第二章・恋の懸け橋 1

文字数 968文字

 今年も七月七日を迎えた。
 七夕の笹を見上げ、ひとり物思いに耽っていると、背後から耳元目がけてハスキーボイスで『七夕』の合唱が直撃して、私は思わず首を竦めた。右耳を人差し指でほじくりながら顔を(しか)め声の方を向くと、細目で訝しげな表情をしたシロフクロウの顔面が間近に迫ってくる。首を後方へ引きながら「バーカ」と一喝して撃退を試みる。
 ヤツは、私の背丈に合わせ身を屈めたままゴリラのようにあとずさってため息交じりに姿勢を正すと、長身に物を言わせ、こちらを見下ろした。
「おぬし、何を願いんしゃったとな?」
 私が今しがた飾った短冊をさがしながら、博多弁もどきでヤツは問いかける。
「ちょっと、やめなさいってば。プライバシーの侵害よ」
「ワシとオメエの仲じゃろが、固いことぬかすな」
 取りつく島無し。
「ヤメテってば! 怒るよ! ホント、『いけ好かねえ』ヤツ」
 私は必死に彼女の腕をつかんで、その場から強引に引き離そうとした。が、彼女は細腕に似合わず、意外と力があり、片腕一本で私の体を自分の方に引き寄せた。
「あった! これだな? フムフム……ホーホー……なーるほど……織姫より。シャレとんしゃるやなかね、己の想いを詩にしたためるなんざ……さすが、文学少女の成れの果てたいねえ」
「ちょっと、声、デカいって! 恥ずかしいでしょう、モー!」
「ナンノ、ナンノ。恥ずかしがらんでもよかとよ。何も取って食おうなんて、これっぽっちも思うとるわけやなかけん。しかし、あんたクサ、やっぱ、あのときの彦星様に未練タラタラやったとやネエ……」
 まじまじと私の顔を覗き込む。
「あんたには関係ないでしょうに!」
 私の顔は火達磨のように燃え盛る。
「なんば言いよっとね! あのとき、意気消沈した健気な“乙女”、もとい、“織姫”を慰めてやったとはどこの誰ね? あたしやろうもん! そげな冷たか言い草、グラグラこいたー(通訳:頭にきましたわ)!」

 ──そう……
 あの忘れもしない、十三歳の七月七日。私の初恋が舞い降りてきた日。だが、それもほんの一瞬で消えてしまった。丁度、流れ星が天の川を横切るみたいに。
 あれから、もう六年が過ぎ、私は今年、一九歳になった。女子大の一年生である。
 今日、彼女に誘われて、久しぶりにこの地に赴いたのだ。
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