第45話 友達からの視線<自己の内面>

文字数 9,628文字


 咲夜さんが何か言いたそうにしていたから、さっきの説明をする事も考えて、手近な公園を探して住宅街の中を歩く。
 その道すがら、たまりかねたのか咲夜さんが口を開く。
「あたし愛美さんの言う事も分かるけど、夕摘さん相当落ち込んでるよ」
 なんだかんだ言って咲夜さんのその情の厚さが、人付き合いの秘訣なのかもしれない。
 ここまで読んでくれた人、私を見てくれた人ならもう気付いている人もいるかもしれないけれど、私は咲夜さんほど交友関係も広くないし、人付き合いもうまい方ではない。ただ統括会に参加したのも別の理由の事のように、私は統括会に入っていたとしても、それ程には交友関係は広がってはいない。
 そして昨日蒼ちゃんと一緒に歩いた遊歩道沿いの広場にある遊具施設に腰を掛ける。
「そんな事は私が一番よく分かってるよ。でも実祝さんの不満は私にぶつけるべきで、間違っても蒼ちゃんにぶつけるべきじゃない。それだけはどうしても気付いて欲しかった。二人とも気付いてなかったでしょ?」
 だからこそ気付くことが出来たのかもしれない。
「……愛美さんはすごいよ。あたしも正直愛美さんに言われるまで気づかなかったし、言われて気付いて、鳥肌立った……でも愛美さん。友達辞めるって言うのは本気?」
 いつもの軽い調子ではなくて、まっすぐに見つめる咲夜さんに。
「逆に聞くけれど、言いたい事を何も言わない。ただ周りに合わせるだけの関係を友達って呼べる?」
 ――大学の友達と違って一生の友達になる事も多いから――
 私は前にも言った通り、自分が大人になっても現在を振り返った時に、笑顔で話が出来る関係でいたい。
「……」
 もちろん友達や知り合いの定義なんて人それぞれだし、私の考えを押し付ける気はない。ただ、実祝さんのお姉さんの気持ち、願いだけはちゃんと理解して欲しい。
「私は実祝さんとお互いの意見を言い合えて喧嘩して、それでも仲直りが出来るような関係でいたい」
 ――多くの人と遊んだり、時に喧嘩したり……
             そう言う人と共有する時間を大切にして欲しいのよ――
「だったらさ、何もあそこまで追い詰めなくても良いじゃん! あたしだったらあそこまで言われたら明日から喋れない」
 咲夜さんの声が高ぶる。
「あたしも夕摘さんが蒼依さんにした事はひどすぎると思うけど、愛美さんは厳しすぎる」
 厳しい。確かにそうかもしれない。
「でも私は、実祝さんになら最後には私と蒼ちゃんの想いは届くと信じてる。信じられるから……だから、友達辞めるって言うのは私の覚悟でもあるよ」
「……覚悟って……」
 咲夜さんの視線がしょんぼりと下に向く。
「優しい咲夜さんの事だから、今は実祝さんの事で頭が一杯だろうけれど、ここまでの事で分かるとは思うけれど、友達を辞めるって言う事は私にとってもショックなんだからね」
「あ……」
 咲夜さんの顔が再び私に向く。
「どうして愛美さんは、そう言うのが自然にわかるの?」
「私は出来る限り自分と他人の《視点の違い》を意識してる……からかな? それに朱先輩にも手ほどきをしてもらったし」
「それって前に聞いた愛美さんを元気にしてくれた先輩の事?」
「そうだよ。どんな些細な秘密も作らせてもらえない先輩」
 本当に、朱先輩が私をどれ程に救ってくれたのか分からない。
「だったら “今度は” 夕摘さんと友達になれるって――」
「――信じてるよ。信じてないとあそこまで言えない」
 実祝さんが一人で不器用なりにも、あの著書『物の見方・考え方』を読んで、手探りでも努力している姿を私は知っているから。
「だから私からは実祝さんとは

