第5話 ジュブナイル

文字数 1,395文字


 陰鬱だ。あのおねえちゃんはいつもイジワルをする。公園のブランコを独り占めするんだ。そして僕の友達みんなをいつの間にか取り込んでしまうんだ。おはようのじかんからこんばんわのじかんまでずうっと、楽しそうにブランコに揺られている。それが憎たらしくて堪らないんだ。

 目の前の団地の窓から僕は思った。夕方にはご飯があるから帰らなきゃならないし、ママに叱られてばかりの僕は、あのおねえちゃんが憎かった。リコーダーが上手にふけた。靴飛ばしも一等賞。臆面も無く子どもの輪の中にずかずか入ってくる、おとな。そういう自由が僕も欲しい。僕の友達みんなから見たらいいとこばかりのおねえちゃんのはずなのに、ママは臆病になったり、青空、学校帰りのその公園で、一人淋しそうに口笛を吹く背中に僕は何か得体の知れないおそろしさを感じて、ランドセルが重いのも、塾の時間に遅れるのも忘れて、公園の入り口で立ちつくしてしまったことがあった。

 放課後のチャイム、走って帰って、公園の砂場からブランコのほうを気にしておねえちゃんを待ったことがあった。おねえちゃんは僕が嫌っていることを知っている。だから話しかけてくることなんて考えられなかった。砂の奥のほうは湿っていて、なんかやだな、って思った。

 小一時間、砂の山にトンネルが出来上がるころ、後ろから声をかけられた。
「よっ!陰気少年!」
聞こえていないフリをした。
「機嫌が悪い?好きな女の子にふられた?襟が曲がってるわよ」
世話好きなのが更に小憎たらしかった。しらんぷりした。おねえちゃんは独り言のように、
「お姉ちゃんね、彼氏にふられたの。この公園で待ち合わせしてたのに、もう待っても来ないんだ。ちょうど一ヶ月」
「知らないよ」

 こういう日に限って友達は誰も来ない。おねえちゃんは冗談半分だったのか、だとしても何が可笑しいのかわからなかったけど、笑いながら話してた。犬の散歩も見なかった。

 おねえちゃんはまるでここにいないみたいだった。その時は誰かと遠くで話してる、ちきゅうの裏側にいて声だけが聞こえてくるみたいな感覚だった。
「一ヶ月待ったけど来ないから。やっぱりふられたんだね。新聞は読んだけど、交通事故。大事なことは何も書かれてなかった。おんなって馬鹿で損で、どうしてって気持ちばかり。わかる?」
僕にはその「おんな」っていう言葉がむずかしくて、国語の教科書にはのってないかもしれない言葉、その時初めておねえちゃんに友達に持つような興味を持って話しかけた。
「わからないけど、キスとかはしたの?」
「いっぱいしたよ」
「遊園地には行った?」
「行ってない、けど、いつか三人で行くはずだった。でも最後には一人になっちゃった。」
また意味が分からなかったので黙っていたら、夕方のチャイムが遠く沈みながら聞こえてきた。
「僕、帰らなきゃ」
「そう、淋しいね」
おねえちゃんは後ろに手を組んで鼻唄を交えながら夕焼けの向こうに消えて行った。後姿がすごく似合う、ステキなおねえちゃんだな、って思った。

 その日からおねえちゃんの姿を見なくなった。学校の作文でこれを書いて提出したら先生にしこたま怒られた。おとな、の読む雑誌にちょこっとだけ載った内容とすごく似ていたらしい。すごい。その日から先生が嫌いになった。そしておねえちゃんをちょっとだけ好きになった。ピアノのすごい人らしいから僕もちょっとすごいかもって思った。




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