第42話 【親友はやがて】<届かない思い2> 解説あり

文字数 10,183文字

 気が付けば家についていた。喫茶店を出てからあまりにも幸せ過ぎて、何を話したのかも何を買ったのかも覚えていない上、それを確かめる術もない。
 そう、荷物は全部優希君が持ってくれた。そう言った気遣いは女の子なら誰でも嬉しいんじゃないかなって思う。
 私が落ち込んでいる時の優希君の気遣い。私が優希君にかけた迷惑なんて気にする素振りも無くて、私を包み込んでくれる優希君。
 私と同じように、私に対してもドキドキしてくれた優希君。
 今度 “こそ” 優希君と同じ時間、同じ気持ちを共有出来た事がとても嬉しい。
 優希君への想いが止まらない。本当に優希君を好きになって良かった。
 私は鼻歌を歌いながら、夜ご飯の準備とお風呂の用意をする。


 一通りを済ませて自室に戻ったところで、携帯が新着メッセージを知らせるランプが点滅していたから確認すると、

題名:今日は楽しかった 
本文:愛美さんの色んな一面が見られて良かった。今日買ったのは金曜日に持っていけば良い
   かな? 
追伸:また二人でどこかに行けたら良いね

 何と着信は優希君からだった。しかも今日ので楽しんでもらえたんだ。
 なんか私ばっかり優希君に恥ずかしい所ばっかり見せてしまっているのが腹立たしいけれど、それも優希君になら良いかなって思ってしまってる辺り

、相当重症な気がする。ただ最後の一文は反則だよ。優希君の方からも誘ってくれるなんて。
 もう冗談なんて聞かないからね。勘違いをさせたのは優希君だからね。

題名:私も楽しかった
本文:今度は優希君の色んな面も見せてね。私だって優希君の事知りたいんだから。
   二人で出かけるの楽しみにしてるから、またいつでも声かけてね。

 私はがっつき過ぎて引かれないように気を付けながらメッセージを送ったつもりだけれど、大丈夫だよね。

 優希君の余韻を残したまま、今日の午後の授業を集中できなかった分も含めて、集中して机に向かう。そしてひと段落したところで、少し遅めの時間に差し掛かっていたから今日も教室で一度も声を掛けられなかった蒼ちゃんの携帯に電話する。
『もしもし蒼ちゃん』
『どうしたの? 愛ちゃん』
 普段通りの声の蒼ちゃんに安心する。
『うん。今朝の事、気にしてたらどうしようかと思って。それに、教室で蒼ちゃんと一度も喋らないのが落ち着かなくて』
 優希君との事が大切なのはもちろんだけれど、前から言っている事ではあるけれど、それとは別に、親友を大切にしていきたいのもまた本音なのだ。
『ごめんね。あれはやっぱり蒼依と義(よし)君のせいだったんだ』
 私の一言にあっけなく普段通りの蒼ちゃんの声にヒビが入る。
『違うよ。向こうが私に絡んで来たのは私が “副会長と会長に二股かけてる” って言いがかりをつけて来たからだよ』
 嘘も方便。わざわざ蒼ちゃんのヒビが入っている声を割る必要はない。
 嘘をついた事は私の中だけで留めておけばいい。親友の為なら、好きな人の為なら出来る事はしたい。
 私はいつだって周りの人間には、笑っているのは無理でも泣いていて欲しくないのだ。
『え?! それで愛ちゃんが謝ってたの? 愛ちゃん絶対そんな事しないよね』
 当たり前かも分からないけれど、無条件で信用してくれている蒼ちゃんはやっぱり大切な親友なんだなって再認識する。
『もちろんだよ。あまりにも事実無根な事を言われたから、喧嘩になっちゃって』
 私が本気で怒りが爆発したのを、蒼ちゃんは一度だけ前の学校の時に見ている。
 ただ、蒼ちゃんの性格を知ってからは、蒼ちゃんの前では本気で怒った事は無い……はず。
『それで愛ちゃんが謝るの?』
 蒼ちゃんは私が悪いなんて欠片も疑っていない。
『相手に対してやり過ぎたみたいで、咲夜さんに注意されちゃって』
『愛ちゃんが本気になって怒ったら怖いもんね。今の蒼依でも泣いちゃいそう』
 咲夜さんもそんな事言っていたような気がする。そう言えば足も震えていたっけ。
『女の子に怖いって、それはそれでどうかと思うけれどなぁ』
『その辺りは慶久君と姉弟なだけあって似てるよね』
『慶は蒼ちゃんの前ではすごく大人しいと思うけれど』
 蒼ちゃんの前で素の慶を出したら、蒼ちゃん近づかなくなるんじゃないかな。
『愛ちゃんに対する慶久君の言動見てれば、多少は分かるよ……慶久君と仲直りは?』
『無理かな? 私もあの子の前に立ちたくないし』
 家族から、しかも年下の弟から性的な目で見られる嫌悪感は強い。年上のお兄さんとかなら恐怖心が強いかもしれない。
 これは実際に兄弟がいないと想像しにくい気がする。
 私は家族を大切にしたかった事も、私を大切にしてくれている朱先輩にも申し訳なくて。
『最近蒼ちゃんと一緒にお昼していないから、明日一緒にお昼しようよ。どうせ慶の分のお弁当も作らないし、二人で学食にしよう』
 私は空気を変えるために話題も変えてしまう。
『……咲ちゃんとか、夕摘さんとかは良いの?』
『良いも悪いも私が蒼ちゃんと食べたいの』
 蒼ちゃんの周りに対して “しすぎる配慮” に改めて私の気持ちを伝える。
『蒼依は愛ちゃんと友達で良かった』
『違うよ。私たちは友達じゃなくて親友だよ』
 ――違うよ。わたしたちは友達じゃなくて親友。違う?――
 私は自分の言葉に既知感を覚える。
『……うん。本当にありがとう愛ちゃん。じゃあ明日のお昼は一緒出来るね』
 明日の約束を取り付けて、通話を終える。
 最近教室の中で蒼ちゃんとあんまり喋れていない。実祝さんとも喋れていない。
 わずか一か月半の前の事なのに、蒼ちゃんと実祝さん・咲夜さんの三人でお昼をしていたのが懐かしい。それにさっき感じた既知感。私は前にどこかで言うか聞くかしている。私が以前に蒼ちゃんに言った言葉なのか……でも蒼ちゃんからはそんな気配は伝わって来なかったし。
 私は思い返しても出てこない既知感を頭に残しながら、まどろみに身をゆだねた。



