第14話 魔王登場!

文字数 4,383文字

「……ん、ここは……」
シュスタが目をこする。キュレとマッドはメガネをかけ直す。その中でボクは飛び起きた。
「イセカイだ!」
「にしても、薄気味悪ぃな。メルクが勇者になってから、ずっと空が暗い」
 頭を押さえていたグリムが見上げる。
 ここはボクらがメルクと会った場所だ。あのときは川のせせらぎや鳥の鳴き声が聞こえた。だが今はそんな美しくのどかな風景はなく、ただ枯れた木や草花があるだけ。このセカイがメルクの心とリンクしているのなら、それだけすさんでいるということなのか。
「とりあえず、メルクと別れた城まで行ってみよう」
ボクらは立ち上がると、敵地敵陣地 だった街のほうに目をやる。黒煙が見えるのが気になる。
やっぱり彼は弱いままなのか。だとしたらボクが引導を渡してやらなくてはいけない。『死ね』なんて負け犬の言葉を投げつけて、責任を放棄するようならね。
 
街に着いても様子がおかしいのは変わりがない。広場に出ても人影が見えない。みんな家に閉じこもっているのか、家の窓は雨戸が閉められ中の様子は不明だし、火災が起きているところもあるのに、誰も消火しようともしない。まるで集中爆撃を受けたように、街はボロボロになっていた。
「メルク殿が勇者になったのなら、このセカイは平和になると思ったのですが……平和とは程遠い光景ですぞ!」
「彼は勇者で居続けることができなかったんだ。その器がなかったんだよ。残念だけど」
「兄さん、メルクはどうなってると思う?」
シュスタが質問を投げかける。ボクはあごに手を当ててむぅ……と考えた。
「死んではいないと思う。このセカイがまだあるんだから。ただ、どうなってるかまでは……」
「メルクくんと戦う気なんでしょう? 彼が勇者じゃなくなったとしたら?」
「心を悪に乗っ取られて、魔王にでもなってたりして」
 キュレも聞いてくるが、ボクは笑えないジョークで返した。別にメルクが魔王になっていてもいいんだ。彼を倒す。それが目的なんだから。
 このセカイに思い入れも特にない。だから、メルクに滅ぼされようがボクには関係ない。ここで変にセカイを救って、また『勇者様』なんて持ち上げられる気だってさらさらない。  
メルクが強くなっているなら楽しみが増えると思ったけど、どうやらそれはなくなってしまったらしい。これはとんだ思い違い 。ボクはきちんと彼を殺さなきゃいけないみたいだ――

◆◇◆

 焦げ臭い街中を歩いて少し。城の前まで行くが兵士らしき人間は見当たらない。そういえば、街に入る前も門番に会わなかったな。
 やっぱりおかしい……。ちょうどそんなことを思っていたとき、耳元で声がした。
「ピギーッ!! 不審者発見っ!!」
「なっ!?」
ボクらが振り向くと、鎧を着た大きなコウモリみたいなものが飛んできた。
「こいつが敵? みんな!」
 みんなは武器を構える。こんなやつ、初めて見たぞ。ここのセカイは元のイセカイとは違う。ポクラムのような謎の生物はいたけど、しゃべったりする動物は初めてだ。それでも、こんな奇妙な生き物はいなかったはずだ。
 コウモリが騒ぎ立てるのを抑えようと、ボクらはパタパタと飛んでいるやつを落とそうとするが、うまく避けられる。そのうち騒ぎを聞きつけた仲間がやってきた。
「不審者とはこいつらか!?」
 獣人たちが、ボクらを囲む。まずいな、これは。
「……一旦退却だっ! マッド、煙幕を!」
「わかりましたっ!」
「させねぇぞ!!」
「きゃっ!?」
「シュスタ!」
 釘バットを持ったシュスタが敵に抱えられると、助けようとしたキュレが鉈を振り回そうとする。が、いとも簡単に手首をつかまれて拘束される。
「嘘でしょ、ふたりともっ!」
ボクもナイフを抜くが、相手はそれよりも早くボクのノド元に爪を立てる。普段とは逆だ。こんなことがあるなんて……。この獣人、人間の敵よりはるかに素早いし、力もある。
「リスタ殿!! くっ、あとは爆弾しかない。ここで爆発させるわけには……」
 マッドはごそごそとポケットを探るが、お手上げのようだ。
「お前らは何者なんだ! この街の兵じゃないだろう!」
 無抵抗だったグリムも捕まり、その場に座らせられる。グリムが大声でたずねると、獣人は答えた。
「この街の兵ではないが、もうすでにここは魔王様の支配下だからな! オレたちはここを治める魔王様の部下だ。お前らなんて、やろうと思えばすぐに殺せる」
 ニヤリと笑う獣人の兵士を見て、ボクはイラッとした。
人を殺すのは好きだし、その途中に返り討ちにあって殺されるのはしょうがないと思ってる。だけど、無条件にとらえられて地味に殺されるのだけは嫌だ。殺すのも派手ならば、死ぬのも派手でいたい。
 ボクがやりたいのは『コロシ』というゲーム。そしてゲームであると同時に、これはショーなんだ。
「おーい! 魔王様が捕まえた不審者を連れて来いとよ」
 城の中から出てきたやつらが、ボクらを捕えている獣人 に声をかける。
「わかった。行くぞ、お前ら」
 乱暴に立ち上がらせると、ボクらは謁見室へと向かって歩かされた。
 そして、そこに待っていたのが――

