第44話 友達と言う視線<詰め会話>

文字数 9,370文字


 朝起きても昨日の放課後の事が頭から離れない。お昼のお弁当をどうしようかと悩んだけれどもどうとでも出来るように、一応作って持っていくことにする。
 それにしても玄関に靴があるから帰っては来ているんだろうけれど、いつ帰って来たのか。
 私が部屋で電話していて気付かなかっただけなのか、寝入ってから帰って来たのか。
 今週は帰って来るのが比較的早かったのに、昨日になってまた帰りが遅い。
 両親がきつく言ってもこれなら、もう蒼ちゃんの言う事しか聞かないんじゃないかと思う。私はその事にため息をついて学校へと向かう。


 教室の中に入ると実祝さんはいるけれど、蒼ちゃんも咲夜さんもまだ来ていない。本当なら文庫本を読んでいる実祝さんに声を掛けたいのだけれど、昨日の今日でまだそんな気になれないのと、何よりも実祝さんの話、本音を聞かないといけない。
 そうすると、どんどんと増えて行く朝の教室内で聞くにはちょっと人が多すぎる。
 放課後まで待たないと、衆目の中でするような話じゃない。
 仕方なしに一限目の準備を終えたところで、いつもより少し遅めに咲夜さんが登校してくる。私が小さく手を振ってあいさつをすると、咲夜さんが廊下へ出るように手でジェスチャーをしてくる。
「愛美さん。怒らずに落ち着いて聞いてね。絶対に怒ったら嫌だから」
 私が咲夜さんの意図を受けて、廊下へ出た所でよく分からないまま私がなだめられる。
「何の話? 蒼ちゃんの事?」
 私が怒る、爆発するとなるとその辺りの話しか無い。
 だったら理由も限られてくる。
「えっと……半分はそうなんだけれど……」
 言いよどむ咲夜さんが大きく深呼吸をした後、
「月曜日、蒼依さんが戸塚君の誘いをあろう事か断ったって噂が流れていて……」
 咲夜さんの話を聞いて、やっぱりかと半ばの予想を裏切らずに
「ありがとう。咲夜さん」
 私はそのまま例のグループの所に行こうとして、
「うわぁ! 愛美さんちょっと待って!」
 大慌てで咲夜さんに止められる。
「なんで咲夜さんはいっつもいっつも私を止めるの?」
「だって、まだ例のグループの子たちが喋ったって言う証拠があるわけじゃないし」
 そうか、戸塚君本人が言ったって言う可能性も十分にあるのか。
「でもそれは誰かが言い出してんるよね? 戸塚君とか」
「え゛」
「なんでそんな変な声出すの? あの一番初めの噂も戸塚君が広めたんでしょ?」
 朝から咲夜さんが脂汗を流す。
「戸塚君が広めたって……ひょっとして確かめた?」
 その言い方だと咲夜さんも知っていたようにも取れなくはないのだけれど、実際はどうなのか。
「もちろん。本人に聞いたら自分が流した。蒼ちゃんを他の男に取られないように、俺のモノって主張する意味だったらしいよ」
「……愛美さん。怖い物知らず?」
 咲夜さんが朝から失礼な方にギアが入っている。
「怖い物知らずって……憶測で言うより本人に聞くのが一番だと思うのだけれど?」
「そんな事出来るの愛美さんくらいだって」
 どうして聞くだけのことが出来ないのか。
 ……いや、蒼ちゃんみたいな穏やかな性格の子なら難しいのか。
「分かった。じゃああのグループに噂を流したのかどうかを聞くだけにする」
「わぁ?! ちょっと待って! 今言ったらあたしが言ったってバレるじゃん」
 ……ん? 咲夜さん今口を滑らせた?
「それってあのグループが言った事を咲夜さんは知ってるって事?」
「……」
 咲夜さんの顔から驚くほどの汗が噴き出す。
「……分かったよ。この話は聞かなかった事にする。だから今はあのグループには聞かない。けれど、別から聞いたら遠慮なく聞くからね。昨日の蒼ちゃんを見て、まだ我慢するのは私的にはもう限界なんだけれど、先に噂が広まる前に教えてくれようとした咲夜さんに免じて、今回は引き下がるよ」
 咲夜さんが教えてくれた意味、気遣いに思い至って、少しだけ冷静になる。
「まあ咲夜さんが教えてくれたことは嬉しい。だけど――ううん。何でもない」
 私は喉元まで出かけた言葉をかぶりを振って飲み込む。
 私が咲夜さんを待つって決めたばかりなのに。
 咲夜さんにお礼を言って教室に戻ると
「……」
 例のグループがこっちに勝ち誇ったような笑みを送って来たので、私は思いっきり笑顔を付けて睨み返しておいた。


