第7話 神の子への皮肉

文字数 4,170文字

 翌朝――
 ボクらはさっそく行動に出ることにした。
 まず、敵陣に入る前に、軽く身体を動かさないといけない。この間はなんとかうまく敵を吹っ飛ばすことができた。でも、出所してからまだ数日。本調子ではない。少しアップする時間が欲しい。
「メルク。あのさ、村の中で強い人を集めて欲しいんだけど」
「何をする気? まさか……殺し!?」
 昨日の話のせいで、メルクの思考はすぐ殺しにつながる。仕方がないことだけど、リアクションが大きすぎる。
 ボクは極めて冷静にお願いした。
「もう少し身体を動かしてから戦いに臨みたいんだ。だから、相手になってくれそうな強い人と修業したい。国と村を守るためだよ」
「そういうことなら……でも、殺したりしないよね?」
「しない、しない!」
 大きな声で笑っても、メルクは疑いの眼差しを向けたままだ。
「……そんなに信用ないの?」
「ない」
「初対面のときは、あんなに人懐っこい感じだったのに~……だけど、アップしないと本領発揮できないよ?」
「う~ん……」
 メルクはあごに手を当てて考えると、何か案が浮かんだようだ。
「じゃあさ! 武器を使わないで戦ってよ」
「え、それじゃ意味ないって」
「だったらさ、こんなのはどうかな?」

◇◆◇

「リスタ、なんですか? これは」
「メルクに聞いてよ」
 太い木の棒に板をつけたものを持ったキュレが、メガネを直しながら不思議そうにそれを見つめる。シュスタも長いバットと同じくらいの棒を持たされている。ボクもだ。短いもの2本、手にしている。
「みんなが武器を持ったら、殺されるかもしれないからね。だから、武器じゃなくてそれを使って」
 大げさだなぁ。ボクらだって、手加減しようと思えばできるのに。……ひとりふたりくらいだったら、『運が悪かった』って殺してたかもしれないけど。
「ま、いいや。ここにいるみんながボクらの相手?」
 目を向けると、そこには村の若い衆が待っていた。
「リスタ様、この間は助けてもらったけど、俺たちだって戦えますから!」
「強いのはわかってるけど、こちらだって今まで村を守って来たんだ」
「修行と言えども、女性ふたりとリスタ様。俺たちに勝てますかね?」
 若者たちを前にしても、ボクらはひるまなかった。 どんなに強そうでガタイのいい青年たちでも、年齢はボクと変わらない。きっと徴兵される前のやつらだろうし、どんなに『戦えるアピール』をしたところで、本当の戦いには慣れていないだろう。
そんな人間、悪いけどボクらにとっては敵でもなんでもない。
「ふあ……おはようございます、みなさん。……って! 何の騒ぎですかな!?」
 眠そうな顔をしたボサボサ頭のマッドが家から出てくる。グリムも一緒だ。
「なんだ? この面子は」
「ボクらの修行相手」
「おお! そうでしたか! ではワタクシも……」
「いや、マッド。お前が修行して何になる。運動音痴は今更どうにもならないし、お前の武器は爆発物だろ。シャレにならん」
 グリムが呆れたように言うと、シュスタもそれに乗る。
「……足手まとい、決定」
「うぐっ!」
 シュスタの言葉はマッドの胸に突き刺さったようだ。小さくうめくと、その場にしゃがんでいじけてしまった。
「マッド、そんなにへこまないでよ。キミにはキミにしかできないことをやってもらわないと」
「ワタクシにやれること……ですか?」
「うん。村長たちから話を聞いて、戦略を考えてよ。敵はどのくらいいるのかとか」
「はいっ!」
 白衣を翻すと、マッドはメルクに村長の家を教えてもらい、さっそく向かって行った。
「さぁ~て、ボクらも始めようか!」
 殺しではないけど、身体を動かすのは好きだ。ボクらは武器……の代わりの木の棒を構える。
「俺たちも手加減はしませんよ! 行くぞっ!」
 突撃してくる青年たち。ボクはそのベルトに足をかけると、ひょいと背中に乗りかかる。落ちる前に棒で頭を軽く殴り、近くの人間の肩に飛び移り、身体を土に押し付ける。
 シュスタはひらりとかわし、キュレの手を足がかりにして、相手の後頭部を勢いつけて殴る。着地すると、柄のほうで後ろの男のみぞおちに一発。
 足場になっていたキュレもシュスタを送り出すと、鉈代わりの武器を使って男たちの首元を傷つけていく。くるくると回転して、周りの男を連続で斬りつける。これが本当の鉈だったら、かなり相手にダメージを食らわせることができるだろう。
 一通り蹴散らすと、なんだかすっきりした感じだ。やっぱり運動するのはいいな。村の青年たちは倒れてたり腹やみぞおち、首などを押さえている。その中のリーダー格はボクらに向かって声をあげた。
「俺たちだって、まだまだやれますよ! さあ、来いっ!!」
 その声と同時に、うずくまっていたみんなも立ち上がる。根性はなかなかあるんだなぁ。意外と熱い人が多いのか、この村は。
さて。こうなったら、本気で相手を再起不能にするまでボコボコにしようかな? この木の棒でそれができるかはわからないけど、自分のことを強いと勘違いしている相手の心をポキッと折るのは楽しそうだ。
 それに、『自分たちは強い』と言っても、敵兵が攻めてきたとき逃げていたやつらだ。本当に強かったら戦っていただろうし、どこの馬の骨ともわからないボクらに相手をさせないはず。
 本当に強い人間が村にいなくなってしまったから、彼らはかわいそうな勘違いしている。『井の中の蛙大海を知らず』とはまさにこのこと。それをわざわざ教えてあげる必要はないし、そんな義理もない。ただ、ボクらに倒される の存在。
「あれ、グリムは?」
 ボクらの戦いを見ていた……というより、本当に殺さないか監視していたメルクが立ち上がる。そう言えば、さっきマッドと家から出てきたけど、そのあと姿を見ていない。
 マッドと一緒に村長のところに行ったのかな。彼は時折暴走することがあるので、心配してついて行った。その可能性も考えられる。
「ねぇ、リスタ。僕、グリムのことをよく知らないんだけど……彼は戦う練習、しなくていいの?」
「……グリムは特別なんだよ。なんと言っても『神の子』って言われてたくらいだから」
「『神の子』?」
「気になる?」
 大きく首を縦に振るメルクだが、グリムの力については見てもらわないと説明がつかないだろう。
「わかった。グリムを探そう。紹介してあげるよ。本当の彼をね」
 そうだ。『神の子』なんて呼ばれて、いつも弱者の味方をしてきれいごとを言うのに、実際は悪魔のような彼の本性を、メルクに見せつけてあげよう。グリムにもわかってもらわないとね。ボクらと彼が、まったく同じ殺人鬼だということを。
 そう考えただけで、ニヤリと笑みがこぼれてしまった。

