第1話 陽気な死刑囚たちの愉快な出所!?

文字数 4,247文字

「さぁて、どこからいこうかなぁ?」
「ひいっ! や、やめてくれ……どうか命だけはっ! 娘と妻がいるんだ!」
十字架に張りつけられた中年のおっさんが、ボクに懇願する。
 娘? 妻? そんなの他人じゃん。自分以外の全員は、他人。その他人がどうしたっていうの? ボクには全然関係ないこと。ただボクは今、アンタを殺したい。それだけ。
「君にも家族がいるだろう!? 親御さんは悲しまないのかっ!」
「はぁ、親御さんねぇ~……興味ないかな」
 ぼさぼさな髪をかきながら、ボクは愛用のジャックナイフを両手に1本ずつ持ち、首筋に当てる。
「このジャックナイフ、特注なんだよ。ほら、よく見て? 根元にムーンストーンがついてるの。こっちのナイフはオニキス。お洒落でしょ?」
「そんなことはどうでもいいっ! 君は……なんで人を殺すんだ!」
 おっさんの質問に、ボクはつい目を丸くしてしまった。――その質問をされるのが久しぶりすぎたのと……あまりにもどうでもいいことだったから。
「あははっ! ボクが人を殺す理由? そんなの必要あるの? 殺したいから殺す! それだけだよっ!!」
「ぐぅっ!!」
 交互に持ったナイフで切り裂き、首の左右から盛大に鮮血を吹き出させる。一体いつからこの瞬間がたまらなく好きになったんだろう――

 ボクは数年間殺しをたっぷり楽しんだあと、警察に捕まった。当然だろうね。少しずつボクに繋がるヒントを残しておいたんだから。人を殺すのも最高に楽しいゲームだったけど、警察からうまく逃げる鬼ごっこも面白かった。……にしても逮捕まで3年以上もかかるとは予想外だったけど。まったく、この国の警察は無能だ。
ボクに下された刑は、死刑。ま、それもしょうがない。殺した人数が尋常じゃないから。それに楽しいゲームはいつか終わるんだ。
ゲームオーバーで、生きる続けるのももう終わりだと思っていたある日のことだった。
「リスタ、出所だ」
「は? なんで? ボクが?」
 突然ボクの独房が開かれる。普段だったら手錠や縄をつけられてからなのに……。
「これを見ろ」
 刑務官に見せられた一枚の紙。だらだらと難しい用語は無視して、大事な部分だけ読む。
「……『被害者遺族の強い意向により、既決囚・リスタ・トリックを釈放する。なお、釈放後の身柄については考慮しない』……あれ、法務大臣のサインまであるじゃん。マジで釈放なわけ?」
「そういうことだ。ただし、娑婆に出て殺されても、国や警察などの機関は関知しない」
「へぇ、遺族と裏取引したんだ。そんなにボクを殺したいかねぇ~。死んだ人間は戻って来ないよ~?」
「お前が言うな」
 すっかり顔なじみになってしまった刑務官が、ニヤニヤしているボクにつっこむ。正論だ。
ボクは見えないように下を向いてベロを出す。
「ちなみにお前の仲間も同じように釈放だ。自由の身だぞ」
 自由の身、なんて簡単にいうけど、要するに『遺族が自らの手で殺すために、金を積んで釈放させた』ってことだよな。怖いね、ホント。
だけど、新しいゲームの始まりってことなのかな? 悪いことでもいいようにとらえよう。新しいゲームの目的は、ボクたちを狙って来る遺族を返り討ちにすること。無防備な相手じゃない。きっと武装もしてくるはず。そう考えるとわくわくしてきた。
 持ってきた荷物……といっても、服や日用品くらいだけど、それを受けとるとスポーツバッグに入れる。出所の準備は完了だ。
 刑務所の門の小さなドアが開く。外は曇り。まだ昼間なのに。せっかく娑婆に出たんだ。昼の日差しを浴びたかったけど、今日じゃなくてもいいか。
 ボクは出所する際、何枚かの書類にサインをした。まず、『出所後の生死に国・自治体・警察は関知しない』というもの。最初に説明された通りだ。他には自分が出所したことを世の中にバラさないようにという約束。ボクや仲間の存在は、今日から『無』になったんだ。