 昨日の今日で予想出来た事ではあったけれど、蒼ちゃんは今日休んでる。
 昼休み実祝さんから視線を感じて、視線を合わせるも、生徒目線で考えてくれる先生だからと担任の先生に話をしに行こうと席を立ったところで、
「愛美……」
 教室内で実祝さんの方から声をかけてくる。
 本当は返事をしたくない気持ちも少しはあったのだけれど、私はまだ実祝さんから真意と気持ち、本音を答えてもらってない。
「……放課後。話、あるから」
 視線を合わせずにそれだけを言って、お弁当を持って職員室へと向かう。


 職員室の前で担任の先生を探していると、
「誰か探してるの?」
 保健室の先生が何故か職員室にいる……変な事ではないの……かな。
「担任の先生を探しているんですが、先生はどうしてこちらに? 保健室に居なくて
 大丈夫なんですか?」
 昼休みとか一番生徒が集まりそうなのに。
「大丈夫よ。何かあれば私の所に直接連絡が来るようになってるから。それより岡本さん……だったわよね? 教頭先生じゃなくて担任の先生なのよね? どの先生?」
 ああ。そりゃ分かるわけ無いか。でもどうしてまた教頭先生なのか。
「えっと。数学の先生の巻本先生です」
「分かったわ。ちょっと待ってね」
 そう言って巻本先生を呼ぶために、少しだけ茶色に脱色した髪をなびかせる保健の先生。
「どうしたんだよ? 昼休みの職員室に来るなんて珍しいじゃないか」
 案の定嫌な顔を浮かべながら、こっちにやってくる先生。
 でも、今日は先生に聞きたい事があるからちょっと時間が欲しい。
「先生は嫌かもしれませんが、一緒日お昼したいなって思って」
 私の言葉に何故か顔を赤くする先生に、昼休みは逃がしませんよって意味で、手に持ったお弁当と水筒を見せる。
「ちょっ?! 岡本。先生をからかうのも大概に『先生に今日休んでいる蒼依の事と、この前の教頭先生の事について聞きたいので、良いですよね?』――分かったよ。そっちの奥のパーティションの中で待っててくれ」
 こっちに注目が集まりそうだったから、慌てた先生の言葉をとっさに止めてしまった。
 でも何をそんなに慌てる事があるのか。確かに先生とお昼をする生徒なんてほとんどいないと思いはするけれど。
 始めの勢いはどこに行ったのか、私の割り込みですっかりと勢いを無くした先生は、私がスカートをはたくのを見て、二重に嫌そうな顔を隠さずに了承する。


