第31話 いざ法隆寺

文字数 2,652文字

 化け物とは、化ける者。
 もっぱら奈良に現れた化け物達は、神社仏閣に取り憑いてから擬人化する。
 イメージが足りないのだ。
 物の記憶に頼らなければ、人の姿に化けれない。

 南大門(なんだいもん)の場合は、門の下を潜った修学旅行生達の記憶を辿ったのだろう。蛇を引き連れていたのは、バスガイドさんの特徴を引き継いでいたからか?
 どちらにせよ、知ったこっちゃない。相手にするのが、超面倒臭い。

 あれこれ考えている内に、鹿目征十郎(しかめせいじゅうろう)と、その連れのワンちゃんは、ついに松の並木を抜けてしまう。低い曇天の空模様であるが、辺りが急に開けて目的地が全容を現した。

「はぁぁぁ……。胃が痛い……つ、ついに到着してしまったか……」

「ワン、ワン、ワン!」

 鹿目は、腹を(さす)りながら、化け物の巣となってしまった世界文化遺産を眺める。
 法隆寺の総門である南大門は無い。ラーメン大好きな化け物が、擬人化に使ったからだ。結果、東西に伸びる土壁だけが残っているので、不恰好な見た目になっていた。
 門が無いので、遠くまで筒抜けだ。
 奥に中門があり、そこに阿形吽形(あぎょううんぎょう)がいたはずだが、今は居ない。午前中に、鹿目がぶっ飛ばしたからだろう。
 世界遺産の破壊に加担してしまった事に、鹿目は心を痛めた。弁償請求が来ないように、祈るばかりである。
 
 ギリギリと胃が締め付けられる。
 心配事が多すぎて、体調の急降下に悩まされていると、突如地面が揺れだした。まともに立っていられない。鹿目は、すぐに後方の異常に気が付いた。
 潜り抜けて来た松の林が、砂煙を上げながら動き出している。無数の鳥が、何事かと上空に避難していった。そこら中から、内臓を揺さぶる重低音が(とどろ)き渡り、まるで地球が割れていくようだった。

 異常事態は続く。
 松の木が(つや)を帯びた。急に質感が変わって、黒々とした蛇の皮になる。木の姿勢をとっていた蛇達は、絡み合った身体をほどき、地響きをたてながら、ゆっくりと横たわった。

 またもや地獄の再来かと、鹿目はうんざりしながら絶望と対峙する。砂埃が収まるまで暫くかかったが、巨大な蛇の大群は半円状に鹿目達を取り囲むと、鎌首をもたげてピタリと動かなくなった。

「……ったく、囲むな囲むな。逃げねえよ」
 
 鹿目は愚痴を言う。 
 まるで、睨まれるカエルだ。
 額にびっしり汗を掻く。
 巨大な蛇を見上げていると、大人しく一口で食べられてしまうのが、一番の幸せに思える。人生を早々に諦めて前を向き直すと、少し先の足元がモゾモゾと動いていた。

 南大門があった場所の前に、奇妙な形の石が地面に埋め込まれている。参拝客に、散々と踏まれてボコボコとした楕円形の石は、鯛石(たいいし)と言うそうだ。直径二メートル弱の石は、確かに見ようによっては、魚の形に見えなくはない。法隆寺を水難から守る役目をしているそうだが、鹿目には、そのような予備知識は無かった。
 そこから怪しい雰囲気が漂っている。

「また何か出てくんのか?」

「ワン! ワン! ワン!」

 感じた違和感は正解だった。
 平べったかった石が、隆起(りゅうき)して山のように盛り上がる。鹿目が一歩後ずさると、ぐるんと石が、勢いよく九十度回転した。土を撒き散らして、地中に埋まっていた部分が出てくる。
 かなりの大きさの石の塊が出現した。
 何が始まるのか息を飲んでいると、ゴツゴツとした石の表面に、無数のスジが入っていく。みるみる凹凸(おうとつ)が出来て、何かを形作ったと思ったら、あっという間に魚の石像が出来上がった。
 これは巨大な鯛だ。
 
「随分と遅かったな。犬を連れて散歩でもしていたのか?」

 鯛の後ろから、ニョキとフラッグが生えて、次に女子高生が出てきた。
 南大門だ。
 フラッグには『ビバ法輪寺』と書かれている。更に渋いフラッグをお持ちだと鹿目は思った。

 南大門は、鯛の石像に取り付くと、ヒレの部分に足をかけてよじ登り始めた。右手にフラッグを握りしめているので、たまに、ずり落ちそうになっている。鯛の背びれの辺りが途中で切れていて、運転席のように、人がすっぽりと収まる場所があった。少し時間がかかったが、ようやくそこに(また)がって、南大門は鹿目を見下ろした。

「さて、法隆寺は中門を越えた所で、貴公を待っている。今すぐ向かってくれ」

 と南大門が言うのだが、ここで巧み(たく)に交渉しなくてはいけないと鹿目は考えた。天音大佐は急ぐと言っていた。奈良への到着が、どれ程早くなるかは知れないが、それが最速であったとしても、夜から深夜にかけてだろう。どうにかして、そこまで時間を稼ぐのが、賢い選択だ。

「なあ、南大門さん。法隆寺は俺に用があるのか? 奈良入りした時に、少し絡んだぐらいで、正直、まったく思い当たる節がないんだが?」

「そう聞いておる。さあ、早く向かえ」

「俺は組織の中では、何の決定権も持たない下っ端だ。もし、相談事があるなら、俺の上司がこっちに向かっているから、その人と話をしてくれないかな?」

「貴公でないと駄目だと聞いている。ふん。時間稼ぎなら、法隆寺に直接言ってくれ。拙者は忙しい」

「え? お前忙しいの?」

 言いながら鹿目は、取り付く島もないと諦める。菜月の店で親切にしてやったのに、あんまりだと腹が立った。いやいや、そもそも親切に見返りを求める自分がいけないのか。
 南大門は、不遜に笑った。

「東から物凄い速さで接近する巨大なエネルギーを感じる。恐ろしく殺気立った気配だ。……ふふっ。やる気満々でござるな」

「東から巨大なエネルギーだって?」

 台風のように表現される存在が何かと問い返すと、南大門は目をつぶった。瞑想しているような雰囲気である。

「……空を飛ぶ、金属の塊に乗ってくる……。これは何だ? なるほど、戦闘機という乗り物か。どうやら貴公とは別の神使が来るようだ。拙者が相手をする」

 南大門が口走った言葉は、酷く鹿目を勇気づけるものだった。それは、間違いなく天音大佐の事だ。持てるコネを使いまくって、自衛隊の戦闘機を拝借したのであろう。恐ろしく仕事の出来る上司である。あと一時間もしない内に到着するかも知れない。

「さあ、早く行け神使。貴公には千円を()えてもらった借りがある。それとも、ここで死ぬかね?」

 瞑想から覚めた南大門がそう言うと、今まで鎌首をもたげていた蛇が、鹿目の頭上で一斉に口を開いた。ワンちゃんが吠える。

「わかった、わかった。そう熱くなるなって」

 仕方なく鹿目は、南大門の横をすり抜け法隆寺の敷地に入る。
 寒気がした。
 連れのワンちゃんは、急に大人しくなって鹿目の後をついてきた。
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