第33話 絡み解ける視線<言葉と居場所>
文字数 8,797文字
時間にして1時間くらいだと思うけれど、再び統括会へ戻って来た時、空木君と雪野さんが二人で仲良さそうに一冊のノートを広げていた。
「ただいまー」
「あ、会長も皆さんもお疲れ様です」
その二人に元気に声をかける会長。そして嬉しそうにねぎらいの言葉をかける雪野さん。
「二人で、何してたの?」
そんな二人を見てるとまた何とも言いようのない感情が胸の内に広がる。
「今、空木先輩と今回の中間テストの見直しを一緒にしてたんですよ」
そう言って可愛く“そうですよね、先輩”と空木君に同意を求める雪野さん。
「それって同学年の彩風さんと一緒にした方が同じ問題・学年だし良いんじゃないの?」
なんかものすごいイライラする。
「でも霧ちゃんも一緒に交渉に行ってもらってたので空木先輩しかいませんでしたし。それに空木先輩って教えるのがとってもうまいので、ワタシ助かりました」
そう言って最後は空木君に頭を下げる雪野さん。
「……」
空木君がいなかったら間違いなく手か足か口の悪い私が出ていたと思う。もちろん雪野さん自身を蹴ったりするわけじゃないけれど。でも、それほどまでにイライラしてる。
出来ればイライラしてる姿、表情も空木君には見せたくなかったのに。
「で、交渉の方はどうなりました?」
その一言一言がさらに私をイラつかせる。
気が付けば雪野さんを見ていた私は、いつの間にか雪野さんから離れて私のすぐそばまで来ていた空木君に、後ろから優しく両肩を掴まれて
「まあ、お疲れ様。今度は僕が飲み物用意するから座ってゆっくりしてよ」
近くの椅子に座らせられる。あの日からの気まずさと、さっきのどう考えても可愛くない表情を見られてしまった私は
「ごめん……ありがと」
視線をうつむけて一言、二言口にするのが精いっぱいだった。
そんな私に空木君が飲み物を入れてくれたところで、会長が何故かいつもの席ではなく私の隣に腰掛ける。それに合わせるようにみんなが席について、今日の最後、報告とまとめを行う。
「それでは教頭先生との話の結果だけど、テストの総合得点の方は全員の公表ではなく成績上位者のみの公表。園芸部の方は活動停止期間の短縮と言う形での検討になった」
交渉に議長である雪野さんが参加していなかったから、会長が代わりに進行役を務める。
「この結果の大部分は岡本さんの交渉が大きかった」
「そんな事無いで――無いって。みんなで話し合ってまとめた意見を先生に伝えただけだよ」
さっきの会長の気持ちを思い出して言い換える。癖づいているのは中々治らない。
「でも岡本さんの着眼点は良かったし、俺も霧華も初めの方しか意見できなかったしな」
会長は私の事を絶賛してくれるけれど、先の話し合いでみんなの意見を元にしたはずだから、これはなんか違う気がする。
「なんなら今度から岡本先輩も一緒に交渉しても良いのではないでしょうか?」
私の持ち始める違和感もそっちのけで雪野さんが提案する。
どうしてこの子は人の意見を聞かないのか。それに思ったことをすぐに口に出さないと駄目なのか……まあ嘘をつけないという点では好感を持てるのか……私は心の中でそっとタメ息をつきながら
「今回は時間が無くて私と雪野さんで実証したから一緒について行ったけれど、私は書記だから基本は二人に任せるよ」
一つのチーム内での役職と役割をやんわりと意識してもらう。
これもまた出来る出来ないの問題じゃなくて、それぞれの役割での連携によってチームワークって成り立つはずだから、全てを一人で出来るからと言ってこなしてしまうのは話が全く変わってしまう気がする。
「アタシじゃ役者不足?」
案の定彩風さんが落ち込んでしまう。
その姿を見て、以前朱先輩から、統括会に参加する時に言われた言葉
『愛さんなら大丈夫だと思うけど、自分が出来るからと言って全部一人で抱え込んでしまったら駄目だよ。それは言葉や行動の押し売りとなって、相手の居場所を奪う事になりかねないからね。逆にそうなりそうなら、愛さんが止めてくれるとわたしは嬉しいんだよ』
を思い出す。だから私は彩風さんに伝える。
