第15話 2本のナイフ

文字数 4,529文字

「殺せる……殺せるに決まってるでしょっ!」
 メルクは手を震わせながら重い剣を抜くと、王様の首元にそれを持っていく。
 ボクは彼の様子を最高の席で見るため、メルクと入れ替わって玉座に座り、脚を組んだ。
「メルク、早く殺ってよ。ショータイムなんだよね。お客を待たせるなんて、パフォーマー失格だよ?」
 ボクだけじゃない。シュスタもマッドもキュレもグリムも、みんなメルクを囲んでじっと見つめる。メルクを囲むのは、ボクら殺人鬼たちの目だ。
 ボクは目が怖かった。みんなから向けられる、無意識のうちの嫌悪。同情。気持ち悪いと言いたげな視線。好奇。すべてが。
ボク自身がエンターテイナーになったことで『人の目』は怖くなくなったけど、メルクはどうかな? いじめられていたんだ。ボクと同じようにそういった視線を無分別に投げつけられただろう。やっぱり怖い? ボクらの目に囲まれて、びくびくする? 怖いならまた逃げてもいいんだよ? 魔王とか勇者とか、すべてを放棄して。このセカイの地の果てまで逃げ続ければいい。今ならまだ間に合う。最低な人間になるよりは何十倍もマシだ。
心の中でそんな甘言を弄したところで、メルクには聞こえない。ボクは目を細める。さあ、どうする?
「ゆ、勇者……いや、魔王! ここでわしらを殺したところでも、何も変わりはせんぞ!
貴様は何が目的なんだ!!」
王様が叫ぶ。唇を噛むと、メルクは苦しそうに声を上げた。
「……うるさい。あんたたちにはわからないんだ!」
『わからない』って、当たり前だろう? メルクは魔王の力を手に入れたせいで、今さらな私情を持ちこみ、このセカイを壊そうとしてるんだから。私怨を抱いてそれを振り回しているのを見て、理解できるほうが不思議だ。
 耳をかくと、ボクはくすっと笑った。
「自分以外は絶対服従している手下しかいない、くだらないセカイを作り上げるの? 人はひとりで生きていけないことぐらい、殺人鬼で死刑囚だったボクでも知ってるのになぁ」
「と、ともかく! こいつらは死んでもらう!」
 へぇ、そんなに憎たらしいのかねぇ? このセカイすべてが。だったらさ……。
「死んでほしいくらい憎いなら、自分の力でこのくだらないセカイを変えてみればいいじゃん。魔王の力も勇者の力もいらない。むしろそれができたのは、前のメルクだと思うけど?」
「う、うるさい、うるさい!! 僕を混乱させるなっ……僕は……僕は!!」
「ま、王族のみなさんを殺すならどうぞ? 王様、残念だったねぇ~」
「くっ……!!」
 メルクはついに剣を振りかざした。王様の身体と首はこれでバラバラに……。
「くそうっ!!」
 
ガキンッ!!