 翌朝、昨日の蒼ちゃんとの約束もあって、お弁当は作らずに朝ごはんだけを用意して学校へ向かう。
 私が自分の席へ着くのを見計らっていたのか、咲夜さんが待ってましたと言わんばかりに
「おはよう愛美さん。昨日はいかがでして?」
 悪い笑顔を貼り付けてこっちへ来る。
 だったらこっちが逆に恥ずかしがらずに堂々としていよう。
「昨日って、優希君とのお出かけの事?」
 と思っていたのに、自分で口に出した名前に頬が熱くなる。
「優希君って、副会長の事?」
 ……なんか他の女の子が下の名前で呼んでいるのを聞くと、文句を言いたくなる。
「そうだけれど……下の名前知らなかった? 咲夜さんが呼びたいだけ……じゃないよね?」
「え゛。い、いや~それは勘繰り過ぎじゃないかな?」
「本当にそうだったら良いんだけれど、どうしてびっくりしてるの?」
 咲夜さんの応答の一つ一つが怪しく思える。
 今だって咲夜さんが話を振って来たし。
「え? 愛美さん。結構すごいオーラ出してるよ?」
「咲夜さんが、優希君の名前を呼ぶからじゃない?」
「いやだって確認しないと分からないんだけど……はいごめんなさいっす!」
 最近咲夜さんが私の事を怖がり過ぎじゃないかな。こんな場面も優希君には見せられない。
「でもほんとに同じクラスじゃないと名前までは中々知らないんじゃないかな? あたしも今までは副会長で記憶してたし」
 まあそれなら私もあまり目くじらを立てない方が良いのかも知れない。
「と・こ・ろ・で。空木君から優希君へ名前呼びに変わってるワケですが、進展があったと言う事で?」
 私が気持ちを抑えようとしている所に、咲夜さんの目が怪しく光る。
「それを私が咲夜さんに言うと思う? 私と優希君との二人だけの時間の事は誰にも言わないよ」
 昨日の二人だけの時間の事は優希君も誰にも言って欲しくないな。
「……愛美さんがすごい乙女してる。これは昼休みにでも是非聞き出さねば!」
 私が言わないって言ってるのに、勝手に息巻く咲夜さん。本当は人の話を聞かない人なのかも。
「でも今日のお昼は蒼ちゃんとの先約があるから。一緒に来るのなら構わないけれど」
 前に咲夜さんには親友の蒼ちゃんには傷つけるような事はしないでって言ってあるし、先日の事で咲夜さんは私が本気で怒ったら怖いって事も分かってくれてるから、大丈夫だと思って声を掛ける。
「う~ん。少し考える」
 そう言った咲夜さんの表情が本音とは違う気がした。


