第13話

文字数 1,511文字

警備員の言うとおり、カマと包丁が買ったものかどうかはちょっと確認すればすぐ分かる事だった。
僕は事務室のイスに座らされた。
そして、ホームセンターの責任者(せきにんしゃ)らしき50過ぎの男性に色々言われた。
「お店の中に置いてあるものは全てお店の売り物であって、私達が外からお金を出して買っているものなんだよ。それを勝手にとられちゃ私達はすごく困るんだよ。分かるね?」
言い方は優しくはあるけれど、しっかりと怒りがにじんでいた。
「人のものをとって人を苦しめちゃいけないって分かるだろう? 自分だって同じように誰かから苦しめられたくないだろう?」
分かっていた。
分かっていた。
施設のおばちゃんにもしっかり教わった事だ。
僕自身が盗みをしたいなんて思った事は今日まで一度だってなかった。

僕は男性の目を見られなかった。
僕はひたすら下を向くばかりだった。

(ぼう)や、名前は? おうちはどこ? お父さんとお母さんの名前でいいから教えてくれないかな?」

僕は下を向いて黙っていた。
父親は「絶対に捕まるなよ!」と言っていた。
過去に一度、僕がヘマをして捕まった事があって、それで父親は(にが)い思いをしているのだ。


過去に捕まった時の記憶(きおく)が僕の頭をよぎる。
何を盗もうとした時だったか忘れたけれど、その時は商品をリュックに入れる瞬間(しゅんかん)を捕まえられた。
そして、同じようにその店の奥の事務室に連れていかれた。
事務所で店長らしき人物に聞かれた。

「誰かに頼まれたのか?」

僕は反射的(はんしゃてき)に父親をかばって答えていた。

「前から欲しかったの」

自分でもなぜだか分からなかった。
あんなひどい父親なのに?
あんなひどい暴力を振るわれ続けてるのにどうして?
血がつながってない事に遠慮(えんりょ)しているから?
あの父親が僕の母親にすでに必要とされていない事を知っているから?
母親に堂々と浮気(うわき)されているかわいそうな人だから?
僕にはなぜだか分からなかった。

しばらくして連絡(れんらく)を受けた父親が僕を引き取りに来た。
その時の父親の表情は不思議とやさしく見えた。
父親はお店の人に向かってひたすら頭を下げていた。

「すみません。散々(さんざん)教えたつもりなんですが、こいつまだ何も分かってなくて! 本当保護者(ほごしゃ)失格ですわ。しっかり言って聞かせますんでどうか今回は大目(おおめ)に見てやってください!!」

父親はひたすら謝り、深々と店の人に頭を下げ続けた。

「もうしません!!」

僕も父親にならって頭を下げた。
お店の人も僕が小さい子どもである事に配慮(はいりょ)してくれたのか。
警察沙汰(けいさつざた)にはせずに()ませてもらえた。

僕はその後、父に手を引かれて店を出て行った。
帰り道、僕は機転(きてん)()かせてしっかりと父親をかばった事を()めてもらえるかと思った。
何故(なぜ)だか分からないけど店の中での父親の姿を見てそう期待してしまった。

けれどすぐに自分の考えが甘かった事を思い知らされた。
家に近づくにつれて父親の表情はみるみる冷たくなっていった。
そして僕は家で父親に散々(なぐ)られた。

「アホかおのれは!!!」
ドガッ!!!
「しょうもないヘマしやがって!!!」
バキッ!!!
「この能無(のうな)しがっ!!!」
ボコッ!!!
「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!!」
バキッ!!!

普段(ふだん)は目立つからという理由で顔にはあまり手を出さないのに、その時は顔が(ゆが)むほど殴られた。
僕は生まれて初めて口から(あわ)()いて倒れた。

それから数日後。
父親はようやく動けるようになった僕に再び盗みを強要(きょうよう)した。

「これからも絶対に俺が命令したって言うなよ!! 捕まったとしても、俺のことを絶対言うなよ!! 自分が欲しかったからやったって言えよ!! とにかく今度ヘマしたら殺すからな!!」

僕は小刻(こきざ)みに(ふる)えながらうなずいた。
そして、より慎重(しんちょう)により狡猾(こうかつ)に盗みを実行する事を覚えた。
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