。出来るだけ蒼ちゃんのそばにいるようにするから、咲夜さんは時々でも良いから、実祝さんのそばにいてくれたらなって」
 あの二つの質問に答えるのは間違いなく無理に近い。
 だったら言葉より行動で。あの手探りでもなんとかしようとしてくれていた実祝さんなら行動してくれると信じられるから。
「分かったありがとう愛美さん。でもお昼もまた一緒にしようね」
「もちろんだよ」
 私の答えに、考え方に一応は納得してくれたのか、最後はお互いの家に帰る。


 咲夜さんと話している間は気づかなかったけれど、分厚い雲によって遮られた太陽光のせいで辺りはいつもより暗く、家に着いた時にはもう何時雨が降ってもおかしくない位の空模様だった。
 ただ、今日はもう慶は帰って来ているのか、玄関に靴だけはあったのを確認してから、自分の部屋から出てくる気配のない慶は放っておいて、自分の分だけの夕食を作って、一通りを済ませてしまう。
 そして自分の部屋へと戻った私は、しばらくの間は降り始めた雨音を聞きながら予習復習をする。

 私は将来の自分の事も、もう遅いくらいではあるけれど、真剣に考えて
「そう言えば、進路については担任の先生に相談しないとか……」
 今日の巻本先生のあの冷たい言い方も一緒に頭に浮かぶ。
 もちろん先生が生徒に近い目線で物事を見たり、聞いてきたり……そう言った感覚を持ていたのが私だけなのだから、先生に対してショックを受けるのもまた筋違いなんだろうけれど、どうしてもため息が漏れる。
 ちょっと先生に頼り過ぎていた部分が大きかったのかもしれない。
 一方で保健の先生は、相談に乗ってくれると言う。
 何も話してはいないけれど、あの日保健室に連れて来ただけで、ある程度は見抜いているのかもしれない。
 男の担任の先生よりかは、女の保健の先生の方が同性と言う事もあって、言い易いのは言い易い。
 ただ、やみくもに広げる事でもないし、それがどう回って噂で返って来るのかも分からないから迂闊に広めるような事もしにくい……この件に関しても本当に堂々巡りだ。
 私は気分を切り替えて、今日は休んだ蒼ちゃんに電話をして、今日実祝さんと本音で話した事を内容までは言わずに、概要だけ伝えて明日に備えた。


 翌朝。お弁当に関しては自分の分しか作らないって決めてはいるけれど、朝ご飯くらいは自分の分のついでに合わせて作っておくことにする。
 今日はお母さんが帰って来てくれる。お父さんも私達のために一生懸命働いてくれているのは頭では分かっていても、お父さんが帰って来るのは生理的に辛かったから、今週お母さんが帰って来てくれるのは私的にはありがたい。
 私は起きて来なかった慶に敢えて声を掛けると言う事はせずに、今日は雨が降っているからと少し大きめの空色の折り畳み傘の方を持って行く事にする。

 そして教室に入ったところで一人で本を読んでいる実祝さんに、今日は咲夜さんも付いて何かを喋っている。
 それを例のグループが面白くなさそうに見ている。
 そして今日は昨日の電話の事もあってか、蒼ちゃんが登校して来てくれる。
 それに気づいた実祝さん、咲夜さんに例のグループの子たちの一部まで蒼ちゃんに視線を送る。その視線を受けた蒼ちゃんがためらいを見せるも、
「蒼ちゃんおはよう」
 私が蒼ちゃんの元へ行って、実祝さんの視線には気づかないフリをしながらみんなの視線を散らす。


