第8話 踊る黒蝶

文字数 4,124文字

 城から来た使者とやらは、村長の家にいるらしい。メルクはボクらを連れて、そこへと向かう。どうやら勇者一行として紹介したいとのことだ。
「本当はどうかと思うんだけどね。君たち殺人鬼を『勇者』として紹介するのは」
「メルクくん。私たちは別に、協力しなくてもいいんですよ? 勝手に勇者だと勘違いしたのはあなたなのだから」
 キュレが冷たく言うと、メルクはぐっと言葉を飲み込んだ。ボクもキュレの話に笑いながら便乗する。
「そうだよ~? ただボクらが戦うのは、暇つぶしでしかないんだからね」
 それに文句を言ったのがグリムだった。
「ふたりとも、違うだろ。メルクには借りがある。家に泊めてもらっているし、食事だって……」
「はいはい、グリムはそう考えてればいいんじゃない?」
 さっきあれだけ言われて懲りてないんだな。本当に聖人君子様様だ。ボクの皮肉を理解できないほど、グリムはバカじゃない。人に何と言われようが、自分の生き方を確立してるとでも言いたいのか。
悔しいほど大人だな。なのに悩んでる。そんなところが、ボクがグリムに引きつけられるところなんだ。
「ま、でも確かに恩もあるか。それもあるか。じゃ、こうしよう。『人を殺すのはメルクのため』。……それでいいよね?」
「……理由なんていらない。私はただ、殺すだけ」
「ワタクシの今回のテーマは、『粉砕された人々』。そのシーンを作り上げるために必要な道具も、山ほど作りましたからね!」
 シュスタもマッドも通常運転か。グリムはただ、ため息をつく。神の子でも死神でもどっちでもいい。結局アンタもボクらと同じ存在なんだよ。
「ここが村長の家だよ」
 グリムとボクの様子をうかがいながら、メルクが指さす。
 村長の家は、メルクの家の2倍くらいの広さだ。あのメルクに暴力を振るった豚の家より狭いのは意外だ。
「村長殿はなんでも、奥方もお子さんもいないとか。それに大きな家に住んでいるような権力者でもないと言っておりましたぞ」
「へぇ、人格者なんだね~」
 だからなのか。村を救ったボクらのために宴を催したり、恥を承知で村の青年を差し置き、ボクらに力を貸してほしいと言ったのは。
 これが自分のことしか考えていないような人間だったら、きっと自分たちでどうにかすると言い張っていただろうな。
「村長は僕にも優しくしてくれるいい人なんだ。父さんとじいちゃんがいなくなってから、ひとりになっちゃったけど、村長だけは僕のことを考えてくれた。あんな大人になりたいって尊敬してる」
「大人っていうか、死体に近いと思うけど?」
「リスタ! 口が過ぎるぞ」
「ケンカはやめてって!」
 グリムがボクの胸ぐらをつかむが、それを引き離したのはメルクだった。
「殺人鬼だってだけでもまずいのに 万が一にも、殺人鬼ってことがバレたらまずいのに、仲間割れなんてしてたら、君たちがどうなるかわからないんだからね? 城から来た使者に殺されるかも!」

「はいはい、わかってるよ。仲良くね、グリム」
「……ちっ」
 グリムはむすっとしたままだが、ボクはいつも通りの笑顔を浮かべる。メルクはそれを確認すると、村長の家の扉をノックする。
「……待っとったぞ、メルク。勇者様方。部屋の奥へどうぞ」

◇◆◇

 促されて向かった部屋の奥には、金髪に似合わないひげを生やした、ひょろひょろのおっさんがいた。重そうな甲冑や兜は横に置かれている。多分、このおっさんが身に着けてきたんだろうけど、あの体格でよく潰されなかったなと笑いたくなる。
「これが『勇者一行』か? 少年にかわいらしい少女、筋肉もついていないガリガリな青年にただの女……。兵士として使えるのは、手袋をした男だけじゃないか」
「そんなことありません! みなさん、立派に戦える。たった5人で、村を救ってくれたんです!」
「この少女もか? 考えられん……」
「……おっさんには理解されたくない」
「ちょ、シュスタ!」
 機嫌を損ねたシュスタの文句に、メルクが顔色を変える。それほどこの使者は偉いっていうの? 余計にニヤニヤしそうになったが、城から来た男はシュスタの言葉にカチンときてしまったようだ。
「このガキっ!! ちょっとこっちに来いっ!」
「シュスタ!!」
 男に腕をつかまれたシュスタを見て、キュレが顔面蒼白になる。ボクは追いかけようとするキュレを止める。
「リスタ! シュスタが今持っているのは、いつもの武器じゃないんですよ? 練習用の棒でしかありません」
「キュレが持ってるのも練習用の鉈でしょ。どうやって助けるの。それにアイツを殺したら、楽しいゲームは終わっちゃうんだからね? それはシュスタも望んじゃいないよ」
「くっ……。では、もしシュスタがあの男に何かされたとしても、黙っていろと?」
「シュスタの問題に、キュレが口出しする必要はないと思うよ。自分のことくらい、どうにかできるでしょ」
 キュレは悔しそうに下唇を噛む。シュスタの問題はシュスタに解決させる。ボクがよしとしても、シュスタがそうとは思わないことだってあるから。
ボクとシュスタは兄妹だけど、家族でもといえど しょせん他人でしかない。どんなに仲のいい
兄妹だろうが、一心同体ってわけでもないし、お互いの考えがすべてわかるわけじゃない。
ボクがYESと言っても、シュスタがNOということもある。血がつながっていても、ある程度の距離はあるんだ。
「で、でも、本当に平気なのかな? シュスタ。村長……」
 メルクも不安そうに村長にたずねる。村長もひげに触れながら、困った顔をする。
「あの男は貴族だ。国ではそんなに偉い立場ではないが……特権階級ではある。こちらが手出しをすることは……。すみません、勇者様」
「いーの、いーの! シュスタならうまくかわすよ」
「クソ兄貴だな、お前は」
「グリム、よその家庭のことに口出ししないでよね」
「ふっふっふ。最悪、ワタクシが男を吹っ飛ばして……」
「それは困るよ。本当の悪党は、よぉ~く油断させてから調理しないとね☆」
 ボクがニヤリと笑っても、みんなの表情は浮かない。みんなは心配しすぎなんだ。シュスタの本性を理解していない。キュレでさえも……ね。
 その日、シュスタはメルクの家に帰ってこなかった。

