第2話 お約束のここはどこ?

文字数 4,575文字

「ここは、どこ……?」

 さっきの貸倉庫ではない。空には太陽が輝き、気持ちいい。葉のさらさら揺れる音、川のせせらぎも聞こえる。……なんだ、この天国は。
「……兄さん、私たち、死んだの……?」
 横に寝転がっているシュスタがボクにきく。代わりに答えたのがグリムだった。
「死んでねぇだろ? 俺たちの行く場所は地獄だ。行き先がちげぇ」
「わ、ワタクシも認めませんぞぉっ!!」
 飛び起きたのはマッドだ。ただでさえ長くて鬱陶しい髪なのに、さらに頭をかいてぼさぼさにする。
「天国も地獄もあり得ないっ!! ワタクシが進むのは、リスタ殿と同じ修羅の道ぃっ!」
「頭を打ちつけたのでしょうか。マッドくん、落ち着いてください」
落ち着かないといけないのは、マッドだけじゃない。ボクらもだ。娑婆に出て、早く殺しをしたいだなんて欲求、今は抑えなきゃ。
とりあえずナイフをベルトにしまう。ボクらはあの心が黒く染まってしまった遺族たちに、芋虫のようなものにされそうになっていた。その前に、ボクとシュスタとキュレに武器を返してくれたことはどうやら幸いだったようだ。
ここがどこかはわからないけど、さっきのやつらと出会ったら、これで戦える。いや、違うな~……。しまったばかりのナイフに触れてニヤリとしていると、それに気づいたシュスタがつぶやいた。
「……兄さんも?」
「まあね。シュスタも?」
「うん」
 やっぱりボクらは兄妹だ。さっそく血が見たいと思っている。その証拠に、シュスタも持っていた釘バットを手にして立ち上がった。
ボクに手を差しだすと、無表情だが一瞬笑みを見せた気がする。兄でも彼女の考えが見えないのは、『殺戮人形』と揶揄されているだけある。シュスタは表情をほとんど変えないから。
「シュスタがやる気なら、私もここで寝ている場合じゃありませんね。彼女を守るのは、私です」
 髪を一回解くと、もう一度ポニーテールを作るキュレ。スーツについた草を払うと、鉈を構えた。
「ちょっと待て! 3人とも。ナイフはまだ隠せばいいが、そのバットと鉈はまずい。警察にまた世話になることになるぞ?」
「グリムさんは私たちの『相棒』を置いて行けとおっしゃるのですか?」
「武器は『相棒』じゃねえだろ……」
「そうですよ! ワタクシの場合、『相棒』ではなくて『作品』ですからねっ!」
 キミは『作品』を投げつけてるってことでいいのか? 『芸術は爆発だ!』ってこと? 変なところで名言が頭に浮かぶなんてね。本当にマッドは鬱陶しいくせに興味深い人間だ。
「……手ぶらのお荷物……話さないで。空気が淀む」
 シュスタのひとことで、キュレがスッと動く。鉈はマッドののど元だ。
「そういうことで、黙ってくれますか。マッドくん」
「は、ハイ」
 このままじゃマッドが危ないなぁ。仕方なくふたりの間に入ると、ボクはみんなに言い聞かせる。
「まあまあ、ケンカしないで行こう。協力って、大事だからねぇ~。ここがどこかわからないんだから」
「……兄さんがそういうなら」
「シュスタがそういうなら」
 シュスタとキュレはどうにか大人しくなった。それをグリムがため息をつきながら眺めて、頭を抱える。
「お前ら、一番のワルの言うことだけきくのかよ……」
「リスタ殿~! さすが我が唯一神っ! 一生ついていきますぞ~!」
「あはは、それは遠慮しとくよ」
 くっつこうとするマッドの顔を足で蹴飛ばすと、うーんと背中を伸ばす。ああ、気持ちいいなぁ。さっきは曇っていて日が出ていなかったけど、今はこんなにも自然にあふれた場所にいる。
「ここがどこかはわかんないけど、そのうち人とすれ違うでしょ! そしたら……」
「道を聞けばいいんだな?」
「いや、まずは殺そうか! 『第一村人死亡 』とか」
「……お前が一番落ち着け、リスタ」
「あはは、冗談、冗談」
 唯一まともな グリムとの漫才はこの辺にして、いい加減どこかわからないと困るなぁ。泊まる
場所がないとまずい。今後、どうやって生活していけばいいかとか、様々なことを考えなくちゃ。 落ち着いて考える場所が今は必要だ。さっきの遺族がまた襲ってくるだろうし、自分の身をうまく隠しながらいきていかなきゃいけないんだから。
ボクひとりが生計を立てていくなら『前と同じように』するつもりだ。ただ、今日のところは最低限、泊まるところをどうにかしたい。
 ボクらが出所することを知ったのは当日。とりあえず、保管されていた荷物を持って出ただけ。ボクらには身元引受人がいない。特例だからね。
 だけどこの辺には、ビジネスホテルもなにもない。本当に草原が広がっているだけで、道らしいものもコンクリートで整備すらされてない 。
「最悪、野宿かなぁ~?」
「では、武器を持って行ってもよろしいですね? どんな敵が潜んでいるか、わかりません。私はシュスタを守らなくてはいけないのですから」
 ボクは返事をしなかった。キュレが持っていきたいなら、勝手にすればいい。ボクも勝手にするし、シュスタはすでに振り回しながら歩いていることだし。
「……ところで……あれ、何?」