 昼休み咲夜さんは別のメンバーとお昼をするため、実祝さんは必然単独になる。
 私はここでも実祝さんの視線に気づかないフリをしながら蒼ちゃんの所へ向かおうと
「岡本さん。今日こそは一緒にお昼しない? 今日は弁当なんだよね」
 足を向けたところで、以前断ったグループの子が再度誘いをかけてくるけれど
「ごめん。今日も先約があるから」
 咲夜さんの申し訳なさそうな表情を見ながら、そのグループに断りを入れる。
「防さんばっかじゃなくてさ。たまにはこっちにも付き合ってよ~」
「またそのうちにね」
 私は違和感を持ったまま、蒼ちゃんと一緒に食堂へ行く。
 そして食堂でお昼をしている間に、友達を辞める覚悟を持って一旦実祝さんと大幅に距離を開ける事、実祝さんが謝って来ても蒼ちゃんがほんの少しでもしんどかったら許さなくても良い事、蒼ちゃんは自分の気持ちを第一に大切にして欲しい事を伝える。
「ありがとう愛ちゃん」
「ううん。私の方こそ本当にごめんね」
「でも、そう考えると夕摘さん可哀そうかも。蒼依もものすごく辛いけど、愛ちゃんに友達辞めるって言われたら、蒼依なら学校辞めちゃうよ」
 私の覚悟を聞いて蒼ちゃんもまたしょんぼりする。
「蒼ちゃんと親友辞めるとか絶対にないって」
 蒼ちゃんから友達辞めようと言われる事はあったにしても、私から蒼ちゃんと親友を辞めようなんてどう考えても有り得ない。
「だったら、愛ちゃんも蒼依の事は良いから、夕摘さんと友達辞めちゃダメだよ」
 ……やっぱり蒼ちゃんから言われるのも無いかな。
「うん……だから私は実祝さんを信じたい……かな」
 今の蒼ちゃんならすぐに

してしまいそうだけれど、だからこそ私だけは悪者になっても良いから限度はあるかもしれないけれど、本音で話せる友達って言うのを考えて欲しいと思う。
 それはきっと実祝さんのお姉さんの気持ちに最後は繋がると思うから。
「また咲ちゃんとも一緒にお昼したいな」
 気持ちが伝わった分、想いは強いかもしれない。
「今は辛いかもしれないけれど、その分私もいるようにするからもうしばらく頑張ろ?」
「……うん。そうだね」
「そう言えば、今日の放課後は義(よし)君の部活を見に行くからごめんね」
 この前の廊下でのやり取りを思い出す。
「大丈夫なの?」
 放課後だと昼休みよりも人が少ない分、もっとエスカレートしなければ良いんだけれど。
「うん。義君サッカーをしている時は集中力すごいから」
「分かった。夜にまた連絡するね」
 蒼ちゃんを信じるならと思いなおして、余計な勘繰りを辞める。
 そうして久々に食堂でゆったりと二人でお昼を食べて、午後の授業に備える。


 昨日に引き続き
「特に連絡事項はないが、これからの時期が大切になって来るから風邪だけは引くなよー。後、今度の期末試験は学校のテストじゃなくて、全統模試を期末試験として、7月頭くらいに模試を実施するからなー。その模試の偏差値で40以下を赤点とするからなー。もちろん今回も追試とか無いから、気合い入れとけよー」
 担任の巻本先生がこっちにチラチラと視線を向けるのを感じながら、連絡事項を伝える。
「……それと今日も統括会あるからなー。それじゃ解散!」
 結局最後まで先生の方へは視線を向けずに、終礼が終わる。
 昼休み言ってた通り、蒼ちゃんが戸塚君の所に向かうのを見届けてから、統括会に行くために帰る準備をしていると、
「愛美さん。先生とも何かあった?」
 咲夜さんが話しかけてくる。
「何も無かったわけでもないけれど、どうして?」
「今朝の朝礼の時も、今の終礼の時も明らかに先生が愛美さんを意識してたから」
 いや意識って……
「別にそんなたいそうな話じゃないよ。私の相談を先生が軽くあしらっただけだよ」
 私は最後にため息をつく。
 ホントもうちょっと親身になってくれる先生だと思ったのに、それだけが私の中に残ってる。それでもいつでも保健の先生が話を聞くと言ってくれているからか、気持ち自体は沈むと言うほどの事でもない。私は咲夜さんの
「愛美さん。最近男子から好かれ過ぎじゃない?」
 訳の分からない言葉を背に部活棟三階にある役員室へと向かう。



