第40話 5つの視線<男女の思惑>

文字数 11,361文字


 土曜日は色々な事があって一部の事については自分の心に整理がついたり、衝撃的な話が出たりはしたけれど、この週末は両親がいてくれたから、今週バタついていた分、まとめてノートを広げて机に向かう。
 ただ私も来年には卒業だからいい加減具体的な進路も決めて行きたい。
 前にも一度考えていたようにおぼろげながらならやりたい事は無くはない。朱先輩に会う口実もあって町美化運動もやっていたりはするけれど、体を動かすことが好きな私としても子供たちの相手をする時間は楽しい。
 ただそれをやりたい事として言えるかと言うと、それもまた微妙なところではある。
 一度先生に相談してみるのが良いかもしれない……嫌な顔はされそうだけれど。

 昨日は一日中ノートを広げて机に向かっていた事もあって、一度もあの子……慶と顔を合わせる事無く月曜日の朝を迎える。
「愛美はもう行くの?」
「今日も全校集会で、その準備もあるし」
 やっぱり髪が短いのは楽だなと考えながら私が手早く準備をしていると、私に話しかけようかどうしようか迷っているお父さんが目に入ったから
「私はもう行くけれど、お父さんもお仕事頑張ってね」
 色々思う所はあるけれど、私たちのために頑張ってくれているお父さんに声をかけて
「ああ……ありがとう愛美」
 私は学校へ向かう。


 いつもよりも早く教室に入ると、まだ例のグループも蒼ちゃんも来ていない中、セミロングの髪を時折耳にかけながら静かに本を読んでいる実祝さんが目に入る。
 お姉さんとの話があってもその行動に変わりはない。それだけ本が好きなんだなって思う。先週の事は大丈夫だとは思うけれど、私は自分の席に一旦カバンを置いてから、実祝さんに一声かける。
「おはよう実祝さん」
「おはよう愛美。今日も全校集会?」
 今日は本を片すことなく私に返事をくれる。
「そうだよ。スピーチ用の原稿を渡さないといけないから。それより読んでるのは文庫本?」
 今日実祝さんが持っているのは、ビジネス書みたいなハードカバーの本ではなくて、手のひらサイズの本に目を落としている。
「これはただのミステリィもの。愛美に期末試験で勝つために、理系物のミステリィ」
 いや私に勝つためにミステリィって、
「実祝さんも負けず嫌いだよね」
「一度その愛美の鼻っ柱を折りたい」
「鼻っ柱って……私実祝さんに試験で勝ったからって天狗になった事は無いつもりなんだけれどな」
 つけあがったような態度も取った事無いと思うんだけれどな。
「……違う。ただ愛美に勝ちたいだけ」
 言葉の誤用(だったら良いなぁ)に気付いたのか、実祝さんの顔がほんのりと染まる。
「分かってるよ。でも私も負けないよ! 今度の期末試験でも」
「……愛美はこれ以上国語の成績は上げたらダメ」
 ……ダメって。実祝さんホント負けず嫌いなんだ。
 そんな実祝さんが微笑ましくて、実祝さんの手元を見ていると
「愛美。時間は良いの?」
 実祝さんが自分の手首を人差し指でさすのを受けて
「じゃあ行くね」
 実祝さんが週末の事を引きずっていない事を確認して、部活棟の三階へと向かう。


