第36話 捉え切れない視線<選ぶ言葉の重さ>

文字数 7,156文字


 実祝さんの少し少ない口数が気になったものの、夕方になって店内が混雑して来たこともあって私たちは誰ともなしに、
「じゃあ、また明日学校でね」
「……」
「今日はありがとう。楽しかったよ。また行こうね」
 喫茶店を出たところで解散する。
 私は少し迷いはしたけれど、昨日の“あの子”の事を思い出して、自分の分だけの材料を買って帰る事にする。

 当然最近帰るのが遅いあの子が家に帰って来てるわけもなく、顔も見たくない私は手早く夕ご飯の支度をして一息ついたところで、今日の喫茶店の事を振り返る。
 お茶会と言うには少し重めの話が中心にはなってしまったけれど、私の言いたい事は伝えられたし、実祝さんに咲夜さん、お互いの事を少しずつは分かって貰えたと思う……まあ成果として最も大きいのは、黒幕が予想通り咲夜さんと分かった事ではあった訳だけれど。
 ただ咲夜さんは何を言いだすか分からない所があるから、咲夜さんが優希君と話す時は、何となく隣にいた方が安全な気がする。とにかく優希君にだけは誤解されるのも、はしたない女の子だと思われるのも嫌なのだ。
 もう一つの気がかりは実祝さんの口数が最後はとても少なかったことだ。
 私が仲良くなって欲しいと思っても、どうしても合わない人って言うのもいると思う。そう。私にとって人の不幸、辛い事を笑うような人みたいに。
 だとしたら。私のしている事はただの自己満足で、二人にとっては迷惑なのかなってどうしても頭をよぎる。
 それでも私にとっては蒼ちゃんは一番の友達、親友だから二人が蒼ちゃんを傷つけたら許せないと思う。
 蒼ちゃんと言えば今日の放課後は先生と喋っていたから、一言も喋ることが出来なかった。
 普段なら気にならないのだけれど、今の雰囲気と咲夜さんから聞いている事もあって、どうしても気になってしまう。それを裏付けるかのように、少し前まで仲良く三人でお昼をしていた咲夜さんの口からも、蒼ちゃんの名前が出ない。
 それが私にはたまらなく残念でならない。
 せめて夜に電話くらいはしようと時計を見て思った以上に時間が経っていた事に驚いた私は一旦思考を止めて、お風呂・ご飯と済ませてしまう。


