第5話

文字数 815文字

アパートの外に出た途端、僕の頭の中は荒野(こうや)に変わった。
寒風(さむかぜ)()かれ、土を踏みしめながら、リリとララが壮絶な銃撃戦を始める。
僕は頭の中のリリとララの決闘を見ながら、近くの建物と建物の間を通る細い(みぞ)の所に入っていった。
溝の両脇(りょうわき)には大人では入れないような細い通り道がある。
溝と通り道は奥の方でL字に曲がっていた。

リリとララが僕に向かって言う。
「俺が勝ったら右な!」
「俺が勝ったら左な!」
僕が溝のどちら(がわ)を歩くかをめぐって、リリとララがまた決闘だ。
僕は溝の右側と左側に交互に飛び移りながら、溝沿(みぞぞ)いの細い通り道を歩いた。

普段(ふだんふだん)から僕は外に出て人に会ってはいけない事になっていた。
絶対に公園や路上(ろじょう)では遊ばせてもらえなかった。
そんな事をしたらひどい折檻(せっかん)を受けるのだ。
だから、僕はこうやって人目につかない自分だけの秘密(ひみつ)の場所で一人で遊ぶ。
僕はどちらの入り口からも目につかない場所に姿を隠していた。
溝のふちに座りながら相変わらず、リリとララの決闘を見ている。
溝の中からは変な(にお)いがする。
ふと上を見上げてみた。
両脇の建物の窓から光が注いでいるものの、空は()(くら)だった。

ぼんやりとしたまま長く時間を過ごしすぎたような気がして、アパートに戻ろうと立ちあがった。
細い通り道を急いで進んだ。
出口近くで人影(ひとかげ)がこちらを見ているのが分かった。
見つかっちゃダメダ!!
僕は向きを変えて反対側の出口に向かって走り、逃げるようにしてアパートに戻った。


ドア越しに部屋の様子を探る。
もうケンカはおさまっているようだった。
静かにドアを開ける。
途端に母親が奥からつかつかとやってきた。
そして、待っていたように母親に頭を(たた)かれる。

「なんで外に出るの!?」
「僕が邪魔って……」
「誰も外へ行け、なんて言ってないでしょう!! あんたがうろついて警察に連れていかれでもしたら、こっちが迷惑するのよ!!」
「でも見つからないようにしてた……」

口答えするな、とでもいうように僕はもう一度頭を叩かれた。
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