砂糖と灯

文字数 2,526文字

今夜わたしが食べたものはアイスクリーム。
コンビニやドラッグストアで買える安価なもの。ミントアイス、チョコチップ入りバニラアイス、ココアクッキー、チョコソース。さっぱりとしてすっきりとしていて、しっかりと甘い。わたしはミントアイスが好き。けれど時々苦手な味もある。だから決まったものを買う。これは何より、たっぷりとした量が気に入っている。
食べ切って物足りなかったわたしは、サブレでバニラアイスが挟まれたものを、それからふたつ食べた。
一緒にマンデリントバブルーを飲む。
冷たくなった体内が温められていく。
奏くんは馬づらを気に入ってくれただろうか。
罪悪感のようなものを感じながら、あっという間に食べきってしまった。

何も、正しくできない。
何も、したいことなんてない。

数日前の奏くんとの時間が、わたしに小さな光を灯してくれる。

何度も思い出してみる。
あの日を。あの時を。




祝日。快晴の今日は、きっと何処も人でいっぱいだろう。
和葉が迎えに来てくれる。祝日のランチで集まることにしたグループの子達。仕事が休みの子、子供を預けられる子、預けられない子、大学生の子。子供が預けられない子に合わせて選ばれた、座敷やキッズルームのある人気のカフェ。
珍しく全員揃う。あまり気が進まない。
和葉からもうすぐ着くと連絡がきて家を出た。ちょうど着いた頃。
「久しぶりだね。迎えありがとう」
「久しぶり。大丈夫そ?体調悪くなったら声掛けてね」
和葉には体調のことは話している。後の子達は、連絡があって伝えている子と、その子からなんとなく聞いている子。というような感じ。
散策されないとは思うけれど。
わたしには話したいことが何もない。
白い倉庫のような二階建ての建物。駐車場は広いのに既にほぼ満車だ。店内に入って行く男女。車から降りてきた子供連れの家族。楽しそうに店の前で話している三人組。
「多そうだね。席は予約してくれてて、ゆったりできる座敷みたいだから。美味しいもの食べよう」
和葉はそう言ってわたしを気にしてくれる。

中に入ると、広い座敷に全員揃っていた。
六人と小さな幼児ひとり。
メニューを選び注文を終えるまでに繰り広げられる会話。なかなか注文は通らない。
わたしは単品で明太大葉カルボナーラを選んだ。
八人も集まると、結局二つか三つに分かれて話しをすることになる。近くに座っている子達の相槌を打ちながら、小さくてふっくらとした一歳時を眺めて過ごす。
それぞれが選んだ食べ物がテーブルに並ぶ。
パスタはとても美味しかった。濃厚な生クリームソースに明太子。大葉の風味。生パスタの麺に絡んでとても美味しい。食べることは人を幸福にさせる。わたしは食べている間、来てよかったと感じていた。けれど、食べ終えたわたしに残ったのは、時間だけだった。
止まることのない会話。
何度も時計を見てしまう。
帰りたい。

「ね、古都?顔死んでない?」

はっきりと。その言葉は耳に届いた。苦手と思っていた一人。今はあまり近づきたくなかった。

「ほんと。そういえば体調大丈夫なの?詳しいこと分かんないけど。そのままだと子供とか産めないよね。だって、」

後から続くもう一人の言動。この子は、その次によく思っていなかった。
けれどどちらも、嫌いなわけではなかった。
わたしが変わってしまった。 
他の子達が何か言っている。雰囲気を和らげようと、いろんな言葉が飛び交っている。
わたしは何も言葉にできなかった。
ただ、少し微笑みながら子供を見ていた。テーブルにつかまって一生懸命に歩く小さな生物。あの子にできることはきっとたくさんある。わたしにはできない。そのことを羨ましいと思いながら。

「疲れちゃったね。また二人でゆっくり会おう」和葉は最後そう言って、わたしを家まで送って帰っていった。
夕暮れ。今日を乗り越えた。
頭がぼんやりとしている。湯船に浸かって体を休めよう。心落ち着く音楽をかけて、たっぷりとアイスクリームを食べよう。
わたしの心を安らげる砂糖の誘惑。

冷たくて甘いアイスクリームはわたしを優しく包み込んでくれた。手に力があまり入らない。
冷えていく体と冷えた心。
全て食べ終えるとやってくる絶望感。

何も、思い出したくない。

電話が鳴る。奏くんだ。
横たわった体を起こして、意味もないのに髪を整える。
「今、大丈夫?」
「うん。この前はありがとう」
「うん。馬づら美味かった。コーヒーのことよく分からないけど。美味いのは分かった」
奏くんの声はわたしを安心させる。
「よかった。また買ってくる」
「ママさん、コーヒー好きだったな」
ママさん、パパさん。奏くんと歩くんはそう呼んでいた。懐かしい。
「なんかあった?」
「どうして?」
「声。そんな気がした」
嫌な事があると、奏くんは気づいてくれた。あの頃も。なんかあった?と。それから聞き出してくれるのは歩くん。しっかりと聞いて、優しく励ましてくれた。
「無理、するなよ」
お父さんみたい。パパに似てるとかじゃなくて。奏くんはずっとそうだ。
さりげなく見守って。口数は少なくて。少し不器用で。時々出てくる言葉とかが。
「ありがとう。出かけて、少し疲れてるのかも。でもなんで、わたしなの?ご飯とか電話とか。わたしじゃなくてもいいと思うけど」
気になっていたこと。でも聞かなくてよかったこと。わたしは言葉にしてしまった。
「パパさんに聞いたんだ。古都の調子が悪いこと。気になってた」
胸がぎゅっとして、ひんやりする。
調子を気遣ってくれただけ。
奏くんは優しいから。
「けど、誘ったり電話してるのは、俺がそうしたいから。古都が気になるんだ」
その言葉は真っ直ぐ胸に届いた。
不器用だけど、まだ距離はあるけれど。
わたしも同じ気持ち。
少しずつでいい。
言葉を重ねながら、奏くんのことを知りたい。
そしてまた、隣に並びたい。
「次は、いつ会おうか?」
嬉しくて。
傷口の傷みをわたしは忘れていた。




言葉は恐ろしい。
凶器として突き刺さり、突き刺さったままそこにある。
わたしも誰かに凶器を向けたことがきっとあるだろう。けれど、突き刺してしまわないように、時々わたしは自分を傷つけている。

何が正しいのだろう。




わたしは十年たった今も忘れていない。
あの日の傷みを。哀しみを。

いつまでも、許せないと思う。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み