第32話 ぶつかり合う視線<交渉>

文字数 9,477文字

 私が役員室へ着いた時は会長の姿しかなかった。前回の最後を考えると、朱先輩のお下がりを着ているとはいえ、心の準備はしたかったから心の中でほっと一息つく。
「会長、今日は早かったんですね」
 今はまだ空木君が来ていない分リラックスできる。
「今日はここでお昼を済ませたからな」
 今まで時間が空いていたなら、彩風さんに声かけてあげたら喜ぶと思うのに。
「そう言えば岡本さんのクラスでもテスト結果の順位表の話あった?」
 やっぱり統括会メンバーならそこは気にはなる。
「と言う事は会長の所にも話は行ってないんですか?」
 今日は久々に私が飲み物を用意しようと炊事場へ足を運ぶ……と言っても普通の紅茶だけれど。
「こっちには話来てないな……なぁ、岡本さん」
 やかんの中の水が沸騰するのを待っていると会長の固い声に
「どうしました?」
 振り返る。
「俺ら同い年だしさ、敬語で話す必要はないよな? もうそんな知らない仲でもないし」
 急に今更どうしたのかな。
「まあそうですけれど、急にどうしたんですか?」
「俺らも来年には卒業であと少ししか時間が無いから、統括会でも結束を強めたいと思ってな」
 そっか、私たちや実祝さんのお母さんだけじゃないんだ。みんな残り少ない学校生活を悔いのないものにしようとしてるんだ。統括会のメンバーならその気持ちは当然かもしれない。
 私たちだけじゃないって事を他人からも聞けた喜びを笑顔と共に、
「分かりま――ううん。分かったよ」
 私が返すのは当たり前で、
「ありがとう岡本さん。これからもよろしく」
 会長も同じ気持ちだったのか、それ以上だったのか、多分握手のつもりだったのだろう左手を差し出してくる。
「会長。普通女子は握手なんてしませんって」
「あ、ああそうなんだな。これは失礼」
 他意は無いと分かってはいても、さすがに男子の手に触れるのはやんわりと断る。その直後に空木君と雪野さんが入ってくる。
「二人ともお疲れ様」
 空木君と話すのは照れくさくも、気まずさもあったから雪野さんの方に向かって挨拶を交わした後、会長の後に二人分の紅茶を用意する。
「また霧ちゃんが遅い。あの子どこ寄り道してんのよ」
 いつも通り総務の子が一番遅いけれど
「まあまあ始まるまでに、まだ時間あるし今日は午後から何もないから」
 会長の言うように時間までにはもう少しある。
「……空木先輩だって、せっかくなら早く始めたいですよね」
 ……え? 雪野さんが私の方に警戒するような視線を向けた後、空木君に同意を求める。
「……そうだね。でも時間も始まるまでにもう少しあるよ」
 空木君が一瞬こっちを見るも、あの日の気まずさから視線をそらしてしまう。それでも自分の気持ちに嘘はつけないから、どうしてもほんのりと顔が熱を持つ。
「まぁ、時間までは待とうよ」
 そう言って総務の子が来るまで待つことにする。


 開始10分前になって
「お疲れ様です」
 元気な声と一緒に総務の子が役員室に顔を出す。
「霧ちゃん遅い」
 私が紅茶の用意をしていると雪野さんが彩風さんをたしなめる。
「だって、探してもどこにも会長がいなくて。どこにいたんですか?」
 雪野さんを意に介すことなく、会長に質問を飛ばす。
「いや、俺はここで昼ごはん食べてただけだぞ?」
「ならアタシも誘ってくださいよ」
 会長の答えに拗ね声になる総務の子。会長の方は……やっぱり気付いてなさそう。
 そんな彩風さんが少し気の毒に見えたから、一言だけフォローを入れる。
「会長も女の子のからの誘いは受けてあげてね」
「あ、ああ。分かったよ。善処する。ごめんな霧華」
「ありがとう……ございます」
 私のフォローに対して素直に頭を下げる会長。
 出来る事なら早く彩風さんの気持ちに気付いて欲しいと思う。
「あ、美味しい」
 気持ちを切り替えるためか、一口付けた彩風さんの口から感想がこぼれ落ちる。
「じゃあ岡本さんも始めるから座っちゃってよ」
 会長の一声に返事をして、今日の緊急の議題が始まる。


