第16話

文字数 1,207文字

それは長くかかっていた(きり)一瞬(いっしゅん)で晴れるようだった。
突然、僕の目に今までとは違った世界が見えるようになった。






ああ、そうか。
あの人達は、僕に死ねと言ってたんだ。
みんな、僕を死なせたかったんだ。
そしてそれを僕だけ分かってなかったんだ。
それで、僕だけ生きるつもりでいたんだ。
僕一人が生きていいつもりでいたんだ。
誰からも生きていいなんて思われてないのに。
その事が何も分かってなかったんだ。
なんて馬鹿なんだろう。
僕というのは。




僕はどうしようもなく、自分の存在(そんざい)が悲しくなった。
僕は誰からも生きていいと思われていなかった。
僕一人だけが生きたいと思っていた。


もう死のう。


そう思った。
けれど、どうやったら死ねるのか分からなかった。
僕はフラフラになって歩いた。
お腹が空いてたまらなかった。




ふと目の前に幼稚園(ようちえん)が現れた。
その幼稚園の正面側は(へい)(かこ)まれていて中がのぞけないようになっていた。

僕は幼稚園の外の(さく)と住宅の(へい)の間の細い道を見つけて、入り込んだ。
そして、僕は柵越(さくご)しにその幼稚園の中を見て、施設の事を思い出した。
ああ、施設のおばちゃんにもう一度会いたかったな。
頭を()でて欲しかったな。
遊んで欲しかったな。
絵本を読んで欲しかったな。


僕はそこで足元(あしもと)がたよりなくなって倒れた。
地べたに倒れ込んだ僕の頭の中に不意にリリとララが現れた。
2人はアニメ絵の小さなギャングの姿に戻っていた。

「おいおい! しっかりしろよ!」
「おいおい! しっかりしろよ!」

「何事も(あきら)めちゃ終わりだぜ!」
「何事も諦めちゃ終わりだぜ!」

「いつか両親だって殺せるよ!」
「いつか両親だって殺せるよ!」

「心の中で殺してしまうんだよ!」
「心の中で殺してしまうんだよ!」


分かってる。
僕にはできない。
僕には無理だ。
心の中でだって殺せない。
決めたんだ。
自分の方が死ぬよ。
もう痛い思いをするのが(つら)くてたまらないんだ。



ただ。
ただこの世に僕が殺せる人間がいるとしたら。

「馬鹿な事を考えるな!」
「馬鹿な事を考えるな!」

僕はリリとララの言葉を()(はら)うように言った。

「もういいよ。君達は僕がつくりだした(まぼろし)だろう?」

途端にリリとララがピクリとも動かなくなった。
まるで(たましい)が抜けたようだった。
そしてその場にパタリと倒れた。
「リリ」
「ララ」
声をかけても返事が返ってこない。
さっきまで、あんなに元気そうに動きまわっていたのに。

そうしてリリとララの体が砂漠(さばく)の砂のようになって消えていく。
2人は僕一人を残してどこか別の世界へ行ってしまった。
僕はリリとララにも見捨(みす)てられた。
なぜだか笑いがこみ上げてきた。

「うふふふふ……。」

当然だよね。
2人は僕が作った幻だもの。
(つみ)の意識から目を(そむ)けるために作り出した幻だったんだもの。
(いた)みの現実から逃げ出すために作り出した幻だったんだもの。

『楽しい事を考えてね』

おばちゃんにそう言われて僕が作り出した幻だったんだもの。




「……ありがとうね」

僕はかすかに口を動かしてそうつぶやいていた。
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