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文字数 789文字

 翌朝、登校して教室を見渡しても、まだ彼女の姿はなく、一時間目の始業のチャイムが鳴っても現れないので、やはり体調を崩したものと心配していたら前の入り口から国語科の担任教師と共に入って来て、私の席の横を抜けるとき、一瞬だけニヤリとしてまた元の『いけ好かねえ』表情で席に着く。
 私が振り返って目が合うと、今度は顔を(しか)めた。否、あれはウインクしたつもりだ。彼女のいつもと変わらぬ態度に一応は胸を撫で下ろす。どうやら病気ではなさそうだ。
 一時間目の国語の授業が終わるや、彼女は前列の男子を無言のまま目で威嚇して、()の地を占領した。そしてこちらに微笑みかける。
「今度の日曜日、空けておきな。つき合ってもらうぜい」
 楽しげにそれだけ告げると立ち上がり、小躍りしながら自分の席へと戻って行った。
 全くもって彼女の行動パターンは読み辛い。だが、その態度から推察すると、彼女の身の上に慶事でも舞い降りたに違いあるまい。時折、私は巻き込まれるのだ。いつしか彼女の無邪気な喜びように飲み込まれてしまうと、こちらの心をも解されて穏やかな気分になるし、一挙両得な面も否めない。ゆえに、彼女が愉快ならこれ以上の詮索には及ばぬだろう。親交を持った当初こそ、その言動には振り回されたものの今となってはもう慣れっこで、彼女の喜怒哀楽が私の感情をも左右する仲になった。
 忌み嫌っていたそんじょそこいらの汚らしい石ころに過ぎないのに、拾ってはこすり合い、ぶつかり合ううちに、次第に角が取れ、丸みを帯びて滑らかな肌触りに気づく。そうしてかけがえのない宝石へと磨き上げられてゆく。友情なんてどこに転がっているかわからぬものだ。それを察知できるだけの深い懐を心に宿すべく精進を積み重ねなければなるまい、との結論に至った。これが成長というものなんだ。と、近頃では自分に感心するようになった次第だ。
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