 昼休み約束通り、蒼ちゃんとお昼をしようと足を向けたところで
「岡本さん。たまには一緒にお昼しない?」
 咲夜さんを含めたグループが声を掛けてくれるけれど
「ごめん。今日私お弁当持ってきてないし、先約もあるから」
 蒼ちゃんの方へ足を向ける。
「愛ちゃん良いの?」
「今日蒼ちゃんと食べたいって昨日言ったよ?」
 私はそのまま蒼ちゃんの手を取って、教室を出て行く。


 教室程ではないにしても、食堂でもちょくちょく女子からの視線を感じる。ホントあんなののどこが良いのか分かんないけれど、本当に人気だけはあるのか、みんなが盲目的に同調しているだけなのか、私はそっと心の中だけで溜息をついて
「そう言えば今日蒼ちゃん来るのギリギリだったから、私不安だったよ」
 今日は始めから学食だって伝えてあったから、お弁当は理由にならないのもあって、理由が分からないのだ。
「ごめんね。今日は心配するような話じゃなくて、ちょっとクッキーを作ってみたんだけど、愛ちゃんこの味分かるかな?」
 そう言って蒼ちゃんが私の目の前に一枚のクッキーをコップのフチに乗せて差し出してくれる。私はどうしようかと迷いはしたけれど、せっかく蒼ちゃんが差し出してくれたクッキー。私はご飯を中断してクッキーを口の中に入れる。
「あっ! これって!」
 この外はパサついているのに、中はベタっとしたこの感じの生地。そしてこの中途半端な甘さは。
「やっぱり愛ちゃんなら覚えてくれてるんだ」
 私がすぐに思い至った事が分かったのか、蒼ちゃんが本当に嬉しそうにする。



―――――――――――——★ 不器用で優しい味 ★―――――――――――――


「おい根暗。なんか喋れよ」
「……そう言うのやめてよ」
 クラスの男子にからかわれて、当時よりももっと内気だった前の学校の一年の時の蒼ちゃんの記憶がよみがえる。
 当時の私はまだ朱先輩とも出会う前で、まだ男女の違いなんかもちゃんとは理解していなかった。
「ねえそこの男子。弱い者いじめして楽しい?」
 当時はイジメと言われるものも無かったと思うし、同調圧力なんて言葉も知らなかった。その上、思春期も入り口だったのでまだ惚れたとか腫れたとかの話も

無かった……と思う……私の周りでは。
「これは弱い者いじめじゃねーし。まあ岡本みたいなオトコオンナには分かんねーよな」
 この頃の男子も小学生と変わらないくらい幼稚だったと思う。
 もちろん今と同じで、皆が皆と言うわけではなかったとは思うけれど。
「あんた達みたいな幼稚な男子の事なんてわかる訳ないでしょ。防さんから離れなさいよっ!」
 今思えば私もよく平気で男子の前で足を上げていたなって思う。
「防さんもはっきり言った方が良いよ。でないと男子ってアホだから、いつまでも同じ事繰り返すよ」
 あの言葉も蒼ちゃんの性格を知らなかったから言えた言葉だった。
「ごめんね岡本さん。今日助けてくれたお礼にこの中から一つ好きなのあげる。何が良い?」
 当時、男勝りと言うかお転婆だった私に、蒼ちゃんが色んなお菓子の入った女の子らしいピンク色の巾着袋の中を見せてくれる。
「これ全部防さんの? 防さんってお菓子好きなの?」
 巾着袋の中には一口チョコから駄菓子、少し高級っぽいお菓子までたくさん入っていた。私はその中の駄菓子屋さんで1個10円か20円くらいで売っていそうな“一口チョコ”をもらう。
「だって甘いもの食べたら幸せな気持ちにならない?」
 そう言って蒼ちゃんはその中から、鳥の絵の描かれたキャラメルを一口食べてとても幸せそうな表情を浮かべる。
 同性ながらこの人可愛いなって思ったのが、蒼ちゃんとの付き合いが始まったきっかけだった。