「えっとそれじゃ今日の統括会を始めます。今回は前回の園芸部の部活禁止についてで良いですか?」
 議長の司会で始まりを見せるけれど
「それと――」
「ちょっと――」
 私と会長の声が綺麗に重なる。
「岡本さんがどうぞ」
 会長が私に先を譲ってくれるけれど、同じことを言うのはさっきのやり取りで分かってるから
「会長が言っちゃってよ」
「……」
 苦笑いを持って会長が言うように促す。
「じゃあ俺の方から言うけど、今回の定期試験からテストの順位と総合得点の貼り出しについて、みんなどう思う? この二点で話し合いたいんだけど、どうかな?」
 声はみんなに向けて、視線はこっちに言いたい事が同じかどうかを聞いていたので
「……(こくん)」
 私は会長に向かって首肯する。
「……確かに終礼の時に言ってましたね」
 彩風さんがこっちを不満げに見た後、会長に向かって発言する。
「それも別に議題になるような事じゃないと思いますけど」
 総務の子が不満そうにしていたのは意外だったけれど、案の定議長の雪野さんは反対……と言うか学校側の考え方に肯定を示す。
 間違ってはいないのだろうけれど……
「でも、順位だけなら今のままで十分なはずだよな」
 テスト返却の時に、全教科のテストの得点の一覧と自分の順位・偏差値を書いた半券をもらうから十分なはず。
「私もそう思う。順位を把握するだけなら今のままでも十分なのに、わざわざ諍いの原因を作ってまで貼り出す必要は無いんじゃないかな?」
 蒼ちゃんからの一言もあるし、実祝さんへのクラスの態度の事もある。
「アタシもそう思うけど……」
 彩風さんが不満そうに会長を見やる。
「何か思うところがあるなら霧華も言って良いぞ」
 でも会長の言葉を受けて一度かぶりを振り
「アタシも同意見だし」
 彩風さんが言いなおす。それを受けて雪野さんが
「じゃあ霧ちゃんも反対って事で、今回のテストの総合順位の公表は反対って事で
 ……これ先生に言いに行くんですか?」
 意見をまとめて進めて行こうとする。
「ちょっと待ってよ雪野さん。雪野さんと副……空木君の意見は?」
 私も役職名じゃなくて名前で言いなおす。
 それとは別に話し合いとしても、私の書記としての矜持としても雪野さんの発言を
 看過する事は出来ない。
「……ワタシは始めに議題になるような事じゃないって言いましたよ」
「……雪野さんじゃなくて、空木君の意見は?」
 雪野さんの視線は感じるけれど、今回ばかりは書記としての私の気持ちだから、空木君が少しでも答え易い様に表情を崩す。
 私の気持ちを理解してくれたのか会長も
「今はみんなの意見を出す場だからな」
 空木君が言いやすいように言葉を添えてくれる。
 会長の一言でみんなの視線を集めた空木君が、少し考えた後一瞬こっちに視線を送ってから
「僕はどっちでも構わないよ」
 短く返事をする。それを受けて会長が
「じゃあこの件は学校側と話をするって事で」
 意見をまとめたのを私が議事録にまとめ上げていく。
 私がまとめ終わったのを会長が確認したところで、
「会長と岡本先輩って仲良くなりました?」
 雪野さんが嬉しそうに聞いてくる。
「なっ?!」
 それに誰よりも早く反応したのは彩風さんだった。
「だって二人とも今日は息ぴったりじゃないですか」
 尚も嬉しそうに彩風さんに説明する雪野さん。
「それは会議、話し合いの意見としてでしょ」
 会議としての話のはずなのと、彩風さんの余裕の無さが気の毒にもなって、私は雪野さんをたしなめる。
 基本まじめで良い子なのに、今は頭の固い部分が出過ぎていると思う。
 私の注意に雪野さんは不満そうに、彩風さんはほっとした表情を見せる。
「ま、どっちにしろこの件は、一度園芸部の件と合わせて一緒に交渉かな?」
 その後会長が話をまとめてしまう。
「……じゃあもう一つの本題。園芸部の方ですね」
 今度は雪野さんがこっちを見て相槌を打つ。
 基本はまじめで良い子なんだけれどなと、昨日の事を思い返す。


