第13話 元のセカイへ

文字数 4,701文字

「なんだ、これは!」
 グリムが辺りを見渡す。他のみんなも動揺している。ボクもだ。圧力が加わり、建物が揺れ、城の床が抜け、崩れ始める。こんな光景、見たことがない。城が、街の風景が、黒い雲が、全部パズルのピースのようにパラパラと剥がれ落ちていく。
「セカイの崩壊……」
 つぶやくシュスタを、キュレが抱きしめる。ボクたちが飲み込まれるのは、『無』だ――


「あいつらはどこだ!!」


 聞き覚えのある声が響く。それに寒い。嫌な予感がしてそっと目をあけると、元の倉庫で横になっていた。
「ボクたち、元の世界に戻って来たのか……」
ということは、声を荒げているのは倉庫に連れてきた遺族? 静かにみんなを起こすが、まだ混乱しているみたいだ。
「ど、どうなっているんですか! 我々はあのセカイにいたはずなのに……。しかし興味深い! どういう理論で異世界にトリップしたのでしょうか!」
 マッドは相変らずだ。人差し指を唇の前に立てると、ようやく黙る。
「……メルクは?」
「それはボクも気になるけど、今は目の前の敵を倒さないとね」
 シュスタの問いに答える暇もなく、ナイフを握る。さっきまで2本使っていたけど、今はムーンストーンがついたナイフ1本だけだ。もう1本は、メルクが……。
 いや、今は彼のことを考えてる場合じゃない。ボクは気を取り直してみんなにたずねる。
「みんな、いける?」
「もちろんです、リスタ」
 キュレとシュスタ、マッドはうなずくが、やっぱり渋ったのがグリムだ。
「相手は遺族だ。俺たちは殺されて当然……」
「やだなぁ、グリム。殺されて当然な人間なんて、いないんだよ?」
 にっこり笑ってグリムの好きなきれいごとで返すと、グリムはボクをにらんだ。
「……嫌ならグリムは戦わなくてもいいよ。うっかり殺されたらいい。さ、行くよ!」
 グリム以外の全員が、男たちに向かって行く。いきなり背後から飛び出て来たボクらに驚いた男たちは、一斉に銃で打ち始める。
「今度はワタクシも参戦できますぞ!」
 最初に襲われたときは手ぶらだったマッドが煙幕を投げつけると、キュレとシュスタが煙を切るように敵を攻撃。
「クソ! あの爆弾魔に誰が武器を渡した!」
「そんなこと気にしてる場合じゃないよ~?」
ボクも近くにいた男の喉元を切り裂くと、襲いかかってきた敵を軽くいなして蹴飛ばす。そいつはグリムの前に飛んで行った。
「すまない。銃は破壊させてもらう」
 グリムは手袋を外し、銃を壊す。それを見ていた相手は、床に尻をつけたまま後ずさり、倉庫の出口から逃げて行った。
「……ふう、これで一通り蹴散らしたかなぁ? マッドもお荷物にならなくてよかった」
「リスタ殿っ! それはありませんよ!」
 騒ぐマッドを尻目に煙をパタパタと追い出すと、ボクらはやっと一息ついた。
「まったく元のセカイに戻ったのはいいが、また襲われるとはな」
 グリムがタバコを吸おうとすると、マッドがそれを止めた。
「ここは火気厳禁ですぞ!」
「ああ、すまない……」
 タバコをしまうグリムをちらりと見てから、キュレはひとつ提案した。
「元のセカイに戻ったなら、私たちは出所したばかりの犯罪者です。とりあえず一度、このあとどうするか考えないと」
「でもメルクが気になる。彼は……」

