第46話 兄を想う視線<女同士の会話>

文字数 8,906文字


 妹さん。優珠希ちゃんの柔らかく穏やかな声に改めて私は視線を向ける。
 そこには以前のように敵意・悪意をむき出しにするでもなく、かと言ってあの“カナ”って子に向けて話すほど優しい表情をするでもない、ただ普通の女生徒がとてもキレイな金髪を今日は結わえずに降ろして立っていた。
「もちろん良いけれど、どうしたの? 私、何か気に障る事した? 言った?」
 理由があるのは間違いないんだろうけれど、優希君の妹さんだと分かったとしても、頬の事、背中を踏まれたこと、この下駄箱での事……それらの事が無意識で私を一歩後ろへ下がらせる。
「はぁ……今日は何もしない。てか、今日からわたしはアンタに手を出せない」
 まあ今までの事を謝る気はないけどね。そう言いながら穏やかな口調とは裏腹に悔しそうな表情を浮かべる妹さん。
 雨降りの放課後、部活をしている人以外で残っている生徒は限りなく少ない。
 当然昇降口にいるのも私たち二人だけだ。
「それは嬉しいけれど。どういう事?」
 以前の時とは比べるまでもなく、態度・言葉遣いに至るまで全てがやっぱりまるで違う。だから私が疑問に思うのも無理はないとは思うのだけれど、
「お兄ちゃんに見られたくも、聞かれたくもない話。女同士の話がしたいから早く靴、履き替えてよ」
 この事も答えを聞けずに、私は妹さんに言われるがまま急ぎ靴を履き替えて、雨が降っている中、校舎を出る。