 それからしばらくしたとある日の事。
 私はそれ以来、蒼ちゃん餌付けされるように男子にからかわれる蒼ちゃんから、男子を追い払うと言う事をしていた。
 そんな時私たちの関係を変える小さな出来事が起こる。
「ねぇ防さん。気が無いのならあの人にちょっかい出すのやめてくれる?」
 昼休み、一緒にお弁当を食べながら蒼ちゃんと喋っていたら、クラスの女子が突然に抗議してくる。すぐにピンと来た私は
「ちょっかいって。あの男子がいつも先に防さんにちょっかいを出してるんじゃない」
 当時から蒼ちゃんは女子の中でも一つ綺麗で、髪もその時からキレイな艶のある長い黒髪だった。
「はぁ? そんなの関係ないし。それに防さんに聞いてるのに、なんで何にも答えてくれないの?」
 後から思えば、蒼ちゃんの容姿にただ嫉妬していただけかもしれない。
 そこそこの付き合いをしていた私には、蒼ちゃんの性格が少しずつ分かりかけていた。だからその時も、蒼ちゃんが怖がっていて喋れなくなっている事は容易に分かった。
「そんな聞き方しなくても、普通に聞けばいいんじゃないの?」
 取り敢えず一回はたしなめる。
「普通にって。こっちは普通に喋ってんのに、なにぶりっ子してんの?」
「はぁ? ぶりっ子って……人にはいろんな性格あんの分かんないの?」
 さすがにそれくらいの事は当時の私でも分かっていた。
「もう良いわ。ただし気が無いんならこれ以上あの人にちょっかいを出すのはやめて」
 ただ相手の子もそれだけを言って引き下がったから、この日はこれで終わった。
「岡本さんありがとう。でもごめんね。今月もうあんまりお小遣いなくてお菓子が少ないの」
 そう言っていつもより寂しい巾着袋の中を見せてくれる。
 蒼ちゃんの笑顔が大好きだった私は、
「じゃあ今日は良いよ。でもちょっとだけ待ってて」
 自分のカバンの中から、今日のお昼にと持たせてもらったミカンを蒼ちゃんに渡す。
「お菓子とは違うけれど、果物だって甘いからきっと防さんも笑顔になれるよ。一緒に半分こしよう!」
 その時の蒼ちゃんの笑顔だけは今でもすぐに思い出せる。
 そして、この日の一言は色々なきっかけの大元となった。
「毎回お菓子を買ってたら大変だからさ、家でお菓子を作ったらどうかな? 買うよりも安いと思うけどどうかな?」
 後から知った話、ご飯とは違ってお菓子の方が作る手間もかかるし、安くはなかった。ただ蒼ちゃんがお母さんの話を
「自分で何かを作る事は良い事だから、お菓子を作る材料はお小遣いとは別にくれるって」
 嬉しそうに話してくれたっけ。

 それから数日後事件は起こる。
 ある日の昼休みに
「岡本さん。この前岡本さんが言ってくれた事、お母さんに言って今日まで練習してたんだけど焼いてみたクッキー、一回食べてみてくれる?」
 お弁当を食べ終わった直後、少し恥ずかしそうに
「お店ほど美味しくないかも知れないけど」
 袋に入ったクッキーを机の上に恐る恐る出してくれる。
「これ、私がもらっても良いの?」
「……うん」
 蒼ちゃんが恥ずかしそうに、でも目には期待を宿らせて頷いてくれる。
 私は蒼ちゃんらしく丁寧にラッピングされた袋を解(ほど)き、中のクッキーを一枚口にする。
 そのクッキーは外はパサついていて、中はベタついていて、おまけに中途半端な甘さで。でもお店以外で始めて食べたクッキーは、とても優しくて、機械の味じゃなくて
「正直味はイマイチだけど、優しい味だね」
 蒼ちゃんの気持ちがこもってる。甘いものを食べて笑顔にしたいと確かに願った蒼ちゃんの気持ちは私の心に伝わった。そんなクッキーだった。

