第3話 セカイを超えた変人

文字数 4,214文字

「……異世界!?」

 ボクらは唖然とする。
 ここはボクらが元いたセカイじゃないの? でも、理解できないのはこの目の前の彼だ。
「メルクって言ったっけ? なんでボクらがイセカイから来たってわかったの?」
「ゴスロリなんてこのセカイにはいないし、君たち、僕が読んでいたイセカイからの本の主人公たちと同じ姿だったから」
「『イセカイからの本』?」
「それも見せてあげるよ! 君たち、泊まる場所がないんだよね? よかったら僕の家に来てよ。色々話を聞かせてほしいからさ」
 メルクは嬉しそうに、ボクたちの先頭を歩く。武器を持っているというのに、怯える様子もない。むしろ、嬉しそうだ。
「イセカイって言ってもなぁ……」
 グリムがあごをさすりながらつぶやく。それと正反対に興奮しているのがマッドだ。
「大変興味深いっ! 『イセカイ』なんてものがこの世にあったとはっ! ワタクシはメルク殿について行きますよっ!」
 ボクたちの意見を聞く前だというのに、マッドは行く気満々だ。
「兄さん、どうする?」
 シュスタとキュレがボクを見るが、ここにいてもしょうがない。泊まるところも、行く場所もない。だったら選択肢はひとつしかないでしょ。
「行こう。ここがイセカイだろうがなんだろうが、関係ないよ。とりあえずボクらに必要なのは泊まる場所だしね」
「お前さんは本当に現実的というか、なんというか……」
 グリムはまたタバコをくわえると、火をつける。
 現実的なわけじゃない。確かにいきなり『ここがイセカイだ』と言われたことはびっくりしたけど……それってそんなに問題なのかな。どうでもいいじゃん。娑婆だということは変わりない。
 メルクのうしろをマッドが楽しそうに歩く。そのあとを、ボクらも追うことにした。

「ここがグレネの村だよ」
 村の入口には、よくわからない文字 で書かれた看板のようなものがあった。『グレネ村』とでも書かれているんだろう。
 グレネは大きな風車が2つあるだけの村だ。小さな建物 は、全部木造1階建て。それが10軒くらい並んでいる。穏やかで、地味な場所だけど、都会では見ることのできないものが多い。
井戸とか……家畜小屋、とかね。
「メルク!」
「あっ……」
 メルクを見つけて駆け寄ってきたのは、かなりガタイのいい少年たちだ。手には斧。多分、
薪割りをしていたんだろう。ボクらが手に持ってたなら、人殺しにでも行く のかなと思われそうな
ところだけど、この村にそんな殺人鬼がいるとは思えないからね。
そんな彼らを見て、メルクは少し顔を歪めた。
少年たちはメルクに激しく何か言っている。メルクは小声で二、三言返す。すると軽く胸を突き飛ばして、去って行った。
「どうしたの? もしかして、ボクらみたいな人間を連れてきたことでいちゃもんでも……」
「うん、それもあるんだけど、あいつらは元から僕に突っかかってくるところがあったっていうか。あ、でも気にしないで!」
 村ぐるみのいじめにでもあってるのかな。メルクは笑顔で優しそうなやつだけど、ちょっと変わっているみたいだから。
 メルクの気持ちはよくわかるよ……。きっとボクだけじゃない。シュスタもマッドも。キュレはわからないけど、グリムは特にだ。
 彼はボクらとは違う。生まれながらにして選ばれてしまった人間だから。
「ここが僕の家だよ」
 連れていかれたのは、村の奥。中心的な広場からずっと離れた場所。メルクの家も、他の家と同じく木造1階建て。でも、もっと小さくて狭い家だった。
「俺にはちょっとちいせぇな」
 部屋の中の梁に頭を打ち付けるグリム。身長が190近くあればそれも仕方ない。それに 部屋の中には大量の本や雑誌、他にもCDがたくさんある。