 役員室へ入ると、先に来ていた雪野さんが優希君に綺麗にラッピングされた食べ物かお菓子かの包みをちょうど渡している最中だった。
「下手なりにワタシ一生懸命作ったので、良かったら食べてみて下さい」
 雪野さんが優希君に頭を下げる……なんか告白の現場みたいで心がもやもやする。
「……」
 言いたい事も、心もかき乱されたりはするけれど、これは雪野さんと優希君の話。私は割って入りたいのを我慢して、二人に軽く挨拶をして席に着く。
「ありがとう雪野さん」
「空木先輩のお口に合えばそれだけで嬉しいです」
 優希君の笑顔に、はにかむ雪野さん。朝からイラつくものを見てしまった上に、雪野さんのこっちを意識する視線がまたイラつく。
 優希君も雪野さんなんかに笑顔を見せなくて良いのに。心の中でなら嫉妬を隠す必要も無いと、私は毒づく。
 そして二人のやり取りが終わったところで、倉本君と彩風さんが入ってくる。
 みんなで改めてあいさつを交わした後、
「金曜日の日に言い忘れてたけど、原稿できてる? 無ければ今回は俺のアドリブにしようかと思うけど」
「はいこれ。作ってあるよ。でもたまにはアドリブにする?」
 倉本君が何を言うのか少し気になる私は、原稿を手渡す前に一度確認する。
「いや、良いよ。岡本さんの字も丁寧で見やすいから、俺はこっちのほうが嬉しいな」
 倉本君がそう言ってくれるのならと言う事で、私はそのまま原稿を渡してしまう。
「いつも原稿がまとまっていて見やすいし助かるよ。いつもありがとう岡本さん」
 いつも通り紙一枚の話で、そんなに大したことも書いてないのに、倉本君が少し大げさに褒めてくれる。
「先週くらいから、会長と岡本先輩やっぱり息合ってますよね」
 今日が全校集会だって分かってるはずなのにこの発言……雪野さんの意図が分かって来た。そうか、“女は友達より男”本来はこう言う穿ったものの見方は私は好きじゃないけれど最近の雪野さんの発言、今もぴったりと横に並んで優希君に体をくっつけるその行動。そして何より彩風さんの不安そうに私を見つめる目。どうして朝から引っ掻き回そうとするのか。二人は友達じゃないのか。
 私は彩風さんに安心して欲しくて、そっと微笑むと
「……」
 何故か倉本君の視線も感じるけれど、そっちはいったん置いといて、本来は今言うはずじゃなかった事を提案する。
「空木君。金曜日の件だけれど、明日の放課後でどうかな?」
 何がとか、何をとかは絶対に言わない。
「分かった。明日の放課後なら時間はあるよ。場所と時間はどうする?」
 雪野さんが体をくっつけていても、優希君の笑顔は私に向いている。
 これだけで私のイライラもほとんど無くなるんだから、私もホント単純だよ。そして私も雪野さんとの話の間は口を挟まなかったのだから、雪野さんにも口は挟ませない。
「時間と場所については前教えてくれた連絡先にまた連絡するね。空木君からも希望あったら連絡頂戴ね」
 分かってはいたけれど私と優希君だけの話に雪野さんが不満そうに、口を挟みに来る。私は割って入りたいのを我慢したのに。
「統括会で聞いた連絡先を私的に使って良いんですか?」
 なるほど。頭の固い子ならでは発想ね。
 でも、私は一度口を挟ませないと決めたら、絶対に間にも入れさせない。
「私的じゃないよ。ちゃんと統括会での活動だから」
「じゃあワタシも一緒についていきます。良いですよね? 空木先輩」
 人の話を聞かないくせにこんな時だけ私じゃなくて、優希君にお願いするのか。
 ……後。いつの間にか握ってる手。それ離してくれないかな。
「気持ちは嬉しいけれど。岡本さんとの約束だから。それにそんなに人数もいらないから。だからまたの機会に」
 雪野さんの誘いを断る優希君にスッキリするけれど、つなぎ合ったままの手を見ていると私の気持ちは焦れる。
「じゃあいつでも良いので、必要な時はいつでも呼んで下さいね」
 それでも人の話を聞かない雪野さん。
「今回雪野さんはお留守番で良いよ。私と空木君の二人で行くから。それじゃ時間も押してるし体育館行こっか」
 そんな雪野さんの意見は聞く必要ないと判断した私は、何か言いたそうな雪野さんには取り合わず、みんなで体育館に向かう。
「岡本先輩カッコイイ……」
 彩風さんのつぶやきを背中に聞きながら。