「それ。岡本が自分で作ってるのか」
 いつもとは違うパーティションの中で、少し高いテーブルで先生とのお昼の一言目。
「まあこれくらいなら普通に作りますよ」
「普通にって、岡本って料理するんだな」
 そう言ってしげしげと私のお弁当箱の中を見る先生。
「そりゃしますけれど、あんまり見られると恥ずかしいです」
 なんか先生が見ると値踏みされてる感じがしないでもない……ちょっと穿ちすぎか。
「ああ。悪い。そんなつもりじゃなかったんだけどな。先生は弁当なんて作った事無いから上手いもんだなと思って。悪かった」
「まあそこまでの事じゃないですけれど」
 先生までも褒めてくれる私のお弁当。
 そう言えば蒼ちゃんにも何回か褒められたっけ。その度に朱先輩のお弁当を思い出して否定していたのが、最近の事のはずなのに遠くに感じる。
「ところで、食事中に失礼かとは思いますが、今日蒼依が休んだことは何か聞いてますか?」
 本来喋りながらのマナーは良くないんだけれど短い昼休み。時間が惜しい。
「いや。ただの体調不良だと聞いているが?」
 今の先生は嘘をついているようには見えない。
 むやみに聞いていたずらに広めない方が良いのか、先生にも知っておいてもらって、抑止をしてもらう方が良いのか、判断に迷う。
「先生。もしクラスでイジメがあったらどうしますか?」
 それでも、もう一人だと限界を感じつつある今、ぼかしながら先生に話をする事を選択したのだけれど、
「イジメって……もうすぐお前ら受験なのに、そんな事してる暇ないだろ」
 今先生が言った事は一般的だとは思う。けれど今の教室内を見て、蒼ちゃんを見てる私からしたら先生が言った言葉、教室内をほとんど把握していない先生に、生徒視線で見てくれると信じていた分余計に、ショックと落胆が私を襲う。
「……先生なら生徒視点でも見てくれてるって信じてたのに……」
 だからそう言われてしまえばこれ以上話を続けることが出来ない。
「先生。今の話はもう忘れて下さい」
「……」
 先生は私に何か言いたそうにはしていたけれど、残りの時間は教頭先生の事はおろか無言でお弁当を食べるのもやっとなくらいしか気力は残っていなかった。
 大人である先生に冷たくあしらわれると、こっちとしても打てる手は半減する。
「……失礼しました」
 ちょっと先生の事を頼り過ぎたのかもしれない。
 私が先生と視線を合わせずにパーティションを出たところで、保健の先生が話しかけてくる。
「巻本先生と話、出来た?」
「……いえ。出来ませんでした」
 職員室の出口に向かいながら答える。
「……」
 先生が廊下まで付いてきて、
「先生に相談って、昨日の子の事よね?」
 先生が口にした言葉に思わず振り返る
「良かったら。話、聞かせてよ」
 保健の先生はそう言ってくれるけれど、さっきの先生・大人の対応に、蒼ちゃんの事を昨日会話を聞かれているとは言え、部外者に喋る事にためらいを覚える。
「少し、考えさせてください」
「分かったわ。話しても良いって思ってくれたら、保健室か、昼休みには大体ここにいるから」
「分かりました」
 時間も残り少なくなっていたから、保健の先生の言葉を背に一旦教室に戻る。


 午後の授業。こういう時は集中していれば良い分余計な事を考えなくて済むのはありがたい。
 雑念が無い分集中出来た後の終礼の時、
「……」
 連絡の合間合間に先生からの視線を感じるけれど、今日は先生の顔を見たくなかった私は、顔は先生の方には向けずに、耳だけで先生の話を聞く。
 終礼も終わった放課後、昼休みに実祝さんに話があるからと言っていたからか、実祝さんの方が私から来るのを待っていた感じだった。
 私は教室内の人が減ったことを確認してから、
「じゃあ実祝さん。昨日の話を聞かせて」
 私は、実祝さんの前の席に腰掛けて、実祝さんと対面する形で話を始める。