「あ……」
「お疲れ様。これ火曜日の分」
 役員室の中に入ると、優希君だけが先に来てた。
「うん。ありがとう。先に片付けちゃうね」
 期せずして役員室に二人っきりの状況が出来上がる。
「僕も手伝うよ」
 名前で呼びたい、呼んで欲しいけれど、顔が真っ赤になるのは目に見えているし二人しかいないのだから、わざわざ名前を呼ばなくても意思が通じるのはありがたい。
「い、良いよ。持ってきてもらったんだから、これくらいはこっちでやっちゃうよ」
 私のドキドキがバレない様にこっちに近づいてきた優希君を押し返した時、ほのかに柑橘類の香りが漂う。これって火曜日の時にもしていた匂いと同じなのかな。
「あの優希君――『お疲れ様です。空木先輩』――」
 私が聞こうとしたそのタイミングで、雪野さんが役員室へ入ってきて、優希君に挨拶をする。その後、機嫌良さそうに私の所に来て、
「何か手伝う事ありますか?」
 気遣いを見せるフリをする。
「もうすぐ終わるから向こうで待ってて良いよ」
 ……柑橘類の匂いを振りまきながら。
「いつもありがとうございます」
 私の返事に、優希君の所に戻って
「今日のワタシのお弁当どうでした?」
「……」
 雪野さんの言葉に胸を詰まらせながら耳を傾ける。
 その一方で、優希君と買い出しに行った物の整理をする。
「うん。美味しくもらったよ。弁当箱は洗って返すから」
「前のお菓子も美味しいって言ってくれて、お弁当箱も洗って返してくれるなんて、空木先輩は男性の鑑ですね」
 ……そっか。あの柑橘類の香りを漂わせてたあの日、優希君は雪野さんとお昼を一緒にしてたんだ……雪野さんの作るお菓子も美味しかったんだ……そう言った事にも全然気が回っていなかった。
 片付け終わって振り返ると、優希君の腕に両手で触れている雪野さん……
 まるで優希君に匂いを移すように。
 その腕に触れて欲しくないっ!
 でも今の私じゃそれを言える立場にない。
 だから今は何も言えずに見てる事しかできない……。
 お昼をしていた事もそうだ。今の立場じゃなかったら、優希君にちょっかい掛けないでって言いたいけれど、それも叶わない。
 もちろん友達を一番に大切にしたい私は、自分の行動に悔いはないけれど、やっぱり悔しい。
「雪野さんって香水付けてたっけ?」
 ……理由は何となく察しがつくけれど、一応確かめたい。
「今までは着けてませんでしたが、やっぱり近くにいて匂いで不快にさせたくないじゃないですか」
 そう言って腕を両手でつかんだまま優希君に同意を求める雪野さん。
「まあ雪野さんの気遣いは嬉しいけど、その匂いが苦手な人もいるから気を付けてね」
 優希君の方も少し困り顔ではあるけれど “しょうがないなぁ” の雰囲気を出しながら雪野さんに助言をする……腕をつかんだ手を振りほどくことなく。
「先輩の助言ありがとうございます。また先輩の好きな香りとかあったらいつでも言って下さいね」
 なんかここまでだと、イライラを通り越して気分が落ちる……私は優希君に気を遣わせてばかりで、雪野さんは雪野さんなりに優希君に気遣いを見せていて……
「遅れました! お疲れ様です! 岡本先輩、副会長」
「おまちどうさん。あれ? 岡本さん元気ない?」
 開口一番私を気にする倉本君。それを嬉しそうに見つめる雪野さん。
「……」
 そして私の気持ちを知っている彩風さん。
「そんな事無いよ。じゃあみんな揃ったからもう始めちゃう?」
 彩風さんと倉本君が席に着いたのを確認して、私が提案すると
「いや、俺たちも今来たばかりだからそんなに焦らなくても」
 倉本君は気遣ってくれたつもりなんだろうけれど
「岡本先輩も、会長の気遣いを素直に受け止めればいいのに」
 雪野さんが横やりを入れてくるのが分かっていたから、早く始めたかったのに。
「今日は天気も良くないですし、早く始めて早めに終わると言うのはどうでしょう?」
 私を見て彩風さんが提案してくれる。
「私はその方が嬉しいかな?」
「岡本さんがそう言うのであれば」
 私と倉本君の意志で統括会が少し早めに始まる。