「お疲れーっす!」
 送ってくれた刑務官に頭を軽く下げると、そこにはすでに4人の男女並んで立っていた。
「遅いですよ、リスタ。シュスタを待たせ過ぎです」
「ごめんって、キュレ。シュスタもキュレも久しぶりだね。元気だった?」
「……兄さんほどじゃないけど」
 シュスタはボクの父親違いの妹だ。黒いストレートのロングヘアにゴスロリワンピース。捕まる前と同じ格好だ。血を吸った黒。シュスタもさすがボクの妹と言うべきか。きっかけはもちろんあったが、異常殺人鬼として世間では恐れられている。……怖くなんかないんだけどね。それはボクも殺人鬼だからか。シュスタは小柄なくせに、目つきが鋭い。釣り目だからなおさら印象が悪く見える。それさえなければかわいいと思うのは、兄貴だからかな。
 キュレは元・大手商社の秘書だった女性だ。シュスタの殺しの現場を見てから、妹の虜になってしまった……らしい。普通だったら逃げるなりなんなりするはずが、シュスタを守ってくれた変な女。それからは妹とともに、殺しに狂っていった。常人が異常者になっていく様を見るのは、最高に面白い。それが、恐怖や怒りを封印するために心を凍りつかせたせいなのかどうかは、本人しかわからないことだ。
「リスタ殿! お待ちしておりましたぞ!」
「わっ! マッド、抱きつくなって……気持ち悪いよ?」
「はっ! す、すみません! 嬉しさのあまり、つい!」
 このメガネで白衣を着たロンゲは、うちの『科学者』のマッド。趣味は爆弾製造、といえば大抵の人間は察する。こいつは根っからのテロリストだ。もともと祖父が反社会性組織にいて、小さい頃から爆薬や毒物についての知識を叩きこまれたと言っていた。かといって、普通に生活を送るならそんな知識は不要だ。せっかく勉強してきたことが無になってしまったと嘆いていたとき、ボクが起こしてきた事件を知った。どうやらボクは、マッドの中では『未来を示してくれた神』らしい。テロリストの思考なんてわからないし、興味もないが、こいつは勝手に事件を起こした。それが、東都タワー爆破事件だ。マッドのやることはでかかったが、証拠を残しすぎた。それに祖父のことも公安はかぎつけていたから、あっさりと
捕まってしまった。
ボクが『幸い』なんていうのもおかしなことだけど、東都タワー爆発事件での負傷者はほぼ0。だが、よりによって取り調べでこいつは、ボクの名前を連呼していたらしい。それだけ神聖な存在だったらしいけど、嬉しくない。マッドの存在は、東都タワーの事件前から手紙で知っていた。熱心にボクへの手紙を送ってきていたから。男からのファンレターなんて適当に流していたけど、いつか使えるかもしれないと思って返事を書いていた。そしたらまさかあんな大それたことをするとはな。しかも一緒に出所することになるとは予想外。こいつもボクの殺した人間の遺族から見たら同族なのか。
「しかし、どうしてこのメンバーの中でグリムさんがいらっしゃるのですか!? 貴殿はずっと無実を訴えていたではありませんか! それに、ワタクシたちとはまったく関係がないはず!」
「俺だってわからねぇんだから、静かにしてくれ。娑婆に出てからようやく一服できたっていうのに、お前たち殺人鬼たちと一緒くたにされるとは、心外だ」
 白い手袋をしたままタバコをふかしているのが、最年長のグリムだ。彼もボクと同じ死刑囚だったはず。死刑が決定するまで、ずっと無実を訴え続けてきた。グリムがなんで、ボク
たちのメンバーに加えられていたのか。多分それは『運が悪かった』のひとことに尽きる。 
ボクは殺しをする場所をあらかじめ決めていた。スラム街にある、寂れたストリップ劇場。運送屋だったグリムの仕事は、ボクが使う小道具や拘束具の運搬。それ以外にも事情はあるが、今ここで話すべきではないので割愛する。ともかく荷物の運搬のせいで、ボクの仲間だと認定されてしまったかわいそうな人物だ。
「俺があの地域の係じゃなければな。俺は何も知らないただの運送屋だったんだ」
「でも、それは運命だよ。アンタにその『神の手』がある限り」
「ふん」
 グリムが大きく煙を吐き出したそのとき、大きなバンが目の前に止まった。そこからマスクをつけた数人の男が出てくると、ボクらの腕を縛り上げる。さっそく敵襲ってところか。ボクたちは素直に車に乗る。
 車に乗せられると、男たちにたずねた。
「ねぇ、これからボクら、殺されるの?」
「……」
相手は黙ったままだ。……つまんないの。ボクらはただ、情けなく殺されるだけ? せめて最後にもう一度、人の血を見たかったのになぁ。そんなことを思っていたら、男たちはカバンから何かを取り出して投げつける。ボクには愛用のジャックナイフ2本。シュスタには釘バット。キュレには鉈。これらはボクらが今まで使っていた武器だ。グリムは素手でなんとかなるから問題はない。マッドには何もないが……ボクらの武器を返してくれるなんて、粋な真似をするよね。それとも自分の武器を持って、死ねと言いたいのだろうか。
「着いたぞ」
 男たちに車を下ろされると、貸倉庫のような場所に押し込まれる。中には手術用の器材やベッドがある。
「お前らは、囚人たちをつなぐ映画を知っているか?」
「え?」
「四肢を切り、相手の肛門に口を縫い付けるあの映画だ」
「あー、知ってるよ」
 ふうん。つまり、ボクらをそういう風に改造しようと考えてるのか。そこそこ考えたってことね。面白い。
「つらいだろうな。死にたくなるだろうなぁ? でも、俺たち遺族の苦しみはそんなもんじゃない! 俺たちと戦って、無様に負けろ。そして屈辱を感じながら芋虫のように生きろ!」
「頭、大丈夫?」
 猟奇殺人鬼だったボクが心配してしまうほど、遺族の男たちは狂っている。男たちはボクらの拘束を解いた。そのままにしておけばよかったものの……さすがのボクも芋虫なんて、ごめんだよ。
ボクらは使い慣れた武器を手にする。男たちの手に持っているのは拳銃。……拳銃か。分が悪いな。というか、ボクらの武器じゃ太刀打ちできない。
「ハハッ! もう殺す気満々じゃん!」
「うるせぇっ!」
男たちは殺気だっている。ボクらが生き残るためには、弾を避けながら相手に近づくしかない。でも、どうすれば?
 そのとき、雷鳴のような音が聞こえた。目の前が揺れ、真っ白になる。一体何が起きたんだ!?

 しばらくして落ち着くと、ゆっくりまぶたを開ける。するとボクらは、見覚えのない草原に倒れていた。

「ここは……どこ?」

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