第11話 勇者? 復活

文字数 4,282文字

 目の前に座ったお姫様は、ボクをにらむ。お姫様だけじゃない。さらには……。
「娘を殺すなら、代わりに私を!!」
 あ~あ……お妃様まで? するとナイフを当てている王様が声をあげる。
「お前たちは下がっていなさい! 貴様が欲しいのはわしの首だろ!!」
 美しい家族愛ねぇ。困ったボクはため息をついた。
「いいよ。それなら全員殺してあげるよ。みんな仲良くあの世行き。これでいいでしょ?」
 そう言ったら、さっきよりも必死に命乞いを始める。
「殺すのは姫の私だけにしてくださいっ! お願いですっ!」
 ……姫の首をとったって意味ないんだって。
「いいえ、あなたはまだ未来があるのよ。殺されるのはお母さんでいいの! どんな殺され方をしても構わない……ですから、夫と娘だけは!!」
 お妃様も一緒だ。王様はボクを見上げると、静かに言った。
「ふたりの話は聞くな。頼む、わしの首はやる。その代わりにふたりは見逃してくれ。わしを殺せば戦争も終わる。そうだろう?」
「その通りなんだけどさー、なんなの? アンタら。かばい合って、意味わかんない。ねぇ、お姫様~」
「な、何よっ!!」
 ボクはニヤリと笑うと、気の強そうなお姫様にひとつ問いかけた。
「そんなに親が大事?」
「大事に決まっているでしょう!?」
「なんで?」
 理由なき愛情なんてもの、ボクは信じない。でも、この脳内お花畑なお姫様だったら、そんな答えを口にするのだろう。
「お父様やお母様は私を大切にしてくれます。そんなふたりを殺させはしません!」
「ん~……その『大切』っていう定義がわからない。金銭的に面倒見てくれるから? それか、ちゃんと衣食住世話してくれるから?」
「そんなものがなくたって、ふたりは私の宝物です!」
 うわぁ、くだらない……。それって、本当に幸せな暮らししか知らない人がいうセリフだよね。
 彼女は知っているのかな。貧乏で生活もままならない人のことを。この国にだっているはずだ。家もなく、路上で生活している人や、毎日の食べ物に困っている人が。
 もしそんな家に生まれてきても、このお嬢様は両親に同じことが言えるのか? まぁ、貧乏でも家族に愛されているならまだマシなのか。一番悲惨なのは、生まれてきたことを責められることだ。ボクやシュスタみたいにね。それに比べてこのお姫様たちは……。
「はっ、ははっ……」
思わず笑いがこぼれる。本当に仲のいい親子だな。気持ち悪くて見ているだけで吐き気がする。はらわたが煮えくり返るほどの仲の良さだ。
思わず感情の赴くままに、ナイフでめちゃくちゃに切り刻みたくなる。ボクは震える身体を抱いて、その気持ちを抑えようとした。だけど……。
「ふっ……」
「リスタ?」
 メルクがぎょっとした顔でボクを見つめた。
「ふははっ……あははははっ!!」
笑いすぎて涙が出そうで、目頭を押さえる。あまりにも滑稽だ。このすっからかんな王族たちも、それ以上に最低な自分も。
「兄さん……」
「触るなっ!!」
シュスタが肩に触れようとしたところを、ボクは手を振り払った。
 ――沈黙。その場にいる全員がボクを見たまま黙り込む。
「……見るな」
「お、おいリスタ? 大丈夫……」
 グリムの声をかき消すように叫ぶ。
「見るな見るな見るな見るな!!! ボクは見世物なんかじゃない!!」
 ボクは思い出す。殺人鬼になる前の、ごく普通の学生だった頃のことを。なんで人を殺すのが好きになったのだろう。いや、好きになったんじゃなくて……もとからそういう才能があったんだ。『殺人鬼になれる才能』がね。
 
◆◇◆

ボクの母親は特殊な職業についていた。男と関係を持ってお金をもらう……。つまり売春婦だが、ただの売春婦じゃない。ボクの存在を盾にして、手切れ金を巻き上げる詐欺師でもあったんだ。
騙された、というよりもことを公にしたくないという男は、いとも簡単に母親に金を払った。
 母親がそんな仕事をしていたんだ。当然、小学校ではいじめにあった。みんなはボクを気持ち悪いとか、母親の金づるにされているバカな息子だとか、汚らしいとか、下品とか、そういう言葉で追い詰めていった。
言った本人たちもその言葉の意味を理解していないから余計にタチが悪かった。自分の親が子どもに言った悪口を、学校で広めただけ。――キミたちの親は、ボクの親を、ボク自身をそうやって見ているのか。異物の混入があったから、その『異物』を痛めつけることで楽しんでいるんだ。子どもだけじゃない。立派な大人も。
 母親自身もボクを嫌っていた。口癖は察しの通り。「アンタなんて生まれてこなけりゃよかった」。じゃあアンタも産まなきゃよかったよね? それどころか懲りもせずに、ボクの妹まで作って……。ボクが詐欺の道具にならないなら、どこかへ捨てられてしまったかもしれない。
 それでも中学校に進学したボクは、飼育委員になった。誰もやりたがらなかったから、ボクに割り振られたんだ。でも、ボクにとって飼育小屋のウサギや鶏たちは唯一の友達だった。その頃にはシュスタも一緒に住んでいたけど、今ほど仲良くもなかったからね。
 ウサギたちの世話をすることは、ボクにとってちょっとした幸せだった。勉強したところで、進学はできない。だったらやる意味だってない。休み時間は殴られたり蹴られたりする。金は持ってなかったから取られなかったけど、その代わり男女どちらからもいじめられた。