◇◆◇

 翌朝。
「……おはよう、みんな」
「シュスタ!! 何もされてませんか!?」
 一睡もしていなかったキュレの声で起こされる。シュスタの服はボロボロだったけど、血はついていない。ということは、男は殺されていない。
「その……大丈夫だった?」
 メルクも心配そうにたずねるが、シュスタは普段と変わらず「何が?」と聞き返しただけだった。ボクの思った通りの行動に出たみたいだな。
「兄さん、言伝よ。『村の入口で待ってる』って。あと私たちの協力にも感謝するってね」
「あのクソ男っ! シュスタを汚したくせにっ!! ああっ……あぁぁっ……!!!」
「……キュレ、落ち着いて。大丈夫。何もされてない」
 シュスタが、頭をかきむしっていたキュレの肩をつかみ、じっと目を見つめる。息を荒げていたキュレだったが、シュスタの目を見てなんとか落ち着いてみたいだ。
「ふう、危なかったですな。キュレ殿が豹変してしまったら、厄介なことになる」
「戦いに行く前に血を見るわけにはいかないしな。シュスタが大丈夫と言っているなら……俺たちはそれを信じよう」
「シュスタは嘘をつかないよ。特に男関係のことなら、なおさらね。それよりみんな、出る準備をしよう」
 ボクたちはメルクの家に置いていた武器を手に取る。メルクも用意していたバッグを担いだ。
「メルクも行く気なんだ?」
「行きたくはないけど……君たち、放っておくと何をするかわからないから」
「ハハッ、ボクらもガイドがいるとありがたいよ」
 メルクは頭を抱えつつ、家を出る。ありがたい、というのは冗談。メルク自身のことはとても気に入っているけど、それとこれとは別。
武器以外に荷物はないと思っていたのに、ボクらは『メルク』という大荷物をいつの間にか背負ってしまったようだ。

「お待たせしました!」
 メルクが挨拶をするが、男は横柄な態度でこちらに振りむいた。
「ふん、困るな。こちらだって時間がないんだから」
 白い馬に乗った貴族様が、こちらを見下す。そんな男がシュスタに送る視線。それがいやらしいものだったことに、キュレはすぐ気づいた。
「貴様っ……! 昨日はシュスタに……」
「……キュレ、下がって」
「シュスタっ!」
「おお、怖いな。この少女には昨日、いい夢を見させてもらったよ」
「本当に大丈夫なの? シュスタ」
 メルクはやっぱりお人よしだな。ボクにこそっと耳打ちしてくる。ボクはそれでも平然としていた。妹も他人だ。距離がある。それでも『信用していない』というわけじゃない。
「平気だよ。ねぇ! 早く出発しようよ!」
「ふんっ」
 手綱を握ると、男は村を出る。それにボクらは続いた。

「いいか。この先、南のほうに敵の軍隊が待機している。この隊は、グレネの村で食料などを確保して、その向こうにあるイッチベルエ国を襲撃する予定だとスパイから伝達があった」
「つまりボクらは、その軍隊を先に殲滅させればいいんだ?」
「……ただのガキだと思ったが、その通りだ」
「地図……見せて」
 シュスタは背伸びをして確認しようとしていたが、身長が足りない。仕方ないという風に、男は馬から降りると、地図をシュスタに見せる。――それが合図だった。
「ぐえっ!? や、やめろ!!」
 シュスタは持っていた釘バットを思い切り振り下ろすと、何度も何度も無表情で男の頭を打ちつける。頭蓋骨は割れ、中身が見える。血が噴き出す。
「うわああっ!!」
 メルクがボクの背中に隠れる。
「くすくすくす……さすがシュスタだね。殺すタイミングをわかってる」
「り、リスタ?」
「ボクらに指図するなんて、100年早いよ。ああ、メルク。心配しなくてもいい。村からここは離れているから、村の人間が殺ったとは思われないでしょ?」
「シュスタ……」
 キュレが視線をシュスタに向ける。
黒い服についた血が、日差しに反射して輝く。それが彼女にとって、神々しく愛しいものだなんてこと、ボクには興味がなかった――
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