2

文字数 1,109文字

 人波をかき分けて太腿が高々と上がり、脚は激しく回転して次第に加速していった。だが、その場に永遠に縛りつけられた錯覚に襲われ、気持ちだけが急せいて足元はもつれそうになる。
 絡まりかけた脚を立て直しつつ、やっとの思いで駅に到着すると切符を買った。改札を抜け、下りホームへの階段を駆け上る。中ほどまで来ると、突如、下車した乗客が滝となって流れ落ちる。その流れをかわしながら階段を上り詰め、ホームに立った。
 丁度列車がホームを離れるところだった。
 列車を見送ったあと、私はホームを隈なく見渡した。今の列車に乗客は飲み込まれ、ホームには次の列車を待つ人がまばらにいるだけだ。
 しばらく視線をさまよわせると、ちらほらと人影は増え始める。が、それらしき人物は認められない。反対側のホームに目をやる。しかし、上り列車を待つ乗客はさほどなく、結果は同じだ。
 上り列車がホームに進入し、軋みながら止まった。車内の人影が次第に薄くなってゆく。ほどなくして列車が走り去ると、今吐き出されたばかりの乗客の塊が階段のほうへなだれ込み、階下へと吸い込まれ、ホームから人影は全て消えた。再び構内に静寂が蘇った。
 私はその光景をぼんやりと眺めた。
 アナウンスが下り列車の到着を告げる。私はホームの後方へ下がり、やり過ごす。と、間もなく普通列車が止まって、乗降客の入れ替えを済ませると、寂しげな気配だけを残して去って行った。
 私はため息交じりに、ふと反対側の上りホームに視線を滑らせた。
 誰かをさがしてキョロキョロと構内を見渡す男性の姿に目は釘づけになる。
 純白のポロシャツから二の腕の筋肉が生命力豊かにヒクヒクと脈動を繰り返す。左手が髪をかき上げた一瞬を私の目は見逃さなかった。記憶に残る面影は、あの日のままの少年をとらえたのだ。
 私の足は前方へ押し出され、その人を追いかける。
 彼の顔がこちらに向いたとき、彼の動きも静止した。
 ようやく二人は向かい合う。
 上りと下りの特急列車が同時にホームを通過し、烈風を巻き起こした。まるで二人の前に立ちはだかる天の川の流れだ。だが、最早出会ってしまった二人の(えにし)を断ち切ることはできない。
 私は彼を見つめる。
 彼も私を見つめた。
 初恋の記憶を胸底から呼び覚まし、永遠に確かな歓喜の流れへと導く儀式のように。
 私のたぎる想いが右手を高々と天に掲げた。
 対岸の彼も私に倣ってその右手を掲げてくれる。握られた短冊が微かに揺れた。
 天の川流るる果てに、ようやく二人は再会を果たした。
 今、この瞬間、私たちの間に再びそれぞれの流れは合流して、未来へと動き出したのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み