第6話 条件はマンハント

文字数 4,102文字

「そうだなぁ。国を守るんなら、条件があるよ」
「条件……ですか?」
「狩り、させてくれない? ふたりもしたいよね?」
 ボクが同意を求めると、意味が分かったみたいでシュスタとキュレはうなずいた。グリムだけはじろりとボクをにらむ。
「狩りですか?」
 突然のお願いに一瞬村長は驚いたが、すぐ笑顔に戻る。
「構いませんよ。ここは山も近いし、野生の動物がたくさんいます。少しくらいなら……」
「や・く・そ・く! ふふっ♪ 国を守ったら狩り。よろしくね!」
 村長の手を取ると、ボクはにんまりと笑った。

 宴もたけなわ。村長がシメの挨拶をすると、人々は片付けに入る。ボクらもメルクの家へ戻ると、家にはマッドがいた。
「マッド、これ、残り物だけど今夜の食事……」
「大丈夫です。ワタクシにはポクラムがありますので」
「あ、そうだったね」
 メルクは差し出したお皿を引っ込め、テーブルに置く。
「でもみんな、狩りがしたいなんて……変わってるってわけじゃないけど、変な条件出したね。普通、お礼だったらお金とか家とか家畜を欲しがると思うんだけど」
 不思議そうな顔をするメルク。確かにボクたちが普通だったらそういうものを欲しがったかもしれないね。だけど、ボクらは普通じゃない。大体、イセカイから来た身だから、ここのセカイのお金なんて持っていたところでしょうがない。家だって……落ち着くところは欲しいけど、ここに居つくとは限らない。家畜なんてもらっても迷惑なだけだ。
「何のことですかな?」
「ああ! マッド。実は……」
 簡単に説明すると、先ほどまで元気がなかったマッドが目を輝かせた。
「ぜひやりますともっ! 国を殲滅し、さらに狩りとはっ!」
「いやぁ、国は殲滅させないけど」
「ともかく! 爆弾は必要ですね! この間の大砲から火薬を取り出して……」
「……そんなに好きなの? 狩り」
 おっと、メルクには知られちゃいけない。ボクらの意味する『狩り』のことをね。
 不愉快だったんだ、ここの村人が。もちろん全員ではない。気分が悪かったのは、メルクを邪険に扱ったやつだ。メルクみたいに真面目で、まっすぐな明るい変人……こんな彼を殺っていいのはボクだけだ。
「……兄さん。今日キュレに群がってたオス豚どもも狩っていいの?」
「もちろん!」
「シュスタ、勘違いしないでください。あれは、あなたに男を近づけさせないためだったんです。シュスタが男を狩るというなら、私も一緒に。心はあなたと共にありますので」
 キュレはシュスタの手を取ると、甲にキスした。
「……当然だよ」
 キュレは相変らずシュスタにべったりだなぁ。なんで妹にここまで心酔しているのかは、ボクにもわからない。ただ言えるのは、無表情でスカートを翻し、バットで男たちを撲殺していくシュスタは、黒い蝶のよう。あまりにも残酷で美しいから、そこに惹かれたのかも。
「俺は反対だぜ。悪趣味な……胸糞悪ぃ。リスタ、俺は殺人鬼じゃねぇんだからな」
「グリム。ここまで来たら、同じ穴の狢だよ」
「ちっ」
 グリムは舌打ちすると、外へ出て行ってしまった。それを見ていたメルクが心配する。
「僕、ちょっと見てくるよ」
「じゃあ一緒に行くよ。グリムを説得しなきゃいけないからね」
 さっそく爆弾製造の準備に取りかかるマッドと、シュスタの髪を櫛でとかすキュレを置いて、ボクらも部屋を出た。

