようと――
「――いで」
「え?」
 ――私の代わりに彩風さんが火を止める。
 私がもう一度聞こうとした時、雪野さんと優希君が一緒に
「なんで……」
 手を繋いで姿を見せる。
 思わず漏れた声が聞こえなかったのは良かったと思うけれど、二人の繋ぎあった手から視線を離すことが出来ない。
 昼間のほんの一時楽しかった会話との落差が大きすぎて、私自身心の整理もつけられない。
「遅くなりました!」
「……そろそろ手を離してもらっても良いかな?」
 私の視線の先を追った優希君が、少し気まずそうに雪野さんに声をかける。
 雪野さんと優希君の手が離れたところで、もう一度優希君の視線を感じたけれど、私は今の自分の表情に自信が無くて、目を逸らしてしまう。
「みんな揃ったから、みんなの分用意するね」
 私はそのままみんなに背を向けて、
「会長。アタシ達も座りましょう」
「……そうだな」
 彩風さんと倉本君の会話を背景音に準備を進める。


「では本日の統括会を始めます。でも今日は結果確認みたいなものだから、特に新しい議題や話はないけどな」
 倉本君が気の抜けた号令をする。
「そう言えば、このメンバーの中で空木先輩が一番成績が良いんですよ」
 雪野さんの嬉しそうな声から、今日の話が始まる。
「だから何回も違うって言ってるのに。会長の倉本が本気を出せばあんなもんじゃないよな」
「もう空木先輩もそこまで謙遜しなくて良いのに」
 そう言って優希君の言葉に耳を傾ける事もなく優希君の肩を雪野さんが気安く叩く。どうして雪野さんはあそこまで人の話を聞かないのか。あと、気安く人に触んなないで欲しい。ホンッっとイライラする。
「……倉本君っていつもどのくらいの順位なの?」
 私が倉本君に聞くのを嬉しそうに見つめる雪野さんを横目に、私は優希君の言葉と意見をくみ取る事に徹する。
「ああ、いつもは一桁台なんだけどな、今回から順位公表って聞いたから、霧華と一緒にしたんだよ」
「ちょっとそれだとアタシのせいで順位が下がったって事?」
 彩風さんの頭が下がるも。
「そんな事霧華が気にする事無いぞ。霧華の勉強も復習って意味では十分役に立つし、それに下がったっつっても、誤差の範囲で成績表には何の影響もないからな」
「それホントに信じて大丈夫?」
 彩風さんの頭が少し上がる。
「もちろんだ。それに今回も霧華はよく頑張ってくれたから、教え甲斐もあったし、こっちのためにもなってるから、心配すんな」
 倉本君が手を彩風さんの頭の上にポンポンとあやすように置く。
「そりゃアタシのために時間を割いてくれたんだから真剣に取り組むって。よし、ちょっと元気出た!」
 倉本君の言う事なら素直に聞く彩風さん。
 こういうのを見ていると、こっちまで微笑ましくなる。
「岡本さんも順位高いよな?」
「私はいつもこのくらいだし」
 今回もそうだったけれど、テスト前はいつも朱先輩が勉強を見てくれるから、少々の事で順位が変わる事は無い。
「統括会メンバーなら、このくらいの順位は当たり前ですよね」
 この統括会メンバーは基本成績上位者しか立候補すらできないから、言っている事は順当ではあるのだけれど
「どうして1位の人統括会に入らないんでしょう? 空木先輩と名字一緒ですけど、兄妹だったりしますか?」
 その無遠慮に聞くのはどうなのか。雪野さん的にはありなのか。
「って言うかあの人誰? 霧ちゃん見たことある?」
「いやアタシも知らないけど」
 それをまた同学年の彩風さんにも聞く。
「あんまりそう言うの詮索するの良くないよ。人にはそれぞれ事情があったり、クラブ活動している子かもしれないし」
 今のやり取りで二人に面識がないのも分かったのは良いけれど、優希君が困った顔を浮かべているからやんわりと窘める。
「まあ事実かどうかは別として、メンバー以外の事でそう言う詮索みたいなのはやらない方が良いよな。もちろんメンバー内でもそうだけどな」
 普段は適当なところもあるけれど、統括会のあり方みたいな話になると、必ず倉本君が雪野さんを言い含める。
「なんだか最近岡本先輩と会長さんって、息ぴったりですね」
 せっかく会長が注意してくれているのに、何で煽るような事を言うのか。
「冬ちゃんそう言うの辞めて欲しい」
 この二人は友達じゃないのか。雪野さんの嬉しそうな表情と彩風さんの不安そうな表情を見て疑問を持ち始める。
 私は心の中でそっとため息をついて、今までの話題をバッサリ切って、もう一つ別の話題へと空気をリセットする。
「テスト結果の事もそうだけれど、園芸部以外は水曜日から、園芸部は短縮って言う形で話をしていたけれど、彩風さんの方に具体的な話はあった?」
 本来であれば会長である倉本君に聞くのが筋なんだとは思うけれど、雪野さんがどう煽って来るのか分からないから、彩風さんに聞く事にする。
「そう言えば、木曜日の日に金曜日までを停止期間として、土曜日からは許可下りてます」
 まあ彩風さんに練習の機会を与えるって事では良いかもしれない。
「えっと。それって園芸部の人達には伝わってる?」
 彩風さんの説明の中で不足している部分を聞く。
「はい。顧問の先生から各部員たちに連絡が行ってると聞いてます」
 そこまで確認できてるなら大丈夫だと判断する。
「ありがとう彩風さん。今の報告で記録取っておくね」
 そう言って、彩風さんに自信をもっと持ってほしいから、微笑みかけておく。
「ありがとうございます。岡本先輩」
 少しの自信をのぞかせた彩風さんとは対照的に雪野さんは不満そうだった。


