空合

文字数 1,279文字

深呼吸する。手を合わせる。
今日を迎えられたこと。
深く眠れて目が覚めたこと。
父と母が見守ってくれていること。
大切な友達の存在があること。
彼が側にいてくれること。
大切な人達の今日がいい日であるように。
その全てに感謝をして今日を大切にします。
わたしは朝日に感謝する。そして雨雲に。
どんな空模様もわたしを受け入れてくれる。
生きていいよ、と言ってくれる。




早朝の澄んだ空気。雨上がりの匂い。湿った土。鳥の(さえず)り。わたしは決まった道を歩く。三十分くらい。雨が降っていると諦める。でも小雨くらいなら雨具を着て歩く。
今朝、目が覚めると、降り続いていた雨は上がっていた。今日雨は降らない予報。迷いなく、パジャマからゆったりしたスポーツウェアに着替える。簡単に顔を洗って、コンタクトレンズをつける。髪を一つに束ねて、キャップを深く被って家を出た。
今朝も空気が美味しい。
誰もいない。朝焼けが綺麗。雨上がりの匂い。
いちばん呼吸がきちんと出来ていると感じる時間。わたしの一日の大切な習慣。

玄関扉を開けると、すぐリビングの作りになっている我が家。帰ってくると、ママはいつものようにヨガをしていた。
「おはよう」
正座をしておでこを床につけたままこちらを見ずにそう言った。
「おはよう」
わたしはきちんと顔を洗う為に洗面所に行く。体は軽く、顔を洗うとさらに気持ちのいい状態になった。
ママはヨガを終えてから、顔を洗い終えたわたしにハグをして、さっぱりした頬にキスをする。それから朝食の準備に取り掛かる。パパも起きてきた。机に少しずつ並ぶ皿や、コーヒーカップ、ジャムの瓶とバターケース。パパは新聞紙をとりに行って、ママは簡単に洗い物を済ます。私はその間、食パン三枚が焼けるのを眺めている。いつもの朝。パパはベーコンと目玉焼きに四枚切りの食パン。ママは目玉焼きに六枚切りの食パン、バナナヨーグルト。わたしは六枚切りの食パンだけ。気分が良ければ、ヨーグルトも食べる。
古都(こと)。今日仕事終わってから、大きな郵便局の近くにある、喫茶店のワッフルを食べに行きましょう。近くのスーパーに寄る予定もあるけれど。どうかな?」
わたしは食パンにアップルシナモンジャムを塗りながら頷いた。パパは新聞を読んでいる。テレビでは今日のエンタメニュースが流れている。
何をして過ごそう。
ママと一緒にワッフルが食べれるまで。



手が震え出した頃。
自分で制御できないまでになっていた。
行きつけの内科に行った。
「いい先生がいます。そちらに行きなさい」
知らない病院を勧められた。
駅前のビルの五階にある病院。
薄暗いエレベーター。
明るい音楽の流れている、小さな病院。
「それは、あなたの脳が暴れているのです。意思の問題ではありません。薬を飲みましょう。大丈夫。治りますよ」
逃げてもいいと教えてくれた。
わたしには衣食住が整う家があった。

息のできない場所から解放された。

あれからまだ半年。
わたしは早朝をきちんと過ごすと動けないまま。
一日一日手探りで呼吸する。
良好、普通、不調。
毎日記録をつけていく。



大人になれた気がしていたのに。
わたしは絶望の中で彷徨っている。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み