第4話

文字数 1,496文字

しばらくして。
ガチャリ。
「ただいまぁ」
派手(はで)着飾(きかざ)り、厚化粧(あつげしょう)をした母親が帰ってきた。
右手に細長い紙袋(かみぶくろ)の包みを抱え、左手に買い物袋を提げている。

僕は母親に答えた。
「おかえりなさい!」
父親が振り返らずに返事をした。
「おう」
母親は台所に荷物を下ろし、洗面台(せんめんだい)の方に行った。
ジャアアア……
化粧(けしょう)を落としはじめたようだった。

父親が台所に行って、紙袋を手に取り中身を確認した。
紙袋の中はワインのボトルが入っていた。
「ちっ」
父親はつまらなさそうにボトルを紙袋の中に戻して再びテレビの前に(もど)った。

化粧を落とした母親が台所に戻ってきた。
母親の素顔(すがお)はあまりきれいな感じじゃなかった。
母親が父親に問いかける。

「行ってきた?」
「ああ行ってきたよ」

母親が本当? とでも問いかけるように僕のほうを見る。
僕は急いでうなづく。
父親にそういう風に仕込まれている。

「どうだったの?」
「ダメだった」

母親は(あき)れたように問いかける。

「また? なんで?」
「わかんねえよ」
「なんて言われたの?」
「年齢的に無理だって」
(うそ)でしょ? そこら中におっさん立ってるじゃないの」
「知らねえよ。向こうに言えよ」
「嘘はなしよ? 年がら年中そこら中で工事をやってるのに、人手(ひとで)がいらないはずないでしょうが」
「そう言われたもんは、どうしようもねえだろ」

ふと、母親が床の上に落ちている(やぶ)かれた煙草のカートンの包みに気付く。

「……なんでカートンで買ってるのよ」
「ああ、面接ダメで悪いと思ったから。お前も吸うだろうと思って」
「私が吸うのはメンソールライトよ。ただのライトなんて吸わないわよ。私が言ってるのはそういう事じゃなくて、何でそんな事にお(かね)を使ったのか聞いてるのよ。どこからお金取ったのよ?」
「俺の金だよ」
馬鹿(ばか)言わないで。働いてないのに、どこにそんな金あんのよ!! どこから取ったの!?」

母親の口調(くちょう)がだんだんきつくなる。
対する父親の口調も荒くなった。

「ああいちいちうるせえな!! へそくりしてたんだって!!」
「前みたいに店の売上(うりあげ)に手をつけたんじゃないわよね!?」

父親は言い返さない。
母親は急いで(たな)を探った。
そして、透明(とうめい)のケースを取りだし、中のお金を確認(かくにん)し始めた。

「一枚足りない」

母親の顔がみるみる間に赤くなっていく。
母親の側にいた僕はにらまれ、目から火花(ひばな)が飛び出るほど強く頭を(なぐ)られた。
嘘をつくな、という事らしい。

「本当は面接行ってないんでしょ!? パチンコ行ってたんでしょ!?」

そう言いながら母親はテレビの前で寝転んでいる父親のところまでつかつかと歩いて行って、思いっきり背中を蹴飛(けと)ばした。
父親が痛そうに体をのけぞらせてから、起き上がった。

「いってえな!! 行ってねえよ! ボケ!!」
「ただでさえ苦しくて店をたたむかどうかの瀬戸際(せとぎわ)なのに!!」
「知るかよ!! お前が最初から数え間違いしてたんじゃねえのかよ!!」
「そんなわけあるかっ!! 寝ぼけたこと言うな!! ボケ!!」

僕の目の前で壮絶(そうぜつ)な口ゲンカが始まる。

「面接ぐらい行けや!! 根性(こんじょう)なしが!!」
「ダメだったって言ってるだろうが!!」
「嘘つき倒すな!! ちっとは働けや!!」
「酒飲んで、客に色売って、おねだりするだけのやつが、(えら)そうに言うなや!!」
「お前なあ!! 私をなんやと思ってんや!!」
酒乱(しゅらん)欲深(よくぶか)で汚い女や!!」

途端に手や足が出はじめる。
口ゲンカから(つか)み合い、それからどつき合いへと変わっていく。
お互いにこの世で最も憎い相手と向き合っているかのように、どつき合っている。
そばでおろおろとしている僕に対して母親が言った。

「あんた邪魔(じゃま)!!」

不意にリリとララが頭の中に現れた。
そして、僕を部屋の外へ誘導(ゆうどう)した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み