 今日は結果確認だけだったから、時間もさほどかからずに統括会自体は終了する。
「会長。今日はテスト勉強のお礼にって事で、アタシがおごるんで、一緒にアイスを食べに行きましょう」
 彩風さんが倉本君を引っ張って行く。
「岡本さんもお疲れ様」
「うん。また来週」
 端から見たらお似合いの二人に、週末の放課後、ゆっくりと楽しんできてと言う意味で手を振って見送る。
「岡本先輩も今日はもう帰られるんですよね」
 続いて雪野さんが私に聞いてくる。
 本当はどうして優希君と手を繋いでいたのかとか、ずけずけと他人のしたくない話を根掘り葉掘り聞こうとするのかとか、色々言いたい事はあったけれど“今”の立ち位置の私がそれを言うのもやっぱり筋違いで。
 念のため優希君が近くにいない事を確認してから、いつかこの子とも一度ゆっくりと話をしないといけないと思いながら、
「今日は空木君に用事があるから、雪野さんは先に


 悪いけれど、今日は強制させてもらう。
「な! ……空木先輩。一緒に帰りませんか?」
 私の意図は伝わったんだろうけれど、まあそんなんで聞くような子じゃないよね。なんせ好きな人である優希君の話ですら聞かないくらいなんだから。
 なのでダメ押しとばかりに優希君がこっちを向いた瞬間、
「空木君! この後用事があるから、時間があれば私に付き合って欲しいな」
 雪野さんが言う前に私が先に用件を伝えてしまう。
「返したいものもあるし」
 何がとは言わない。あくまで私と優希君との話なのだから。関係ない雪野さんには言う必要はない。
「分かった。今日は早く終わった分、時間もあるから良いよ」
 優希君が私に色よい返事をした後
「雪野さんも何かを言いかけてたよね」
 改めて雪野さんの意見を聞こうとする優希君。
「いえ。また今度で大丈夫です」
 私の方をすごい目で睨んでくる。それでも不満を隠せないのか優希君に返す言葉にも不満がにじみ出ている。
「じゃあ雪野さん悪いけれど。また来週」
 私の言葉に、一層険しい視線を送った後、
「失礼しました」
 役員室を雪野さんが出て行く。
 悪いけれど、好きな人の言葉も聞けないような人相手に私は一歩も引く気はないよ。雪野さんの背中に念を送る。