「えっと、今日の議題って何かありましたっけ?」
 雪野さんがまじめモードに切り替わる……いや普段から真面目はまじめだけれど。
 今週は学校側からの要請もなかったし、表面上だけでも問題は無かったように思うのだけれど
「今日は夏休み中のバイトについて。こいつをどうするかを今の内から決めて行きたい」
 ああ、そう言えば去年の冬も、この春休みの間も少数いたっけ?
「バイトって……この学校バイト禁止じゃありませんでしたっけ?」
 雪野さんの言う通りではあるのだけれど
「それでも接客とかじゃなければ、バレにくいからやる奴はいる」
 先生にバレずに上手くやる子もいるのはいる。
 ただそう言った子でも学校で口を滑らせて、バレると言うのが大半だったりする。
「校則違反なんですから、口出しは出来ないですよね」
「あと会長。バイトも夏休みからなら早すぎる気もするけれど」
 いつもの雪野さんと、彩風さんの疑問。
「霧華の言わんとしている事も分かるけど、商店街やら歩く時よく見てみ? 早い所だともう夏休みのバイトの募集を出してるから」
 その彩風さんの質問に分かり易く答える会長。
「だから生徒がバイトの申し込みをする前に、今から準備をしようって話。遅くなると遅くなっただけ、店や会社に迷惑をかける事になるから」
 だから私が補足説明をする。
「じゃあ禁止のポスターか何かを作って貼り出すんですか?」
 まあ普通はそうなるんだけれど
「ポスターを見て、逆にバイトをしようかなって思う人もいて」
「模倣犯みたいな感じですね」
 みんなが考え込む中、
「抑止のポスターまで作るのに、そこまで面倒見るんですか?」
 雪野さんが呆れの声を出す。
「まあ流石に気持ちは分かるが、冬、春にやってた奴は2回目は停学だからな。そんな訳で来週までに何かいい案が無いかをすまんがみんな考えて来てくれ」
 会長が締めくくったところで
「じゃあ今日は雨が降ってるから、これで解散って事で良い?」
 彩風さんが会長に確認を取る。
「ああ。それと岡本さん。何かあったら俺で良ければ気軽に相談してくれたら、いつでも時間作るから」
 倉本君も、彩風さんがいるのにどうして私に気遣いをするのか。
「じゃあ空木先輩。雨降ってますから一緒の傘に入れてもらえませんか?」
 そして優希君と一緒に帰る事を疑っていない雪野さん。
「……」
 今日は二人だけの時間は無しかぁ。ホント何もかもなかなかうまく行かない。
「ちょっと悪いんだど、冬ちゃん付き合ってよ。会長も良いよね?」
「……あ、ああ」
 彩風さんと会長の視線に
「ちょっと冬ちゃん。何で人の予定を勝手に決めるんです?」
 雪野さんの不満を私は見送る。