 私は空色の折り畳み傘、妹さんは一人で入るには大きすぎるくらいの黒い傘全面に何かの白い花が描かれた傘をさして、最近私がよく使う遊歩道横の広場に向かう。
 私が黒い傘と白い花、金色の髪の色彩がとても綺麗だなって見ていると、
「さっきから、何?」
 妹さんが広場の入り口でこっちを向く。
「花。好きなのかなって」
 園芸部にしてもそうだし、この前の髪飾り……の事は伏せるとして、今の傘もそうだし。
 妹さんはまた私の問いに答える事無く、広場の少し奥の方にある屋根のある休憩スペースで足を止める。
 歩き方が綺麗なのか、かなり大きめの傘だからなのか、昨晩から降り続いた雨で地面がぬかるんでいるにも関わらず足・靴下はおろか学校指定のローファーすらもほとんど汚れても濡れてもいない。
「えっと、何か温かいものでも飲む?」
 それだけ短いスカートじゃ体もすぐに冷えるかと思って聞いたのだけれど、
「いらない」
 一言短く答えると、ベンチに座る前に両足を揃えてそのまま腰を屈めずに、両膝を少しだけ折ってハンカチを敷き、その上に綺麗に両足を揃えて座りスカートを伸ばし、太ももの上にカバンを乗せる。
 私がその所作にまた目を奪われていると、
「アンタは座らないの?」
 妹さんの掛け声で、慌てて濡れていない所を探して、人ひとり分離れた辺りの比較的濡れの少ない所に腰掛ける――所を見られていた。
 そんな私を一瞥して一息吐いたところで、
「アンタ勘違いしてそうだから先にゆっておくけど、わたしはアンタと仲良くする気はないから」
 妹さんがよく通る綺麗な声で遠慮なく私の心をへし折らんばかりの言葉を放つ。
「ただ、お兄ちゃんからゆわれてるから、わたしから手を出すのは基本は我慢をする」
 私は優希君の妹さんと言うのも正直言えば理由になるのだろうけれど、それ以上に今までの私に対する言動や服装さらには頭髪、それに相反するような気遣い、他人に対する礼儀正しさ、そして一朝一夕で身につくはずのない今の所作。
 私は妹さんの事をもっと知りたいと思った矢先
「優希君が私の事。何か言ってたの?」
「……わたしはアンタのそうゆう所、大っ嫌い」
 駄目押しとばかりに私の心をへし折ろうとしてくる。
「まあ、お兄ちゃんの言葉に耳を傾けられるなら、わたしはアンタの邪魔はしない」
 ただ、初めて妹さんとちゃんと向かい合って喋って分かるのは言葉の端々に優希君への想いが感じられることだ。
「邪魔はしないって?」
「アンタそれでバレてないと思ってんの? お兄ちゃんの話を聞いてたら誰だってアンタの気持ちくらい分かるわよ」
 そっか。優希君家で私の話をしてくれてるんだ。雪野さんの強かさを目の当たりにして、悔しい思いをしていたけれど、そっかぁ。
「わたしがアンタの邪魔をしないのは、アンタが約束通り頬の事を学校にも“お兄ちゃん”にも誰にもゆわなかった事と、お兄ちゃんの妹がわたしだって事を誰にもゆわなかったからだけだから。だからってアンタに協力する気は無いし、お兄ちゃんの事をわたしは教えない」
 私は妹さんの話を聞いて、やっぱり試されていたんだなって得心する。
 でもどうして優希君の妹である事を言ってはいけないんだろう。
「念のためゆっておくと、わたしはお兄ちゃんの妹だと明るみになると、お兄ちゃんに迷惑がかかるから」
 優希君のあの表情を見て、本当に優希君は妹さんとの関係を知られると迷惑に思うのかな。
 でもそれを言う事も、聞くことも出来なかった。
 そこにはあのむき出しの敵意は無いにしても、瞳に拒絶の色が入っていたから。
 それでもこの女の子にも興味を持ち始めているのも事実ではあったから、
「分かった。今は聞かないけれど兄妹だって周りに知られるのが嫌だったら、なんて呼べば良い?」
 いつかは妹さんの事も知りたいって言う気持ちだけは混ぜて伝えておく。
「……名前で呼べば良い。ただし、愛称やあだ名で一度でも呼んだら、わたしはお兄ちゃんに嫌われたとしても、どんな手段を使ってでもお兄ちゃんとアンタを引き離すから。そこだけははき違えないで」
「……分かった。じゃあ優珠希(ゆずき)ちゃんで良い?」
 全て自分が代わりになると盾になると“カナ”って子に言っていたこの子なら本当にやりかねないから“カナ”って子が呼んでいた愛称は諦める。
「一旦はそれで飲んでおく。さっきもゆったけど、わたしはアンタの事は信用してない。だからわたしの事をさっきみたいに言葉に混ぜて知ろうとしても、約束をしようとしても無駄だから」
 ……そっか。あの言い方でもダメなのか……。
「それと、この前みたいに視線でわたし達を汚そうとするなら、全力の腹パンは覚悟してもらう」
 ただそれ以上にこの妹さんに信用されていない……でもどうしてそこまで信用されて無いんだろう。
 本当に何にも知らない間に何かを言って傷つけてしまったのか……だとしたらこの子の性格上絶対に口を割らないだろうから、致命的だとも言えてしまう。
「あのさ私、何かした? 優珠希ちゃんとはほとんど初対面だし、信用されていないって言うのは分からないでもないけれど、警戒される理由が分からない」
 思えば初めから、事ある度に私の事は信用ならないって言われていた気がする。
 ただ、この事に関しては私は関係者なのだから理由を聞きたかったのだけれど、
「……本当に分かって無いなら、ゆっても無駄だしわたしはゆわない」
 それすらも教えてくれない。自分で考えろって事なのかな。
 あの時の定期試験の飛び抜けた点数と独走状態の順位を思い出す……それに奨学金の事も。
 この学校は有数の進学校で、試験だって相当難しいはずなのに。
「アンタそんなので本当にお兄ちゃんと仲良くやって行けるの?」
 それを意に介する事無く、妹さんが侮蔑の視線を私に向けてくる。
 それにしてもどうして妹さんが警戒している話が、優希君の話に変わるのか。
「アンタの脳内お花畑みたいだから、わたしが今のうちにゆっといてあげる。もしお兄ちゃんと付き合うならアンタが思ってるような幸せにはならないから。間違いなく理不尽な事・しんどい事の方が多いから……アンタにその覚悟。ある?」
 妹さんの目が私を射抜く。
「わたしには答えなくて良いけど、お兄ちゃんの気持ちを裏切ったら、たとえわたしがどうなっても仕返しだけはきっちりするから」
 答えられない私に妹さんの言葉が突き刺さる。
「私は優希君を裏切るなんて事だけは無いよ。それだけは言い切れる」
 それでも、優希君に対する気持ちは本物なのだから、妹さんの前でも恥ずかしがらずに言い切れる。
 私の言葉に薄く笑みを浮かべた後
「まあお兄ちゃんの意見・言葉を聞けるアンタなら大丈夫でしょうけど、お兄ちゃんの気持ちを無視したらすぐにアンタの所に話をしにいくから」
 そう言って表情を戻す妹さん。