「……はぁ」
 今日この少しの時間の雪野さんを思い返すだけでも、大きなため息が漏れる。
「大きなため息……雪野さんの事かな?」
 改めて優希君が私の前にコップを置く。頭に血が上っていた私は、いっぺんに吐き出す。
「そりゃそうだよ! なんであの子って毎回毎回人の話を聞かないの? 自分にだって聞かれたくない話の一つや二つくらいはあるはずなのに」
 一息に言って、優希君が入れてくれたお茶を一息で飲もうとして
「――っ?! なにこれ。ただのお茶じゃない? 美味しい」
 びっくりする。ほんのりと甘いこれは……抹茶みたいな香りが口の中に広がる。
「ふふ……」
 びっくりした私を見て笑ったのだと思う。
 そんな優希君を見てると、恥ずかしさがこみあげてくる。
「岡本さんを怒らせるとすごく怖い事は分かったけど、さすがは女の子。甘いもので本当に機嫌が直るんだね」
 あー……まただよ、また。またやってしまった。優希君に変なイメージを持ってほしくなかったのに。しかも怒らせると怖いとか……どうにも優希君の前だと人前ではあまり見せたくないダメな自分をさらけ出してしまう。
 しかもその対処方法まで調べられてるってどうなのよ。もう本当に優希君に負かされる姿しか想像できないよ。
「言っておくけれど甘いものだから機嫌なおった訳じゃないよ? びっくりしたからだからね」
 せめて言い訳くらいはさせてもらう。
「ごめんごめんそんなつもりじゃなかったんだけど、岡本さんの笑顔が好きだから、僕は岡本さんの事を知ることが出来て嬉しいけど」
 ……そんな事言われたら、私本当に何にも言えないよ。
「えっと。返したいものって弁当箱かな?」
 私の顔が赤くなったのを見て、話を変えようとする優希君……の顔も少し赤いね。
「……うん。あの時はありがとう。サンドイッチもすごくおいしかったし」
 私はこれで優希君と会う口実が無くなった事に少し寂しさを感じながら、お弁当箱を返す。
「うん。岡本さんの方も頬の腫れが綺麗に引いてよかった」
 少し控えめに私の顔を見て、それでも私の事を心配してくれているのは伝わるから、心が温まる。
「……」
 本当は聞きたい事はいくつもある。でもまだ付き合ってもいないのに聞いても良いのか判断に迷う。
「岡本さんは聞かないんだね。クラスでも何人かに聞かれたし、雪野さんにも聞かれたのに」
 そう言って困った表情を浮かべる優希君を見てると、どうにも聞くのをためらってしまう。
「私ももちろん聞きたいけれど、空木君を困らせたいわけじゃないから」
 正直な話、雪野さんと手を繋いでいたいきさつもきちんと聞きたい。
 でもそれを聞くと、嫉妬深い女って思われそうでそれも嫌なのだ。
 だったら、優希君が話してくれるのを待つ――ううん。話してもらえるように優希君との信頼を積み上げて行くしかない気がする。
 私の言葉にしばらく迷った後、
「岡本さんには知る権利があるから、話せる事は少ないけど、正直に話すよ」
 話してもらえるのは嬉しいし、話せる事は少ないって言うのはお互いの信頼関係の事だって分かるけれど、権利って何の事だろう。