 全校集会の時には前と同じように金髪の子、優希君の妹さんらしき姿も見えたのだけれど
「……」
 私の隣に座っているはずの雪野さんは、私を意識し過ぎていて優希君の妹さんらしき派手な格好の女生徒には気づいていない。
 今ならわかる。あの妹さんらしき人は私ではなく優希君と一目交わしていたんだって事が。
「……」
 ただ、今回は私の方にも明確に視線を向けてくる……けれど、以前ほどの敵意は鳴りを潜めている。ただそれも一瞬の事。次の瞬間にはもう何事もなかったかのように一年生も入館してくる。
 私は視線を感じて、優希君の方を見ると一瞬視線が合う。やっぱりあれが優希君の妹さんなんだね。
 私は優希君に教えてくれてありがとうと言う意味を込めて、微笑む。
「……」
 雪野さんが私の視線の先に気が付いたのか、優希君の方を見るも、もうそこには優希君の視線はなくて、前を向いている姿しかなかった。
 そんな中でも表面上は何事もなく終わった全校集会と午前の授業が終わった後の昼休み、咲夜さんが蒼ちゃんに声を掛けようか迷うそぶりを見せて見せはしたものの、結局何も言わずに教室から出て行ったのを確認してから、再び心の中で溜息をついて蒼ちゃんの方へ――
「ちょっと岡本さん。ごめん。良いかな?」
 ――足を踏み出した所へ今までほとんど会話すらもしたことの無いクラスメイトから声を掛けられる。
 呼ばれた私は放っておくことも出来ずにそっちへ足を向けると
「さっきの授業のここってどういう意味?」
 ただの質問だったから軽く答えたところで
「分かり易くて助かったよ」
「ううん。こっちこそわかる範囲で良かったよ」
 蒼ちゃんの席を見ると、もうそこには無人になった席があっただけだった。
 私は仕方がなく教室でお母さんが作ってくれたお弁当を広げる……前に手洗いへ行こうと廊下に出ると、階段の踊り場辺りが少し騒がしい。
 昼休みの喧騒の中だから注目されるほどでもないけれど、気になった私はお弁当を教室に置いたまま少し覗きに行くと
「恥ずかしいから辞めてって」
 蒼ちゃんの声がするから、慌てて近寄る。
「別に俺たち恋人と同士なんだから良いだろ?」
 衆目の中、蒼ちゃんの腰に手を回そうとする髪の毛を脱色したかなり図体の良い男子が目に入る。
「蒼ちゃん!」
 私がとっさに名前を呼ぶと
「……愛ちゃん」
 ホッとしたような気まずいような表情を浮かべる蒼ちゃん。
 私に見られたくなかった現場だと言う事は容易に想像できる。
 まずは衆目を集める前に場所を移動しようと提案する。
「まずは蒼ちゃんが嫌がってるから、その手を放してもらえる?」
 一度蒼ちゃんから離れてもらってから、あまり人気(ひとけ)のない場所は避けた方が良い気がするからと、私が蒼ちゃんと恐らく戸塚君であろう男子の間に立ちながら、部活棟の方へ移動する。
「あなたが戸塚君?」
 人違いだったら失礼この上ない話だからと、先に確認だけはしておく。
 ……それでも嫌がる女の子の腰に手を回すのは、私的には看過できないけれど。
「愛ちゃん。本当に知らなかったんだ……」
 私の後ろから蒼ちゃんの声が聞こえてくるけれど、そっちもいったん意識の外に追いやっておく。まずはこの戸塚君の話からだ。
「そうだけど、俺の事知らない?」
 もうこの“自分の事は知ってて当たり前”みたいな聞き方が私には駄目だったりする。
 優希君の事ならともかく興味のない男子の事までいちいち覚えてらんない。
 それにそんなに男子の事ばっかり考えてるわけがない。
「ごめん記憶にない。それに今日の全校集会の時、いた?」
 私のにべもない返事に驚いたのか
「いや……俺はサッカーの練習をしていたから」
 ワンテンポ遅れて帰ってきた解答に今度は私が驚く。