「それと最近お兄ちゃんの近くをうろついているメスブタをどうにかして」
 そう言って剣呑な雰囲気を隠すことなく出してくる妹さん。それはまるで初対面の時の私にした表情にも似ていて。
 でも、メスブタって……言葉に出すのも憚られるくらいの言葉に、私は思い当たる人がいない。私の表情で見当がついていないのが分かったのか、
「あのクッサイ匂いを擦り付けてくるメスブタ」
 更に嫌悪感丸出しの表情も加えて浮かべる妹さん。
「ひょっとして雪野さんの事?」
 匂いとか擦り付けるとか言えば私に思い当たるのは一人しかいない。
 でもその言い方は……
「そうよ。あのメスブタ何を勘違いしているのか知りたくもないけど、お兄ちゃんにマーキングみたいな事して何様ってゆうのよ」
 妹さんの言い分に胸がすく思いがするのも束の間
「大体アンタもそれで何とも思わないワケ? お兄ちゃんに対する気持ちはその程度なの?」
 私を煽る妹さん。
「私だって思う事もあるし、悔しいけれど今の私の立場じゃ思っても言葉に出来ないっ!」
 そしてその煽りに簡単に乗ってしまう私。
 あの雪野さんの勝ち誇った表情に、私の感情が再びざわめき始める。
「アンタの気持ちは分かった。ちゃんと相手を立てられるんだから、これ以上はゆわない。ただ、この事に関してはアンタの今の立場とか気にしなくて良いから、あのクッサイメスブタをどうにかして」
 私の気持ちが伝わったからなのか、私に対して表情が柔らかくなる。
「分かった。ありがとう優珠希(ゆずき)ちゃん。考えてみるよ」
「わたしの方からは今話せることは全部話したから、お兄ちゃんに感付かれる前に戻るけど、アンタからは何かある?」
 私は少しだけ迷って、水曜日の日の放課後の質問をする。
「答えてくれたら嬉しいんだけれど、水曜日の放課後、私の教室の近くにいたよね? あれって何か私に用事があったりした?」
 私の質問に今度は隠すことなく普通に答えてくれる。
「別に用事ってほどでもないけど、アンタが普段どうしてるのか気になったのと、取り込み中じゃなければ今日の話をあの日にするつもりだったのよ」
 私の普段が気になったって……本当に私に対する信用とか無いんだ……
 少しショックではあったけれど、もうそれも今更と割り切るしかない。
「ただまあ、あの日のアンタは良かったと思うわよ」
 自分を納得させようとしていた所に、まさかの肯定の言葉が出てくるとは思わずに、私は驚く。
「でもあの状況を作り上げた半分は私の責任だし……」
 あの日の事をどこまで知っているのかは定かではないけれど、蒼ちゃんの涙が全てなのだから私としては忸怩たる思いだったりする。
「それでも、その後が大切でそこがしっかり行動出来ていれば、わたしは何もゆわないわよ」
 ……ひょっとして私を励ましてくれているのかな。
「また何かおかしなこと考えてそうだからゆっとくけど、ただ一般常識でゆってるだけで変な勘違いはしないで」
 でもなかったみたい。それでもあの場所にいた理由は聞けたから今日はそれで由と思うようにする。
「じゃあ本当にお兄ちゃんに気付かれそうだから、わたしはこれで行くから」
 そう言って座っていたベンチから立ち上がって、下に敷いていたハンカチを同じように膝を少しだけ折って腰をかがめずに取る。
 本当はテストの事、カナって子の事、この前の園芸部の事、私に対する今までの事も含めて色々聞きたかったのだけれど、一つだけでも答えてもらえたから
「分かった。こっちも今日、色々話せて良かったよ」
 残りの分は今はまだ優希君同様、信頼が足りないような気がして信頼を勝ち取るまでと自分を言い聞かせて言葉を飲み込む。
「分かってるとは思うけど、今の話は女二人だけの話だから。お兄ちゃんにも内緒で」
 私の返事の後立ち去り際にそれだけを言って、本当に私に対して気を許していないのか挨拶も無しにたくさんの白い花の描かれた黒い傘を広げて行ってしまった。


 その姿を見えなくなるまで見送ってから家に帰ると
「おかえり愛美」
「うん。ただいま」
 お母さんはもう帰ってくれていた。
「今日雨降ってたでしょ? 体冷えないうちにお風呂に入ってきなさいよ」
「慶は?」
「まだ帰って来てないわよ。お母さんがいるから安心して入って来なさい」
 私はお母さんに説得される形でお風呂を先に頂く。