 グリムは家の前で予想通りタバコを吸っていた。部屋の中には、メルクの資料や本がたくさんある。そんな中でタバコに火をつけて、万が一火事になったらまずい。部屋に煙が
こもるのもよくない。女の子たちの服がヤニくさくなるからね。そういうところ、グリムは気を遣っているんだなと思う。
「グリム」
「……リスタ、国を守るためなら 協力するが……お前たちに狩りはさせねぇ」
「もう、頭固いなぁ~」
「固くねぇ! これが普通だ。お前らはおかしい。何も知らない村人たちを襲うなんて……」
「え!? ちょっと待って。リスタ、どういうこと? 村人を襲うって!」
 あ~、グリムのやつ、余計なことを言って。メルクが混乱するじゃん……。仕方なくボクは苦しい言い訳をする。
「村人っていうか、村にいる動物ね」
「そうだな、人間も動物だ」
 煙を吐きながらグリムがつぶやくと、メルクは真っ青になる。言い訳は通用しなかったみたいだ。
「グリム、リスタは何を考えてるの!?」
「何って……狩りのことだよ。ただし、野生動物を狩るんじゃない。こいつらは、村人を狩ろうとしている……マンハントってやつだ」
「……えぇっ!? ど、ど、どういうこと!?」
 はぁ、もうこれは全部説明しなきゃいけないみたいだ。頭をかいて口を開こうとしたところ、グリムがボクの代わりに話してくれた。
「申し訳ないが、こいつらの正体は殺人鬼だ 。……俺も同じ罪に問われた。だが、殺したくて殺したわけじゃない。しかし他の4人は殺人で快楽を得ている。特にリスタはな」
「そういうこと、言わないでよ。メルクが怖がるでしょ」
「ゆ、勇者じゃないの!? あの本に書いてあった通りだったのに……そんな……」
その場にひざをつくメルク。ボクが肩を叩こうとしたら、小さく叫んで避ける。ずいぶんな嫌われようだな。
「殺人鬼って言っても、怖くないよ。ボクら普通に接してたじゃない?」
「怖いよ! だって……国を守ったら、この村でマンハントするつもりなんでしょ!? 僕らを殺す気だ!」
 ただの殺人鬼ってだけなのに、なんでそんなに嫌われるかなぁ……? 今のところメルクを殺す予定はない。殺したいとは思っているけど、彼のメンタルをズタボロにして、絶望させてからじわじわ殺りたいんだ。だからマンハントで殺す相手は、メルクをいじめていたゴミと、そう育てた親たちだけ。メルクにとっても悪いことじゃないと思うんだけどなぁ?
「メルクが心配することは何もないよ?」
「心配だよ! 村の人が殺されるわけでしょ!」
「……キミ、自分をいじめたり仲間外れにしていた人間もかばう気? そういうやつに死んでほしいとは思わないの?」
「死っ……!」
 少し間を置いて、メルクは小さく言った。
「そ、そこまでは思わないよ……」
「なんで? 憎いでしょ? バカにされて悔しくなかったの?」
 顔を伏せても、ボクはわざとらしく屈みこんで、表情を確認する。いいね、苦痛に満ちる顔は。苦しそうにメルクはつぶやく。
「そりゃそうだけど……でも、死んでほしいとまでは思わないよ」
「……変わってるねぇ」
「変わってないよ!」
「いや、結局ボクみたいな殺人鬼とも普通に話できてるじゃない?」
「あ」
 無意識だったんだ。丸2日一緒にいたからね。ボクらはその間、村まで守った。最初はメルクを襲おうとしたけど、メルクはあまり気にしてなかったし……。どこか鈍いのかな?
 じっとメルクを見ていたら、グリムに注意される。
「リスタ、俺たちはよそ者だ。イセカイ……と言われてもいまだに信じられねぇけど、ここの村人たちに罪はないだろう」
「生まれたときから人は罪を背負ってると思うけど?」
 ボクが笑って誤魔化そうとすると、グリムが手袋をした手で頭を叩いた。。
「ふざけるな。お前はここでも無差別に人を殺すつもりか?」
「グリムはわかってないよ」
 元のセカイでも、ボクは無差別に人を殺していない。ちゃんと殺された人間には殺されるだけの理由があった。グリムから見たら、僕は無差別殺人鬼みたいなものなのかもしれないけど。
「……君たちの正体がわかったら、この村にいさせるわけにはいかない。殺人鬼に国を守ってもらってマンハントさせるか、村や国を敵軍に滅ぼされるか……はぁ、どちらにしろ、地獄じゃないか」
「だったら村長さんに言うの? ボクらの正体をさ。『勇者だと思ったら、殺人鬼でした』って。メルクが勇者って言い出したんだよね? そしたら余計に村のみんな……特にあの豚小屋に住んでいるやつとかにいじめられるよ?」
「だけど!」
 メルクは涙目になりながら、ボクに向かって吠える。いじめられるのは嫌だけど……村のみんなは守らなくちゃいけない。ちゃちな正義感ってところか。
ボクはメルクと違う。正義の味方なんてなれないって最初からわかってたんだ。だから徹底的に悪人になってやるって決めた。
そもそも正義とか悪とか……大人になったらそんなものどうだってよくなる。汚れなき正義は灰色に薄汚れる。ボクの生きる世の中で、誰もが振りかざす純粋な正義なんてものはない。誰かの正義は誰かの悪。それだったらボクは、誰からも憎まれる悪になろう。
そうやって育ってきたから、メルクの考え方が甘く見えてしまうんだよね。
「リスタ、この村には世話になったんだ。礼や取引なんかしなくてもいいじゃねぇか。普通に守ってやれば……」
「普通にねぇ~……グリム、やっぱりおっさんにはボクみたいな若者の考えなんてわかんないか」
「おっさんじゃねぇ! ……ま、若者の考えがわからねえってのは確かだけど」
 グリムも立派にボクらと同類だ。本人がそう思いたくない気持ちはわかる。でも、アンタも一緒だ。ボクらは『普通じゃない』んだから。
 『普通じゃない』人間に『普通』なんて言ったって無駄だ。根底にある『普通』ってなんなの? その『普通』は誰が作ったの?
 そんな青臭い質問をグリムにしたってしょうがない。だけど、グリムだってきっと昔は考えていたはずだ。
 ともかくボクは、ただ国や村を守るだけじゃ嫌だ。ボクらが自由に生きるために必要なのが、コロシなんだから。
「もう約束したんだからしょうがないでしょ?」
「そんなっ!」
「はいはい、メルク。悪いけど約束はちゃんと守ってもらうから。でも、約束通り、狩りをさせてくれるなら、国も村も守る。村の嫌なヤツ数人の命と、村中の人々プラス国の人の命。数だけで天秤にかけなくてもどっちを選ぶか決まってるよね」
「うっ……」
「メルクももちろん、手伝ってくれるよね? なんて言ったって、大事な村を守るためなんだから」
 メルクの協力も必要だ。敵が今、どこにいるかわからない。
彼は眉間にしわを寄せたまま、その場にしゃがみ込んで大きなため息をついた。
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