◆◆◆

 シュスタが釘バットで前を指す。
 ボクたちの目の前には、水色でふよふよしていて、ゼリーのような……。つまるところ某ゲームのスラ……なんとかみたいなモノがいる。モノ? 物? 者? ……わからないけど、仲間になりたそうにこちらを見て……は、いないっぽい。
「グリム~、触ってみてよ~。第一村人だよ~」
「村人か? だけど、手袋が濡れそうだな。かといって素手で触るのは……」
「案外小さい人ですね」
「俺の場合、『手』が特殊なんだからしょうがねぇだろっ!」
「ふぉぉぉぉっ!! こ、この甘い香りに、ぷにぷにの弾力……もしや!」
 キュレにグリムがつっかかっている間に、マッドが勝手に青いヤツをちぎって口に入れた。
「あっはは! 何してんの、マッド!」
「おい! 早くぺっ 、しろ! なんでも口に入れるんじゃないっ!」
「……気持ち悪い」
「研究意欲が彼をあのような行動に移させた……というところでしょうか」
 ボクら4人はマッドを見て、バラバラな意見を口々にする。
 もぐもぐしていたマッドはごくんとそれを飲みこむと、嬉しそうな顔をした。
「やはりっ……! ゼリー!! これはまさにゼリーですぞ! これで食べ物には苦労しなくてす
みそうです!」
「ああ、ゼリーなの。そう。うん、よくわかった」
 マッドが喜ぶのはわかる。捕まる前の彼の主食は、ゼリーとブロック、それとエナジードリンクにインスタントコーヒー。栄養が足りなかったらサプリと、『食事らしくなかった』から。
 でも、捕まったらそんな自由はない。好きなものは食べられなくなる。栄養のバランスが摂れたしっかりした食事が与えられる。それも、『善人』の税金で。
ありがたいことなのに、マッドは泣き叫びながら訴えた。『食事したくない!!』と。『ゼリーにしてほしい』と。……で、困った刑務官がボクにその話を伝えて、結局ボクが食事するようしつけたんだ。
「もう二度と食べられないと思っていたのにっ!」
 青いモノはなんだかわからないうちに、マッドに食べられてしまう。こいつ、しゃべれたのかな。やっぱり『第一村人死亡』になってない?
「……ともかく、食べ物はいいとして、泊まるところだよ。日が傾いてきた」
「リスタの言う通りです。このような場所は、野犬が出るかもしれません。シュスタの安全のために、どこか宿を探さなくては」
 一応、こっちには女のコがふたりいる。それにマッドが危ない。シュスタとキュレは足手まといには絶対ならないけど、むしろ男であっても手ぶらなマッドが、今は絶好のターゲットになる。 マッドは頭はいいが、運動能力0。走ろうとしただけでコケるくらいだから、野犬相手でも多分死ぬ。
グリムはとりあえずデカイし、力もあるからなんとかはなるだろう。ただ、いつも言っているように『殺したくない』とかのたまったら別だけどね。
 そんなとき、どこからか歌が聴こえた。ボクらの使っている言葉じゃない……。何語だろう? 有能秘書として活躍していたキュレを見つめる。彼女は何ヶ国語もの言葉に精通し
ているはずだ。
 でも、キュレも難しそうな顔をしている。若い男の声。一体誰?
 全員で道から少しそれた場所に向かう。そちらから歌声がする。ボクらはそっと武器を手にして、横になっていた少年に振りかざした。ナイフですが、上じゃなくてここです!!
「◇●×っ!?」
「あ、気づいちゃった? ゴメン、ゴメン。本気で殺そうとは思ってなかったんだけど、ちょっと聞きたいことがあってさぁ」
「※☆×●□……」
 茶髪で少し汚れたシャツを着ている少年は、やっぱりどこの国かわからない言葉を話す。
「キュレ、本当に何語かわかんない?」
「マラーティー語でもイディッシュ語でもラトビア語でもありませんね」
「あーキュレがそれじゃボクでもわかんないよ~。ボディーランゲージしかないかな?」
 ボクはとりあえず、ナイフを手にしたまま、眠る真似をした。
「えーと、泊まるとこ……眠る場所、ない?」
「…………」
 今度は腕を交差させ、バッテンを作ると、ナイフで首を切り裂く真似をする。
「教えないと……殺す」
 彼はじっとボクを見ていたが、シュスタの姿を見て指をさす。 そして、興奮したように2、3度唇を震わせたと思ったら……。