『リスタなんて、死ねばいいのにっ!!』

◇◆◇

「死ねばいい、か……」
 ボクがつぶやくと、キュレは冷たく言い放った。
「リスタ。アレは違うセカイの人間です。もう関係はありませんし、もしかしたら全員で同じ夢を見ていただけかもしれません。考える必要はないのでは?」
「メルクを『アレ』扱いなんて、ずいぶん冷たいね」
「……あのセカイがあまりにもあり得なかった。それだけです。二度と関わることもない。私は考えるだけ無駄だと言っているだけ。リスタも目を覚ましたらどう?」
 無駄……そうなのかな。あのセカイで起きたできごとは、すべて『なかったこと』なのか? 全員で同じ夢を見てたなんて信じられないし、武器を持っていなかったマッドが煙幕や爆弾を持っていることを考えれば、実際に『あったこと』だ。
「メルクはあのまま勇者であり続けられるのかな? ボクはそう思わない」
「考えたいのなら勝手に考えるといいわ。ともかく、ここで解散ね」
 キュレが仕切ると、他のみんなもやれやれと言った感じで口を開く。
「そうだな。俺は自分の家に戻る。行く場所がないやつは俺と来てもいい」
 グリムの家は教会だからか。どんな罪を犯しても、神が助けてくれる。でも、グリムと一緒に行く人間はいないみたいだ。神に救ってもらおうなんて、みんなハナから思ってない。
「ワタクシは自分のラボに行ってみます。まだあるかどうかわかりませんが……」
「リスタはどうするんですか?」
「そうだね……とりあえず原点回帰ってとこかな。シュスタはボクと来る?」
 妹は首を振ってキュレの腕を取った。
「……私はキュレと行く。兄さんはひとりのほうがいいんでしょ」
「あはっ、やっぱりボクのことをよくわかってるね。じゃ、みんな! 解散ってことで」
 倉庫から出ると、バラバラに走っていく。外は雨。傘なんてない。それでもボクらは、今もあるかわからない自分の帰る場所を、探しに行くしかなかった。

 繁華街の中の小さなビル。そこの地下1階。ボクの居場所は残っていた。警察が貼ったであろう『立ち入り禁止』のテープをはがすと、ドア横の看板の裏に隠していたキーで店のドアを開ける。
 中は真っ暗。クモの巣まであるが、適当に手で取っ払う。ドリンクカウンターには酒が並んでいて、あとは客席。ここはライブハウスだ。ステージに立つと、その下に血がこびりついて黒く変色しているのが確認できる。
 ボクは殺人を行っていたときのことを思い出す。ここで生きた人間をさばいて、最後、目をくりぬく。目玉を取り出したのは、生きている間か、死んでからか……。その答え、メルクに教えてなかったなぁ。
 ほこりっぽいハコの中で、じっと天井を見つめる。ボクはもう、ゲームオーバーだと思いながら、残りの人生をくだらなく消化していた。やりたいことを精一杯やった。だから、太くて短い人生がいつ終わってもいいと思っていた。
 それなのにメルクと出会ってしまった。檻から出て、久しぶりに強い人間に出会えたと思って興奮した。彼を屈服させることができたら、どんなに楽しいだろう。ボクは強い人間を屠ってさらに強くなる。自分の弱さを再確認しながら。メルクと会ったからこそ、もっと生きている喜びを感じたいなんて、ガラにもなく思ったのかもね。
 だからこそボクは、メルクに絶望した。

「メルク、ボクは相手を『殺す』と言うことはあっても、『死ね』とは絶対に言わないんだよ」

 大きくため息をつくと、ほこりのせいでむせる。そのほこりは、ステージライトの光に反射して、きらきらと光る。空中を舞うダストが神々しく見えるなんて、グリムじゃあるまいし。
 あのセカイは壊れてしまった。『死んでよ』と言ったメルクと同じように。ボクらのいた『イセカイ』は、メルクの心の内そのものだったんだろうか。
 メルクと出会ったとき、あのセカイは戦があったとはいえのどかだった。ボクら侵入者のせいで、どんどんセカイは変化していった。そしてボクが――メルクの弱さを彼自身に突きつけたんだ。
 メルクは弱いまま消滅してしまったのか? そんなのボクが許さない。メルクを強い人間だと認めたから、殺してやりたいと思ったのに。再びあのセカイに戻れるなら。メルクに会えるのなら……。
「よし、やっぱりもう一度、あの倉庫へ行ってみよう」
 またあそこに戻るなんてボクはバカだ。バカだけど……もしあのセカイがまだ存在していて、メルクの心が壊れてなければ、ボクは本当に彼を勇者として称賛しよう。そして強い彼をめちゃくちゃにしてやる。
 だけど、メルクが壊れていたならば――