 昨日の月曜日は中間テスト期間と言う事もあって、午前中のテストだけで昼からは放課後となる。ただし、図書室で勉強する生徒などもいるから、食堂は解放されているし、お昼ご飯も食べること自体は出来る。
 今日は午後から何かあるわけでも、統括会があるわけでもない私は昨日朱先輩から聞いたことを自分の目で確かめるために、クラスメイトとの挨拶も程々に一度職員室へ寄る。
 少しやつれた表情の園芸部の顧問の先生に、少しだけ許可を貰ってから園芸部の活動場所へ行こうと昇降口へ来たところで、
「岡本先輩。今日はお一人で帰られるんですか?」
 雪野さんが待っていたように声をかけてくる。
「今日はって……私は基本一人で帰ってるよ」
 誰の事を言っているのかは丸分かりだけれど、敢えて知らないふりをして答える。
「じゃあ今日も今から帰られるんですよね」
 それでも全く信じていない表情で確認してくる。
「今日はちょっと寄るところがあるからまた明日統括会でね」
 少しでも早く朱先輩から教えてもらった事を検証したくて園芸部の方へ
「それ、もちろんワタシが一緒に行っても大丈夫ですよね」
 行こうとする私を、警戒した表情で見る雪野さん。
「別にいいけれど、雪野さんが思ってる用事とは全然違うよ? それでも一緒に行くなら靴履き替えてきて」
 二人でいた方が金髪の子は姿を現さない気がするから、雪野さんの思惑とは別に申し出を受ける事にする。
「……ここって園芸部の?」
 案の定思っていたのと違ったのか、私の目的地に首をかしげる雪野さん。
「そう、確かめたい事があったから、実証しようかと思って」
 園芸部の顧問の先生にも一応統括会である事を伝えて許可はもらってる。ただし、その前に今のこの状況を注意深く観察する。朱先輩に言われた通り土の状態を中心に。
「実証? このテスト期間中にですか?」
 十日ほど前に雨が降った事を思わせない、整えられた花壇・プランター・畑の土。
 本来なら十日も経てばと言うところなんだろうけれど、先週はずっと部活禁止週間だったから、本当に土がバラバラになったのだったら、“今”土が綺麗に整えられているのはやっぱりおかしいのだ。
「明日だと統括会で園芸部の話し合いと、そのまま学校側との交渉をする事になるだろうから時間ないよ」
 私は朱先輩に言われた通り主に土の部分を中心に見て回って、朱先輩の指摘でほぼ間違いないと確信を得た所で実証をしてみる。
「分かりました。ワタシも手伝います」
 私が土を盛り始めると、手が汚れるのも厭わずに雪野さんが手伝ってくれる。
「手、汚れるから見てるだけで良いよ。元々私一人でするつもりだったから」
「いえ、先輩だけにさせてワタシだけ見ているなんて、またワタシだけ悪者じゃないですか」
 てっきり学校側の意見に賛成していたから反対するのかと思ったけれど、やっぱりまじめで頭の固い子なんだと思う。
「で、次に何をするんです?」
 雪野さんの言葉に先生から許可をもらった苗木を1本借りてきてさっき盛った所に植えなおす。
 そこに汲んで来たバケツの水を土の部分にかけ続けると、
「あ?!」
 私と雪野さんの声が重なる。盛った土が崩れ、苗木が横に倒れる。あの日金曜日の夜から日曜日も終日雨が降り続いたのだから、実際は土も苗木ももっとひどかったと思う。
「つまり園芸部はこれを直すために活動したと」
 雪野さんが考える。私はこれで金髪の子が言っていた――バラバラになった土を――言葉に合点がいく。
「植物が活動の中心となる園芸部なら、これは余程の事かな?」
 もしあの三日間の雨で活動場所全体がこんな状態になっていたとしたら……人によっては花を育てる際に、実際に喋りかけながら水をやったり育てたりする人がいる事は、私でも聞いたことがある。
 それにあの金髪の子がつけていた髪飾りも何かの“花”だった。
 だったら大切に育てていた花が、植物がこうなってしまったら、心を痛めるのは想像に難しくない。当然人によって言葉の捉え方、言葉の重さ・感じ方が違うのだから、活動や大切にしている物によっては当然、そこに温度差が現れるのは当然だと思う。後はいかにその人の気持ちになって
 ――その人と同じ重さを感じ取れるかのセンス――
 にかかってくるような気もする。
「ありがとう雪野さん。これで明日の統括会で良い報告が出来るよ」
 借りた苗木を元に戻しながら、雪野さんにお礼を言う。
「いえ、こちらこそ……何かすみませんでした」
 十中八九空木君と帰るとかそんな事を思っていたんだと思うけれど、あの日から気まずいし何より頬があと少し治りきっていないから、私からは誘えないのだ。それに咲夜さんにも二人でお昼したことはばっちりバレているわけだし。
 でも、どっちの事も私と空木君の二人だけの話なのだから、悪いけれど雪野さんに話す必要は無いと思ってる。無論お弁当箱の事も。
「ううん。こっちこそ今日はテスト期間中に貴重な時間をありがとうね」
 そう言って再び昇降口へ戻ってきたところで、お互い別れる。
 私は顧問の先生に報告をするために。雪野さんはそのまま家に帰るために。