◇◆◇

剣は王様の首ではなく、床に落ちた。メルクの負けだ。王様を殺せなかったメルクは、がっくりとひざを落とす。
「あらら、やっぱりできなかった。結局口だけだったってことね。人を殺す覚悟もないなんて、魔王失格どころじゃないよ。ボクら殺人鬼以下だ」
 ボクが鼻で笑うと、メルクは落とした剣で床を突き、立ち上がった。
「殺人鬼以下だって? 僕は魔王だ!! 撤回しろ! 」
「できないね。逃げなかったところは評価するけど、今のキミはボクが殺したかったキミじゃない」
「殺す程度のものでもないってこと……?」
 メルクは押し黙ると、謁見室に飾られていた剣を王座にいたボクに向けて放り投げる。
「剣を抜け。たかが殺人鬼に僕は負けない。君は自分が絶対だ、最強だとでも思ってるつもり? それこそセカイが狭い人間のたわごとだ」
「へぇ! じゃあさ、せっかくだし、狭いセカイで生きているボクを最初に殺してみてよ! 王様を殺せなかった代わりに、ボクがメルクの最初の被害者になってあげるからさ!」
「何が最初の被害者だ!」
 メルクは剣を構える。ボクも重い腰をあげると、投げつけられた剣を手にする。だけどこれは使わない。一度手にはしたが、横に投げた。
「兄さん……」
「おっと、シュスタ。それとみんな! ここから先は、メルクとボクの戦いだからね? 言いたいこと、わかる?」
「ちっ、お前は……」
 グリムが眉間にしわを寄せる。ボクとメルクが戦うということは、どちらかが大ケガを負うことを意味する。グリムはそれが嫌なんだろう。
 キュレはただ黙ってシュスタに寄り添っている。ボクが負けるとは微塵も思ってないけど、万が一ケガをしてもキュレがいてくれれば、シュスタは大丈夫だ。
マッドもさすがに今回は空気を読んでいるみたいだな。静かにボクとメルクを観察している。
「いいの? 剣を捨てちゃって」
「あんななまくら必要ない。ボクにはこいつがいるから」
 手にしたのは腰にあったジャックナイフ。メルクが持っている、剣に変わったオニキスのと対になっていたものだ。
「ボクは一度これでキミと対等に戦ってる。それにその剣だって元はボクのなんだよ?」
「今手に持っているのは僕だ。それに僕が手にしたから、このナイフは剣に変わった。勇者の……いや、魔王の証なんだよ!!」
「ふうん。じゃ、さっそく……始めようか!」
 ボクとメルクは互いに武器を向けると、踏み込む。
「うおおおっ!」
 さっきは剣に振り回されていたはずのメルクだけど、今度は動きがきちんと合っている。それだけ魔王としての力が馴染んできたってことなのかな。だからってそう簡単に負けるわけにはいかない。
 大きい剣に対してナイフは圧倒的に不利だけど、そんなことはボクに関係ない。メルクが剣を振るう瞬間に見せる隙をついて、 ボクはナイフを回して逆手で持つと、腰をかがめてメルクに突撃する。下から首へとナイフをスライドしようとしたが、そこはメルクもなんとか防ぐ。剣で弾き返されると、少し間合いを取った。
「はぁ……はぁっ……」
 情けないけど、少し息が切れる。メルクも一緒だ。だが、まだ戦いは終わらせられない。ボクだって、今までの経験がある。魔王の力なんかくだらないものを手に入れただけのメルクなんかに、負けるわけにはいかない。
「今度はこっちから……うおおっ!」
「まっすぐ来たね! じゃあ、こうしてっ!」
 剣の樋の部分をナイフでいなすと、よろけたメルクのサイドに立ち、鎧の横腹を蹴る。メルクはバランスを崩して床にひざをつくが、まだ剣から手を離さない。
 すぐに立ち上がり、ボクに向かって剣を向ける。
キン、キン! と刃が激しくぶつかる音が響く。どうしようか。正直、劣勢になりつつある。メルクとあの剣の相性がよすぎるんだ。次第に謁見室の入口まで追いつめられていく。これはかなりまずい。
「リスタ、覚悟っ!」
「くっ!」
 ナイフで剣の軌道を逸らそうとしたところ、吹っ飛ばされて、首を押さえられる。くそ、丸腰な上に追いつめられるなんて、絶体絶命じゃないか。
「ふ、ふふっ、大ピンチってやつだね」
「な、何笑ってるの? リスタ」
「ああ、ごめんごめん。こんなヤバい場面になるなんて、珍しかったから。ま、これで本当にボクの負けみたいだね。メルク、ボクを殺していいよ」
「えっ……」
 メルクは困惑した表情を浮かべる。何をいまさら血迷う? ボクはさらに続けた。
「ボクに死んでほしかったんでしょ? だったら自分の手で殺せばいいじゃん。魔王なんだからできるはずだよ?」
「それは……」
 メルクはまたおどおどし始める。やっぱりそうなのか。『死ね』なんて言葉に頼ることしかできず、自分の手を汚すことはできない。メルクは弱いままだ。
 こんな弱いメルクに殺されるのは癪だけど……ボクの人生もこれまでなら仕方ない。
 目をつぶって殺されるのを待っていると、首元から冷たい感触が消えて、ガシャン! と大きな音がした。
「うっ……うっ……」
「メルク?」
 メルクはその場にしゃがみ込んで、涙を流していた。
「やっぱり僕にはできないよ! 人を殺すなんて……できないよっ!!」
 メルクの涙が剣に落ちる。
その瞬間、大きな雷がまた鳴り響き、武器についている石が光り出す。今度はオニキスだけじゃない。ボクのムーンストーンもだ。ふたつの石はお互いの光を跳ね返し、メルクの身体を刺す。
「うわあああっ!!!」
「メルク!?」

