第14話 習性

文字数 2,144文字

 どうも化け物には、囲い癖があるのかも知れない。吉田寺(きちでんじ)の時もそうだったが、この龍田神社(たつたじんじゃ)に取り憑いた化け物も、中にいる人間を、閉じ込めておこうとする。一人でいるのが寂しいのかも知れない。もしくは、後で喰うつもりなのかも知れない。本当の所は鹿目征十郎(しかめせいじゅうろう)にも分からない。

 化け物たちは、この世に具現化するために何か「有名なもの」に憑りつく必要がある。その条件を満たす「有名なもの」が、神社仏閣しかなかった奈良を引き当ててしまった化け物達に同情する。これでは、心が貧しく寂しい気持ちになっても仕方がない。
 そもそも、有名なものが沢山あれば、忘れられた挙句の魔都化など起こらないのだが。

 ……ポン、ポンッ、ポン。
 どこからか、能で使われる(つづみ)を打ったような音が聞こえる。掛け声こそは聞こえないが、ここに笛の音が混じれば舞台が整う。
 打音は段々と激しくなり、最高潮に盛り上がりを見せた後、鹿目の目の前で大きな鳥居が真っ二つに裂けた。その様は、まるで天から雷の直撃を受けたようだが、まだ続いた。
 二つに裂けた後で、それぞれが、また縦に裂けて、四つになった。四つになった鳥居は、さらに細かく裂けて八つになった。
 
 鼓を打つ音が、再び盛り上がりを見せる。
 今度は何だと身構えると、大小様々な鳥居の残骸が、境内を所せましと動き回り始めた。砂を巻き上げて、つむじ風が起こる。
 一列に整列したかと思いきや、輪郭が急速にぼやけていき、八匹の能面を被った能装束に変わった。それぞれに長いカツラをつけており、白髪なのだが、向かって右側の一体だけカツラが赤い。
 辺りは急に静かになった……。

 ――この間、僅か数十秒。
 龍田神社(たつたじんじゃ)の敷地に入ろうとしていた鹿目は振り返った。出会って今までで、一番の真剣な顔だと武くんは思った。

「武くん、これは、佳世ちゃんへの愛が試されていると…………!!」

「ちょっとまてや!!」

 薄っぺらい事しか言わない鹿目の口を、武くんが塞いだ。

「佳世の名前を出せば、俺が言うこときくと思ってるやろ! あんなん無理やで! 一杯おるやん!! もう、なんもせえへんぞ!」

「……ちっ」

「おいコラ! なんやちって! 舌打ちすんなや神使(しんし)! お前の仕事やろ!」

 武くんは、鹿目のレインコートを掴んで激しく揺さぶった。ぐわんぐわんとなりながら、鹿目はその手を力づくで払う。

「冗談も分からんのか奈良のバンドマンは! 素人の君を、これ以上危ない目に遭わせるとでも思っているのかい?」

「思ってるわ! 何か知らんけど、そこだけは自信あるわ!」

「……ちっ」

「あ――――! また舌打ちしたな!」

「よおぉぉし! では、こうしようじゃないか武くん!」

 と言って、鹿目は武くんの肩に腕を回して引き寄せる。

「……俺が化け物の相手をする。もちろん一匹じゃない。八匹全部だ」

 鹿目は、武くんの耳元に囁きかける。熱い息を吹きかけて、武くんはびくっと身体を震わした。

「化け物を連れて距離をとるから、その間に宮司さんを連れて逃げてくれればいい。鳥居が無くなったから、多分簡単に外に出られるはずだ」

「うんうん」

「国道二十五号線に出た所ぐらいで、待っていてくれ。すぐに追いつく。それと……」

 ごそごそと鹿目は懐をまさぐる。これがいい、と言って中華料理屋で使いそうな、刃の幅が広い包丁を取り出して、武くんに渡した。

「素人が長いのを振り回すと、自分を傷つけるからな。これで十分だ。護身用に持っておいてくれ」

 武くんは受け取った包丁を見て、それから鹿目のレインコートの中をさりげなく覗いたが、他に刃物は無いようだった。こんな物騒なものを隠し持っていた神使を不気味に思う。

「さあてと! 行こうじゃないか武くん! さっさと片付けてピカピカにしてもらうぞ!」

「ピカピカ? なんの話や?」

 こっちの話だ! と言って、やたらと胡散臭い男が、太い楠木に向かって走っていく。すぐに能面の化け物達が、男の進路を塞いだ。しかし、赤いカツラをつけた一匹は、その場から動かない。

 武くんは迷ったが、境内の中央にいる宮司さん目掛けて走り出す。赤いカツラの左を抜けて行くつもりだ。右側は神使が使っている。

 武くんが右手側を確認すると、砂埃が舞う中で、早くも鹿目が遊ばれていた。七匹の化け物にレインコートを引っ張り回されて、なす術がない。
 最終的に大きく背中から脱がされる様な形になって、頭からすっぽりと被ってしまう。腕が抜けないので、必死で鹿目はレインコートを背中に戻そうとしているが、その隙に、七匹の化け物に代わる代わる殴られ蹴られ、徐々に姿勢を崩していった。

「あかんやん!!」

 武くんは大声を出すが遅かった。走り出して、もうすぐ赤いカツラの横を抜けそうだ。
 あと数歩で躱せるといった所で、突き上げるような風を感じた。
 服が一杯に風をため込んで、一瞬、身体が宙に浮く。
 前後左右を見失った後に地べたを舐めた。

「ぐっ……いったぁ……」

 口に砂が入ったので唾を吐く。赤い物が混じっていた。
 武くんは、落ちていた包丁を拾うと、地面を這うように数歩進み振るった。無我夢中で振るった包丁は、赤いカツラの能装束を僅かに切った。そこから突然発火する。

「おわ――!!」

 と叫び声を上げて武くんは転がった。
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