 ただそれも一瞬。本来するべき話の内容を思い出す。今はこんな男子の事なんて私は何でも良いのだ。大事なのは蒼ちゃんの気持ちなのだから。
「……あなたが戸塚君って事は、あなたが蒼依のカレシ?」
 私が何を言おうとしているのか分かったのか、蒼ちゃんが私の腕を揺らして話を止めようとしてくる。私は一度蒼ちゃんの方を振り返って
「私はちゃんと蒼ちゃんの気持ちは伝えた方が良いと思うけれど、蒼ちゃんは嫌?」
 本来なら蒼ちゃんの性格にこんな乱暴な聞き方は無い。
 前の公園の時みたいに蒼ちゃんが自分で自分の気持ちを言えるように、ゆっくり整理しながら気持ちを引き出すのが本来だと思うけれど、さすがに戸塚君が目の前にいる今は無理だ。私がどうしようかと迷っている刹那
「えっと、そっちの人は蒼依と仲良さそうだけど」
「蒼依の親友」
 戸塚君が私に質問してきたから、振り向きざまに短く答える。
 男子からしたら気付かれないと思ってるのか、気づかれないようにさりげなくのつもりかは知らないけれど、女子には丸分かりの視線を私の胸や下腹部辺りに感じる。
 その視線を受けて私は腹を括る。
 もし蒼ちゃんの意思・希望と違えばその時は私が悪者になればいい。
 それよりも蒼ちゃんが言いたい事を言えずに我慢している方が辛い。
 蒼ちゃんの性格なら十分にあり得る話だ。
「蒼依との関係を言いふらしたのは戸塚君?」
「それを部外者に言わないとダメかな?」
 人前だからか知らないけれど、言葉こそは柔らかいけれど目から笑いが消える。
「戸塚君が女子からどれくらい人気があるかは知らないけれど、そのせいで蒼依が女子から訳の分からない嫉妬を受けてるの。で、どっち? 言ったの? 言ってないの?」
「俺が言った。蒼依ほどの良い女なら、俺の女だから手を出すなって言っておきたいからな」
 私の問いに悪びれる事もなく答える戸塚君。
 ただその理由に私は閉口せざるを得なかった。
 こんな理由で喜ぶ女子がいるのか。
「俺の女って言うけれど、蒼依は戸塚君のモノじゃないし。それ以前に女は男の所有物じゃない」
 男にとって女はその程度のモノなのか。最近女である事に息苦しさを感じる事が多い。こんなのは束縛だとか、嫉妬だとかそれ以前の問題でしかない。
「ごめん。俺の言い方が失礼だった。蒼依も許してくれるか?」
 私が考えている間に、蒼ちゃんに話を終わらせようとする。
 蒼ちゃんにもちょっと申し訳ないけれど、クラスの女子たちもこんなののどこが良いのか分からない。こういうふうに所有権とでも言うのか、を誇示されて嬉しがる女子の気持ちが分からない。
 そりゃ私が知らない戸塚君の良い所もあるんだろうけれど。
「まだ話は終わってないよ。何で自分の彼女の言う事が信じられないの? 嫌がってる事するの?」
 自分だけの勝手な理屈で広めたり、さっきも嫌がってる蒼ちゃんの腰に無理やり手を回そうとしたり。
「嫌がってるってさっきの事?」
 さっきの階段の踊り場でのやり取りではっきりと
 ――恥ずかしいから辞めて――
 って言っていたのを私は耳にしている。
「嫌がってるフリをしてるだけじゃないの? 嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ?」
 蒼ちゃんの私の腕を握る力が強くなる。
 ああ……この人も自分の意見が正しくて、人の意見を聞かないタイプか。
 雪野さんの男版タイプか……私はイラついた頭でそう結論付ける。
「蒼依のカレシをしていて、蒼依が本当に嫌がってるかどうかわからな――」
 言葉の途中で午後の授業の予鈴が鳴り響く。
「――取り敢えず、今は蒼依を連れて帰るから。蒼ちゃん行こっ」
「……うん」
「蒼依! また放課後にな」
 私たちは人の話を聞かない典型的な言葉を背に自分の教室へ戻る。


