第12話 無意識の言葉

文字数 4,180文字

 雷は城に落ちたらしい。地面が揺れ、頭が割れそうなほど耳をつんざく音がした。
「うおおおおっ……」
 その音に頭を抱えていたのはボクらと城の人々。その中で、ただひとりだけ剣を掲げ、仁王立ちしていたやつがいる。
そうだ――メルクだ。
 メルクの身体は輝かしいオーラをまとっていた。あれが……メルクの本当の力。『勇者の力』だ。
「ふふふっ……あははっ!! 最高だよ、メルク!! やっぱりキミはボクの予想していた通りの……いや、予想以上の人間だった!」
「え……? 何を言ってるの、リスタ」
 笑いながらフラフラと立ち向かっていくボクを見て、メルクは訝しむ。
「メルクがこのセカイの勇者……。強い人間だとは思っていたけど、勇者に選ばれるほどだとは……ねっ!」
 言い切ると同時に、ボクはナイフを取り出し、踏み込んだ。メルクの懐に入ると、額を狙う。だが、メルクは剣でナイフを弾いた。ただの村人だった少年が、剣を使いこなせるわけがないのに……。メルクはボクからの攻撃を避けきれたことに自分でも驚き、目を何度もパチパチとさせた。
「ずいぶんと剣をうまく使いこなせるね? なんで? やっぱり勇者に選ばれるほどの強い人間だから?」
「リスタは勘違いしてる! 僕が強いって、なんでそう思うの!? 君だって知ってるじゃない! 僕が村の人から邪険に扱われてたことを!」
 ボクは自分の頬にナイフをぴたぴたと当てながら、思い出す。確かにメルクは邪険に扱われていた。けれどもボクは、そのあとの彼の行動にぞくりとしたんだ。
「キミは彼らを殺したいと憎むこともなく、うまく怒りを受け流していた。それってなかなかできないことだよ? 少なくてもボクには真似できない。だから……そんな強いキミを殺してみたいと思ったんだ」
 人は誰かを強く憎しむことができる。怒りに身を任せるのは容易なことだ。だけど、それで何になる? どこかに愚痴って怒りが収まる? それとも、怒りの原因になった人間を社会的に抹殺して、暮らしていけなくなるようにまで追いつめる?
そういったことは、実際やろうと思えば簡単なことなんだ。自分が責任を全て負うならばね。ボクは実際にそういう手を取った。憎いやつや、社会的に抹殺したいやつは積極的に殺していった。最後には目をくりぬいて、家族に送りつけるというプレゼントもつけてね。
でも、言った通りこれには『責任』がともなうんだ。ボクは人を殺した。そのせいで死刑囚になったし、出所できても遺族に命を狙われた。それは当然のこと。ボクはそのことから逃げようとは思わない。
だからこそ思うんだ。メルクみたいに怒りをまっすぐ受け止めないで、その感情をうまく逃がすことができる人間こそが、精神的に健康な人間……この社会をうまく生きていける強い人間の姿なんだって。

◇◆◇

「ボクはキミが心底うらやましいよ。キミは真っ当に生きてきた人間なんだから」
歪みなく、まるで忍び刀みたいなまっすぐな人格。殺傷能力は低くても、生き延びることに特化している。歪んでしまったボクにはもう手に入れられないもの。だから……。
「キミを殺して、ボクはもっと強くなる!」
 一歩うしろに下がり、もう一回メルクに向かって駆ける。まっすぐな彼にぶつかるなんて真似はできない。ボクはボクなりの戦い方がある。斜め右へ走ると、壁を思いっきり蹴り、
メルクの上に飛び乗ろうとする。兜を脱がせば頭にナイフを突き立てることだって……!
「やめてよ、リスタ! 僕は強くなんかないっ! 僕はただ……ただ逃げていただけなんだ!」
 メルクは頭を抱えると、その場にしゃがみ込んだ。まずい。剣の位置がそこにあると、刺さってしまう。
「ちっ」
 身体を捻ると回転させて、地面に着地する。腕から落ちたから、ビリビリと痛みが響く。
「兄さん!」
 シュスタがこちらへ来ようとしたのを、ボクは手で止めた。いくら妹でも許せない。強敵を殺すチャンスができたのに、邪魔するようなことはさせない。
 メルクは震えながら、ボクに問いかけた。
「リスタ……なんで僕が強いと思うの。勇者に選ばれたのは、きっと単なる偶然だよ。村にいたくなくて毎日逃げていた僕が勇者なわけがない……」
「メルク、だからキミは強くなったんだよ」
「え……?」
メルクはよくわからないといった表情だ。彼は自分がなんで強くなったのか、気づいていない。
ボクは助け船を出すことにした。自分の実力も理解しない相手を殺すのは、もったいないから。
「メルクは村から出て、毎日何をしてた?」
「何って……イセカイの研究だよ。イセカイのことを考えていれば、僕は友達や仲間なんかいらなかった。自分の世界に閉じこもっていたんだ。こんな臆病者のどこが強いと思う?」
「逆だよ。なんで弱いと思うのさ」
 メルクが首を傾げると、兜もずれる。それを直しながらも半泣きになった顔をボクに向ける。
「このセカイで、ボクらのセカイの言葉が分かったのはキミだけだ。今はマッドの翻訳機があるけど……メルクはこのセカイの唯一の存在だったんだよ。このセカイでオンリーワンの存在。それがキミだ。そこまで自分を鍛えたのもメルク、キミ自身なんだよ」
「僕が唯一の存在? そんなの嘘だ。僕がイセカイの研究をしていたとき、みんなに何を言われていたか……リスタたちにはわからないでしょ?」
 メルクは兜をかぶり直すと、うつむいた。
 ちらりとマッドやグリム、キュレとシュスタを見る。
彼らはボクと同じだ。ボクらは弱い人間。だから殺人を犯した。
マッドは自分を信じていたから、祖父と同じ道をたどった。それは考えを放棄したから。
グリムは人を殺したくなかった。それなのに自分の『手』を使ったのは、どんなにきれいごとを言ってもやっぱり殺意があったから。
キュレはシュスタに忠誠を誓っていた。きっと何か信じる寄りどころが欲しかったから。
シュスタに関してはボクにも責任があるけど……母や兄に対する憎しみとともに、自分が相手を殺さないと、生きていけなかったから。
ボクらは確かに弱い。それでも『弱いことを自覚する』ことはできている。それがボクらの……ボクの持っているリスタの剣に比べたら貧弱で、折れてしまいそうなナイフみたいな『強さ』だ。
「メルクこそ認めるべきだ。自分の強さをさ」
「だから、強くなんてないっ! 僕はただ、怖かったんだ。人の目が……みんなの視線が……」