                                 ◇◆◇

 村長の家に向かう途中、先日壊した風車の跡地。グリムはその横に流れている川のそばで、のんびりと昼寝をしていた。みんなが色々しているというのに、ひとりだけのんきなもんだ。
「はぁ、グリム。気持ちはわかるよ? ボクらが条件にしたマンハントが気に食わないんでしょ?」
「当たり前だろ。人を殺して何が楽しいんだ」
「グリムは全然わかってないよ。別に無害な人間の命を取ろうなんて、思ってないし」
「無害じゃなくても殺しはダメだ」
「そう? 自分は無害な相手を殺したことがあるくせにね~? あはは!」
「くっ……」
 グリムは起き上がると、石を手にしてぐっと握る。怒りをなんとか堪えると、それを川に投げた。
「グリムも、殺人鬼なんだよね? でも、みんなと違って武器を持ってない。マッドみたいに爆弾みたいなものを使うわけでもない。どうやって戦う気?」
「メルクはこの間、兵が村を襲ったときにグリムがどんな方法で倒したか、見てない?」
「よくわからないんだ。グリムが触れただけで敵が倒れたみたいで……」
「それだよ。グリムは素手で触った相手を殺すことができる」
「え!?」
「だから手袋をしてるんだ。そうだよね? グリム」
 ボクがにっこりと笑うと、グリムはすっと手袋を外し、下に咲いていた花に触れる。
すると、みるみるうちに花は枯れてしまった。
「……俺が触れたら確実にこうなる」
 悲しそうに笑うグリムに、メルクは質問をする。
「なんでこんな力を持ってるの? 君たちのセカイって、こんな超能力を持っている人がたくさんいるとか?」
「グリムは『神の子』なんだよ」
「…………」
 黙っているグリムに変わり、ボクは説明を始めた。

 グリムの家は教会で、父親が牧師をしていた。幼い頃のグリムは、当然だけど今みたいにやさぐれたおっさんなんかじゃなかった。かわいらしくて、素直に神を信じる子どもだったらしい。親からも当然のように愛されていた。しかし母親は身体が弱く、グリムが小学校に通うようになった頃から、入院することになった
「……そんな母親の命を奪ったのが、グリムだ」
「え!? どうしてそんなことを?」
「……わからない」
 ようやくグリムが話し始める。手袋をつけ直すと、悲し気に空を仰ぐ。
「ただ、母親を楽にしてあげたいとずっと思っていた。もしかしたらそのせいかもしれない。こんな能力に目覚めたのは」
 初めて自分の手で命を奪ったのは母だった。だけど、グリムの父は幼い息子を見て、こう言った。『お前の手は神の手だ。苦しんでいた母さんを楽にしてあげたんだ』と――
「それから、俺は『神の子』と呼ばれるようになった。母を失って、おかしくなった父が、そう呼び始めたんだ」
 グリムの父は、妻の命を奪った息子を『神に選ばれた子どもだ』と吹聴して回った。人の命を吸い取る手は、神から命を奪う権利をもらった証拠だと思い込んで。
「俺はな、『神の子』なんかじゃねぇんだ。むしろ『死神』と呼ばれるほうがふさわしい」
「そうかな? ボクは『神の子』で間違いないと思うよ?」
 はっきり言いきると、グリムは驚いたように目を見開く。
「神様とかいうくだらない存在は、無慈悲で冷たくて、それなのに笑顔で大勢の人をだまして崇拝される……悪魔や死神よりタチが悪い。まさにきれいごとが好きで、いつだって正しい意見を言ってるようなグリムにぴったりの呼び名だよ」
 グリムはただ黙って、ボクをにらみつける。そのとき――

「おーい! 城から使者が来たぞーっ!!」
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