 結局戸塚君のせいでお昼を食べ損ねた私は、空腹のまま午後の授業を受ける羽目に。ただ蒼ちゃん自身は少し居心地を悪そうにしていたものの、今日戸塚君がどんな人かは分かったし、蒼ちゃんの事をどう扱っているのか、女子の事をどう思っているのかを分かった点では良かったと思う事にする。
 ただ、あの考え方は私には受け入れる事は出来ないけれど。
 それにしてもお腹が空いた。放課後の教室で食べるには恥ずかしいから人が減るのを待ってる間、戸塚君の所へ行ってしまう前に蒼ちゃんに話しかけようとしたところで
「ちょっと岡本さん。最近調子乗り過ぎじゃない?」
 例のグループのリーダー格が私を名指ししてくる。
 こっちは空腹も手伝ってイライラしてるってのに、向こうから話しかけてきたんだから、文句はないよね。以前に咲夜さんに言われたことを思い出したから、咲夜さんの方を見ると
「……」
 手のひらで顔を覆っていて、表情を見ることが出来なかったから
「何? なんか文句でも?」
 私はそのまま例のグループの方へ足を向ける。
 因みに実祝さんは図書室へ向かったのか、もう教室の中にはいない。
「ナニ人のカレシにまで手を出そうとしてんの?」
 机と椅子を挟んだ向かいに立っているリーダー格の女子が一人私に文句を並べ立て始める。その周りの取り巻きもどきはリーダー格を止めようとしてるのか腕をひいたり、服を引っ張ったりしている。
「私が誰のカレシに手を出したって?」
 人の話を聞かないのは雪野さんだけで十分だっての。
「防さんって岡本さんの友達でしょ? なのに間に入って歩いちゃってさ」
 ああ、昼休みの時の事か。そんなところまでどこから見ていたのか、内心で少し引く。その上事情も知らないで勝手な事ばっかり並べ立てる、リーダー格の女子。
「それこそ、そっちには関係ない話だよね?」
「良いよな。統括会の書記サマは、男を取っ替え引っ替え出来て」
 取っ替え引っ替えって、いつ私が男を誰と取っ替え引っ替えしたか言ってみなよ。
「だいたいあの防さんも調子乗り過ぎ。あんなイケメン相手に断るとか、自分の立場をもっと理解しろって」
 大慌てで後ろ振り返ったけれど幸いなことに、戸塚君の所に行ってしまったのか、オロオロしている咲夜さんと数人が教室内に残っているだけで、もういなくなっていた。戸塚君の所に行く前に一度話しておきたかったのだけれど、今の会話に巻き込まなくて良かったと思うべきか。私はリーダーの方に向き直る。
「自分の立場って。何様? そんなの他人が口出す事じゃないって」
 自分にその立場とやら権利とやらがあるんなら、自分で告白すれば良いだけじゃない。それすらもしないで文句ばっか言って、バッカじゃないの。
 それに蒼ちゃんみたいな自分の意見をなかなか言えないクラスメイトをターゲットにした挙句自分は何人かでいつも行動して。
「自分が勉強も出来るからって、調子乗んなよ。本当に」
 声のトーンを落としたつもりなんだろうけれど、弟の慶・優希君の妹さんに比べたらもうかわいく思えるレベルでしかない。
「そこまで言うなら戸塚君に告白して勉強も、もっとしたら? この時間もったいないよ?」
 当然私の経験を知らないリーダー格の子は、私の態度に更にイラついたのか
「まあ防さんの方は、あの戸塚君の誘いを断ったって事で、報いを受けてもらう――」
 余計な一言を放ったリーダー格の子に私のイライラが爆発した。私の蹴り飛ばした椅子が転がって、結構な音を立てる。
「蒼依は私の親友だけれど、もう一回同じ事言ってもらえる? イラつき過ぎて今、途中で話を止めちゃったし」
 蒼ちゃんがどんな思いで学校に来てるのか知ってる?
 あの公園で私に話してくれた蒼ちゃんの気持ちがわかる?
 私はリーダー格の子が言い易い様に、笑いかける。
 そして今度は机の方が音を立てて動く……あ。振っていた私の足が当たったのか。
 でも蒼ちゃんの気持ち、朝の雪野さんの態度、昼の戸塚君の態度に空腹も手伝って私のイライラは止まらない。
「私、早く、言葉の、続きを、待ってるんだから言えって、言って――」
 私がリーダー格の子に一句ずつ言葉を発するのに合わせて蹴った机が、ガタ、ガタと音を立てて、その位置を少しずつ変えて行く。
「――は~いはい愛美さんってひぃっ?!」
 なのに言葉の途中で咲夜さんが止めるから私のイライラが頂点に達する。
「咲夜さん? どういうつもり? 何で止めるの? 向こうから話あるって言って来たの見てたよね? それを私に無視しろって?」
 取り敢えず相手が言い易くなるように私は笑顔を向ける。
「いや~そう言うわけじゃなくてですね? 教室の『何で咲夜さんの足が震えてるの?』――」
 せっかく言い易い様にしてるのに。
「――教室の。何?」
「――……教室の空気がですね?」
「教室の空気って私、何かおかしな事言ってる?」
「そう言う話じゃなくてですね。向こうの子も完全に震え上がってるからね」
 どうにも咲夜さんの態度が煮え切らない。
「はぁ? なに? それ何の冗談?」
 向こうが震えるって、向こうから言い出した事なのに、蒼ちゃんにはもっとひどい事してるのに。もう咲夜さんは放っておいてリーダー格の子に向き直って
「いい加減早く言えって――」
 ズレた机を言葉に合わせて蹴り飛ばそうと足を振りかぶった――
「――あ~もう。愛美さん食堂行くよ。そっちももう良いよね?」
「……あ、ああ。こっちも今日はもう帰るわ」
 私を差し置いて、咲夜さんと向こうのリーダーとで話を進めてしまう。