 昨日と同じように帰ってくる気配のないあの子の顔を見たくない私は、自分の部屋の鍵をかけて今日の放課後の分、蒼ちゃんに電話する。
『……もしもし。どうしたの? 愛ちゃん』
 いつも通り電話には出てくれたけれど、雰囲気がいつもと違う気がする。
『今日の放課後、声をかけようと思ってたんだけれど先生に呼ばれて、声かけられなかったから』
『……ごめんね気付かなくて。今日から部活動だから義君の所に行ってたんだ』
 そっか。今日からテスト期間中の部活禁止期間終わったんだっけ……あれ、でも確かサッカー部って――
『蒼依に何か用事だった?』
 私の違和感が形になる前に蒼ちゃんが用件を聞いてくる。
『今日ね、実祝さんと咲夜さんとで帰りに喫茶店に行ったんだけれど、それに蒼ちゃんも来て欲しくて』
 蒼ちゃんにも前みたいにみんなと仲良くして欲しかった私は
『愛ちゃんの気持ちはとっても嬉しいけど、蒼依が行ったら空気が悪くなるんじゃないかな?』
『そんな事無いよ! 少なくても私は嬉しい。他の二人は正直分かんないけれど、むしろ今日蒼ちゃんがいなくて私は残念だった』
 蒼ちゃんの気持ちを聞いて思わず電話口にもかかわらず声を上げてしまう。
『愛ちゃんはそう言ってくれるけど、他の二人は分からないんだよね? 二人はどうだったんだろ?』
『……』
 今日の二人を見ていると何とも言えなかった。
『蒼ちゃんは私だけじゃ駄目?』
 それでも私は自分の気持ちを伝えることが出来るはずだと信じて蒼ちゃんに聞く。
『ううん駄目じゃないよ。だから愛ちゃんと二人きりの時なら大丈夫かな?』
 蒼ちゃんの言葉を聞いた瞬間、私の体に悪寒が走る。
『二人だけの時って……またみんなで仲良く喋れば良いじゃない』
 私は決定的な言葉を聞くのが怖くて、遠回しな言い方をしてしまう。
『ううん。もう良いの。蒼依は愛ちゃんが相手してくれればそれだけで良いから。それ以上は高望みだって分かったから』
 蒼ちゃんの気持ちを聞いて、私は息が止まりそうになる。私は今までなんてひどい言葉を蒼ちゃんに言ってたんだろう。
 実祝さんのお母さんも集団で沢山の人たちと行動する機会は今が最後だって教えてくれていたのに。どうして“私だけが”なんて言えていたんだろう。
 私は今まで自分で言ってきたことに対して、心が潰れそうになる。
『でも、咲夜さんと一緒にお昼したり、喋るの楽しかったよね?』
 心が潰されそうになっているのは、私じゃなくて蒼ちゃんの方なのに、私“は”一人になりたくなくて自分の罪から逃れるように蒼ちゃんを説得する。
『もちろん楽しかったよ? でも今はもう楽しかったあの頃には戻れないよ』
 私の説得に対して蒼ちゃんは諦めた声で私に返す。
 私は自分の今までの無責任な言葉に向き合うことも出来ず、何をどう言っても蒼ちゃんをまた私自身が傷つけてしまいそうで、選ぶ言葉の重さに懊悩する。
『蒼依が初めにもっとはっきりと断っておけば、あの楽しかった時間は無くならなかったのかな』
 咲夜さんや例のグループの言葉や態度を思い出すけれど
『それは違う。結局どういう結果になったとしても、あのグループは言ってくるよ』
 思い返せば戸塚君が蒼ちゃんの意見も聞かないで勝手に言いふらしたのが全ての元凶なのだ。
『どうして蒼依だったのかな? もっと可愛い女の子だってたくさんいるのに』
 蒼ちゃんの声が涙声に変わる。
『蒼ちゃんやっぱり辞めよう。蒼ちゃんが涙してまで付き合うなんてどう考えてもおかしいよ』
 結果として蒼ちゃんから幸せを奪う事になったとしても、今日私が蒼ちゃんに電話をしなければ蒼ちゃんは誰にも知られる事無く一人でまた涙を流していたのだ。
 だったら私が悪者で良い。無責任な言葉を発し続けた私が悪者になるのは、道理だと思う。
 私が誹りを受ける事になってもかまわない……例え蒼ちゃん本人からでも。
『ううん。もう良いの。それにそんなにすぐに別れて軽い女だって思われるの蒼依“も”嫌だから』
 お父さんに、あの子に朱先輩との事を勝手に想像されて傷ついた時に蒼ちゃんに電話して“しまった”事を思い出す。
 それはつい昨日の事のはずなのに遠い昔の事のように感じる。
 それ程に“自分の相談をしてしまった事”に実感が沸かなかった。
『蒼依の事嫌いに――』
『――なる訳ないよっ! そんな悲しい事言わないでよ……』
 私の声にも涙が混じり始める。
 本当に、本当に人に相談するのは気を付けないと取り返しのつかない事になってしまう。
『ありがとう愛ちゃん。愛ちゃんの事だけは信じられるから』
 もう何が正解で何が不正解なのか分からなくても
『私は蒼ちゃんの事、親友だと思ってるからね』
 自分の気持ちだけは相手に、蒼ちゃんに伝えたかった。
『ありがとう愛ちゃん――それと……ごめんね』
 私が何かを言う前に、蒼ちゃんが電話を切ってしまう。
 そして、何に対しての“ごめんね”だったのか、蒼ちゃんは次の日学校を休んだ――



 結局私は次の日までそのまま寝てしまったみたいで、布団をちゃんとかぶらずに寝たのが原因なのか、昨夜少し泣いてしまったのが原因なのか
「……」
 頭痛が酷い。
 いくらひどいとは言えただの頭痛で学校を休むわけにも、蒼ちゃんの事を一人にするわけにもいかないから、食欲のなかった私はココアだけを体に入れて、あの子の事を完全に失念して登校した。
 結局次の木曜日一日中体調の良くなかった私は、蒼ちゃんが休んだその日、統括会も無かったから友達との会話もそこそこに家に帰って休むことにした。


 そうして迎えた週末の金曜日、今日は統括会のある日でもあるから、いい加減優希君に返すお弁当箱もカバンに入れる。
 ここしばらくあの子の顔を見ていないから今日は両親ともに帰って来る事を伝えないままになっている。
 それでも今日こそは蒼ちゃんが来ている事を信じて、頭痛は引いたものの気分は沈んだまま学校へ向かう。それでも私の思いも届かず、朝礼が始まる時間になっても蒼ちゃんが教室に姿を現す事は無かった。
「昼休みには総合得点の上位二十人を職員室前に貼り出すから各自で確認しておくよーに」
 朝の慌ただしい時間の中、必要最小限の連絡事項だけを伝えて、いつも通り授業が始まる。
 蒼ちゃんがいなくても。

