文字数 480文字

 こんな街は嫌いだ。
 当時の面影はない。バス停の位置だけだ。確かにあの日以来ここに存在し続けている事実しかない。
 辺りを見渡してみる。あのとき、バス同士が辛うじて擦れ違うだけの幅しかなかった砂利道は、反対側の小川を越えて拡張され、アスファルトで舗装された。暗渠化された小川は、道路下の暗闇に閉ざされ、命の息吹は聞こえてはこない。古い木造の民家群と田畑のみの風景は全て冷たい人工の石の下に埋もれてしまった。天を仰ぐと、ビル影が背後から迫り、息苦しい。うつむけば、雨に濡れた歩道が足音に華やいで、やけに寂しさを誘う。じめっと粘り気を帯びた空気が、淀みの底から私を包んで汗の蒸発を妨げ、肌に絡んで重たく全身が気だるい。街じゅうが既に飽和状態で余分な水分を贅沢にも吐き出すことしかできない。雨水はいかなる野生にも命を授けることすら許されず、死に場所を求めてさまようしか術はない。何ものをも受け入れず、コーティングされてしまい、傷つくことを頑なに拒んでいるかのようだ。
 皐月のむせるような新芽や真夏の乾いた土や水無月の氾濫寸前の濁った川面の匂いをかぎたいと思った。
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