「で? 咲夜さん。これは何の真似? どういうつもり?」
 昼休み食べ損ねたお弁当に、放課後の食堂でやっとありつく事が出来た。
「いや、愛美さんキレたら怖すぎるって。教室の中本当に凍り付いてたんだって」
「蒼ちゃんは私の親友で、その親友を傷つけたら私怒るって咲夜さんと実祝さんの前で言ったはずだけれど?」
 咲夜さんもひょっとして話を聞かない人なのか。
「いや愛美さんのアレは怒るって言うレベルじゃないよ」
「じゃあ蒼ちゃんが今、どれくらいしんどくて辛いか分かる?」
「……」
 当然答えられない咲夜さん。私は空腹が満たされてようやく人心地着く。
「私待ってるんだから早く答えてよ」
 あの弟との喧嘩の時と似てる。当事者、言われた側の気持ちが丸々抜けるから、こういう時に答えられないのだ。
「そりゃ。あたしは愛美さんみたいには出来ないし、蒼依さんとも付き合いが長いわけじゃないからちゃんとは分からないかもしれないけど、その事は当人、本人が言わないといけないって、愛美さん自身が言ってなかった?」
 でも、答えられないなりに咲夜さんは、私との会話を思い出して指摘をしてくる。
「言ったよ。だから今までは黙ってたけれど、今日は名指しで私に言って来たよね」
「私の事だけだったらあそこまではやらなかったと思うけれど、蒼ちゃんの事を出したのも向こうからだよね?」
 だから私の言い分もちゃんと伝える。
「……分かった。ごめん。蒼依さんの気持ちを汲み取れてなかった事は謝るけど、それにしてもあれはやり過ぎ。取り巻きの子たちは完全に怖がってたよ。それだけは分かって」
 その上で咲夜さんが私の目を見て、初めの意見だけは変えない。
「分かった。明日取り巻きの子たちには謝るよ。でも、あのリーダー格には謝る気はないから」
 咲夜さんも私の返事を聞いて、肩の荷が下りたのか、大きくため息をつく。
「まあ言って来たのは向こうからだから、謝る必要は無いと思うけど、分かってさえくれれば」
「これで分かったと思うけれど、蒼ちゃんの事傷つけたら私、本気で怒るからね」
 だから最後にもう一度だけ咲夜さんに念を押しておく。
「もうそれは重々に」
「それと私最近気が付いたんだけれど、人の話を聞かない人も嫌いみたいだから」
「肝に銘じておきます」
 ちょっと咲夜さんの喋り方がおかしい気もするけれど、その後咲夜さんと少し雑談をする。
 でも、今日の放課後の事はつくづく優希君に見られてなくて良かったよ。
 優希君に今日みたいな私、特にキレた私の姿を見られるかと思うと、本当にシャレにならない。私は優希君の妹さんが見ていた事に全く気付かずに、夜に改めて蒼ちゃんに電話しようと決めて下校する。


