第16話 セカイはコロシであふれてる

文字数 4,401文字

「しかし参ったな……」
 気絶しているメルクを連れて城から村へと戻って来たボクらだったけど、魔王だった彼を倒してしまったせいか、このイセカイは元通り。それはいいとしても……。
「ああっ!! ここから来たはずなのに、もとのセカイとの歪がぁぁっ!!」
 大げさに騒いでいたのはマッド。彼からしてみたらふたつのセカイの歪は、大きな研究材料のひとつだった。それが閉じてしまったんだから一大事だ。
 もちろんボクやシュスタ、キュレも多少なりとも焦った。元のセカイに戻れなくなってしまったからね。
もちろんそれはまずいことなんだけど、ボクやシュスタは向こうのセカイでも行く場所がない。キュレはシュスタとずっと一緒にいるからいいとして。だったら仕方なく、このセカイに身を置くしかないだろう。
 ボクらが渋い顔をしている中、ひとりのんきだったのはグリムだ。
「これは神のお導きかもしれねぇな。人を殺すことしかできない俺らに、新天地で『人を殺すことなく』生活せよと言っているのかもわからねぇ」
 ……は? 神なんて一番信じてないんだけどね、と言いたかったが、グリムはそれで満足みたいなようだし、ボクは文句を言わなかった。
「じゃあ、この村で新たに生活を立てるとして……まず必要なものは?」
「村長に挨拶だろう! 俺が行ってくる」
 何も気づいていないグリムはいい。この際放っておこう。
ボクの質問に、他の3人はただ黙ってうなずいた。

◆◇◆

「ふあ……あれ? ここは……?」
「……ようやく起きた。兄さん」
 シュスタが1階で料理をしていたボクを呼ぶ。ボクは軽くエプロンで手を拭うと、メルクが寝ていた2階のベッドの横へ立った。
「メルク、身体に異常は?」
「ない……けど」
 メルクは黙ったまま毛布をぎゅっと握りしめる。
 一度ごくりと唾を飲みこむと、ボクにすがるような視線を向けた。
「リスタ、僕は……あんなひどい感情を持っていたの?」
「ひどい?」
「その……感情に振り回されて、人に平気で『死ね』なんて言ってしまうなんて……最低だよ」
 記憶はあるのか。ボクは唇に弧を描くと、メルクに言った。
「今はどう思ってるの?」 そういう感情について」
「え……」
「簡単に人なんて変わらないでしょ? メルクがそういう感情を持ち続けるのは仕方がないことだと思うよ。ただ……」
「ただ?」
「メルク、お腹空いたでしょ。3日3晩眠ってたんだから」
 ボクはにっこり笑って話をはぐらかせた。自分で感情をコントロールできるようになればきっと、メルクはもっと強くなれる。魔王になる前のメルクより、ずっとずっと。
 メルクは迷える子羊だ。ただ、導いてくれる羊飼いはいない。自分自身で道を見つけなくてはいけない。迷いに迷ってもとの場所に戻って来た子羊は、きっと食べたら美味だろうな。
 メルクは不思議そうな顔をして、ボクを見つめる。そんなパジャマ姿のメルクを、ボクはダイニングに案内した。まだメルクはふらついているから、転ばないようにゆっくりとだ。
「そう言えば、ここ、どこ? 僕の家じゃないよね」
「実は国と村を守ったからって、村長がボクらに家をプレゼントしてくれたんだ。ちょうど空き家があったみたいだしね」
「でもこんな広い家……本当にいいのかな」
「気にしない、気にしない! それよりもテーブルについてよ」
「シュスタも他のみんなを呼んできて。ご飯にしよう」
 こくんとシュスタがうなずくと、メルクはボクに聞く。
「……ご飯って、リスタが作ったの?」
 メルクが不思議そうな顔をすると、ボクは笑って答えた。
「まあね。こう見えて、料理や家事は得意だから。魚もさばけるよ」
「ふうん……」
 ボクが作ったのは、豚のしょうが焼きだ。といっても、『しょうがらしきもの』を使っているから、厳密には違う料理なのかもしれない。でも、味はボクらのセカイのものと一緒だ。
 イスを引くと、そこへメルクがおどおどしながらも座る。みんなを呼びにいったシュスタが戻ってきて、料理を並べる手伝いをしてくれる。
「ありがと、シュスタ」
「……たまには兄さん孝行しないと」
「思ってもないくせに」
 笑うと、キュレが速足で部屋に入ってくる。
「シュスタ! リスタの手伝いなら私が!!」
「……キュレは忙しかったんでしょ? 私、暇だったから」
「すみません、シュスタ! ひとりにしてしまって……!!」
 キュレはぎゅうっとシュスタを抱きしめる。胸に圧迫されて、息が止まってそうだなと思ったけど、そこを突っ込むのも面倒くさい。ふたりは今日も仲がいい。
「ところでキュレは、外で何をしてたの? シュスタをひとりにするなんて珍しい」
 メルクがきくと、キュレはパソコンをテーブルに置いた。
「マッドが徹夜で私たちのセカイとこのイセカイについて研究しているんです。私はその手伝いといいますか」
「……イセカイと電波をつなごうとしてたんでしょ」
 シュスタが補足説明を入れる。
つまりはこういうことだ。ボクたちがトリップしたあの倉庫と、このセカイはある条件下でつながることがわかった。それが雷と地震。メルクの心の揺れも大きく関係していたはずだが、それは一緒に行動していればわかることだ。
しかし天災や、メルクの気持ちをキーにしてつながるというのは、あまりにも不安定すぎる。そこでマッドとキュレの出番だ。まずはキュレのパソコンとスマホを使い、もとのセカイの電波をキャッチする。それを伝って、ふたつのセカイを行き来できるようにするのが目的だ。まだまだ時間がかかりそうなことではあるけどね。
「はぁ、腹がへった。お! 豚のしょうが焼きか。まさかこのセカイで食えるとは思わなかったな」
「……肉ですか? ワタクシはポクラムで……」
「いや、お前もちゃんと食え! そんなだからひょろメガネなんだろうが」
 村長のところへ行っていたグリムと、外で作業をしていたマッドが帰ってくると、一気に騒がしくなる。
 全員がテーブルにつくと、最後にボクが座った。メルクが座っている場所は、長いテーブルの一番上座。この家の長が座る席。対して僕はその正面だ。
 豚肉のしょうが焼きに、ミルクスープとサラダに果物。女性ふたりには重いかもしれないけど、みんなこれから動き回る。体力はつけなくちゃね。
「さ、いただきますはメルクが言ってよ」
「え? なんでまた僕が?」
「だってさ、なんだかんだ言って、このセカイにはメルクがいないといけないからね」
「よくわからない。リスタは何を言ってるの?」
 ――メルクはこのセカイの柱なんだ。彼がいなければ、ボクにとってこのセカイは価値のないものになる。ボクは楽しいことや面白いこと、そして何よりもゲームが好き。メルクがいれば、きっとこれからも楽しませてくれると確信している。
彼がいなければボクは……きっと新しい『ナイフを剣にすることができる人間』を探すだろうな。その人間たちの目を集めて、今度はコレクションにするんだ。きっと心の強い人間たちだから、瞳も宝石のようにきらきらしていると思う。それを見るのが楽しみで……。ま、身体から取り出してしまえばただの臓器でしかないけどね。
「ともかく! ちゃんと目覚めたことも祝して、今日はメルクに仕切ってもらいたいの」
「わかったよ……それじゃ」
 メルクは一拍置くと、声を上げた。
「いただきます」