 私はこういう時、初めから単刀直入には聞かない、聞いて


「実祝さんは蒼ちゃんの事嫌いなの?」
「……」
「話をするんだから、実祝さんもちゃんと答えて」
「……嫌いじゃない」
 口重く喋る実祝さん。
「じゃあなんで私の親友に対して冷たいの?」
 何も今回に限った事じゃない。
 一緒に勉強をしている時、休み明けテストの時、一緒にお昼をしている時、クラスの的になっている時……もちろん、実祝さんが口下手とか、人づきあいがあんまり得意でない人だとか、そう言うのは考慮しているつもり。実祝さんが “姫” と呼ばれて、嫌な思いをしたことも理解はしてるつもり。
「……」
 それでも私の頬の事は気にしてくれていた。
 その時から咲夜さんとも打ち解け始めたはずなのだ。
 どうしてその優しさ、思いやりの一部でも良いから蒼ちゃんに向けてはくれないのか。
「分かった。答えたくないなら、答えなくていい。でも、二回目の時には絶対答えてもらうから」
 実祝さん自身も今まで散々例のグループに嫌な思いをさせられて来たんじゃないのか。
「じゃあ次。戸塚君の事、好きだったの?」
 これは咲夜さんにもした質問。
「あたしはそんな人知らないし、興味もない」
「じゃあ戸塚君、蒼ちゃんに彼氏が出来た事も関係ないね」
 やっぱり同調圧力・集団同調とは関係ないか。
「蒼ちゃんが実祝さんに “姫” って言った事、まだ怒ってるの?」
 これが理由なら蒼ちゃんに対する仕打ちがひどすぎるから、さすがに私にも考えがある。
「……」
「実祝さん。これで二回目。ちゃんと答えて」
「……少し残ってる」
 少し……か。
「でもあの時蒼ちゃん、ちゃんと謝ったよね」
「でもあの時、防さんも分かってて言った」
「じゃあ嫌がっているの分かってて言ったから、まだ許せないって事?」
「……そう」
 黙ってると私から言われるのを分かっているから無理やり言葉を出している感じもする。
 ……けれど、分かってて言ったから……か。
 実祝さんの理由に落胆が止まらない。
「実祝さんのお姉さん、実祝さんのこと心配してたよね。お姉さんの気持ち、伝わってないの?」
 実祝さんのお姉さんは、実祝さんにちゃんと友達がいるのかどうかを心配してくれていて友達と過ごす時間を大切にして欲しいって、直接言われていたはずなのに。
「伝わってる。だから、愛美とは……」
 だからこそ、実祝さんもまた友達を作ろうと咲夜さんと仲良くなろうと努力をしていたはずなのに。
「だったら。昨日と同じ質問をするよ。昨日のアレはどういう事? ちゃんと私が納得するように説明して」
 実祝さんのお姉さんの気持ちはちゃんと伝わってるって、今、実祝さん自身も言ったはずなのに。
「……」
 答えられない実祝さん。
「私は、実祝さんの前でも私の親友を傷つけたら絶対怒るって言ったよね? 実祝さんも

蒼ちゃんにひどい事したんだよね?」
「うわぁ……えぐい」
 何か聞こえるけれど、今日は実祝さんからちゃんと聞くまでは場所を変えてでも放す気はない。
「もう三回目だよ。早く答えて。次は無いよ」
 そして答えない、答えられない実祝さんに最後通牒を出す。
「……」
 それでもなかなか口を開かない実祝さん。
 私がため息をついて見限ろうとしたその時、
「愛美が防さんの事ばっかりで、あたしの事なんて何とも思ってなかったから」
 実祝さんから出た言葉に、思わず呆れが混じる。
「だっていつもそう。ご飯食べてるときも防さん防さん。一緒に勉強してても防さん、月森さんと一緒に、友達と一緒にお茶した時も防さん。“姫”って呼ばれたときでも防さん。防さんばっかり。あたしは愛美の友達じゃないの?」
 実祝さんの話を聞いていると、私の中にある感情も何もかもを通り越して、私の気持ちも、蒼ちゃんの気持ちも全く伝わっていなかった事にも、ショックを受けて
「はぁ?! “そんな理由” ?」
 私は意図して悪い方の返事をする。
「ちょっと愛美さん! その言い方はっ」
 ああ。さっきからのは咲夜さんだったのか。
「そんな理由って――っ!」
 初めて実祝さんの目に涙が、激情が浮かぶ。
「実祝さんが私を()つのは勝手だけれど、そうしたら私、もう実祝さんと友達辞めるよ」
「……え?」
 私だけの話を聞いて、勝手に勘違いを起こして。蒼ちゃんがどれだけ実祝さんの事、実祝さんと仲良くなりたいって考えてたか分かる? 
 私がどれだけ蒼ちゃんと実祝さんが仲良くして欲しいって考えてたか分かる? 
 仲良く喋りたいだけって言った蒼ちゃんの気持ちがわかる? 
 あのお菓子を見て気づけないのかな? 
 そして、その声は咲夜さんの声か……実祝さんの声か……ただ、実祝さんの手が振りかぶったまま止まる。
「私は納得するように説明してって言ったのに、私全く納得して無いよ? そんな理由で納得しないよ」
 そして、そんな理由では私は納得して