 私がお風呂に入っている間に慶が帰って来たらしく、そのまま自分の部屋に入ってしまったと言う。したがって今はお母さんと二人だけの夜ご飯。
「あの後慶久は大丈夫?」
 お母さんが心配そうに聞いてくる。
「大丈夫も何も慶とは今週一回も顔を合わせてないし」
 だから見られる事も言われる事も何もないのだけれど、私の心には隙間風が吹く。
「あのさお母さん。私がこんな事言うのはおかしい事だって、矛盾してる事だって分かってはいるんだけれど、あの子学校大丈夫なの?」
 今週の前半は早く帰って来たけれど、後半は今日みたいに帰りが遅い事を伝える。
「……愛美。お父さんから慶久に話をしてもらうから、来週お父さんに帰ってもらっても良いかしら」
 お母さんが頭を抱えて項垂れる。
「お母さんも一緒に帰って来てくれるなら。でもお母さんも一度慶と話をしてみてよ。お母さんからしたら慶も自分の子供なんだよね?」
「もちろんよ。愛美は明日も出かけるのよね?」
 どこに行っているのか、何をしているのかは知らなくても、特に用事が無い限りは雨が降っていたとしても、いつもの事ではある。
「その時に慶久とは話してみるつもりよ」
 私が話す事を嫌がっていても、両親はちゃんと慶と話そうとしてくれることに私は安心する。そうしないと慶の気持ちは、この家の中で誰も知らない事になってしまう。
 慶が自分の気持ちを誰にも打ち明けることが出来なくなってしまう。
「じゃあ私はこのまま自分の部屋に行くから、食べるかどうかは分からないけれど、まだだったら慶の分も用意してあげてよ」
「愛美……ありがとう」
 今週一週間、慶がどんな生活をしているのかは知らない。それでもあの子は私よりも二つも年下なのだから慶の言う事にも両親には耳を傾けて欲しいと思う。
 私はお母さんの言葉を背に自分の部屋へと向かう。


 本当は今日の放課後の事、この前の戸塚君の態度や考え方を見聞きしているから、電話でも良いから蒼ちゃんの声を聞きたかったのだけれど、優希君との日曜日の事を思うと電話をするのをためらってしまう。
 もちろん今度こそフラれてしまう事も考えないわけではないけれど、それでも自分の中に育ち切ったこの気持ちはもう出さないとどうにもならない所まで来てる。
 ただ、今日の放課後の優希君の行動や、優珠希ちゃんの言葉を聞いていると、本当に色々な事もありそうだけれど、私の思いが届くと良いなって希望してしまう。
 色々な事が頭の中を堂々と巡りはするけれど、蒼ちゃんがしんどい時に、私が浮かれていて良いのかなって言う気持ちは頭の中でもたげたまま無くならない。
 結局蒼ちゃんに電話する事に踏ん切りがつかないまま、明日も参加する旨を朱先輩にメッセージで伝えて勉強に集中する。


 翌朝朱先輩からブラウスの補修が終わったメッセージが入っていたから、お礼のメッセージを先に送ってしまう、それから一昨日から止むことなく降り続いている雨を窓越しに眺めながら雨に濡れても大丈夫な服に着替える。
 ただ今日も降り続く雨の影響もあって、今日は朝から蒸し暑い。
 なので思い切って上のシャツを半そでにしてしまう。
 そしてこの前のお母さんからのネックレスを朱先輩にも見てもらおうと、鞄の中に入れて下へ降りる。
「おはよう」
 私が下へ降りるとお母さんが朝の分も用意してくれている。
 普段は全部自分で用意をしないといけないから、今日みたいに何もしなくても用意されてるって良いなって現金な事を考える。
「今日雨降ってるけど、その格好だと体冷えない?」
「今日暑いくらいだから大丈夫だと思う」
 私はご飯を頂きながら答える。
「愛美は若いから良いけど、あんまり女の子が体を冷やしたら駄目よ。それと今日の夜はどうする?」
 若いからってまだお母さん綺麗なのに。
「また昼くらいに電話しても良い?」
 そう言えば今日の朱先輩のメッセージの中には今日の事とブラウスの事しか書いてなかったような気がする。
「いつでも良いわよ。夕方までに愛美の都合のつく時で」
 そしていつも通り朱先輩が気に入ってくれている飲み物を用意して
「それじゃ行って来ます」
 学校に行く訳じゃ無いから折り畳み傘じゃない方の空色の大きな傘を広げて、朱先輩との待ち合わせ場所に向かう。
 久しぶりにお母さんとたわいもない話が出来たなって思いながら。