 雪野さんも同じ事を思い出してくれていたのか
「園芸部の方は交渉の余地があるかもしれません」
 雪野さんが私に向かって相槌を打つのを見て、昨日雪野さんと園芸部の所で実証した内容をみんなに説明する。
「これが余程の事として認められるかは分かりませんが、確かに交渉の余地はあるかと思います」
 その最後を雪野さんが結ぶ。
「岡本さんの着眼点はすごいね。それなら十分交渉材料になると思う」
「買いかぶり過ぎだって。実際雪野さんも手伝ってくれたし」
 それにこれは元々私じゃなくて、朱先輩からのアドバイスなのだから。
 会長の言葉に対してあくまで冷静に返す私。そんな会長を一目見て
「アタシにも声かけて頂ければ、喜んで協力したのに」
 私に訴えてくる彩風さん。でも、雪野さん自身も初めはそんなつもりじゃなかった事も、みんながいる手前、特に空木君がいる手前言えるはずもなく
「ごめんね。次に機会があったら声をかけるから」
 私は彩風さんの視線に対してこれくらいしか返すことが出来なかった。

「じゃあ先生との交渉どうする? みんなで行く? 会長と総務で行く?」
 話がひと段落した所で空木君が話を進める。
「園芸部の事があるから、今回は岡本さんにはついてきてもらうとして、後は会長の俺も参加しないとだし――」
「じゃあアタシも一緒に行きます」
 会長の言葉にすぐに反応する彩風さん。
「じゃあみんなで押しかけてもアレなので、ワタシと空木先輩はここで待ってますね」
 それを聞いた雪野さんがメンバーを決めてしまう。また、空木君の意見も聞かずに。
「空木君はどうする? それでいい?」
 だから私は敢えて空木君の意見をみんなの前で聞く。
 空木君はチラッと雪野さんに視線を送ってから
「今回は3人に任せるよ」
 これでメンバーが決まる。