 今日の夜はもうお母さんとお父さんも仕事に行って家にはいない。
 お父さんとお母さんが余程きつく言ったのか、どういう言い方をしたのかは知らないけれど、珍しく陽が沈む前に慶が家に帰って来る。
 私はお父さんとお母さんのあの姿を思い出して、どうしようかと迷いはしたけれど、さすがに昨日の今日でそこまで気持ちを切り替えられなかったから、自分の分だけご飯を作って、風呂も済ませ早々に自分の部屋にこもる。
『もしもし蒼ちゃん』
 そして、今日のお昼の事から少し話をしようと蒼ちゃんに電話をする。
『今日のお昼の事だよね』
『うん。今日のお昼、蒼ちゃんの気持ちも聞かずに私の気持ちを言っちゃったから』
 当事者である蒼ちゃんの気持ちはやっぱり尊重するべきで。
『ううん。蒼依は嬉しかったよ』
 私は腹を括って言い始めた事ではあるけれど、やっぱり蒼ちゃんがそう言ってくれると心が軽くなる。
『今日みたいな事って、やっぱりあるの?』
 彼女だから何をしても良い。そんな態度にも取れたあの戸塚君の行動。
 私にはそれがどうしても引っかかる。
『まあ男の子だしね』
 蒼ちゃんのため息交じりの声に、あの時の戸塚君の視線が頭をかすめる。
『そんなの関係ないよ。嫌な事は嫌って言える関係じゃないと蒼ちゃんも幸せになれないと思う』
 今日のあの場での蒼ちゃんの気まずそうな表情。見られたくはなかったんだろうけれど、逆に私が見つけていなかったらどうなっていたんだろうか。
『ありがとう愛ちゃん。でも、本当に戸塚君すごい人気だから』
 そうは言うけれど、あんな男子のどこが良いのか。蒼ちゃんはサッカーを真剣に取り組んでいる姿はカッコいいって言うけれど、それで蒼ちゃんが幸せになれるのかな。
『他人からの人気なんて関係ないよ。自分が好きになった人が一番なんだから』
 みんながカッコ良いって言うから、私もカッコ良いと思う。そんなのは形を変えただけの同調でしかない。
 みんなはあの人ダサいって言うけれど、私はこの人の良い所をたくさん知ってる。こっちの方がよっぽど幸せになれる気がする。
『愛ちゃんが羨ましいよ。蒼依も自分の気持ちをちゃんと伝えられるようになりたい』
 私の言葉に蒼ちゃんのため息が落ちる。
『もし今日みたいなことがあったら、私が言うよ?』
 蒼ちゃんが言えないのなら、人の話を聞かないのなら私が別に言っても良いし。
 私は雪野さんの事を思い浮かべながら蒼ちゃんに話す。
『蒼依は嬉しいけど、愛ちゃんあの後なんか言われなかった? 大丈夫だった?』
 教室内でのことを知らない蒼ちゃんが心配してくれるけれど、あんなの全然大したことじゃない。私は弟と優希君の妹さんで良くも悪くも鍛えられているのだ。
『ううん。全然。仮に何か言って来たとしても、私は全然気にしないから大丈夫』
 ただし、蒼ちゃんに私の親友に手を出したら、私は今日みたいに爆発すると思う。
『愛ちゃんは本当に優しいね。いつもいつもありがとう。また明日も蒼依と喋ってくれる?』
 何を当たり前のことを……でも今の蒼ちゃんはそれを確認しないといけないくらいにしんどいんだと思う。もう蒼ちゃんに喋りかけるクラスメイトは私しかいない。
『当たり前だよ。私と蒼ちゃんは親友なんだよ。周りなんて関係ないよ』
 その事が私はとても悲しいし寂しい。
 だから咲夜さんも早く迷いの気持ちを捨ててくれたらなって希う。
 ただこれは人の気持ちだから強制する事は出来ない。咲夜さんの場合にはクラスや人間関係の事もある上、蒼ちゃんの事で事前に教えてもらってる事もあるので、余計に無理強いは出来ない。
『いつもありがとうね愛ちゃん』
 お礼を言う事じゃないのに。
『ううん。じゃあまた明日ね。学校でも楽しく喋ろうね』
 こんな約束をしなくてもクラスの人との交流が出来るはずなのに。
『うん。じゃあ愛ちゃんお休み』
 私は悔しさを隠して、蒼ちゃんとの通話を切った。

 その後、気持ちを落ち着けてから優希君からの希望のメッセージが無かった事にちょっとだけ落ち込んでから、明日の時間と待ち合わせ場所を電話だと何話して良いのか分からなくなりそうだったからメッセージで伝える事にする。




―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

             「昨日はごめんなさい」
             公言通り謝る愛ちゃん
             「突然で迷惑だった?」
               突然の来訪者
          「いや~愛美さんが気合入ってるから」
           約束だから気合が入るに決まってる

       「僕は愛美さんの色んな面を見られて嬉しいよ」

          41話 白と黒の視線<集団同調の怖さ>
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