「ご……っ!! ごすろりっ! ごすろりっ!!」
「…………は?」

 ◆◆◆

 少し口を開いたシュスタの代わりに鉈を持って前に出たのが、キュレだ。
「あなた、シュスタに手を出したら……」
「なたっ! めがねきゃら!!」
「な、なんなんですか、この少年はっ!」
「はくいめがねおたく!!」
「なーっ!! ワタクシは白衣メガネオタクではありませんっ! むしろアーティストで……」
「こいつ、ちょっと俺たちの言葉がわかるんじゃないか? もう一度話しかけて……」
「タバコオヤジ!」
「……あんまり怒らせねぇでくれるか?」
 グリムも少しいらついたようだが、ボクはこほんと咳払いして、もう一度たずねた。
「キミ、ボクらの言葉、わかる?」
「……うん。カタコトかもしれないけど、わかるよ。僕はメルク。この先の村に住んでるんだ。だけどまさか、この言語を使う日が来るなんて……」
 理解が追いつかないけど、目の前のメルクは感動しているようだ。『この言語』って、今話しているボクたちの言葉? どういうことだろう。さっぱりわからない。
「あのさ、ここっていったいどこなの?」
「ここはイッチベルエ国が統治している村のひとつ、グレネの近く。クロイスプントっていう街道沿いだよ」
「イッチベルエ国……聞いたことがありませんね」
 キュレが首を傾げる。
「……あの土の道が……街道?」
 シュスタも疑問符を頭に浮かべているようだ。
国の名前も知らない。言葉も最初は通じなかった。これってまるで……いや、あり得ないっしょ。監獄では色々な本を読んだけど、これが小説だとしたら荒唐無稽 もいいところだ。
ボクら黙り込んだら、メルクが笑った。
「あ、色々おかしいと思うのも当然だよね! 君たち、『イセカイ』から来たんでしょ? あの本の通りのことが現実になるなんて!」

 イセカイ……いせかい……。

「……『異世界』!?」


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