 そんなある日、事件は起こった。
 いつも通り飼育小屋に世話をしに行ったら……。ボクの友達が殺されていた。真綿のようにふわふわだったウサギたちは硬直していたし、鶏は首を切られ、辺りは真っ赤に染まっていた。
 飼育小屋に佇んでいたボクを、みんなが好奇の目で見つめる。ウサギたちに触れたから、手は赤くなっていたし、涙を拭いたせいで頬にも血がついていた。みんなはボクを檻の外から見つめる。ボクを見つめる目、追い詰めていく視線だけが痛い。
ボクを見るな、見るな――!! 頭が痛い。胸が苦しい。辛い。絶望で気絶しそうになったとき、ボクは本当のボクになれたんだ。

「ははっ……何ごとも初心を忘れちゃいけないね。見世物になるのが嫌だったから、ボクがみんなに『見せてやろう』って思ったんだ」
「い、一体なんのこと?」
メルクが震えた声でたずねると、ボクは笑顔で答えた。
「なにって、殺しだよ。ボクは見世物じゃなくて、みんなに殺人ショーを見せるエンターテイナーなんだ」
「はぁ、相変らずお前と言うやつは……」
 グリムが呆れて顔に手を当てる。マッドは逆に興奮しているようだ。
「まさしくその通りですぞ! ワタクシもリスタ殿のショーのファンでしたからな!」
「殺した人間の目玉をくりぬいて、遺族へそれを送りつける。通称『アイズ・ハンター』……」
 キュレがつぶやくと、ボクは少し照れくさくなった。そんな通り名をつけたのは、どこかの雑誌だったかな。
 メルクが真っ青な顔をしている。ボクは王様から離れて、彼にちょっと意地悪な質問をしてみた。
「ねぇメルク。メルクはどっちだと思う? 『殺してから目をくりぬいた』か、『目をくりぬいてから殺した』か」
「……え? わ、わからないよ! そんな想像だって、したくない!」
「ちゃんと考えて。ほら」
メルクの頬に、血のついたナイフをペタリと当てる。ここにたどり着くまでについた血だ。ナイフをそっーと頬を滑らせると、まるで目から血の涙がこぼれたような跡がつく。
「答えないなら、キミを殺しちゃおうかな?」
「こ……殺す?」
メルクは油断してたのかな。このセカイを案内できるのは自分だけ。言葉が通用するのも自分だけ。最初は確かにそうだった。だけど、今は違う。マッドの作った翻訳機もあるし、地図も持っている。
「キミを殺すのはお楽しみに取っておいたんだよねぇ~?」
「な……なんで僕を殺そうなんて思ったの?」
「ヘラヘラしてるくせに、芯が強い。そういうやつをべこべこにへこませて再起不能にさせたいと思ってね」
「そんな……」
 本当はそれだけが理由じゃないんだ。メルクのことがうらやましいから。ボクはメルクみたいに振る舞うことはできない。メルクよりもっともっと弱い人間だから。
「さ、答えは?」
 答えてくれるならボクは、メルクの答えた通りにしてあげる。先に目をくりぬくか、殺してから目をくりぬくか――キミはどっちを選ぶ?

                                   ◆◇◆

「危ないっ!!」
「なっ!?」
メルクは突然大声で叫んだ。ボクだけじゃない、全員が振り返る。のんきに話なんてしている場合じゃなかった。王様の親衛隊たちが、ボクらに襲いかかる。形勢逆転されたのは一瞬だった。
 ボクら5人は床に押さえつけられる。愛用のナイフも1本落ち、くるくる回りながら滑る。それを手にしたのはメルクだ。
「…………」
 メルクはオニキスのついているナイフを持つと、じっと見つめた。
ボクはただ黙るしかない。さっきまでメルクを殺そうと絡んでいたのに、ここで助けを求めるなんてダサすぎるもんね。だけど メルクは変なことを言い出した。
「リスタ、このナイフなんか変だ!」
「……は?」
 メルクの言葉の意味がボクにはわからなかった。だが、すぐその異様さを思い知らされることになる。
窓を見ると、先ほど まで晴れていたのに黒い雲が覆い始めている。風も強く吹いている。
「なんだか力が湧いて……うわああっ!!」
「メルク!?」
 ナイフを持っていたメルクの身体が、光輝く。
何が起きたんだ? ボクたちだけじゃない。王様や親衛隊たちも目を見開いている。
 しばらくして光がおさまると、ボクはメルクに声をかけようとした。だが、彼の姿を見て、声が出なかった。
「……何、この格好」
 ボロい服を着ていたはずのメルクなのに、金の兜をかぶっている。着ている甲冑にはドラゴンの文様。そして剣は……。
「もしかして、ボクが持っていたナイフが進化したのか? まさか」
 メルクが手にしていた剣にも、オニキスがついている。どういうことだ? ボクらが目をぱちくりさせていると、王様が震えながらメルクに近づいて行く。
「お、おお……あの文様は……本当にいるとは思わなかった……」
「ちょっと王様! 説明してよ!!」
 ボクが声をあげると、さっきとはうって変わって強い調子で返答をする王様。
「うるさいっ! この悪党めがっ!! 彼が……彼こそが、このセカイを守る伝説の勇者だっ!」
「勇者? この僕が? 勇者はイセカイの人間であるリスタたちじゃ……!?」

――その瞬間、大きな雷が鳴った。
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