 しばらくして、彩風さんの計らいで、役員室の中で優希君と二人きりになる。
 仄かに残る香水の残滓に今日は止む気配のない降りしきる雨の中、口を開けば嫌な事を言ってしまいそうな私は、一旦今日の統括会での優希君の意見を聞く事にする。
「そう言えば今日も優希君、意見言ってなかったけれど、何か考えてはいたよね?」
 私が統括会の話を持ってくるとは思っていなかったのか少し驚いた表情をするも、
「最近僕の考えてる事も分かって来てる?」
「そう言うわけじゃないけれど、優希君ならまた別の視点を持ってると思って」
 ……妹さんの視点もある事だし……嫉妬深い女って思われるのもアレだし実際には
 口には出せないけれど。
「まあ無い事もないけど……愛美さんは学生のバイトについてどう思う?」
 優希君が私の意見を聞いてくる。
「バイトに関しては私はどっちでも良いとは思うけれど、勉強がおろそかになって
 最後に泣きを見るのは本人だから、どうなんだろう?」
 自分で責任を取るっていう意味なら、止める事は無いとは思うし、ただせっかく
 進学する目的でこの学校に入ったんだろうし、初志貫徹はして欲しい所ではある。
「……僕はね、バイトはしても良いと思ってるんだ。苦学生もいるし、奨学金だけで全てを賄えると言う事でもないから」
 ……奨学金? 苦学生?
 もちろん知らない訳じゃ無い。ただ、
「この学校に苦学生とか、奨学金制度とかあるの?」
 統括会に入って一年と少し、この学校に入学してから二年と少し。今初めて知った。
 入学の案内の時にも、学校説明の時にも、朱先輩からも聞いた事が無い。
「公にはなっていないけれど、各学年に一人くらいはいるんじゃないかな?」
 ……各学年一人……
「それって、定期テストとかで判断してるの?」
「……そうだよ。でもその基準も含めて公になってる事じゃないから」
 そう言ってやんわりと口止めをされる。
 ……それってまさか……。優希君の妹さんのあの圧倒的な総合得点と順位を思い出す。優希君の今日の分の意見は聞き終えて、議事録にもまとめ終わりはしたけれど、さっきの香水の事はやっぱり迂闊に口を開くことが出来ない。
「……」
 優希君の方も気まずいのか、視線は合うけれどなかなか言葉が出てこないみたい。
 さらに少しの時間雨音に耳を傾けていると、
「あの……さ。土曜か日曜日のどっちか僕に時間をもらえないかな?」
 さっきまでの会話の流れとは全く違う言葉を掛けられる。
「え? えっと……日曜日なら大丈夫だけれど」
 何か優希君が緊張してる?
「じゃあ日曜日の朝11時に学校の校門で待ち合わせで良いかな?」
 えっと……これってまさか優希君からの二人きりでのお出かけの誘いなのかな。嬉しいけれど、涙が出るほどに嬉しいけれど
「雪野さんは良いの? お昼一緒に食べたりしてるんだよね?」
 いや、だからこそなのか、私の口から嫌な言葉が漏れ出てしまう。せっかく優希君が誘ってくれたのに。

「うん。一緒に食べてる。だからその分のお詫びと言うか、その代わりと言うか……」
 そっか。優希君の気持ちからじゃないのかぁ。それともお詫びって言うのは私の事を想ってくれてるからなのかな。優希君の気持ちが分からない……好きな人の気持ちが分かんないよ。
 それでも優希君への育ち切った想いを持つ私には、断るなんて事は出来なくて
「うん。分かった。11時に校門前。楽しみにしてるね」
 私は優希君にどんな顔をしたら良いのか分からなくて、そのまま役員室から出ようとした時
「僕もここから先は “初めて” だから、分からない事だらけだけど、僕は香水とか人工的な匂いは苦手と言うか、頭痛を起こすくらい全く駄目だから」
 優希君の言葉に私の足が止まる。優希君の考えてる事がますます分からなくなる。
「弁当の事も今はまだ何も言えないけれど……

の考えてる事は完全に的外れだと思う」
 そして私の体は熱を持って、動かなくなる。動かせなくなる。
「優希……君?」
 私の事 “は” 名前で呼んで、優希君から握られた手によって。
「だからそんな顔じゃなくて、もっと楽しみにしていて欲しい」
 ああ。そうだった。優希君にも私は隠し事が出来ないんだったな……。
 今までのどの二人だけの時間を思い返しても、優希君に私の事を赤裸々にされた記憶しか出てこない。
「……優希君意地悪だよ」
 いつもそうやって自分ばっかり分かっちゃってさ。
 私なんて今、優希君が何を考えてるかなんて全然分かんなくて、不安で、ドキドキしっぱなしなのに。
「……ふふっ」
 久しぶりに聞くすずが鳴るような優希君の笑い声に思わず振り返る。
 その優希君の笑顔を見て、正直に私の心は浮き立つ。
「分かったよ。日曜日楽しみにしてるから」
 私はそれだけを言って、役員室を逃げるようにして出る。
 日曜日に、優希君にある事を伝えようと決心して。


 そして、昇降口に着いた時、私の下駄箱の所で優希君の妹さんが私を待っていた。
「あ。やっと来た。少し時間貰うけど良いよね?」



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

            「花。好きなのかなって」
         妹さんと初めて腰を落ち着けてする話
       「あのクッサイ匂いを擦り付けてくるメスブタ」
          それでも隠すことの無い口の悪さ 
            「愛美……ありがとう」
              母親からのお礼

           「アンタにその覚悟。ある?」

         46話 兄を想う視線<女同士の会話>
     本当に大切な相手……簡単にあきらめる事、出来ますか……

        
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