 その本はすべてライトノベルで、雑誌はアニメ誌。CDはいわゆる『萌えCD』というやつか。それらと ともにあらゆるところにメモ書きが貼られている。
「ともかく座ってよ。飲み物を用意するよ」
 いそいそと準備をするメルクだが、カップが足りないようで、ボウルにもミルクを注いでいる。それに、座るイスもひとつしかない。仕方なくボクらは、床に直に座った。
「どうぞ」
 シュスタとキュレはカップ、ボクら男たちはボウルを受けとると、メルクはさっそく重ねた本のタワーの中ほどから一冊、取り出す。その途端、タワーは崩壊したが、メルクは気にしなかった。それほど興奮しているみたいだ。
「これっ! これが君たちみたいな人間が、イセカイから来るって内容の本っ!」
「『アウト・クレイジー~異世界からの勇者~』?」
 ページをめくると、メルクの言う通り、高校生の男と、ゴスロリ美少女、メガネ美女と博士、戦士系のおっさんが出てくる。
「ずいぶん絵が多い本だな」
「……そういうものだよ 」
 頭をかきながら読んでいるグリムに、シュスタが言う。
「この本や、色々 なものが、君たちがさっきまでいた場所によく落ちてきていて……僕はそ
れを全部 かき集めて、研究したんだよ。言葉とかイセカイのこととかね」
 家の中を見回すと、メモ書き以外にも、柱ら床に直に文字が書かれている。よっぽど研究したんだな。それも、常人以上に。ここまでしていたら、明らかに変人の類だ。
「あのCDはどうやって聞いたのですか?」
 キュレがたずねると、メルクは部屋の奥から驚くべきものを取り出した。
「これも一緒に見つけたんだよ」
CDプレイヤー? 結構年代物だな。イラストが描かれているところを見ると、これもボクらのセカイから落ちて来たものなんだろう。
「でも、ここには電池や電気はありませんぞ! どうやって動かしたのですか!?」
「僕も色々考えたんだけど、『ドンダーの実』を使えば、これを動かすことができるって発見したんだ!」
 メルクが手にしたのは、オレンジのような果物。これをどうやってプレイヤーに使うんだ? 様子を見ていると、コンセントの部分をドンダーの実に刺した。
 すると……。
「『お兄ちゃんは本当に私がいないとダメなんだから!』」
「おおっ! さ、再生されたっ! ど、どうなっているのですか!?」
 マッドがメガネを高速でくいくいしながらメルクに近寄る。メルクは食いついてきたマッドに、丁寧に教える。
「ドンダーの実は、このセカイでは重要なもので……これを使うことで動く道具もあるんだよ」
「ほほう……つまるところ、これは電池と同じというわけですなっ! 面白い、ひっじょーに面白いッ!」
「……兄さん、どう思う?」
「うーん、やっぱりイセカイなんだろうね。ま、どうやらあの遺族たちは運よくここには来ていないみたいだから、命は救われたみたいだけど」
 ……みたいだけど、つまらない。
「新しいゲームがスタートしたと思ったのに、残念だな」
「お前さん、芋虫になりたかったのか?」
「なるわけないでしょ。笑わせないでよ」
 拳銃相手だろうがなんだろうが、ボクは勝つ予定だった。そうじゃなきゃ、面白くないから。
「君たちと話が通じるってことは、僕はこの書物や声が入ったものの言語を、きちんと理解できてるってことだよね?」
「そういうことになるかな」
「わぁっ! やったあっ! ここまで研究した甲斐があったよ! 夕飯を食べながら、教えてくれないかな? 君たちの世界のこと」
 メルクはさっそくキッチンに立つ。殺されそうになったことに気づいていないのかな、彼。
 ボクらは、メルクが差し出した『アウト・クレイジー』に目を通す。
「現実的ではないんだけどね~……」
 ボクらがこのセカイに来てしまった理由はわからないけど、この小説では『勇者一行』として召喚されたとある。勇者一行(笑)。ボクらが勇者だったら、元のセカイの一般人は、神以上の存在だろうね。
 各々本を読んでいるうちに、夕食の準備ができたようだ。
「ミルクスープだよ。口に合うかはわからないけど……」
「すまねぇな、メルクとやら」
「ううん。それよりみんなの名前は?」
 おっと、そうか。そういえばまだ名乗っていなかった。ボクはボウルを床に置くと、自分とみんなを紹介した。
「ボクはリスタだよ。『ゴスロリ』が妹のシュスタ。『メガネ』がキュレで、『はくいめがねおたく』がマッド」
「で、ですからワタクシはオタクではっ!」
「このほうがわかりやすいでしょ? 最後に『タバコオヤジ』のグリムね」
「みんなよろしく! ……ところでマッドは何を食べてるの?」
「先ほど見つけた青いヤツですよ! 村に着くまで非常食になると思いましてね。拾ってきたんです」
「『ポクラム』のこと?」
「ほう! このゼリーは『ポクラム』というのですか!」
「……初めて見た。ポクラムを食べる人……。『食べる』なんて発想、なかったから」
「なかなか美味ですぞ!」
 メルクは目を点にしている。ボクらは慣れていたから、食事を続けていた。マッドがおかしいのは、最初からだ。彼がどうかしているのは、生まれも育ちもそうなるような環境だったから。
「ところでメルク。キミにはほかに家族はいないの?」
 メルクとボクは同じくらいの年齢に見える。人によってはひとり暮らししている場合もあるけど、こんな小さな村でひとり暮らしというのもあまり考えられない。だって、何もないところだ。大きな街ならありえるかもしれないけど、こんなしょぼ……いや、素朴な村じゃね。
「母さんは僕を生んだ時に亡くなったんだ。父さんとじいちゃんは今起きている戦で死んだ」
「戦ですか? この村は平和そうに見えましたが」
 キュレが不思議そうにたずねると、メルクは悲しそうに笑った。
「この辺りを統治しているイッチベルエ国の兵隊が足りなくてね。村から何人か男を出すように言われたんだ。それでね……」
「ふうん」
「だから、君たちがこのセカイに来たんだっ!」
「……は?」
 戦が起こって、親を亡くしたっていう話はわかる。ボクらのセカイだって、そういうことはある。だけど、ボクらがこのセカイに来たこととどう関係があるの?
 ぽかんとしていると、メルクが空いたボウルを回収する。普段は和食……特に薄味のものが好きで、洋食はあまり口にしたがらない のシュスタも、今日は珍しく完食している。
「ともかく聞かせてよ! 君たちのセカイのことを」
メルクが目を輝かせてたずねる。困ったな……。ボクらにボクらのセカイのことを聞く?みんなも黙る。ボクが答えられるのはこれくらいだ。

「ボクらのセカイはコロシであふれていたよ」
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