第10話

文字数 690文字

日が暮れかけていた。
心が焦ってくる。
父親は僕に早く帰って来いと言っていた。
(早く店に入って何かを盗まなくちゃ。)
そうは思うけれど、足がすくんでしまっている。

お店はクリスマス・イブ当日のせいか、人の出入りが(はげ)しかった。
店内には玩具(おもちゃ)コーナーもあるんだろうか。
何人もの子どもがきれいにラッピングされた包みや箱を(かか)えながら出てきた。
そうして、両親と顔を見合わせながら幸せそうに笑っている。


心の焦る僕は駐車場をうろつきながら、一心(いっしん)に願った。
(リリ、ララ早く出てきて。)
僕はさっきから頭の中に出てこないリリとララを待ちわびていた。
そうして、頭の中で早く銃撃戦をやってくれるのを待ち望んでいた。


これまでも僕が父親に頼まれて盗みをやる時、いつも頭の中にリリとララが登場した。
そして、毎回戦場(せんじょう)を変えながら決闘をやった。
例えば、道の途中(とちゅう)で僕に向かって犬が()えてきたのはどちらが悪いか。
「俺が勝ったら犬な!」
「俺が勝ったら飼い主な!」
そんなつまらない事を言い合って玩具のピストルで決着のつかない銃撃戦をやった。

盗みをやる時、僕はいつも2人の決闘を見ていた。
そして、頭の中でリリとララの決闘を見ている間は、自分がこの世界にはいないような気がした。
自分が今やろうとしている事の現実からも目を(そむ)けられた。
店員の目を盗んでお店の商品に手を()ばしている時も。
手に持ったその商品をリュックに詰め()込もうとしている時も。
僕は商品をつかむその手の平の感覚すら(おぼ)えなかった。
だから、僕は今まで盗みを続けることができた。

けれど今日はリリとララが一向(いっこう)に姿を(あらわ)さない。
どうして?
どうして?
心に焦りがつのる。
日が(しず)もうとしている。
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