 昼休み一人でずっと考えていても仕方が無いって事で、無理やりにでも気分を変えるためにお弁当を持ってきていない私は一人で食堂へ向かう。
 途中朝の先生の連絡事項が少し気になった私は、みんな食堂の方へ行っているのか、比較的空いている職員室前に寄り道をする。
 順位としては私が7位で優希君が5位。私と優希君の点差は4点しかないのに、その間に割り込むようにして6位に位置している顔も知らない女生徒に対して何とも言えない気持ちになる。
 ……自分で自分の性格にびっくりする。私って結構嫉妬深いのかもしれない。
 そんな事を思いつつ優希君が地頭は良いって言っていた雪野さんは当然名前があるだろうと、
「……え?」
 二年の順位表に目をやった私に衝撃が襲い掛かる。

 1位 空木優珠希 699

 中間テストは全5教科で700点満点での699点。
 どうやったらこんな点数が取れるのか。
 難易度やテスト範囲の事を考慮すれば多少は変わるかもしれないけれど、点数だけで言えば文句なしで三学年でトップだ。
 ただそれ以上に衝撃なのが、優希君と同じ苗字だって事。一瞬同性での別人なのかと思いはしたけれど、それは無いと思いなおす。
 それに名前の方の“優珠希”これをどう読むのか……知らず私の体に力が入る。今日の統括会で聞いて良いのか。出来れば雪野さんのいないところで聞きたい。
 でも雪野さんと同学年なら、この名字からして優希君の妹さん……だと思うけれど、この事を知っているのかな。だとしたら複雑な気持ちになる。
 ……余計な事を考えないようにしたところで
「やっと愛美さん見つけた」
 咲夜さんが私を探していたみたいだ。
「えっと。どうしたの?」
 取り敢えず探していたみたいだから急ぎの用事でもあったのか聞いてみたのだけれど
「どうしたもこうしたも、一緒にご飯しようと思ったらもう席にはいないし、食堂に行っても見当たらないし」
 私とお昼するためだけに探してくれていたのか。
「昨日から蒼依さんが休んでいて、元気のなかった愛美さんとあたしくらいは一緒にお昼をしようと思ったの」
 そこまで思ってくれる咲夜さんに、少し心が救われる。
 でもそれなら、蒼ちゃんがいる時にも同じように声をかけて欲しい。
「愛美さんはここで何をって、ああこれが朝言っていた――はは~ん」
 人が切にそう思っている最中、私が目を向けていたものに視線を向けて
「統括会としてどんな貼り出し方をしているのか確認していただけだよ」
 いつもの何かを企んだ表情に変わっている。
「愛美さんが七位って七位?! ……そして癒しの『月森さん?』――」
 水曜日に言っただけでは分かって貰えなかったのかな。
「いや、何でもないっす」
「……岡本さん?」
 ここで聞くとは思っていなかった声に私の心臓が大きく跳ねる。
「えっと……空木君?」
 さっきまで沈んでいた心が浮き立つ。
「驚かせるつもりはなかったんだけど、ごめんね」
「ううん。ううん。気にしなくて良いから」
 優希君の声を聴いて驚いたってバレたらなんか恥ずかしい。
「岡本さんもテストの結果?」
「今回は統括会の事で直前までバタバタしてたから、ちょっと気になっちゃって。あ。でも空木君のせいとかそんなんじゃないからね」
「えぇ……」
 なんか一人違う声が聞こえた気がしないでもないけれど、こっちは今それどころじゃない。
「でも空木君に負けちゃったけれどね。あと雪野さんって本当に頭良いんだ」
 優希君の言う通りなのがなんだか面白くない。
「岡本さん。雪野さんにはやっぱり厳しいね」
 ……。どうしてこの場で雪野さんの名前を出すのかな。
 あ、いや、名前出したの私からか。
「ごめんごめん。岡本さんは統括会のみんなの事を気にかけてくれてるんだよね?」
 気遣いの出来る優希君が、私の表情でまた気付いてくれたのかな。
 質問を変えてくれた優希君に思わず、
「やっぱり統括会メンバーの人の事はね」
 返事をしてしまうも後の祭りだった。
「じゃあ会長の倉本はどこかな?」
 優希君が私にだけ向けてくれると嬉しいって思える笑顔を向けて――
 ヤバい……私の笑顔がひきつる。
 そう言えば会長って頭良いのかな。私が大慌てで探そうとして、私の視線が優希君の指に誘われる。
「会長が大変とは言え、もう少し真剣に取り組めばもっと成績上がるのに」
 そう言って私に微笑みかける。その笑顔を見て大方バレていると観念する。
「空木君? 分かってて言ってるんでしょ? どうせ」
 だったら早い事開き直った方が傷口――
「と。雪野さんも気になった――かな?」
「初めから全部分かってたんだ――空木君ってホント意地悪だよね?」