◆◇◆

 その挨拶と同時に、ボクらの食事が始まる。マッドは肉を切り刻んでは、いちいち大きさを確認して口に入れるし、女性陣ふたりも上品に食べている。
 だけどグリムは別だ。彼は村長の元で、ドンダーの実を使った電気の設備……簡単にいえば電柱と電線を作り、村を活性化させようという力仕事をしていたから、なおさら空腹だったようだ。
グリムにとっても、このイセカイに来たことはプラスに働いているみたいで、本当に何より。人を殺すことなく、村おこしに携われるんだからね。元から彼だけは自分を殺人鬼だと思ってなかったし、これをきっかけにこの村で宗教ビジネスを始めるのも手だ。
 メルクはというと、じっと料理を見つめたまま、手を付けていない。ボクはにっこり笑いながらたずねた。
「メルク、どうかな? ボクらのセカイではわりと定番な料理なんだけど……」
「うーん、おいしそうなんだけど、やっぱりまだ食欲がなくて。せっかく作ってくれたのに」
「そっか。無理しなくていいよ。また食欲が戻ったら作るからさ」
 他のみんながパクパクと食事をしていく中、メルクはミルクスープだけに口をつける。その様子を見ていたボクは、背中がぞくりとした。
メルクはまた正しい強さを取り戻そうとしているんだ。そう思うと最高に興奮する。スープしか飲まなかったのは、天性の勘なのかな。やっぱりメルクはボクの求めている勇者だ。

「あとかたづけは僕がやるよ」
 食事を終えた後、皿を回収していると、メルクが手を挙げた。
「いいよ、まだ本調子じゃないだろうから」
「いや、僕も何かしたいんだ。平和になったのに、ボーッと過ごしてるだけじゃもったいないしね」
 ボクはメルクをじっと見つめて、ひとつだけ手伝いをしてもらうことにした。
「じゃあ、食べた果物のゴミ、外に捨ててきてくれる?」
「わかった。じゃ、行ってくるね!」
――パタン。ドアが閉まる。
メルク、ボクたちの楽しいゲームは始まったばかりなんだよ? ボクはメルクが帰ってくるのを楽しみに、皿を洗い始める。しばらくして乱暴に扉が開く。メルクが何か叫んでいる。ああ、見つけたんだね。今日の料理の材料を。
「ふふっ……」
「リスタ、笑ってないで答えてよ! 豚のしょうが焼きって、まさか……」
「そうだよ? この豚小屋に住んでいた、豚たちが材料だ。言ったよね? ボク、料理が得意って。魚もさばけるし、豚をしめるのも得意だから」
「さ、さっき出た豚はまさか……!!」
「今さら言わなくてもいいでしょ? 家畜は屠殺するためにいる。違う?」
 メルクに近寄ろうとすると、一歩下がる。だけどボクはメルクを逃がさない。新しいゲームの相手なんだから。
「自分の心の強さを呪うしかないね。ボクは、キミみたいに強い人間を倒すのが目的の雑魚だ」
 震えながらこちらを見るメルクに、ボクは笑顔で言った。
「これからもよろしくね? メルク。いつかその強い心をぐちゃぐちゃにへし折って、『殺してください』って泣きわめくくらいに陥れてあげるから」
 メルクはひきつった笑顔を見せると、ボクに初めて反論した。
「僕だってまだ弱い人間だ。だから今度こそ本当に強い人間になる。リスタに負けたりなんかしないよ」
 ボクの人生の第2ステージはイセカイ。ゲーム相手も見つかった。さあ、ニューゲームを始めよう。
 ボクのいる場所こそが、すべてのセカイ。そうだ、セカイは……。

――セカイはコロシであふれてる――

                                    【完】
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