「……」
 止まったままの実祝さんの手が動かない。
 私も決死の覚悟で話してる。本音を実祝さんにぶつけてる。
 だから
「どうしたの? ()つなら良いよ。私は逃げも隠れもしないから」
 私は机の上に肘をついて手を組み、その上に顔を乗せて、実祝さんが()てるようにと、顔を差し出す。
 それでも誰も動かない。実祝さんの手も振りかぶったまま動かない。場が完全に膠着する。
「実祝さんの言い分はたったそれだけ? それで全部なら次は私の番だね」
「……」
 実祝さんが振り上げた腕を下げ、何も言わないのを受けて、私は続きを口にする。
「今の話の中で戸塚君の事も好きじゃない。実祝さんの勉強の邪魔をしたわけでもない。お昼も仲良く食べてたし、実祝さんの事を “姫” 以外では何も悪い事、言ってもやってもないよね?」
「……あ」
「……」
 答えられない実祝さん。まあいいよ。答えないと、どんどんしんどくなるだけだし。
 それでも、蒼ちゃんが受けた理不尽さに比べれは、因果応報になってる分マシだとは思うよ。
「つまりそれって、蒼ちゃんに対する不満じゃないよね?」
 さっきの実祝さんの不満の根源である“防さん”を口にしているのは私なのだから。
「さっきの話が本当なら、実祝さんは全部蒼ちゃんの事しか話題に出さなかった私に
 不満があるんじゃないの?」
「……」
「そのはずなのに、どうして蒼ちゃんに矛先が向くの? 私になんで何も言って来ないの?」
「……」
「言い易い蒼ちゃんに言ってるんだったら、例のグループと全く一緒の事、実祝さんもしてるって事だよ? そんな人と私、友達続けると思う?」
「愛美さん、ちょっと言い過ぎっ」
 実祝さんの目からさっきまでの激情は完全に消えている。
 私は咲夜さんの言葉に耳を貸さずに、続ける。
「次に、私には何も言わなかったけれど実祝さんは友達には何も言わないの? それって実祝さんがさっき自分で言ってたけれど、お姉さんの気持ちが伝わった上で、友達だった私には何も言わなかったって事だよね?」
 実祝さんの肩が震えるけれど、これは全部実祝さんが自分で言った事だ。
「今の話、お姉さんにそのまま出来る? 私が代わりにしようか?」
 お姉さんの気持ちも伝わって無いとなると、ちょっと無念すぎる。
 そしてここからは、実祝さんにとっては一番辛いかもしれない。
 でも私は自分の気持ちを伝える事はやめない。
 だって私は何一つとして実祝さんから納得いく答えをもらってないのだから。
「それから実祝さんが “姫” って呼ばれるのを嫌がっている事を知っていて、その上で蒼ちゃんが “姫” って口を滑らせたから謝っても許せないんだよね?」
「……」
 何を聞かれるのか分からないからか、逆に何を言わんとしているのが分かるからだろうか、実祝さんの目に怯えが混じる。
「そして、それを傷付くのを分かっていて言ったのも許せないんだよね」
「……」
 当然こっちにも答える事は出来ない。
 この二つの質問は完全に隣り合わせなのだから。
 そして、ここでさっきの質問をもう一回する。
「二回目には絶対に答えてもらうって言ってた質問をもう一回するね」

「なんで、私の親友に対して冷たいの?」

「……これは無理だ……」
「……」
 答えてくれない実祝さん。と言うか元よりこれは自分のした事、言った事を理解していれば答えられないはずなのだ。
「私、二回目は絶対に答えてもらうって言ったの、聞いてた?」
 それでも、実祝さんに答えを迫る。
 それでも全く答えるそぶりを見せない実祝さんに、落胆しきった私の声のトーンが少し下がる。
「……ごめん愛美。あたしが間違ってた。許して欲しい」
 そして実祝さんが