「今回は本当に時間が無くて雪野さんと実証しちゃったけれど、次はどう学校側と交渉するかも含めて彩風さんに声かけるね」
その役は彩風さんの役だよって事を。教頭先生が私を褒めてくれたように、朱先輩が私に伝えてくれたようにそれをまた彩風さんにも伝えるって事を。
「岡本先輩……ありがとうございます」
何となくだけれど私の意図は彩風さんに伝わった気がする。
少し申し訳なさそうな瞳を揺らしながら、お礼の言葉を伝えてくれる。
するとそれまで無言を貫いていた空木君が
「ふふっ……」
小さく女の子みたいな笑い声を漏らす。その笑い声にみんなの視線が空木君の方へ集まると
「じゃあさ。改めて彩風さんが今日の交渉の子細を教えてよ」
空木君が笑みを隠さずに総務の子を促す。私の意図を分かった上で、総務の子に気遣いを見せる空木君ってやっぱり良いなって思う。
「はい! まずはまずテスト結果の貼り出しは岡本先輩の危惧する生徒間での諍いや喧嘩、やっかみやイジメなんかのリスクを考えて一部を変更。成績上位者だけの公表に留めて、成績下位者が誰に聞けばいいのか、目標の可視化って言う観点の話になりました。二つ目の園芸部の話は顧問の先生から詳細が無かった部分を岡本先輩が説明。ただ“これだけ広まった”以上処分は無かったことには出来ないって話になりました」
二人の交渉の後こっちに持ち帰って話をしてくれるのは、お互いの中で話し合ってくれれば良いと私は思う。来年も統括会を続けてくれるかは分からないけれど、夏休みが過ぎれば徐々にこの二年生コンビが主に変わっていくのだから、練習と言う意味においても、彩風さんにもっと機会があっても良いと思う。
「えっと、園芸部の方の処分の理由はそれだけ?」
空木君が疑問を口にするけれど、それはちょっと意地悪じゃないかな。って言うか、空木君もやっぱりある程度把握してるんだ。
「えっと、アタシなんか間違ってた?」
彩風さんが会長を見やる。
「いや、俺もそれで良いと思うけどな」
その視線を受けた会長が私に確認の視線を向けてくる。
会長も気づいていないのならと、つかの間考える。今回は少ない情報の中でうまくまとめられていたと思う。
だとしたらまずは自信を持ってもらう方が良いような気がする。
「うんだいたいは合ってるよ。でも理由はともかく最後はどうなったっけ?」
なので足りない部分を別の問題に置き換えてうまく気付かせないように、彩風さんに続きを促す。
「え? あ! 後日アタシか会長の所に正式な連絡をするって事になりました」
さっきまで瞳を揺らしていた表情が嘘のように今は充実した表情に変わってる。
「分かり易い説明をありがとう彩風さん」
彩風さんを微笑ましく見てお礼を言った後、刹那こっちを見て
「雪野さんも今の説明で大丈夫?」
議長への確認を忘れない。こういう気配りが会長と違う気がする。
会長はもっと彩風さんを大切にしてあげて欲しいって思う。
一段落した空気を読み取ったのか、
「じゃあ今日は結構遅くなったから、ここらで終了して続きは金曜日に」
会長が今日の短くも内容の濃かった統括会の終わりを告げる。
「私が議事録をまとめ終わったらちゃんと戸締りをしておくから」
「じゃアタシたちも帰りましょう」
「ああ、たまには一緒に帰るか」
「……空木先輩。たまにはワタシにも付き合って下さい」
「分かったよ。途中までね」
私の言葉に各々が準備を済ませてあっと言う間に役員室には私一人だけが取り残される。
それにしても今日は空木君と二人での話は無しかぁ。
ホントは色々聞きたい事があったんだけれど……まあ、あの気まずい空気が無くなっただけでも今日は由とした方が良いのかな。
今日一日で元通り喋れるようになるとは思わなかったから、空木君に返すお弁当箱は持ってきていない。慶の夕食の事もあるから手早く議事録をまとめ上げた所で
「――っ?!」
突然扉が開き
「空木君?!」
帰ったはずの副会長が役員室へ入ってくる。
「驚かせてごめん。ちょっと忘れ物を取りに」
そう言って机の下にある荷物棚におもむろに手を突っ込み1冊のノートを取り出す。
「それって雪野さんと一緒に勉強してた?」
私もイライラするなら聞かなければいいのに
「雪野さんって地頭はすごく良いんだよ」