「……空木優珠希(ゆずき)は僕の大切な妹だよ」

 私の心構えを待つことなく教えてくれたその表情は、私が一度打ちのめされた日と同じ守りたいものを守り切れなかったような自責の念を含んだ表情だった。
 でもあの時とは違う。今は朱先輩のお呪(まじな)いの言葉もある。
 だから、大切な人≠好きな人だって分かる。それを抜きにしても、最近の優希君の態度でも何となくわかる。
 だから今の私ならこのくらいでは打ちのめされたりはしない。
「背は岡本さんと同じかほんの少し低いくらい。髪の毛はすごい派手だから一目見ればすぐにわかるかな? でも優珠(ゆず)は誰よりも優しいんだよ。そう、優しすぎるんだ」
 それでも、優希君の妹さんの優珠さんの話をしている時のとても優し気な表情に嫉妬を覚えてしまう。
 でも、これで今までの事が私の中でつながりはじめる。
「じゃあ空木君の妹さんは園芸部だったんだね」
 でもそれは同時に私に受け入れ辛い事実を突きつける事になる。
「そうだよ。だから僕が園芸部に話を聞こうと思ったんだ」
 でも万が一の望みを託して、優希君の口からききたい。
「じゃあ私の頬が腫れた原因も、知ってたの?」
「ああ……やっぱり岡本さんならすぐに分かるよね」
 優希君が私の事を諦めの含んだ表情で見つめてくる。
 ……それでも空木君の口からきかないといけない。
「じゃあ私に作ってくれたあのサンドイッチも、あの日二人きりの時に淹れてくれたコーヒーも、全部全部……妹さんの罪滅ぼし?」
「……ごめん。そうとしか取れないよね?」
「……そこには空木君の気持ちはこれっぽっちも無かったの?」
「……」
 優希君の答えに私の心は堪えるけれど、それでも決定的な一言は出てこない。
 さっきまでの私に向けてくれていた言葉を思い出す。それでも私の事を嫌いって言われたわけじゃないんだ。
「服装チェックの時に話してくれたのも、全部妹さんのため?」
 ――服装一つで誤解される事もあると思うし――
 いつかの優希君の言葉を思い出す。
「全部じゃないけど、大体は」
 統括会の後の二人だけの時間は、私たちだけの特別な時間だと思っていたのは私の独りよがりだったのかな。
「じゃあ今回の順位公表の際の時に言ってくれた、私に違う考え方を教えてくれたあの時の言葉――服装や見かけだけで判断されて――って言うのも?」
「優珠(ゆず)の事をちゃんと知って、見て欲しかったのは本当の事」
 私の心が折れそうになる。
 今ならもう認めることが出来る。あの優希君との二人だけの放課後は私にとって特別な時間だったって事を。
 そして気づきたくない事にまで気づいてしまう。優希君がいつも服装の事を気にしていた事。
 見かけで誤解されるのを嫌がっていた事も。それらは全部妹さんのためなんだって。その上全部を知りたくも気づきたくも無いのに全てが繋がってしまう。
「ひょっとして、妹さんがつけていた髪飾りって……空木君が送ったもの?」
 ――大切な人と交換しているんだ――
「その空木君のカバンについているアクセサリも?」
「……ごめん。それはまだ言えない」
「……そっか……」
 そして今喋ってもらえるのはここまでなのか。
 優希君の答えからして私の推測はほぼ間違いないだろうけれど、これ以上はもっと信頼関係を築かないとかぁ。でもそっか……妹さんの罪滅ぼしの気持ちか……妹さんの服装が根底か……。そのほとんどが妹さんの事を思っての事だと優希君は言う。
 でも、私の事を楽しそうにからかう優希君、私の事をドキドキさせてくれたかと思えば、私の事は何でも分かってくれているかのような気遣いを見せてくれる優希君。色々な優希君が浮かんでは消えて行く。
 嫌われたわけではないと思う。でも、中心は妹さんで私の事はあんまり頭になくて……それでも私にはとても親切にしてくれていると思う……思いたい。
 ……私にはもう優希君の気持ちが分かんないよ。優希君にとって私って何だろう。
「僕に幻滅したよね。だったら僕の事嫌いに――」
「――言っとくけれど、嫌いになんてならないからね」
 もうこんなにも好きになってしまってるのに、今更嫌いになんてなれるわけないよ。いくら優希君でも私の気持ちを、私の本気を甘く見ないで欲しい。
「岡本さんは優しいよね。岡本さんのかわいい顔に傷をつけた兄なのに。しかもそれを分かっていて言わなかったのに」
 いくら煽られたって、私の気持ちは今更変わんない。
「空木君の妹さんって家でも、空木君に対してもあんななの?」
「ごめん。それも言えない」
 そっか。これも駄目なのか。
 でも嫌いと言われたわけでもなく、フラれたわけでもないのだ。だから不思議と涙は出てこない。
 私一人が舞い上がってしまっただけだって分かった分、気持ちとはとても辛いけれど、だったらいっその事、今度こそ優希君に私の事を好きになってもらうしかない。
 そして今は言ってもらえない事も多いかもしれないけれど、私は優希君の事をもっと知りたい!
 反対に私の事をもっと優希君に知って欲しい!
 今は分からないけれど、優希君の気持ちを知りたい!
 だったらもうこれしかないと思う。
 幸い役員室の備蓄も減って来てる事だし。
「来週いつでも良いから学校が終わった後、放課後の短い時間で良いから二人きりで出かけようよ。役員室の備蓄も減って来てるし、空木君の都合の良い日で良いから」
 デートに誘う口実としても悪くないと思う。
 学校帰りの放課後デート。
 これで優希君に断られたら、もう私一人で泣いて諦めるしかないけれど、
「こんな僕でも岡本さんがそう言ってくれるなら、ぜひ来週に」
 そう言って、優希君が私に向かって、私の心まで温かくしてくれるような柔らかい笑顔を向けてくれた。




―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

              「えっと……愛美?」
            お父さんに対する複雑な感情
            「あの子って……慶久の事か?」
                 事の重さ
            「お願いだから……ごめん」

        『それより愛ちゃんの方も何かあったんでしょ?』

            38話 家族の視線<大きすぎる失点>
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