 そして事件の引き金は引かれる

「あ! それ、根暗が作ったのか? 俺にも一枚くれよ。うわっ?! なんだこれ」
 開いた袋の中から一枚取って口に入れるまでの間、あまりにもの自然な動きで私も止めることが出来なかった。ただし
「まっず」
 この一言で私は蒼ちゃんの前で、間違いなく人生で初めて怒りが大爆発した。
 私はまず、グーで相手の男子の顔を左右から一回ずつ合計二回殴った。
「文句言うなら食べるなっ! さっさと吐き出しなさいよっ!」
 そして蹴った。吐けば良いと思ってお腹を蹴った。胸ぐらをつかんで多分振り回したりもしたと思う。後の事はあんまり記憶にない。
 ただ気付いた時には私は後ろから先生に羽交い絞めにされていて、その男子は泣きながら謝っていた。それがまた私の怒りを押し上げる。
「私じゃなくて防さんに謝りなさいよっ! ちょっかい出すにも、いじめるにもほどがあるでしょ!」
「ちょっ?! 岡本落ち着け!」
 私はその男子生徒を殴り飛ばそうと、先生の腕の中でがむしゃらにもがく。
 その時、先生の腕が私の両方の胸部にごまかしようのない程モロに触れる。
 当時の私は当然今よりも慎ましくて、胸部に身に着けるものが必要なかった私にも直にその感触がこれでもかと言うくらいには伝わる。分かる。
 だから先生の方も十分に感触が分かったのだろう。
 先生が力を抜いた瞬間に私は先生から逃れて、蒼ちゃんを守るように立つ。
 その前に男子に一発蹴りを入れる事は忘れない。
「いや岡本。これは不可抗力だ」
 先生の余計な一言で、何人かの女子が気がついたみたいだった。教室内の空気ががらりと変わる。
「先生っ! そこの泣いている男子に防さんは傷つけられたのに、そこの男子は謝らなくて良いんですか?」
「謝るも何も。もう岡本が泣かしてるじゃないか」
 初めて先生を疑った瞬間だった。
「泣いて済むんなら先生も泣きますか? それとも先生は私にしたことを正直に話して、そこの男子生徒と一緒に謝ってくれるんですか? それでも防さんも私も傷ついた事には変わりありませんが、どうしますか?」
 今思い返すと、よく先生に向かってあれだけの啖呵を切ったなって思う。
 そこからはもう一方的だった。
 常習的に蒼ちゃんをからかい続けていた男子生徒。
 それを長期間気付くことが出来なかった担任。
 それがいじめにまでは繋がらなかった私の事。
 極めつけは私の胸部を故意ではないにしてもモロに触った担任の先生。
 結論としては、異例中の異例で、学期中の担任の交代。
 そして、私へはお咎め無し。男子のご両親には先生が頭を下げる事で一応の決着は見る。

 その後しばらくは私の事をみんなして敬遠していたけれど、蒼ちゃんとは普通に、いや今まで以上に仲良くなったと思う。
 ただそれも長くは続かず、先生が私にしたことに気が付いていた女子、あの男子の事を良く思っていなかった女子とは次第に喋るようになる……もちろん蒼ちゃんも交えて。そしてしばらくしてから
「岡本さん。これから岡本さんの事、愛ちゃんて呼んでも良い?」
「もちろん! じゃあ私も防さんの事、蒼ちゃんって呼んでも良いかな? お互い名前から一文字ずつだね」
 今へと至る愛称が定着する。
 そしてもう一つ。
「その愛ちゃんに、あれから改良したクッキーを焼いたんだけど、食べてもらえる?」
 蒼ちゃんから差し出されたクッキーをそのまま口に入れると、それは一番初めのクッキーとはまるで別物のクッキーだった。
「これ蒼ちゃん作ったの? すっごくおいしい」
 私は破顔一笑する。
 でも私はあの初めてのクッキーも嫌いじゃない。一般的にはこっちのほうが美味しいって言う人が圧倒的だとは思うけれど、私は一番初めのあの蒼ちゃんのクッキーも好きだ。味はイマイチかもしれないけれどあの優しい味のするクッキーは蒼ちゃんしか作れない、唯一無二なのだから。
「蒼依はお菓子職人を目指そうと思うの。パティシエって言うんだっけ? 甘いお菓子を食べるとみんな笑顔になれると思うから。だから蒼依の味見役になってね」
 そう言って、蒼ちゃんはお菓子作りに、私は進学のための勉強を始める。

 そうして迎えた3年の2学期。
「蒼依やっぱり愛ちゃんともっと一緒に学校生活を送りたい」
 唐突に蒼ちゃんがそんな事を言い出す。
「私は嬉しいけれど、蒼ちゃんは料理の専門学校に行くんだよね?」
「お母さんにそう言ったら、学生の間にしかできない事、今の友達としか出来ない事は必ずあるから、それをしてから、経験してからでも十分間に合うから、そんなに急がないで今をもっと楽しみなさいって言ってくれて」
 でも三年の二学期。もう私は朱先輩とも知り合って、この近くの学校の中では一番の難関校の進学校へ行くために確実な準備を朱先輩と進めていた。
 朱先輩との約束、想いもあったから今更志望校は変えられない。
「だから今から蒼依が頑張って、愛ちゃんと同じ学校へ行けるように努力する。その為に試験が終わるまでは料理とお菓子作りは封印する」
 私のために、私と一緒の学生生活を送りたいから、自分のやりたい事をいったん保留にして私と過ごす時間を優先したい。
 そう言われて、そう言ってもらえて私に協力しない選択なんてあるわけがなかった。
 それから私は朱先輩に学校では不足している事を教えてもらい、それを私が蒼ちゃんに教えると言う不思議な二人三脚が始まった。