「統括会として話をしたいんですが」
 職員室でまず統括会として話しをしに来たことを伝えて、教頭先生を呼んでもらう。
 その教頭先生が来るまでの間に例のパーティションの奥へ案内されて、しばらくの間待たせてもらう。
「お待たせしてしまったかな?」
 そう言って一見柔和な表情を浮かべて私たちの前に姿を現す教頭先生。
「いえ、こちらこそテスト明けのお忙しい中ありがとうございます」
 その教頭先生に代表であいさつをする会長。ただ、この教頭先生は表情こそ穏やかではあるけれど、非常に頭が切れるから、こちらの要望を通そうとすると非常に厳しい。
「で、本題は何かな?」
 あくまで柔和な表情も言葉も崩すことなく早速本題を促してくる。
「二点ありまして一点目がテストの総合順位を貼り出す件。二点目が園芸部の処遇の件です」
 続いて彩風さんが概要を説明する。
「ではテストの総合順位の方から聞きましょう」
 教頭先生が聞く態勢に入る。
「まず一つ目に今回の事は統括会に説明がされていません。今の半券に書かれた順位だけでは不足があると言う事ですか?」
 まずは会長が口火を切る。
「学校の運営方針に統括会が口を出す必要は無いかと思うのですが? それと、半券での話ですが、今のままだと下位の者が今までのままで良いと甘んじているのが現状でね。普通の人間だったら、毎回同じような順位に甘んじている事を恥じるから、自己奮起の意味合いも兼ねてもいるのですが。それにここは進学校です。皆さんで切磋琢磨すると言う意味も含めて、皆さんそれを理解してこの学校を選んできていただいていると考えますが?」
「……学校運営に関してはもちろん統括会から口を出すことはありませんが、その事が原因で生徒間でのいさかいが起こると言うなら話は別です」
 会長の反論の後、私は言葉を引き継ぐ。
「休み明けのテストやその追試の際にも一部の生徒のやっかみやいさかいを実際には見ています。統括会としては無用ないさかいを起こすより、より集中して進学のための学習に力を入れる方が結果的には学校の為になると判断します」
 蒼ちゃんや実祝さんの事が浮かぶ。
「スポーツと同じで、お互いに切磋琢磨すると言う事は時にそう言う事もあるのでは? それに諍いが起こった時のため、生徒間でのトラブルのために統括会があるのでは無かったかな? 私はそう記憶していますが」
 すぐに切り返しが浮かばない。切磋琢磨する事に関して言えば言うまでもなく、諍い・喧嘩が生徒間で起こった場合は、学校側が介入する前にこちらで片してしまうのもそうだからだ。
「だからと言ってわざわざ喧嘩の種を作る必要はないのではないでしょうか? 全てを明るみに出してしまえば、昨今問題になっているイジメの原因にもなるかと思います」
 学校側にも理念はあるだろうけれど、統括会側にも生徒が短い期間でも気持ちよく学校生活を送れるようにするための組織って言う大義はあると思ってる。
「確か君は担任が数学の先生の、岡本さんだったかな?」
 私の発言に今日初めて、私の方に体ごと向き直る。
「では、今の統括会はイジメや喧嘩を止める事は出来ない、能力が無いと言う認識で良いのかな?」
「いえ違います。イジメはともかくとして喧嘩は止める事は出来ます。今話しているのは、喧嘩を止めたとしても双方が気分を害すると言う事です。ケンカを仲裁できたとしてもその時に悪くした気分は無かったことにはならないって事です。それと学力に関してですが、全てを開示する事で逆にやる気をなくす人、成績上位者が不要な喧嘩によってやる気を無くす事も考えられると思います。そうなるとイジメのリスクの分だけ、学校側が不利になるかと」
 色々な言葉や状況も加味されはするけれども、突き詰めれば、学校側の理念や統括会側の方針なだけの話だと思う。
「あとイジメに関してはこれだけ社会現象になった今、軽はずみに解決できるとは言えないだけだと言う事だけ補足させて頂きます」
 昨今イジメめでの自殺などもニュースや友達の話なんかでもちらほら耳にする事も増えてる。人の命が係わるのに、軽はずみに出来るとは言えないし、言いたくない。
「分かりました。つまり学校側の方針と統括会側の意見と言う事ですね。学校側としても、進学率、学力が下がらなければ進学校としては問題ありません。総合順位の発表の仕方を考えます。成績の上位者のみの発表で目標は見える形で。また上位者が分かれば、分からない所も上位者に聞くことが出来るはずです。これなら不都合はあっても文句はありませんね」
 切磋琢磨する、誰に聞くのが良いのか、目標を分かり易くする……この辺りが妥協ラインかな。
「そちらの会長さんと総務の子もそれで良いかな?」
「はい大丈夫……です」
 そう思って二人を確認すると、ぎこちない返事を教頭先生に返す。