「メルク……」

                                 ◆◇◆


 王座いたのは、黒いマントを羽織ったメルクだ。金の兜にドラゴンの文様の甲冑。そして……オニキスのついた剣。
メルクは脚を組んで、退屈そうに頬杖をついていた。
「へぇ、不審者ってリスタたちだったんだ。てっきり元のセカイに戻ったんだと思った。なんせ、本当の勇者は僕だったんだからね。もう用なしだったのに、のこのこ帰ってきて……」
「おい! お前が勇者になったのなら、このセカイは平和になるんじゃないのか?」
 グリムがきくと、メルクは大きくため息をついた。
「僕が勇者になったから、平和になる? 違うよ。僕は勇者の力とともに魔王の力も手に入れたんだ。もう誰も僕を止めるやつはいない。ふふっ」
はぁ、呆れた。メルクはこんな権力を振りかざすような、くだらないやつだったか? 善良な村人。そのくせにメンタルが強く、簡単なことで病んだりはしない。そういうやつだと思っていたのに、一番チートな力を持って無双してたってことね。
「あ、そうそう。僕の村にいたやつら……あいつらは全員抹殺するつもりなんだ。すでに兵を向かわせているところだよ」
「くだらない。それでメルクは満足なの?」
「みんなは僕をバカにした! だからやり返してやるんだ!! その何が悪いの!?」
 ボクの問いかけにメルクは声を張り上げる。
しばらく無言でにらみあっていたが、メルクはトーンを落として続けた。
「……リスタは知ってるよね。外に出て、あいつらに見つかれば、僕は殴られる。ケガが治る前に、また傷つくんだ。ほら、ここの歯を見てよ。欠けてるでしょ?」
 口を大きく開け、ボクらに歯を見せるメルク。確かに欠けている。メルクは口を閉じると、
薄ら涙を浮かべた。
「本当はいじめられた憎しみを堪えるのに必死だったんだ。何度も何度も相手を殺したいと思っても、そんな勇気もなくて……だからただ、『あいつらなんて死ねばいい』と泣きながら過ごしてた」
「ふうん?」
ボクが腕を組むと、メルクは自分の過去について語り始める。
いじめられて惨めになって村を飛び出し、そこでイセカイのモノに触れた。ここに毎日逃げてくれば、嫌なことは忘れられる。
嫌なものから逃げるのも、勇気がいった。いつか捕まってしまうんじゃないかという不安を常に感じながらも、イセカイの研究に没頭することで、すべてを忘れようと思っていた。
「でも……」
 メルクはとうとう涙をあふれさせ、大声で叫んだ。
「僕はみんなの不満やストレスのはけ口なんかじゃないっ! 僕だってひとりの人間なんだよ!! いつ死んでもいい、殺してもいい人間じゃない。僕もちゃんと意味があって生まれてきた人間なんだ! 死んでもいいのは、僕をいじめていたあの連中だ!!」
 ボクはがっかりした。予想以上にメルクは弱くなっている。
 本当の彼は強い。いじめにも動じず、我が道を進んでいった勇者。それが今の彼は、抱いた憎しみに押しつぶされ、他人の死をひたすら望むひとりの卑怯者。
 いじめられたことに対して怒るのはわかるさ。でも、復讐や報復なんてするのは、そのいじめっこたちと同レベルに落ちるってことだ。
 ボクが殺したかったメルクは、いじめられても毅然とした態度で自分を貫き通す、負けない精神を持った人間だ。あの豚小屋の豚どもと同じになったメルクを殺すなんて、無駄なだけ。
「その涙……悔しくて泣いてるの?」
 たずねると、メルクは手で目のふちについた水滴を拭う。
「悔しくなんてない。だって僕は、あいつらを死なすことができる強さを手に入れたんだから! リスタにも見せてあげるよ。僕が強いってところをね」
 強力な魔王の力を得て、勘違いしたのか。それは本当の強さじゃないよ。ラッキーで手に入れたチート能力なんて、反吐が出る。そんな力がなくても、メルクはもっと純粋な力を持っていたはずなのに。
 メルクはニヤリと笑うと、余裕を見せつけるように脚を組み直した。
「もとからこの国とイッチベルエ国と村は敵同士。僕が敵側についただけだ。ただの弱い村人の僕がね」
「……メルク、変」
 シュスタはバットを持ったまましゃがむ。彼女もメルクには興味がなくなってしまったみたいだ。
「時間の無駄だったようですね。これなら新しく商売を始めて、少しずつ持ち金を増やしていたほうがマシでした」
 キュレも冷たく言うと、メガネを少し上げた。
「ワタクシはもとから、このセカイを調べに来ただけですので、気になさらないでください!」
「嫌な予感はメルクが魔王になっていたってことだったのか。メルク、考え直せ」
 マッドはともかく、グリムは一応メルクを説き伏せようとする。それでもメルクは話を聞こうとしない。
「ははっ! なんとでも言えばいい! まずはみんなの目の前で、この国の王様一家を処刑してあげるよ! 僕の勇気を目に焼きつけろ!!」
 メルクが合図をすると、王様たちが連れて来られる。王様とお姫様、お妃様はボロボロの服を着させられ、メルクの前に座らされる。……最高に悪趣味だ。
「本気?」
「本気に決まってる。みんなだってどうせ、僕が弱いってバカにしてたんでしょ? だったら目の前で人を殺してあげるよ!」
「ふうん。目の前で、ね。もちろんメルクが『自分で殺す』んだよねぇ? そのご立派な剣で。まさか魔力なんかを使って、手を汚さず殺すわけじゃないでしょ? 自分が血まみれになる覚悟、あるんだよね?」
「……え?」
 ボクは目の前にいる魔王様をあえて挑発する。

「この王様たちを処刑するなら、自分の手で殺してみてよ。できるんでしょ? 冷酷無比、残酷で最強の魔王様だったらさ」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み