   ◆◇◆

 あまりのまばゆさに目を背けて少し。光が落ち着くと、ボクは倒れこんだメルクの息を確認する。                            
「……生きてるみたいだね。元の服にも戻ってる。剣もナイフに……なんで?」
 何が起こったのかさっぱりわからないという顔をしていたら、キュレが近寄って来た。
「リスタ、あなたのナイフはもしかしてこれでは?」
「んー?」
 パソコンのキュレのファイルに入っていたのは、ここにあるオニキスとムーンストーンのナイフだった。
「うん、これだよ。だけどなんで?」
「リスタ、あなた自分で奪っておきながら、どんなナイフか知らないの?」
 キュレが呆れた顔をする。そんなこと言ってもな。このナイフは確か、えげつない商売をしていた宝石商を殺したときに手に入れたものだ。詳細については知らない。
 ため息をつくと、キュレはボクらに説明してくれた。
「これは『イセカイに封印されていた』という噂の、『善と悪のナイフ』。ムーンストーンは善、オニキスは悪を象徴していて、心が強い人が持つとナイフを剣に変化させることができる。……ただし、運が悪いと剣に心を乗っ取られてしまうこともあるみたいだけどね」
「これがそんなにすごいものだったってワケ? ボクが使っても、変化はなかったよ?」
 メルクの頬を叩きながらボクがつぶやくと、グリムがぼそっと言った。
「リスタの心が弱いからだろう?」
「否定はしない。つまるところ、メルクは心が強いせいで、剣に身体を乗っ取られちゃったってことか。普通逆のような気もするけど」
 普通だったら精神が弱いほうが身体を乗っ取りやすいと思う。このナイフがそうしなかったのは、ボクみたいな弱いやつが嫌いだからなのかもしれない。
 ボクはメルクの顔を見ながら、ひとりでにやけた。やっぱりここで殺さなくてよかった。悪の力で身体を乗っ取られたメルクなんて、ただの操り人形にすぎない。
 ボクが殺したかったのは、ナイフを剣に進化させることができた、心の強いメルクだから。
「そのナイフがすごいものだとは……。ぜひ研究を!!」
「……うるさい」
 シュスタがマッドの頭をバットの柄で殴る。ともかく、これで一件落着なのかな? 
ボクらは囚われていた王様たちの縄を解くと、最後に少し脅すことにした。
「このセカイの平和はメルクが握ってる。だから、彼の村とそこを治める国には手出ししないこと。戦争もやめてね?」
「わ……わかった」
 王様の返事を聞くと、ボクらは立ち上がった。
「さあ、帰ろうか!」
 ボクはまだ意識を失っているメルクの腕を肩にかける。
「リスタ、俺がメルクを担ごうか?」
 グリムの申し出に、ボクは首を振った。
「ううん、ボクが彼を連れていくよ。最高のお楽しみをボクにくれる、大事なおもちゃだからね!」
 ボクのひとことに、みんなは呆れたように笑う。
 メルクはきっとまた強くなる。少なくてもボクはそう信じてる。そうしたら今度こそ強いメルクを殺してやる。そのときが来るのが楽しみだ――
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