                                    ◇◆◇

ボクと同じ? そんなの認めない。メルクは強い。少なくてもボクはそう確信しているんだから。
「覚悟してよね、メルク。ボクは本気で行くよ」
 メルクはごくりと唾を飲み込む。当然剣なんて構えていない。あくまでもボクを説得するためにまっすぐ視線を送るだけだ。
「リスタ、君が僕を殺したところで、何の意味もないよ? 勇者なんて言われても、僕は勇者なんかじゃない。ただの小さい村の子どもだ」
「ふうん……まだ認めないんだ。自分の強さを。ま、気持ちはなんとなくわかるよ」
「よかった、じゃあもう戦いはやめに……」
「するわけないでしょ! ボクは何度でもキミを殺すために立ち上がるっ!」
 そうだ。ボクは人を憎んだり、うらやんだりすることでしか前に進めないんだ。
メルク、キミに恨みはない。ただひとつあるとするならば……。
「メルク、ボクはキミがうらやましいんだ。だからこそ殺したくなる!!」
「や……嫌だっ!!」
 ガシャンッ! ガシャンッ!!
 ……我ながら、こんなナイフ1本でよく剣と戦えているなと思う。まだ勇者として自信がついていないから? ボクの運動神経が少しばかりメルクより上回っているのが運のつきといったところか。
「メルク、キミはもしかして気づいてるの? だから自分の強さを受け入れたくないの?」
「な、何のこと!?」
 逆手にナイフを持ちかえて、剣の隙間からメルクの肌を傷つけようとするが、メルクの意思ではなく剣が自分で動いて、それを阻む。
 メルク自身が気づくまで、ボクは待ってなくちゃいけないの? そんな悠長なことはできない。
メルクには悪いけど、キミと対称的なボクが答えを出してあげる。
「メルクは怖いんだ。強さを自覚することで、一緒に『弱さ』も自覚してしまうことを」
「よわ……さ……?」
 メルクの力が一瞬弱まった。その隙をついてさらにナイフを差し込むが、それでも剣が邪魔をする。くそっ、お前はもともとボクのナイフだっただろ? なんで今になってメルクに
服従するんだ! そんな苛立ちを隠して、ボクはメルクに言って聞かせる。
「キミはひとりで何か成し遂げる力がある、強い人間だ! でも、周りに助けを求める強さは持ち合わせていない。そこが……キミの弱いところだ!」
「そんなこと、言われなくてもわかってるよ!」
メルクの剣さばきが速くなる。メルクの強さと剣の強さが比例してるんだ。ボクの考えが当たっているのならば、メルクは……。
「メルク」
 一旦ナイフを止め、ボクは彼をじっと見つめる。もう一度言う。ボクの強さは、『弱さを自覚すること』だ。メルクの中にはそんなひん曲がった強さではなく、純粋な人としての力が存在している。
 それなのに、彼がその強さを自分で認めないのは……。
「キミが自分の強さを認められない理由は……『自分の強さを認めることができない弱さ』があるからだ」
 心が強くなるということは、いいことも多いが悪いこともある。傲慢になったり、人をないがしろにしてしまったり、小バカにしたり……。
 『自分がなりたくない人間』になってしまうこともある。それを制御し、自分を律することが必要になるが、メルクにはその力があるか、自分でも不安なんだ。
「だから、自分の強さを認めたくない。違う?」
「う……うるさい……うるさい、うるさいっ!! 全部リスタのせいだ!! 今まで戦争はあっても、僕は自分のペースを崩さずに生きてきた! それなのに……君が来てから、
全部めちゃくちゃだ!! 僕だって、こんな感情に気づくことなく生きていきたかったのに……」
「メルク、ボクと戦ってよ。自分の弱さを受け入れて、強いキミになって」

「嫌だ、いやだ……リスタなんて……リスタなんて、『死ねばいいのに』っ!!」

 メルクはまた目を閉じ、地面にしゃがみ込む。
その瞬間、セカイは壊れ始めた――
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