第5話 自称・アーティストの影

文字数 4,353文字

 しばらくすると、村の人々がぞろぞろと出てくる。風車小屋を壊してしまったのはさすがにまずかったか? とはいえ、あの人数を始末するには、爆発させるしかなかった。しょうがない。
 白いひげをはやしたじいさんが、メルクに話しかけている。やっぱボクらみたいな怪しい人間は、村にいるだけでアウトなのかな。ここは早めに村から出るしかない。
 そうなると、またどこか泊まれる場所を探さないと。もちろん、元のセカイに戻るってことも考えないといけないのかもしれないけど、しばらくはここにいてもいいかなって気がする。もちろんいかれた遺族とのゲームも悪くない。しかし休息も必要だ。 参ったな……と思っていると、メルクがボクの手を取った。
「みんな! これから村長が宴を開いてくれるって!」
「宴? なんで? ボクらはよそ者だし、風車小屋まで破壊したんだよ?」
「リスタ、言ったじゃない。君たちはこのセカイに来た勇者なんだって。大勢の敵を倒しただけでもすごいよ! 村長も、助けてくれてありがとうって感謝してたよ!」
「村長が?」
 ……ってことは、まだこの村にいてもいいってこと? それならありがたい。宴に関しては正直ボクらが祀られるのは間違っている。でも、まぁ開いてくれるなら、参加しないと怪しいと思われる よね。
 村長と呼ばれたじいさんも、ボクに話しかけてくる。ただ、問題なのはこの国の言葉がわからないことだ。代わりにメルクが通訳をしてくれているけど、彼がいなかったらどうしようもなかった。。
 ともかく、今夜の宴を楽しみにしていてほしいってことみたいだ。村中のみんなが準備を始める中、ボクたちは特にやることもなかったので、メルクの家で待っていることにした。

 宴の時間まで、かなり暇だ。マッドは外に出て、何か作業を始めている。グリムはそれを見ながらのんびりしている。シュスタとキュレは、風呂と武器の手入れ。先ほど の戦いで血まみ
れになったからね。

メルクの持っている本を読みながら夕方まで待っていると、昨日、入口でメルクに突っかかっていた少年たちが家を訪ねて来た。
 相変わらずメルクを軽くどついたりして、あまり感じはよくない。そんな彼らは、ボクに気がつくと、ヘラヘラしながら近寄ってくる。言葉はやっぱりわからない。
「メルク、何を言われたの?」
「あ……えっと、彼の家、村で一番大きいんだ。だから、こんな小さな家じゃなくて、『うちに来ないか』って……」
 へぇ。ボクらを呼ぶことで、さらに強い権力を持とうとでも画策してるのかな。くだらない。
「ボクらはこの小さな家が気に入ってるの。豚が住む大きな家畜小屋なんてまっぴらごめんだね……って、伝えてくれる? メルク」
「ちょ、ちょっとそれはさすがに……」
「あはは、だよね。じゃあ、『申し訳ないけど、言葉が通じないところは不安だ』とでも言っておいてよ」
 メルクが少年たちにどう伝えたのかはわからないが、少年たちは出て行った。
「平気だった?」
「何が? 宴の準備ができたってさ。みんなを集めて、広場に行こう」
 メルクはボクに笑顔を見せる。意外にメンタル強いんだ。へらへらしてるだけじゃない。……こいつ、気に入ったかも。
「いつかこの手で殺せたらいいなぁ」
「ん?」
「いや、なんでも~?」
 とぼけると、風呂上りのシュスタとキュレ、外に出ていたマッドとグリムを連れて、広場へと向かった。

「あっちの席に座って」
 メルクに案内されて、一番上座だと思われる場所に座る。目の前には子ヤギの丸焼き。その周りには果物がそのまま置かれている。飾りつけのつもりなんだろう。
 カップにはミルクが注がれている……と思って口にしたら、なんだか舌がしびれて、頭が痛くなる。
「メルク、これってなに?」
「麦芽を発酵させたものと、ヤギの乳を混ぜたものだよ。僕は好きじゃないけど、村長さんとか大人はよく飲んでる。まずかったら、普通のミルクに変えるけど」
 麦芽を発酵……ビールか? ボクはミルクに変えてもらうことにした。シュスタもだ。舌を出している。苦かったんだろうな。キュレとグリムはごくごく飲んでいる。特にキュレはどんどんおかわりを頼んでいる。そうだ、彼女ザルなんだっけ。
マッドは……。あれ? 席にいない。ああ、そうだっけ。彼は……。

 席を立ちあがると、メルクが不思議そうな顔をする。
「ごめん、マッドを探してくる」
「そう? だったら僕も行くよ。リスタ、この辺わからないでしょ?」
「みんなは通訳いなくて平気かな?」
 不安になって見てみたが、グリムは酔っぱらって気分よさげに踊りを見ているし、キュレは村の男性たちを従えて飲みまくっている。シュスタは女の子に囲まれていて、少しどぎまぎしてるけど、同性なら心配ない。。多分、ゴスロリ服がかわいくて珍しいからだろうな。
 みんなそれなりに楽しんでいるみたいだ。
「大丈夫そうだ。行こう、メルク」

◇◆◇

 マッドの行く先は予想ができない。興味をひかれると、自分でも気づかないところまで
行ってしまうから。とりあえず、ドンダーの実をランプに取りつけると、オレンジ色の灯りがつく。
それを持って、先ほどいたメルクの家の裏や村中を回る。だけどいない。ここにいないとしたら、さっきの街道?
 ふたりでこっそりと村を出ると、真っ暗な街道に出る。遠くで狼の鳴き声のようなものが聞こえた。こっちは武器があるから平気だけど、マッドはまずい。
 しばらく歩いていると、小さな灯りが見えた。近寄っていくと、マッドがそこに座っていた。
「なにしてんの? 探したよ」

