第24話 窮屈な場所

文字数 2,315文字

 小さい頃から背が高かった一樹はそれだけで、子供たちから距離を置かれた。幼稚園で一番辛いのは「母の日」と「父の日」だった。
「お母さんの絵を描きましょう」と言われても一樹の記憶には全くない。
「一樹くんはおばあちゃんの絵を描こうか」と言われて、それも嫌だった。
 張り出される絵が一人だけ皺の多い顔だった。そしてお母さんへの感謝の手紙をみんなの前で読むのも嫌だった。読まずにずっと立ったままで、先生が慌てて違う子に読んでもらうようにした。自分が規格外だというような疎外感を学校ではいつも感じさせられた。少し茶色い目と髪も目立ってしまう。なるべく目立ちたくなくて、静かにしているとやんちゃな男の子に絡まれてしまう。つくづく学校という場所が苦手だった。
 大人しい子供で固まったりするが、別にそれだからといって気が合うわけでもない。一樹はこの場所と時間が永遠の無駄なような気がしていた。

 小学校高学年になった時に合唱コンクールがあった。ピアノ伴奏はクラスの女子、早川恵(はやかわめぐみ)という子がすることになっていた。みんなで歌っていたのだが、明日、本番という時に体育の時間に伴奏をする恵がバレボールで突き指をした。
 体育館に響き渡る泣き声。ボールを打った子が気まずそうに謝りながら立っている。
 担任が慌てて保健室に連れていくように保健委員だった一樹と女子の委員だったクラスメイトを呼ぶ。
「大丈夫?」と一樹が声をかけても首を横に振るだけだった。
 なんとか保健室まで連れて行く。
 保健の先生が保冷剤を巻き付けると「早退して病院行った方がいいかも。ご家族に連絡するわね」と言って、部屋を出ていった。
 気まずい空気が流れるなか、指を押さえながら「桜木くん…ピアノ…弾けるでしょ」と言われる。
「え?」
「いつも家の近くを通ると聞こえるから…。私よりずっと…上手じゃない」
「…でも」
 するともう一人の保健委員の女子が「え? そうなの。お願い。明日だもん。困るよ」と簡単に言う。
「仕方ないわよ。なんで今、バレーボールさせるかなぁ」と恵が担任の愚痴を言うので、思わず一樹は笑ってしまった。
「え? 桜木くん、笑うんだ」と二人から驚かれる。
 そんなわけで急遽、一樹が伴奏をすることになった。早退した恵から楽譜を受け取った。昼から合唱コンクールの練習とリハの時間だったので、担任に自分がピアノを弾くというと、「へ? 桜木が?」と聞き返された。大抵のクラスメイトが驚いたが、ほかにピアノを習っている子もいたけれど初見で伴奏はできないと言っていた。
 一樹は音楽室のピアノの前に座ると前奏をすっと弾き出す。何回も聞いていたので、初見とはいえ簡単だった。
 するとクラスメイトは驚いて、歌い出しが出なかった。指揮者が慌てて、もう一度やり直すように言う。伴奏譜は簡単だったので、アレンジを少し入れたりしながら弾いた。できるだけ上手く聞こえるように、と思って。
 そして一樹のクラスは優勝した。それ以来ピアノが上手な人だとみんなに噂され、卒業式にはずっとピアノを弾かされていた。ピアノのおかげで少し息ができるような気がした。

 中学になっても相変わらず居場所がなくて、適当に息をしながら暮らしている。
「桜木くん、どうしてコンクールとか受けないの?」と恵に聞かれる。
「コンクール?」
「私…音大目指したいから、たくさん出てるけど、桜木くんみたいに上手な人…いないけど」と言った。
「そうなんだ。ありがとう」
「ありがとう?」
「褒めてくれたから…」
「変な人ね。桜木くんはピアノ続けるつもりないの?」
「まだ何も決まってないよ」
 恵は時々喋りに来たが、特に仲良くするわけでもなさそうだった。ただ共通点があるとすれば、恵も少し息がしずらそうに見えた。

 中二になった時、同級生から告白された。一度も喋ったことのにない相手だった。断るのがかわいそうで、頷いてしまった。それ以来、毎休み時間、その子が一樹を呼び出しにくる。廊下に出るのだが、何を話して良いのか分からない。付き合いはたった一月で終わった。特にデートもすることなく終わったが、その後、一樹が酷い男だと言われて、周りから白い目で見られて、孤立したが、ずっと孤立していた気分だったので、自分の中では大して変わりなかった。
 誰からも話しかけられなくなったが、ある日、恵が朝一で一樹の机まで来て言った。
「桜木くん、ここじゃないんだよ」と恵が言う。
「え? 席間違えてた?」と一樹が聞き返すと、恵は吹き出した。
「そういうボケてるところ…あれだけど…。桜木くんの居場所がここじゃないってこと」
(じゃあ…一体、どこなんだ)と思ったが、口には出さなかった。
 ただ恵がそう言ったことで、なんとなくクラスの雰囲気が変わった。変わったとは言え、一樹はそれでも窮屈さを感じてはいた。中学卒業後に恵に言われた。
「待ってる。いつか、きっとまた会うと思うよ」
 恵は音楽高校に進み、一樹は一般的な進学校に受かった。
 進学校とは言え、自由な校風だったので、いろんな人が多かったので、一樹は少しも浮かなかった。株価研究に没頭している人、漫画にハマっている人、個性豊かな人が多くて、みんな他人のことは気にしない人が多い。一樹は夏休みは海外に行ってピアノの講習会に参加していたけれど、誰もまったくと言って良いほど、気にしていなかった。
 高校で付き合った人もいた。半年くらいで振られた。
「一樹は優しいから、無理」
 その理由が分かるような、分からないような気持ちになる。
 三年生になるとそれぞれ進路を決めることになる。いろんな道があったが、一樹はやはり音楽に進むことにした。

 恵は国立の音大に受かっていた。
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