                                 ◇◆◇

 さっきいた倉庫に戻ると、なぜか解散したはずの全員が集合していた。
「お前が一番遅かったとはな」
「グリム?」
「祈っていたら、なんだか嫌な予感がしてな」
 さすが神の子と言ったところか。マッドはというと、自分の研究用カバンを持ってきている。
「ワタクシはこことイセカイの調査に参りました! やはり気になりましてね! この謎を解かずして、平穏な暮らしになど戻れません!」
 マッドに平穏な暮らしなんて、元からないはずだけどね。どうせまた、爆発物を作って楽しむだけだ。それでも研究熱心なのは変わらずか。
「シュスタとキュレは?」
「私は反対したのですが、シュスタが……」
「兄さん、戦争するつもりでしょ? その見学」
「ぶっ、せ、戦争って……! ボクはただ、メルクに会いたいなぁ~って思っただけだよ?」
「……メルクと戦うところ、私も見たい」
 ボクの妹だから、もしかしたら感覚が似ているのかもしれない。ボクのメルクへの思いがわかってるのかも。
ただ、イセカイに戻るためには大きな問題が存在している。
「全員そろったのはいいかもしれませんが、どうやってまたあのセカイに戻るのですか?」
 キュレが的を射た質問を投げかける。ボクらはこの場所からイセカイに飛んだ。だから『ここ』っていうヒントしかなかったんだ。
「ともかく、この倉庫内をもう少し調べてみましょう! 何かあるかもしれませんっ!」
 マッドが持ってきたコンパスやらダウジングロッドなどを手にする。こんなもので調べられるかは別として……。
「ここは何の倉庫なの?」
「湾岸A-4015倉庫。大手アニメショップが使用しているようですね」
 キュレはさっそく手に入れてきたパソコンで調べる。キュレのすごいところは、収監されていたときでさえ、秘書だったときに手に入れたデータをすべて管理していたことだ。商社勤めだったときに重要なデータを盗んでおき、自分の持っている情報を使って他の情報屋と売り買いしている。きっと新しくここの倉庫のデータもゲットしたんだろう。シュスタのためにね。
「アニメショップ? ああ、もしかして、メルクが拾ってたDVDとかCD、小説や電子機器って……」
「倉庫内のリストにいくつかありました。多分ここが、イセカイとこのセカイを結ぶ場所……私はそんなもの信じたくありませんが」
 パソコンをパタンとキュレが閉じると、マッドが暴走を始める。
「だったらどこかに歪があるはずです! ふたつのセカイをつなぐ穴のようなものが!」
 穴……。そんなものが本当にあるのかな。ボクらが最初イセカイに転移したときは、確か雷が鳴って地響きがした。もしかして……。
「マッド、その『穴』はある条件によって開くんじゃない? キュレ、この地域に落雷の可能性はまだある?」
 もう一度パソコンを開け、カタカタと動かすと、キュレは気象庁の天気予報のページを見せた。
「ええ、まだ雷が落ちる可能性は十分にあります。それと……」
 急に不安感をあおる音の警報が鳴り出す。キュレのスマホだ。やっぱり。
「落雷と地震。このふたつが同時に起きたとき、イセカイにトリップできるはずっ!」
 ボクが言いきると、ちょうど地鳴りがし始めた。空も大荒れ。ゴロゴロと鳴っていた雷が、また近づいてくる。落雷と地震は恐怖の表れだ。心が揺れるから、セカイも揺れる。
 そしてガクンと倉庫の床が抜ける。無限に落ちていく感覚……これはきっと正解。

 メルク、強いままでいてね。そしたらボクの楽しみが増える。
 だけど弱くなって、『死ね』なんて言葉に頼る気だったら……ボクがちゃんと『殺す』って約束するよ――

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