「そんなに?」
どうして聞こうとしてしまうのか。空木君には隠し事できるはずないから絶対にバレてしまうのに。空木君が取り出したノートをカバンに入れて
「それより、今も少し機嫌悪い?」
ほらね。空木君が気付かないわけないって分かってるはずなのに“今”の可愛くない私の顔を見てくる。
「別にそんな事は無いけれど。空木君。今日は交渉前から私が聞いても意見言ってないよね」
今までの流れからすると、どうせ全部バレてしまうのは分かり切っているから、別に思っていた方を尋ねる事にする。
「本当はテストの総合順位の貼り出しも言いたい事があったから、私の方に視線をくれたんだと思ったんだけれどな」
私の意見に苦笑いを浮かべながら、私とゆっくり話すためか腰を落ち着ける。
「岡本さんもよく覚えてるよね」
空木君は苦笑いで返してくれるけれど、好きな人の事なんだからそんなの当たり前に決まってる。それでなくても空木君が言いたい事ある時とない時の違いが分かるようになってきてるのに。
「まあでも、言いたい事があるって言うのは本当かな?」
「だったらあの時言えばよかったのに」
口ではそう言うものの、みんなの前でなく私の前でだけ言って欲しい女としての気持ちと空木君にもみんなの前で意見を言って欲しい書記としての気持ちが私の中でせめぎあってる。
「あのまま僕の意見を言うのはね」
そう言って困った顔をする空木君。
「ひょっとして雪野さん?」
なんか最近空木君とセットで必ず名前が挙がってる気がする。
「まあ……ね。雪野さんと考え方が全然違うからどうしても言いにくくて」
それでも、空木君の表情を見てると嫌な気持ちは全然湧いてこない。
「じゃあ雪野さんもいない二人きりの今なら言える? 本当はどっちでも良いなんて文言通りじゃないんでしょ」
私がまとめ終わったノートを再び広げるのを見て、
「岡本さんに隠し事をするのは難しいなぁ」
と独り言を私に聞こえるようにこぼすから
「私の事だってだいたい言い当ててしまってる人が、どの口でそんな事言うのかな」
久々に感じる心地よいこの空気に浸りながら、私も負けじと空木君に言い返す。そんな私に苦笑いをした後、少し思い出すようにしながら
「僕は岡本さんの言う通り、本来なら全員の順位を貼り出す格付けみたいなのは嫌いなんだけど、服装や見かけだけで判断されて勝手に印象まで決めつけられている人の成績を見て、人を見かけだけで判断するのは辞めて欲しいって気持ちもあって」
空木君の考えを聞いてすぐに気付く。あの服装チェックをしていた時と同じように他のみんなとは違う、生徒一人ひとりと触れ合う有意義な時間だったって言っていた時と。
「もちろんテストが出来たからと言って、人間完璧でもないしそれで何をやっても、何を言っても許されるって事もないけどね。こんな話は岡本さんには今更だと思うからこれ以上は言わないけれど」
そうか。今回もまた私たちが生徒間での喧嘩やイジメに意識を割いている間に、見かけだけに視線がいかない要因にもなるって考えていたのか。私も自然にこういう考え方も出来るようになれたらなって思う。
「でも一方では岡本さんの気持ちも分かるよ。やっぱり無用な喧嘩や嫉妬を産むって言うのも普通に考えられる話だから」
その上で私たちの考えている事も落とさない。
そんな空木君の姿・姿勢はカッコ良いなってどうしても惹かれてしまう。
「……岡本さん? 疲れてる? 帰る?」
呼ばれてぼーっと空木君を見ていた私の目の焦点が合う。
「いやかっこ……考え方がカッコ良いなって。私のしない考え方だし」
空木君に見惚れていたからって、私は何を口走ろうとしていたのか。
少し自爆した感もないではないけれど、もう少しで本当に自爆するところだったよ……大丈夫。自爆してないよね。
「ありがとう岡本さん。話を戻すと両方の理由があって、僕はどっちでも良いんだよね」
少し照れながら、私の質問に答えてくれる空木……ううん。優希君。
そんな顔で見ないで欲しい。優希君への気持ちを自覚して、朱先輩にかけてもらったお呪(まじな)いもある今、優希君の顔をまともに見られない。
議事録に逃げるようにしてうつむいてまとめていたら、