 “私が欲しかった言葉” を言ってくれる。
「そうやって蒼ちゃんが謝った時、実祝さん許した?」
「愛美さん。容赦無さ過ぎ……」
「……」
「あの日の放課後も、昨日の放課後も! 蒼ちゃん泣いてたんだよ。蒼依が言えなかったからかなって。その蒼ちゃんの気持ち分かる? どんな気持ちだったか、今言葉に出して説明できる?」
 どうしてみんな蒼ちゃんの気持ちを無視して、分かろうともしないで勝手な判断で傷つけるのか。
「ごめん……なさい」
 実祝さんの声に嗚咽が混じる。
「私に謝られても知らない。それに謝る相手は私じゃないし」
「……」
「謝る前に私が納得できる理由を聞かせて欲しいし」
 蒼ちゃんはその後も、何度か実祝さんと仲良くなろうと努力も行動もしてくれていたのに。なのに実祝さんはかたくなに拒んだ。
 もちろん実祝さんが言われたことに対するショックは他人である私には計り知れないだろうとは思う。
 ただそれを加味したとしても、昨日の事は私は許すことが出来ない。
「……もちろん防さんにも謝る。でも愛美にも許して欲しい」
「許して欲しいって……実祝さん自分で分かってて言ったから許せないって “姫” の時に思ったんだよね? さっきもそう言ってたし。その上今回は前もって蒼ちゃんを傷つけたら本気で怒るって私が言った事を知った上で、蒼ちゃんの気持ちを踏みにじったんだよね?」
 ここにも、どこにも蒼ちゃんの気持ちは入っていない、伝わっていない。
「……言っとくけれど。私本気で怒ってるから」
 だから私は蒼ちゃんの親友として、その気持ちを伝える。
「……ねぇ愛美さん。これじゃあ一方的すぎるよ」
 しばらく黙っていた咲夜さんが遠慮がちに声を掛けてくる。
「一方的って、全部実祝さん自身が言ったことだよ? 私はちゃんと実祝さんの発言、意見も聞いた上で話してるよ」
「それでも、今までは友達だったんでしょ? 昨日電話で喧嘩をしても仲直りもするし、一生喋らないワケじゃ無いって言ってたじゃん!」
 咲夜さんが私に言い募る。
「昨日雨降って地固まるって話もしてくれたじゃん!」
 咲夜さんの中でもう実祝さんとは友達になってるからなのか、私を必死で説得しようと言葉を重ねてくる。
「でも、私の質問に何一つ実祝さんが答えてくれないのに、地面が固まる訳ないよ?
 だって雨は止まずに降りっぱなしなんだから」
「……」
 何故か咲夜さんまでしょんぼりしてしまう。
「ある程度は喧嘩で済むかもしれないけれど、限度を超えたらダメだとは咲夜さんは思わない?」
 なんだかんだ言って咲夜さんの方が、あの時の喫茶店と言い、私の想いが伝わってる気がする。だからって咲夜さんに絆された訳じゃ無いけれど、私ができる最大限の譲歩をヒントに落とす。
「地面を固めたかったら、雨を止ますには、私が納得する二つの質問に答えてもらわないと。それからでないと、蒼ちゃんに謝る事を

、許さないから」
 それだけを言って
「あ、ちょっと愛美さん待ってよ」
「あ、でも。今日は実祝さんの本音が聞けて良かったって思ってるから。それだけはありがとう」
「……愛美」
 私は、実祝さんの呼び声に答える事無く、咲夜さんと一緒に途中まで下校する。



 私って甘いなって思いながら。




―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

                「……」
                無言の二人
             「蒼ちゃんおはよう」
              一日休んでの登校
         「今日のワタシのお弁当どうでした?」
        どんな状況でも周りは待ってはくれない……

       「あ。やっと来た。少し時間貰うけど良いよね?」

          45話 友達からの視線<自己の内面>
        視えなくても、たとえ今は分からなくても……

     
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