 そして、現在に至る。


――――――――――――★ 不器用で優しい味 完 ★――――――――――――


「もちろん! この味を私が忘れるわけないよ。これは私と蒼ちゃんを始めてつないだクッキーだもん」
 当時からこの優しい味のクッキーが私は好きだったりする。
「でもどうして今この味のクッキー?」
「愛ちゃんばっかりじゃなくて、蒼依も努力して蒼依のお菓子で愛ちゃんの時みたいに仲良くなれたらなって思って」
 私は蒼ちゃんの胸の内に涙がこぼれそうになる。
 私は蒼ちゃんの親友であることに誇りを持ちたい。
「うん。わかった。じゃあ今日の放課後人が少なくなってから渡す?」
「……二人とも受け取ってくれるかな?」
 蒼ちゃんが不安そうにするから
「蒼ちゃんの想い。届くと良いね」
 今私が出来る最大の笑顔を蒼ちゃんに向けて、午後の授業に挑むために教室へと戻る。

 そして迎えた終礼。週中と言う事もあって特に先生からの連絡事項もないまま放課後を迎える。
「今度こそ副会長との進展具合を聞かせてもらうっす」
 ……まあ教えないけれどね。
「実祝さんは今日は図書室?」
 教室から一人でも少なくなるように、実祝さんが出て行くギリギリまで時間を先伸ばす。
「ん。期末こそは愛美に理系科目で勝つ」
「……」
 私は蒼ちゃんに目配せをする。
 なんか私も緊張する。
「蒼ちゃんもおいでよ」
 私の声に咲夜さんは比較的普通に、実祝さんは構えたように蒼ちゃんに目を向ける。
 蒼ちゃんが不安げな瞳で私を見る。
 私は近づく蒼ちゃんに笑顔を向け続ける。
 取り巻きの子も一人だけ残ってこっちを見ている。
 咲夜さんには私の気持ちを伝えてあるから大丈夫だと思う。
「あの、二人に渡したいものがあって」
 私たちの目の前まで来た蒼ちゃんがカバンの中に手を入れる。
 実祝さんはどうだろう。私の気持ちが伝わっていれば良いんだけれど。
 先週の事が、実祝さんの言葉が私の頭をかすめる。
「良かったら蒼依が作ったんだけれど、食べて欲しいなって」
 そしてクッキーの入った袋を二人に渡す。
「これ蒼依さんが?」
 まずは咲夜さんに。
「うん。ちょっと訳あって美味しくないかもしれないけど、愛ちゃんが気に入ってくれている味だから」
「愛美さんが気に入ってる味か。どんなだろう」
 咲夜さんが受け取ってくれる。
 そして気を抜いた一瞬だった。受け取らない事までは予想出来ていたけれど、私は一瞬目の前で起こったことが分からなかった。いや、脳が認識を拒否したのかもしれない。
「あたしはこんなのいらないっ」
「……なんで……なんでそんなひどい事するの?」
 蒼ちゃんの泣き声で脳が急速に理解を進める。
「夕摘さん! それはちょっとひどすぎるっ!」
 実祝さんが蒼ちゃんの作ったクッキーを叩きつけて、教室を出て行こうとしている。蒼ちゃんが目に一杯の涙を浮かべながら、しゃがんでクッキーを拾い上げる。
 同時に教室中に乾いた音が鳴り響く。

 私が実祝さんの頬をビンタした音だ。


(解説)
https://novel.daysneo.com/author/blue_water/active_reports/1f75163c2d12d00eaae81a05aa2595d9.html 
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

        「咲夜さんごめん! 実祝さんをお願い!」
          計り知れないほどのショックが襲う 
         「蒼依なんかが友達で本当に良いの?」
             その先へ至るための……
       「蒼ちゃんに届くまで。何度でも。親友として」
             愛ちゃんの深い想い

        「最近蒼依に元気が無いのは友達だけのせい?」
          本当にあなたは……一人ぼっちですか?

         43話 懊悩する視線<迷い、そして>

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