「愛さんなんだよ~」
 この雨降りの中、今日は集合場所の公園の入り口で待っていた朱先輩。
「朱先輩。今日は活動する気ないですね?」
「愛さんがわたしに意地悪を言うんだよ」
 そう言って不満げに私の顔を見る。
「意地悪って。そんな全身真っ白な服で活動なんてしたら服が汚れるに決まってるじゃないですか」
 そう、今日の朱先輩は暑いからなのかなんなのか、トップスはオフホワイトの五分丈と足首までの長さの
 パールホワイトっぽい白い、こう言うのチュチュスカートって言うんだったかな。
 とにかく全身を真っ白にしている。
 ただですら男性陣の視線を集めているのに、今の清楚な雰囲気も相まって全く関係のない人たちも朱先輩を認めて一目視線を送っている。
「意地悪だよ。今日は愛さんと空木くんの話を真っ白な気持ちで聞こうと思ってたのに」
「ちょっと朱先輩?!」
 全身真っ白ってそう言う事?!
 まさかここで優希君の名前を出されるとは思わずに、私は真っ赤になった顔を隠すため傘を低く持って、傘の小間の部分で顔を隠してしまう。今、私の視界に広がるのは雲一つない真っ青な空だ。
「……愛さんの顔が見えないんだよ」
「朱先輩が変な事言うからです」
「……愛さんが冷たいんだよ」
「私が恥ずかしがるのを楽しんでるからです」
「……私は寂しいんだよ」
「……」
 結局今回も私が根負けする形で正面の傘の角度を本来の雨天が見えるように角度を変えるとそこには満面の笑顔を浮かべた朱先輩がいた。
 そして今日も雨天の中、朱先輩の笑顔と共に、活動が始まる。

 今日の朱先輩の服を汚すわけにはいかないから、私がゴミを拾って朱先輩の持つゴミ袋の中にゴミを入れて行く。
 幸い私の傘はかなり大きめなので、少し動いたくらいではそれほど濡れる事は無いのだけれど、朱先輩の笑顔に男性陣が声を掛ける一方、さっきの優希君の事に雨が降っているにもかかわらず、中々顔の熱が取れない。
「大きいのと重いのはこっちで回収するから、小さいのを中心に拾って行くと良いよ」
 いつの間にか朱先輩じゃなくて私と一緒にゴミを拾ってくれる少しだけ年上の男性。
「ありがとうございます」
 ちょっと堅かった気がしないでもない。でも私の返事を気にする素振りもなく、なんだかんだ言いつつ河川敷まで一緒に活動をする。
 役割分担をした事もあって、雨天にもかかわらず先週よりもゴミの回収は出来た気がする。
「朱先輩。服は汚れてないですか?」
「愛さん。服は汚れてもお洗濯をしたら綺麗になるんだよ?」
 いやそんな小学生相手みたいに言わなくても、シミになったらどうするのか。
 私が朱先輩の服を気にしながらゴミトラックに回収したゴミを載せていると
「良かったらこの後一緒にお昼ご飯でもどうかな?」
 さっきの男性が誘ってはくれるけれど、優希君がいるのに他の男性とごはんって言うのはどうなんだろうか。 私だったら……雪野さんを想像すると答えは簡単だった。
 そんな迷っている私を朱先輩が愛おしそうに見て
「女性をエスコートするのは良い事だと思いますが、レディに迫り過ぎるのは失礼ですよ?」
 男性に一言添えてくれる。
「そんなつもりじゃなかったんだけど、ごめんな。じゃあまた来週もよろしく!」
 朱先輩の助けもあって男性は帰ってしまったけれど、初めの一言以外はロクに会話が出来なかったなと少し申し訳なく思いながら、男性を見送る。
「じゃあ先週の愛さんのブラウスの補修も終わってるからわたしの家に行くんだよ~」
 男性の背中が見えなくなったところで、
「そう言えばお母さんに夜ご飯聞かれてるんですけれど」
 お母さんとの朝のやり取りを思い出す。
「わたしは愛さんと一緒に夜まで空木くんの話を聞きたいんだよ」
 私が一言聞いただけで今にも泣きだしそうな表情になる朱先輩。
「分かりました。夜はご馳走になります」
 だからお母さんには夜ご飯はいらない旨を伝える。
「でも優希君の事は――っ?!」
 朱先輩の今にも輝きださんばかりの笑顔を見て口を滑らせた事に気付くも
「愛さんの幸せな話をたくさん聞かせてね」
 すでに遅くて、洗いざらい喋る事になりそうな予感を胸に顔を赤くしたまま今日も雨が降っている中、足と靴が濡れないようにゆっくりと歩いて、朱先輩の家に向かう。



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
          「今日のは冷たいココアなんですね」
              いつもとは違うココア
             「じゃあ。親友は?」
             口に出る自分の中の迷い
          「じゃあ愛さん、明日は頑張ってね」
               その上での応援

       「愛美頑張りなさいよ! 愛美の武器は笑顔よ」

          47話 繋がる視線<無言の告白と返事>

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