「……うん。もう大丈夫そうだね」
優希君が声をかけてくれたような気がしたから顔を上げると、私を見つめる優希君と視線がまともにぶつかる。
「大丈夫って何が?」
その視線に、私はうるさく刻む心臓に気付かないふりをして優希君に聞き返す。
「初めの方は全然視線を合わせてくれなかったから」
……ああ、また私をからかって遊んでるんだね。私が今どんな気持ちかも知らないで。本当なら怒るところなんだろうけれど、惚れた弱みなのか優希君の嬉しそうな表情を見てるとその気もなくなってしまう。
自分でもどんどん深みにはまって行ってるのが分かる。
でも私だけがいつもいつもドキドキしてるのも負けたみたいでいやだから、
「空木君。最近雪野さんと仲良くなった?」
私のイライラの原因を思い切って優希君にぶつけてみる。
「別に特別仲良くなったつもりはないけど、雪野さん距離感近いよね」
私の言葉に困った顔で答える優希君を見てると、私の心がスッと晴れるのが分かる。本当に私って単純だなって思う。
「そう言う岡本さんは雪野さんに少し厳しいよね」
そこでどうして意地悪な返しをするのか。
私はこれになんて答えるのが正解なのかな。
「そうかな? そんなつもりはないけれど」
空木君に厳しい、きつい性格してるって思われるのも心外だし。
「でも彩風さんには優しいよね。本当に“聖女”みたいだったよ」
……どこでそれを。
まさかの言葉に私は呆けた顔で優希君を見つめる。
そんな私を悪戯が成功したような表情で見つめ続ける優希君。
「え? 何でそれを? ――っ?!」
気付いた時には遅かった。なんで、なんで優希君の前ではこういう自爆が多いのか。
「ふふっ。やっぱりあれって岡本さんの事だったんだね」
「……」
悪戯が大成功したときのような表情を浮かべる優希君とは対照的に、私はもう恥ずかしくて顔を上げられない。もうこれホント何回目なの。
「そんなに恥ずかしがることないと思うよ? 僕は」
うつむいた私にかまわず喋りかけてくる優希君。
「だって、彩風さんを励まして、育てようとして、自信をつけさせてあげて、指摘は後日にするのかな? それって中々出来る事じゃないと思うよ」
ああ、やっぱり私の考えなんてもうお見通しなんだね。それってもうこの気持ちにも気づかれてるのかな。
「分かった。分かったから。もうその辺でね? 許して欲しいな」
この際本来の自分じゃない喋り方なんてどうでも良いよ。
始めの気まずさからこうなるなんて、私自身も想定外もいいところだよ。
「褒めてるつもりなんだけどな。岡本さんに嫌われるのも困るし、辞めとく」
……そんな言い方したら、私本当に本気で誤解しちゃうから。
ただですらキーホルダーの交換相手の事も聞きたいのに。
ああでも、恥の上塗りになっても良いから。
でもこれだけははっきりしとかないといけない。
「空木君……それってどこで知ったの? 誰かに聞いたの?」
同じ学年で変な噂が流れてたら嫌だなって思いながら、その言葉の出どころを聞く。
「それって、どれの事?」
ニコニコ顔で聞いてくる優希君。
「それ分かってて言ってるよね? ……イジワル」
「ごめんごめん“安売りの聖女”の事だよね」
待って待って待って! やっぱりそれ付いてたのか!!
なんで“聖女”だけで反応してしまったのかっ!
優希君にそれを勘違いされるのだけはホント嫌だ。
「……でも今日ので聖女は分かったけど“安売り”って何だろう?」
優希君が純粋な目で見てくるけれど、それだけは絶対に優希君には誤解されたくない。
「さあ? つけた本人に聞きたいから教えてくれると嬉しいな? なんて……」
絶対に私、今変な汗かいてるよ。
「えっとこの前岡本さんのクラスに行ったときに、友達? がそう呼んでたのが聞こえたからそうなのかなって思って」
分かった。咲夜さんだ。よし明日しっかりと絞らせてもらおう。
そして今は“安売り”の意味を悟られる前に何としても、話題を変えないと。
「今みたいにして、雪野さんにも空木君の思ってる事をはっきり言っても良いと思う」
元々はこの話だったはず。うん、不自然なところは無いよね。
「やっぱり雪野さんには厳しいね」
……ダメだった? どこか不自然だった??