「で、もう一つは園芸部の処遇の件だったかな?」
 何か私ばっかり喋る事になりそう。
「私は担任の先生から余程の事がない限り賦活停止になるとはお伺いしましたが、学校側はその余程の事を調べられましたか?」
「調べるも調べないも、顧問の先生もだんまりな上どういうつもりか分かりませんが、生徒側が勝手に広めた話で、学校側としても処分に困ってるんですよ」
 教頭先生が困った顔をする。生徒側から広まった話、何も言わなかったらしい顧問の先生、何となく咲夜さんの言っていた事が浮かび、空木君の結論が頭をよぎる。
「一応説明させて頂きますと」
 と困っている教頭先生に、こちら側での話を昨日の実証を交えて説明する。
「そう言う事だったんですね。やっと概要を把握できました。でも今回の処遇を無くすのはこれだけの説明が出来る岡本さんなら、出来ないと言う事は分かりますよね」
 その上で会長と総務の子には悪いけれど、空木君の着地点に変更する。せめて少しでも軽減できるように。
「……はい。ですが、植物を枯らすと言う事は園芸部にとっては生き物を殺すと言う事と同じ事です。植物、生き物を世話すると言う観点からでも部活禁止期間の短縮と言う事でご検討いただけませんか?」
 先生が答えられないって言う事は、恐らくは生徒の独断なのだろう。また自ら広めたのもこの場合は他の部活の人からも広まってはいるけれども、それも含めてこっちが不利になった要因だと思う。それを事前に食い止めることが出来なかったのは統括会側の落ち度だとこの教頭先生なら言われかねないので、これ以上はこっちの要望を押し通す事は出来ない。
「そっちのお二人からはこの件も意見聞いてませんが、短縮って事で良いのかな?」
「はい依存ありません」
 校長先生の問いかけに今度は総務の子が答えるのを見て、会長と視線が合う。
「統括会の意見は分かりました。園芸部の概要も分かりましたので改めて後日会長と総務の方へ連絡をします」
 教頭先生がパーティションから出て行く間際に私に、
「今年の書記“も”かなりしっかりしていますね。自分でしっかり意見を組み立てられている。ところどころまだ粗削りな部分はありますが、大したものです」
 それだけを言って、そのままパーティションから姿を消してしまう。
 ……今のはひょっとして教頭先生に褒められたのか。

 まあ生徒の独断での行動と自ら広めてしまった事を思うとこれが限界な気がする。
 ……せめて顧問の先生に一言説明できていたら、担任の先生に一言話さえ出来ていれば。“たられば”を考えても仕方がないとも分かっていても、どうしても悔しいものは悔しい。
「ごめんね。二人とも私ばっかり喋って。しかも成果も微妙だし」
 朱先輩ならもっとうまく交渉できた気がする。
「いや、上出来すぎるよ。一旦役員室に戻って二人にも報告しようか」
 そう言った会長と、総務の子と3人で連れ立って一旦役員室へと戻った。






―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

             「二人で、何してたの?」
                接近する二人
             「アタシじゃ役者不足?」
              責任を感じる総務の子
            「……うん。もう大丈夫そうだね」
             何かを心配しくれるメンバー

         「僕はね、誰からも――っと今日はここまでだね」


          33話 絡み解ける視線<言葉と居場所>
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