 そんなに私で遊んで楽しいのか。もう少しくらい私に優しくしてくれても良いのに。
「これがあの愛美さん……」
 はっ?! 咲夜さんがいること忘れてた!
「そっちの人は……前に少し教室で話したね」
 ……少し話した? 私昨日そんな話聞いてないんだけれど?
「ひっ?!」
 私が咲夜さんの方を向くと
「月森さん? 私を見て悲鳴を上げるってひどいと思うのだけれど?」
 優希君に誤解されるような事は辞めてって言ってるのに。
「えっとこの前教えてもらったなんだっけ? 『聖じ』ああ、聖女の事また色々教えてよ」
「……月森さん。確か一緒に食堂行こうって誘いに来てくれたんだよね?」
 言って分かって貰えないなら、分からせるしかない?
「あ?! いやーちょっと待って? 副会長さん。さっきの聖女だけど、愛美さんあんまり呼ばれるの好きじゃないみたいだから、出来ればその、呼ぶの辞めて欲しいなーなんて」
 時折咲夜さんがこっちに視線を送りながら、優希君の説得にならない説得に入る。その言い方だと、私が無理やり言わせているみたいじゃない。
「あと愛美さんの事は、本人に聞いた方が良いんじゃないかなーなんて」
 なんかもう説得って言う雰囲気でもないよね、これ。
「空木君。出来れば名前で呼んでくれた方が私は嬉しいかな?」
 さすがに聖女って言うのは、名前負けし過ぎてる。
「わぁーお。愛美さんダ・イ・タ・ン」
「……え?」
「えと……愛美……さん?」
「……?!?!」
 え? なんで? なんで? なんで聖女呼びを辞めてもらうだけで、こうなるの?!
「ああ、そう言う……岡本さんってホント天然だよね。今のは僕でも気づかなかった」
 おまけに人の事天然だのなんだの言ってくれちゃって。私の顔も真っ赤だろうけれど、優希君も顔真っ赤だよ。
「出来れば名前で呼んでくれた方が嬉しいかな?」
 咲夜さんが私の真似をする。咲夜さんは後で分からせるとして。
「岡本さんは“名字で呼んでくれた方が聖女呼びされるより嬉しいかな”って言いたかったのかな?」
 ……言いたい事は分かったよ。でも仕方がないよね? 自分で自分の事、聖女なんて臆面もなく言える人なんているわけないじゃない。
「あ、あ~そう言う事ね。副会長さんは愛美さんの事よく分かってるんですね」
 続けて咲夜さんも言葉抜けを理解する。
「分かるって言うか、岡本さんってしっかり者の天然さんだから」
「そうなんですか? クラスにいる時の愛美さんはとっても友達思いですよ」
 って! ちょっと待って! ちょっと待って!! 何で私の暴露話みたいになってるのか。
「それは統括会でも同じだよ?」
「だからちょっと待ってってば! そろそろ人も増えてきたから咲夜さんもお昼まだだよね?」
 早い人はもう食べ終わったのか、こっちに少しずつ人が集まり始めてる。
「はいはい。あたしも一緒させてもらうから」
 さすがに時間も短くなって来たからだろうか、特に咲夜さんも反対はしない。全く何がはいはいだよ。
「そっちのお友達は面白いね」
「あたしの持ち味は面白いキャラですからね」
 んで、なんで優希君とそんなに仲が良いのか。
「ご飯食べながらで時間が足りるかどうかわからないけれど、聞きたい事がたくさん出来たからね? 咲夜さん」
「ちゃんと説明したはずなのになんで?!」
 説明って言うより、あれじゃあ私が言わせただけみたいにしか聞こえないよ。
「……空木君と仲良かったこと、改めて聞かせてね」
 優希君には聞こえないように、小声で咲夜さんに伝える。
「……愛美さんを敵に回すと怖い」
 もう私自身認めないといけない。
「じゃあね。空木君。また放課後に」
 私自身とても嫉妬深いって事に。
「それじゃまた後で」
 優希君の言葉を背に一緒にお昼をするために、咲夜さんを連行する形で食堂へと向かった。
 ……優希君の妹さんかもしれない人の話を放課後に必ず聞こうと決めて。






―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

         「うわっ。それって人として終わってんな」
                しつこい悪意
         「岡本さんともっと仲良くなりたいんだ」
             本格的に動き出す他の面々
             「雪野さんは“先に帰って”」
           二人の時間に入ろうとする他の役員

             「ごめん。それも言えない」

              37話 妹の視線<落差>
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