「……」
「ごめんごめん。そんなつもりじゃないんだけどね」
私の涙目に、慌てて言葉を戻す。
「でも、そう言ってくれるのは“他に”岡本さんだけだよ」
でも、優希君から返ってきた自嘲を含んだ表情と言葉は
「空木……君?」
今まで久しぶりに浸っていた空気とは全く異質の雰囲気だった。
その変わってしまった空気を感じ取ったのだと思う、大きくかぶりを振った後
「ごめん。空気壊しちゃったね。何でもないから気にしないで」
そう言って役員室を出るためか、席を立った――
「待って空木君」
――としても。私はそのまま行かせない。
私は優希君の手首をとっさに掴む。
私の好きな人にこんな顔させたくない。
「……痛いから
放
して欲しい」「……
離
しても一人で帰らないって約束してくれるなら」私の方を振り返った優希君の目を逸らさずに見続ける。
「……分かった。手を離してもどこにもいかないから」
私の気持ちが伝わったのか、優希君の体から力が抜ける。
「その代わり、今日はもう遅いから昇降口まで一緒に行こう。その間で出来る話をするから」
そう言った優希君の表情は何かを諦めたようにしか見えなかった。
「分かった。ちょっと待ってね」
何も話してもらえないよりかはほんの少しでも話してもらえた方が良いに決まってる。私は大急ぎで戸締りを確認する。
「火の元はこっちで確認したから」
「ありがとう空木君。じゃあ話せる事だけで良いから、聞かせてもらえると嬉しいな」
本当は全部聞きたい、好きな人が笑顔になれないなら、笑顔になれるように私は力になりたい。でもそれはこっちだけの都合で、そこに親切心はあっても相手に対する思いやりは入っていない。
「岡本さんは全部話して欲しいって思わない?」
三階の役員室を出て、一階へ続く階段へ向かう途中、私の心を見透かしたように、
優希君が確認してくる。
「それは思うよ。私だって統括会の人間だから、それが身内であってもやっぱり力になりたいって思う」
本当なら好きな人相手、優希君の力になりたいっ。好きな人の笑顔が見たいって言いたい。でも付き合ってもいない私にはまだそれは言えない。
「岡本さんって本当に優しいね。彩風さんの時もそうだけど他人に対する配慮もちゃんとしてる」
階段を下りて一階へ向かう。歩く速度を変えたいのを我慢して。
「本当に出来てるなら、雪野さんが言ってしまう前に空木君が言える、発言できる空気を作れているはずだよ」
「雪野さんは悪くないよ。あの対応が普通だから」
一階へ着いて用務員室・件の保健室の前を通る。
「私は同じメンバーである空木君の意見を聞こうとしない雪野さんが普通だとは思わない」
「それは岡本さんだからそう思えるんだよ。岡本さんが僕に意見を言ってないって初めて言ってくれた時のこと覚えてる?」
もう突き当りを曲がってしまえば、昇降口についてしまう。
私は優希君の手を握って足を止めたい衝動を必死で抑える。
一度でもそれをしてしまうと、もう二度と優希君は続きを言ってくれない気がするから。
「すごく驚いた顔をしてたから覚えてるよ」
「だったらさ。岡本さんなら。僕がほとんど意見を言ってないって言えた、気づけた岡本さんなら“それまで”は岡本さん自身もその事に気づいていなかった事にも、気づいてるんじゃない?」
曲がった目の前にタイムリミットを示す昇降口が出迎える。
「……」
「僕はね、誰からも――っと今日はここまでだね」
指摘の通りだったから答えることが出来なかった私に、昇降口が立ちふさがる。
「じゃあ金曜日の統括会で」
「うん。また金曜日に」
そのまま学校を出て行く優希君の背中を見ていると、言いようのない不安が私を襲う。
それとは別に、私の優希君に対する認識、去年までは全く気になっていなかった戸惑いの事まで分かっていた事、気が付いていた事、そしてあの諦念の表情……私は覚悟を持って優希君と向かい合わないといけないと思いなおして、今日は珍しく放課後に金髪の子を見る事もなく、言いようのない大きな不安を抱えたまま家に帰る。
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
『僕はね、誰からも――』
優希君は何を言おうとしたのか
「悪リィ。遅くなった」
態度が良くない弟
「あれ? いやー今日の放課後は楽しみだなー」
約束の喫茶店にお茶をしに行く約束の話
「うん……今日は愛ちゃんがいてくれるから何とか」
34話 男女の視線<見える部分見えない部分>