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文字数 621文字

 相変わらずむせ返りそうな人込みをかいくぐるように足を運んだ。途中、注意深くあの男性の気配を探りながら進んだが、結局見つけることは叶わなかった。そうしてようやく目的地に辿り着いた。
 二人して短冊を結わえつけた笹の前に佇む。
 彼女は肩から斜めにかけたポシェットに右手をしのばせると、眼鏡を取り出してかけた。ギリシャ彫刻を彷彿とさせる彫の深い横顔を覗くと、高い鼻梁にのった赤いボストンタイプのフレームがよく似合っている。知的でやわらかい表情を演出する。
「カワイイよ」
 不意に出た言葉に、彼女は笑みをこぼし、両手で口を覆って照れながら頬を赤らめる。容姿のみならず内面からほとばしる人間性に、私は目を奪われ、心から美しいと思った。
 考えることは同じだった。早速短冊を一枚ずつ確認していった。
 可笑しなことに、彼女の切実な恋の願望が綴られた短冊は高みからこちらを見下ろしつつ舞っていた。が、私の短冊だけがどうしても見つからない。風に飛ばされ、どこかに飛んで行ったなんてあり得ない。しっかりと結びつけたから。
 もう一度、全ての短冊を確かめてみる。と、風が吹いて笹を揺らした。目線の短冊がヒラヒラと翻る。ぼんやりと視線を固定して眺めていると、何となく心惹かれて手に取った。
 綴られた文字を(まなこ)が辿る。
 全身が膠着して息が止まった。しばらくしたら体が急に震え出す。短冊を見つめた目の焦点が合わず、意識が遠退きそうな感覚に襲われた。
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