 マッドの手元には、鉄っぽい板や銅線のようなものがある。それと、メルクの持っていたCDプレイヤーに、腕時計? これはマッドがつけていたものか。
「実は、メルク殿の家の裏にこんなものが落ちていたんです」
「ああ、それ? 使い方がわからなかったんだよね。ドンダーの実に刺せるようなとこもなかったし。マッド、これが何かわかるの?」
「ワタクシの持っているのと同じような腕時計型ウェアラブルデバイスですな。箱に誰かのサインもあったので、ある意味元のセカイではレアもの、お宝でしょう」
「うぇあらぶる……?」
 首を傾げるメルク。ボクは適当に説明したが、それでもよくわかっていないようだった。そりゃそうだよね。パソコンもこのセカイにはなさそうだし。
 メルクに理解させるのはあきらめて、ボクはマッドの話を聞く。
「これらは最初、壊れた状態だったんです。ドンダーの実とこのセカイのもので急きょ作ったコードでつなげても、起動しなかった。そこで、簡単に修理して使えるようにしました!」
「さすがマッドだね」
「それだけじゃありませんぞ! メルク殿の部屋にあった文献……メモや床、壁に書かれた言葉を入力し、村人の言葉を録音して、解析……それをデータ化し、統計的翻訳を……」
「手短にお願い」
「こほん、要するに、環境構築をして……」
「わかりやすく」
「つまり! 改造して、翻訳機を作ったんです!」
「ふうん」
「それだけですか!?」
 すごいことはすごいんだけど、マッドならそのくらい余裕だなと思ってしまうのは、買いかぶりすぎかな。
「翻訳機ができれば、だいぶ楽にはなるよね。さっそくみんなに渡そう」
「マッド、この辺は夜、狼や魔物が出るから危ないよ。村に帰ろう」
「すみませんが……宴には出られません」
「え? なんで?」
「あー……」
 さっきまでテンションの高かったマッドだけど、今は小さくなっている。ボクは頭をかいた。メルクは何も知らないんだよね。マッドのこと。
「マッドはさ、なんていうか特殊な家に生まれたんだよ」
 黙っているマッドに変わり、ボクが語り始める。マッドの過去のことを。
 マッドの祖父は、生来のテロリストだった。祖父に育てられたマッドは、真っ暗な隠れ家で、毎日勉強に励んでいた。言語分野から数学、コンピュータ、そして爆弾について。着るものも適当で、それこそ寝食忘れるくらい熱中していたらしい。
 祖父はそのうち組織の命令を受け、自爆テロを行った。そこで初めてマッドは保護された。シャツ1枚で、ガリガリに痩せ、髪の毛だけ長く伸びた姿で。
当然勉強しかしてこなかったマッドは、児童福祉施設でも適応できなかった。まず、普通の『食事』を見たことがなく、驚いた。ゼリーやブロックなどで生活してきたのに、いきなり口にするものを変えろと言われ、無理に食べたのはいいが、食べなくてはいけないというストレスで吐いたと聞いている。
「だからポクラムなんて食べてたんだ」
「そういうこと」
保護されてからは、ずっと傍観者だ。施設で遊ぶ子どもたちの輪に入らずに、ひとりでいた。そんな幼少期を過ごした彼は、人間の気持ちはわからないが、幸せそうな人間を見るとぶち壊してやりたいと強く思うようになったようだ。
 そしてマッドは犯罪に手を染めていく。最初は近所の公園。次は自分が通っていた中学校。手製の爆弾を設置したのは、自分だけのことで悩んでばかりの、幸福な思春期の少年少女が許せなかったから。
マッドに迷いはなかった。将来大きな事件を起こし、名を残すために死することが目的だと祖父から教え込まれていたせいだ。
「マッドは犯罪者なの?」
 メルクの問いに、ボクは言葉を詰まらせた。犯罪者だけど、このセカイでは勇者なんだ。わざわざ株を下げることを言わなくてもいい。
 問いかけを無視して、マッドに声をかける。
「マッドはみんなが楽しむ姿を見たくないんでしょ?」
「ええ、その場を壊したくなる」
「だったら、マッドはメルクの家で休んでなよ。ボクが誤魔化しておく」
「……申し訳ない、リスタ殿」
 なんとかマッドを立ち上がらせると、ボクらは村に戻った。

                                ◇◆◇
「……兄さん、どこ行ってたの」
 女の子に囲まれていたシュスタが、うんざりした顔でたずねる。
「マッドがさ、翻訳機を作ってくれたんだ」
 ボクは宴に出ていたみんなに、マッド手製の翻訳機を渡す。
「すごいな、あいつは。こんなものまで作れるのか」
「さすが優秀なテロリストですね」
「『アーティスト』って呼んであげてよ」
 そう言いながら、腕時計型翻訳機のスイッチをオンにする。これで本当に翻訳できるのか?
「※△×◆○?」
 声を拾うと、ロボットのような声が聞こえる。
『勇者様! お帰りでしたか!』
「本当に翻訳してくれているみたいだな」
 グリムが目を見開く。みんなも驚いた顔をしている。
村長はボクの両手をむんずとつかむと、頭を下げた。

「勇者であるあなた方にお願いだ! 今日、村を救ってくれたように、ここ一帯を統治するイッチベルエ国を守ってほしいんです!」

 そのお願いに、ボクらは……。
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